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救国の双子  作者: 日出祐祈


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4/25

崩壊した王都

 再び目を覚ましたとき、わたしはふかふかのベッドの上にいた。

(夢じゃない……)

 派手さはないが、一目で高級品だとわかる調度品の数々が、綺麗に配置された室内。見栄えよりも使う人間のことを考えたこの部屋は、不思議とわたしを落ち着かせてくれた。

 ここは明らかに、わたしがご主人様と呼んでいた、あの男の屋敷ではない。

 あの男は、派手な物を好んでいたから。

(まさか本当に、異世界に来ることができたの?)

 クリスと最期に幸福な夢を見たくて、異世界に行けるという魔法陣を描いてみたけれど。

(そうだ、クリス……)

 あの子を探さないと。

 ベッドから抜け出て、なるべく足音を立てないように戸に近づき、取っ手を回してみる。

(あれ……、鍵がかかってない?)

 てっきり閉じ込められているかと思ったのに、戸の外には見張りすらいなかった。

(というか、誰もいない……)

 長い廊下を歩いて、ゆったりとカーブした階段を下りている間、誰ともすれ違うことすらなかった。

 立派なお貴族様の城、という印象の建物の中なのに、使用人すらいないなんて。

 不思議に思いながら歩き続けていると、開けたホールに出た。巨大なシャンデリアが、まるで撃ち落された龍のように、ホールの中央でうずくまっている。

(これは……)

 薄暗くて気付かなかったけれど、よく見れば、建物の中はところどころ崩れたり、亀裂が走っていたりしていた。ホールは特に酷く、崩れ落ちた一部の天井を簡易的に塞いでいるだけで、夕暮れ時の赤みがかった日差しが、隙間から漏れていた。

 ホールの先の玄関でさえ、同じように板を簡易的な戸の代わりにしている。

 元は綺麗なお城だっただろうに。


「ひどい……」


 どうして、こんなことに。

 外に出て見ると、さらにひどい光景が広がっていた。

 なぎ倒された木々、破壊された噴水と銅像、崩壊した城壁、えぐれた地面。

 遠くに見える開けた場所には、盛り上がった土が等間隔にいくつも並んでいた。

 真新しい、お墓だ。剣が突き刺さっているから、このお城の兵士たちだろう。


「……………」


 異世界に行ければクリスとふたりで幸せになれると思っていたのに、この世界もまた、問題を抱えているみたい。

 重くなってきた足をなんとか動かし、城門だったであろう瓦礫の山を越えたところで、聞いたことのある声が耳に届いた。


「それが終わったら今日は仕舞いにしよう。皆、ご苦労だった。見回りの者は引き続き頼む」


 瓦礫の撤去をしている兵士の間から現れたのは、銀髪の青年だった。

 彼はわたしに気づくと、アメジストのような瞳を丸くし、駆け寄ってきた。


「目が覚めたのか」

「ええ……」


 なんだか気まずい。気が動転していたとはいえ、明らかに身分の高そうなこの人の胸倉を掴んでしまった。

 いろいろ訊きたいことがあるのに、なにから訊けばいいのかもわからない。

 わたしの戸惑いが伝わったのか、青年は咳払いをして居住まいを正した。


「そういえば、自己紹介もまだだったな。私はスワンフォード。スワンでいい。一応、この国の王子だ」

「へえ、おうじ……って、王子さま!?」


 おとぎ話に出てくる、あの王子さまってこと?

 驚いて飛びのくわたしに、スワンフォードと名乗った青年は少しだけ微笑んだ。


「そう身構える必要も、敬語も敬称もいらない。この街の……この国の惨状どおり、私は国を守れなかった役立たずの王子だ」

「…………」


 かける言葉が見つからないわたしに、彼は手を差し出した。


「話をしたい。ここで立ち話もなんだから、少し付き合ってくれ」

「……わかったわ」


 差し出された手に自分のそれを重ね、わたしは手を引かれるままに歩く。

 たどり着いたのはどこかの庭の東屋だった。奥に、可愛らしいこじんまりとした建物が見える。周辺の他の建物は崩壊してる中で、ここだけが綺麗に修復されていた。


「なんの施設なの?」

「孤児院だ。ここも被害を受けたが、優先して復興させた」


 そう言って、スワンは建物の窓から手を振っている子どもたちに、小さく手を振り返していた。


「それで、話ってなんなの?」


 子どもたちの姿を見て、余計にクリスに会いたくなったわたしは、前置きもなく切り出す。


「ああ……、その前に、おまえの名前を聞いてもいいか」

「アリスよ。双子の弟がいるの。わたしと一緒にこの世界にきたはずなのに、どこにもいないから探しに行きたいの」


 スワンはテーブルの上で指を組んだ。


「おまえが目覚めてすぐに私に掴みかかってきたときに呼んでいた……クリスだったか。そいつが、おまえの双子の弟ということか」

「そうよ。でも、あなたたちは知らないんでしょう?」

「ああ。そもそも、私たちが召喚したのは〝夢見の聖女〟だ。召喚魔法が対象者以外をその魔法陣に入れることはない。つまり、アリス、おまえ以外はこちらに来ていない可能性がある」


 来ていない?

(こちらにって……異世界にってことよね……? クリスが、ここに来ていない……)

 ではクリスは、あんな場所に、たったひとりで取り残されているということ……?

 ぞっと、背筋が冷たくなった。


「ま、待って……。でも、そう、わたしとクリスは、一緒に異世界に行こうって、魔法陣の中にいたのよ。その魔法陣でこちらに来た可能性だってあるじゃない……」


 藁にも縋る思いで口にした言葉なのに、スワンは首を横に振った。


「可能性がゼロとは言わないが、限りなく低いだろうな。そもそもだが、アリスの元いた世界は魔法が使えるのか? たとえ使えたとしても、こちらの召喚魔法は正常だった。もし、そちらの魔法陣も作動して干渉し合っていたら、成功はしなかったはずだ。 つまり、おまえがこちらに正常に召喚されたということは、おまえたちの魔法陣は作動しなかったんだ。残念だが弟は、元の世界にまだ……」

「ふざけないでッ!」


 それ以上は聞いていられなくて、わたしは叫ぶ。

(嘘、嘘よ、ぜったいに嘘、スワンは嘘をついてるのよ……うそつき、うそつきうそつきうそつきうそつき!)

 クリスがひとりであんな場所に取り残されているなんて信じない。

 絶対に信じない。

 それなのに、指先が震える。目頭が熱くなって、じわりと視界が滲んでくる。

(わたし……、わたし、置いてきてしまったの……?)

 あんな地獄に、クリスを。

 なによりも大切な弟を、わたしは……。

 絶望で目の前が暗くなる。

 俯いて一言も言葉を発さなくなったわたしに、スワンもどうするべきか判断できずにいるようだった。

 それでいい。今、なにか言われたってまともに考えられない。

(こんなことなら、あの時クリスとふたりで死んでしまいたかった……)

 ほの暗い思考に支配されかけた、その時。


「こんなとこにいたんだ。探したよ、スワン」


 音もなく現れたクロウが、こちらに向かってきていた。

 全身黒づくめの彼は、この夕闇に同化してしまいそうに見える。けれど、スワンと同じアメジスト色の瞳だけは、あやしく煌めいていた。


「君に頼まれていた例の件だけど、もしかしたら当たりかも。立ち入り禁止の森から、数人の男が出てくるところを目撃したって人物がいたんだ。腕になにか抱えていたって」


 口の中に飴玉でも入れているのか、クロウの声はくぐもって聞こえた。スワンは気にしていないようだけど、聞き取りづらいし、呑気な様子に苛々する。

 さらに、今度はそれをガリガリと嚙み砕きはじめた。


「そいつらが、この混乱に乗じて人身売買を繰り返している闇商人共ってことか」

「たぶんね」


 相槌を打ちながら、クロウは懐から透明な瓶を取り出す。中身は飴玉だろうか。彼は、それを一つ摘まんで口の中に放り込んだ。

 きっと、ただの飴玉。わかっているのに心が波打つのは、あまりにも似ていたからだ。

 毒を飲まされたクリスが吐き出す、あの〝毒の宝石〟に。


「しかし、やつらはなぜわざわざあの森に……。定期的に騎士団が巡回している場所だ、隠れ家には不向きだと思うが」

「さあね。濃厚な魔力が漂う神秘の森でしか、できないなにかがあるのかも」

「……そういえば、なにかを抱えていたらしいな」

「麻袋に入れられていたみたいだけど、目撃者の話では、俺の胸元くらいの……ああ、この子くらいのサイズだったってさ」


 そこではじめて、クロウがわたしを見た。

 ばっちりと彼と目が合って、わたしは自分が、しっかりと彼らの会話を聞いていたことに気づく。


「立ち入り禁止のあの森は、良質な魔力に満ちている。だから、本来なら高度な魔法を使えない者ですら、あの場所では使えるようになる」


 独り言のように呟いて、スワンはわたしをまっすぐに見た。


「それがたとえ、上級魔法である召喚魔法でも」

「……それって……」

「あくまで可能性の話だ。おまえと弟が試そうとした召喚魔法は失敗した。だが、偶然にも、私とクロウが試した召喚魔法によって、おまえはこの世界に喚び出された。それと同じことが、おまえの弟に起こった可能性が、あるかもしれない」


 クリスが、この世界に来ているかもしれない。

 その可能性がわずかでもあるなら、わたしはその希望に縋りたい。


「その闇商人っていうのは、どこにいるの」


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