腐敗 side:スワン
異世界から召喚したアリスが、同じく別のところで召喚された弟のクリスと再会を果たしてから、十時間以上の時が流れた深夜。
私の執務室を、ノックもせずに開け放ち、クロウ───本名をクロウディードという───が入ってきた。
「ふたりはまだ眠っていたか」
「ぐっすりだね、あれは朝まで起きないよ」
突然異世界に召喚されたのだ。誰だって疲労を感じるだろう。
それでも、本人たちも異世界にくることを望んでいただけあって、そこまで混乱している様子がないのは僥倖だった。
(いや……、直接聞いてはいないが、異世界に逃げたくなる境遇だった彼女たちに対して、僥倖などと言っては失礼だな)
読んでいた陳情書と被害報告書を机に置き、疲れ目を少しでも楽にしたくて目頭を揉む。
このまま一休みしたいところだが、どうしても気がかりが尽きない。
「あの小屋にあった死体は、闇商人たちで間違いなかったのか」
「うん」
めずらしく、クロウの返事が短い。ちらりと彼を見れば、何かを考えているような表情だった。
双子の兄弟といえど、クロウとまともに顔を合わせたのは、戦争がはじまってからだ。それまで、この片割れは封印の棟で幽閉されていた。
双子だけあって顔は瓜二つではあるが、髪の色のように、性格は真逆といってもいい。
私はいまいち、クロウの考えていることを読み取ることができずにいた。
「なにか気になるのか」
「うーん……。連中の死に方が、尋常じゃないんだよね」
「逃げられないと悟って、毒を含んだように見えたが」
「情報公開の内容としてはそれでいいと思う。けど、毒の反応じゃないよ、あれは」
死因は、毒ではない?
それなら、外傷もないのに、なぜ?
「まるで魂を抜き取られたように、全員がぽっくり死んでる。抵抗した様子はないし、木箱を運び出そうとしていたとしか思えないやつまで死んでるんだ。木箱は空だったけど、少なくてもふたりがかりで運ぼうとしていたのに、運び終わる前に毒を飲むなんて考えられない」
たしかに、それは奇妙だ。
「唯一の生存者であるクリスって子に話を聞けたら早いだろうけど、無理に起こしたらアリスに怒られちゃうだろうし」
「そうだな。それはやめておけ」
少女とは思えない力で胸倉を掴まれたことを思い出す。
アリスがクリスを溺愛しているのは、この短い付き合いでも十分にわかった。彼女を、クリス関係で刺激するべきではない。
「まあ、クリスのほうは俺が探っておくよ。わざわざあんな軟弱そうな子を召喚したんだ、なにかしらの特殊能力持ちなのは確実だろうし。使える手駒は多いほうが、スワンも嬉しいでしょ?」
「……………」
手駒、か。
『どうして、正しく生きられないのかしら』
思い出すのは、アリスの呟き。
あれは、純粋な疑問だった。だからこそ、胸に刺さった。
あんな少女にそう思わせてしまったのは、権力をもつ側の敗北だ。敗因はわかっている。腐敗だ。
腐ってしまったのだ。金に溺れ、権力に溺れ。それでも潔く罪を認めて身を引けばいいが、欲望に負けた堕落した人間にかぎって、無様にその地位にしがみつく。この世の汚物のくせに、その自覚すらない権力者連中が、国そのものを腐らせていく。
その犠牲の雨は、いつだって力ない者に降り注ぐというのに。
「とりあえず、俺は自由にやるから。いいよね?」
「………ああ」
クロウの自由に。その意味を知っていながら、頷いている。
目的のために手段を選ばない。その点は、私も腐った者共と変わらない。
「正しく生きるのは、どうしてこんなにも難しいんだろうな」
独り言のつもりで吐き出した自嘲まじりの呟きを、部屋から出ようとしたクロウが拾ってしまったようだ。
振り向いた弟は、目を細めて嗤った。
凍えそうなほど冷たい瞳を見ていると、こいつは本当に人間なのかと疑問に思う。
「向こうがズルしているのに、なんでこっちは正攻法だけで戦わないといけないのさ」
「……………」
反論できないのは、私も同じ考えだからだ。
綺麗事だけでは、生きていけない。なにも守れない。
人間としては、私よりも何倍も素晴らしい人物だった父上すら、その優しさにつけ込まれ、守るべき民を傷つけた。そして、信じていた者に殺された。
正しいことが、正解ではない。それが、この世界だ。そのことを、私は知っていたつもりでなにもわかっていなかった。
この戦争が、私にそれを気づかせた。
「なにをしてもいいが、〝夢見の聖女〟だけは守れ。彼女の存在は、この国の希望になるはずだ」
「りょーかい」
ひらひらと手を振って、今度こそクロウは出て行った。




