再会
翌日の朝。
クリスを助けにいくための道すがら、わたしは馬車の中でこの世界のことをスワンから一通り教えてもらった。
この世界は、魔族と戦う女神が、疲れ果てた際に天界から落とした杖が大地となり、できた世界なのだそうだ。地図を見せてもらったけれど、たしかに北側の大地が丸く、南下するほどに細くなっている大地の形は、杖に見えなくもない。
女神の杖は、魔力の結晶。だから、この世界では魔法が当たり前で、魔力を持たない者でも、その存在を自然と受け入れている。
スワンたちの国、アウィス王国があるのは、エアジェラス大陸のほぼ中央。丸くなっている北の大地の最南端に位置している。そのアウィス王国よりさらに南、杖で例えると柄にあたる部分すべてが、魔族の領域とのことだ。
アウィス王国は、エアジェラス大陸における〝人間の領域〟を守護するための、要の大国だった、らしい。
「裏切り者がいたんだ」
淡々と、スワンは言った。
「魔族と人間の領域ははっきりと分かれているが、実は、魔族の領域にも一つだけ人間の国がある。ウェスペルティリオという国だ。そこと我が国はいろいろあって、もともと仲が悪かった」
「ほとんど逆恨みしてるだけっぽいけどね」
クロウが茶化すが、スワンは苦笑すらしなかった。
「お人好しな父上が目をかけていた文官の中に、間者がいた。そいつが我が国の防御結界を壊し、魔族とウェスペルティリオ軍の連合軍が押し寄せてきた。それが七日ほど前だ。アウィス王国軍は壊滅、王都も王城も蹂躙された。死者もかなりの数だ。魔族に喰われた者もいる」
「……それでも、なんとか侵攻は食い止めたのね」
「それは、俺のおかげだよ」
ふふん、とクロウが笑う。
「俺、人類最強だからさ」
なにを言っているのだろう、この人は。こんな話をしているときに、冗談ばかり。
そう思ったけれど、スワンは否定しなかった。
ただ彼は、まっすぐにわたしを見て言った。
「我が国には、吉夢を見る〝夢見の聖女〟が必要だ。力を貸してほしい」
✻ ✻ ✻ ✻ ✻ ✻
クリスを召喚したと思われる闇商人たちは、アウィス王国の王都アーラから、馬車で二時間ほど北東に走った先にあるロストルムという都市に潜伏しているそうで、わたしたちはロストルムに来ていた。
「ここは荒れていないのね」
「ああ。王都以外はほぼ無傷だ。だが、ここは領主である伯爵が戦死している」
それで、こんなにも人々が沈んだ表情をしているのか。
通り過ぎる街の人々の顔を、わたしは馬車の中から眺める。
「いい領主だったから、みんな落ち込んでるのね」
「……そうだな。貴族として、民を守るという責務はまっとうした」
引っかかる物言いだったけど、尋ねる前に馬車が止まった。
「ここからは歩く」
御者がドアを開ける前に、スワンはさっさと自分で開けて馬車を降りていく。その後を、寝ていると思っていたクロウが続いて、わたしも降りる。
そこは、住宅街から離れた、物悲しい林の中だった。
「林業のための区画だが、十日前に管理していた者が希少種の密猟で逮捕された。捜査が終わるまで、仕事も再開できないからな。誰も訪れることのない林の中は、闇商人の絶好の隠れ場所だったというわけだ」
「もしかしたら、その管理者と闇商人は繋がっていたかもね」
「ああ、十分考えられる話だ」
人身売買で利用しているルートで、希少な動物も売る。あり得る話だけれど、不愉快だ。
「どうして、正しく生きられないのかしら」
我慢できなくて、ぽつりと呟いてしまう。
みんなでルールを守って、助け合いながら生きる。そんな簡単で当たり前のことが、どうして人間にはできないの?
「……あれか」
ふと立ち止まったスワンが、前方を見据える。
ぽつんと佇む小屋が、そこにあった。
(あれ……)
似たような小屋を、知っているような。
「人の気配はあるか?」
スワンがクロウに訊く。
クロウは、じっと小屋を見つめながら口を開いた。
「死臭がするね」
「え……」
「ひとりやふたりじゃない。もっとたくさんの死体がある」
「……感づかれたか」
「か、感づかれたって、なに……? ど、どういうこと……?」
まさか、クリスが……。
「逃げるのに邪魔な荷物は処分するだろうね。顔も見られているだろうし」
青ざめるわたしに、クロウがあっけらかんと説明した。
「おい、クロウ……!」
スワンがクロウを咎めるが、構っていられずにわたしは駆け出す。
「クリス……!」
「アリス、待て!」
小屋に向かうわたしの背後で、「ああ、もう」と言いながら追いかけてくる気配を感じるが、そんなことはどうでもいい。
(クリス、お願い、無事でいて……!)
クリスが小屋にいることは、わたしの中では確定していた。
わかる、感じる。クリスがいる。
けれど、その生死だけがわからない。恐怖で胸が押しつぶされそうだった。
鍵もかけられていない戸を開け放つ。数人の人間が、ぐったりと横たわっている。死臭を嗅ぎつけたのか、虫が飛んでいる。
その中に、わたしと同じ、金の髪の少年が、いた。
うつぶせに倒れているせいで、胸の動きが確認できない。
ふらふらと、そちらに近づく。
「クリス……」
恐る恐る伸ばした手で、細い肩に触れる。
(……あたたかい……)
じわ、と涙があふれる。
青白い頬を包み、額と額を重ねる。
「クリス……目を開けて……」
「ん……」
長い睫毛が震え、翡翠色の瞳がゆっくりと姿をあらわす。まるで、美しい蝶の羽化の瞬間のようで、ほうっと溜息が自然に漏れ出てしまった。
栄養不足で華奢なままのクリスの身体を、わたしは抱きしめる。
「クリス……無事でよかった」
「アリス……?」
「そうだよ……。わたしたち、ちゃんとふたりで異世界に来られたんだよ……」
「……そっか、よかった……」
安心したからか、急に重くなったクリスを覗き込むと、ぐっすり眠っていた。
わたしは腕の中の最愛の弟の頭を撫でながら、このいとしいぬくもりを、今度こそ離さないと心に誓った。




