白鳥の日記
まだ仕事が残っているというスワンと別れ、わたしはひとり、運良く破壊されなかった中央区の時計塔に登り、王都の街を眺めていた。
当然ながら、まったく見慣れない街並みだ。といっても、この世界にくる前は自由に出歩ける身分ではなかったので、どちらが発展しているのかといったことは、さっぱりわからない。
(この国を、好きになる……)
なれるのだろうか。今はまだ、なんの感情も湧かない。
けれど、楽しそうに仕事をしていたクリスを思い浮かべれば、悪くはない気になってくる。
ここでクリスが暮らすなら、守っていかなければと思う。
ぎゅっと、わたしは一冊の日記帳を持つ手に力を籠める。必要になるからと、つい先刻、スワンが買ってくれたものだ。
湖に浮かぶ白鳥のシルエットが描かれた日記帳。白鳥は、この世界をつくった女神の化身とも謂われていて、アウィス王国では聖鳥であり、王家のシンボルでもあるらしい。
(これに、見た夢の内容を書いてほしい、か)
仕事内容としては、意外と簡単だ。改めて〝夢見の聖女〟としてなにをしたらいいのかと訊いた答えがそれだったので、少しだけ拍子抜けしてしまった。
そもそも、本当にわたしに〝夢見の聖女〟としての力があるのかが謎だ。
(スワンは、間違いないって言ってたけど)
なんでも、異世界から人間を喚ぶ召喚魔法自体が、特定の能力を適性のある人間に付与する魔法なのだそうだ。スワンは、吉夢を見る適性のある人間を召喚した。それでこの世界にきたのがわたしだから、たしかにそういうことになる。
(でもわたし、こっちに来てから夢なんて見てないような……)
未来というのは不確実なので、そう簡単に吉夢を見ることはないし、能力もまだ安定していないだろうから、とスワンは言っていたけれど。
『私は、傷ついたこの国の民をいい方向に導きたい。そのためには、おまえの力が必要だ』
別れ際に言われた言葉を思い出せば、どうしても焦りが生まれてしまう。
それに、気にかかることもあった。
(召喚魔法は、能力付与の魔法でもある……)
それなら、わたしと同じように召喚されたクリスには、どんな能力が付与されたのだろうか。
生まれつき特殊体質で、毒を体内で宝石に変えることができたクリス。
そのせいで苦しい思いを散々してきたあの子に、これ以上つらい思いをさせたくない。
「帰ったら、クリスに訊いてみようかな」
良くない能力なら、今度こそ使わせないように、わたしが守らないと。
そう心に誓っていた矢先、慌てた様子で時計塔に登ってきた見たことのある少女────たしか、アナトラという名だったはず────が、息を切らしながらわたしに言った。
「た、たいへんなの……! クリス様が、攫われたかもしれないって……!」




