第02話 わずかな差異
三ヶ月は、思ったより早く過ぎる。
仕事に追われているうちに、気づけば日付が変わり、季節が少し進んでいる。
前回の帰省から今日までの間に、自分がどれだけ実家のことを意識していたか。
そう問われれば、正直なところ、ほとんど考えていなかった。
それでも、駅に降り立つと、すぐに思い出す。
父のことを。
今回もまた、同じようにタクシーに乗り、同じ道を通って、実家へ向かう。
車窓の外は、前回と変わらず静かだった。
むしろ、季節が変わった分だけ、景色の色味が違って見える。
木々の緑は少しだけ深くなり、空はわずかに高くなっている。
家に近づくにつれて、胸の奥に小さな不安が生まれる。
父は変わっていないだろうか、と。
タクシーが止まり、前回と同じように料金を支払う。
「ただいま……。」
玄関の前に立つ。
インターホンを押すと、少し間があって、足音が近づいてきた。
引き戸が開く。
「……ああ」
父が顔を出す。
その瞬間、俺はわずかに眉を動かした。
前回と、どこかが違う。
具体的にどこが変わったのかは、すぐには言葉にできない。
ただ、反応の遅れが、ほんの少しだけ長くなっている気がした。
「来たか」
父はそう言って、しばらく俺の顔を見つめたあと、ようやく認識したように頷いた。
「……久しぶりだな」
俺は小さく息を吐いた。
「三ヶ月ぶり」
「三ヶ月……。そんなに経ったか」
父は軽く笑うような表情を見せたが、その言葉には実感が伴っていない。
靴を脱ぎ、家に上がる。
廊下を進む途中、俺はふと足を止めた。
居間の戸が開いている。
中を覗くと、テーブルの配置が変わっていた。
「……模様替えした?」
そう尋ねると、父は一瞬考えたあと、答えた。
「うん? ……ああ、ちょっとな」
だが、その言い方はどこか曖昧だった。
自発的に変えたのか、それとも無意識のうちに動かしてしまったのか。
判断できない。
居間に入ると、前回と同じニュース番組が流れていた。
音量はやや大きい。
「この音、少し大きくない?」
俺が言うと、父はリモコンを手に取り、少しだけ音を下げた。
その動作は自然だった。
少なくとも、操作そのものに迷いはない。
しかしそのあと、父はリモコンをしばらく見つめてから、何もせずにテーブルへ置いた。
俺は、その様子を横目で見ていた。
「薬は?」
「ああ……。飲んでる」
前回と同じ答え。
俺はテーブルの上を見る。
薬のシートは、前回よりも減っているように見えた。
「ちゃんと管理できてる?」
「できてるさ」
即答だった。
だが、その声にはやや強引さが混じっている。
俺はそれ以上問いたださなかった。
会話を続ける中で、父は何度か同じ話題に戻る。
近所の変化。
昔の仕事の話。
母がいた頃の出来事。
その中で、ひとつだけ気になることがあった。
「この前、母さんがな……」
父はそう言いかけて、途中で言葉を止めた。
少しの沈黙。
そして、何事もなかったように別の話題に移る。
俺は、その一瞬を見逃さなかった。
けれど、何も言わなかった。
代わりに、壁の写真に目を向ける。
母が写っている。
前回と同じ位置に、同じまま。
ただ、その写真を見ている父の視線が、ほんのわずかに長く留まっているように感じられた。
まるで、思い出そうとしているかのように。
俺は、ゆっくりと視線を戻す。
この家は変わっている。
大きな変化ではない。
しかし、確実に。
三ヶ月前にはなかった微細な歪みが、今ここにある。
そしてそれは、おそらく次に来るとき、さらに形を変えている。
そう思うと、言葉にできない重さが胸に残った。
俺は、無意識のうちに時計を見る。
滞在できる時間は、限られている。
今回もまた、同じように帰ることになる。
そのとき、この家に何が残っているのか。
まだ答えは出ていない。
だが一つだけ確かなことがあった。
この家は、静かに変わり続けている。




