湖畔会議(4) side:クリス
遡ること十分ほど前。
ベリーの匂いがする。
唐突にそう呟いたのは、隣に座っているクロウだった。
『ベリー?』
『あの男たちが入ってきたあたりから、ずっと匂うんだよね』
あの男たちとは、遅れてやってきた三国の代表者たちのことだ。
『持って来てるんじゃないのか? 休憩時間の水分補給用とか』
念のためにと、アレクトールさんもアウィス王国産の柑橘を鞄に詰めていたのを思い出しながら、おれは言った。けれど、クロウはあっさりと否定した。
『ここまで匂いがするってことは、ジャムみたいに潰されてるか、飲み物みたいに液体になってるかのどっちかだ。皮がついたままじゃ、こんなに香ることはないよ』
その時のおれは、事前に目を通していた前回までの議事録を思い浮かべ、特産品の売り込みのために、会議の後に試食会を開くつもりなのかもしれない……などと、脳内に花畑があると思われても仕方ないほどの、甘っちょろいことを考えていた。
国際舞台は魑魅魍魎が蠢く場所だと、アレクトールさんが釘を刺してくれていたのに。
結果として、魑魅魍魎のベア、ディア、スクイレルの三国の代表者が、スワン潰しのためにクロウに罪を着せようと仕掛けた。
「そのバケモノが、そこにいる男に似ているという話もある」
「そいつをけしかけ、何かと意見が対立する我々を不参加に追い込み、今後の人間側の方針を決める主導権を握ろうとした…と、そんなところなのではありませんか?」
ふざけんな。
クロウのこともスワンのことも何も知らないくせに。ふたりはずっとおれやアリスと一緒だったし、そもそも、そんな卑怯なことはしない。
それに。
(遠回しに、クロウをバケモノ扱いしやがって────!)
絶対に許さない。こいつらの思惑通りにはさせない。
考えろ。こいつらはあからさまに、クロウとスワンを陥れようとしている。必ず、どこかに嘘があるはずだ。
(そもそも、こっちだって奇襲を受けている。偶然で、奇襲が重なるなんてありえるのか)
奇襲、包帯の血、ベリー……。
あ。
(わかった)
おれはクロウに「貧血っぽい」と呟いて、わざと倒れた。椅子を蹴って、大きな音を出し、注目させることも忘れない。アリスに目配せしようとしたけれど、おれの考えを見抜いたクロウが、代わりにアリスに目だけで伝える。アリスは自信なさそうだったが、スワンが完璧におれの意図を汲み取ってくれた。
「どなたか、スクイレル産のベリーを持っている方はいませんか。文官見習いで同席させた者が、貧血になってしまったようで」
倒れているから、薄目を開けても例の三国の代表者の表情は見えない。もどかしく思っていると、おれの身体を支えてくれているクロウが「的中だよ」と囁いた。どうやら、やつらの顔色が変わったようだ。
ざまあみろ。あとは、スワンたちがなんとかするだろう。




