湖畔会議(3)
結局、湖畔会議は定刻を大幅に過ぎての開始となった。遅刻した人がいたからだ。
「遅刻の訳を聞こうか、ベア、ディア、スクイレルの方々」
底冷えするようなルカン様の声が、理由を問う。
そう、何かと話題に上がるこの三国の人たちが、揃って遅れてきたのだ。
「すごい威圧感だな……」
ぽつりと呟いたのはクリスだ。わたしとクリス、クロウとアレクトールさんは、円卓の背後、付き人や秘書が腰かけるために用意された座席に腰を下ろして、会議の様子を見学していた。
クリスの言うとおり、定刻になっても姿を見せない三国に、先に集まっていた国の代表者は時が進むごとにぴりぴりし、今では何がきっかけで爆発するかわからないと思うほど、殺気にも近い怒りが会場中に充満している状況だ。
「当然ですよ。皆さん、忙しいのは同じです。事前に予定を調節して日取りも決めたわけですし、それを使者も寄越さずに遅れるなんて、あまりにも非常識すぎます。特に、今回、会議の開催を打診し、他国の予定の調節まで行った議長であるルカン様のお怒りは、計り知れません」
小声で、アレクトールさんも三国を非難する。よっぽど憤慨しているようで、素朴な顔が怒りに染まっている。周囲を見渡せば、わたしたちと同じ座席に座っている人たちは、程度の差こそあれど、みんな、怒っているようだった。素知らぬふりをしているのは、あの三国の秘書たちだろう。
「まあ、普通に考えれば侮辱だからね。こんなくだらない会議、遅れても構わないという意思表示だと思われてもしかたないよ」
長い脚を組んでふんぞり返っているあなたはいいのかしら、と喉まで出かかったが、その前に、三国の代表者が口を開くほうが早かった。
「このような重大な会議に遅れて到着してしまったこと、誠に申し訳ない」
「ですが、誤解なきよう願いたい。我々も、何も好き好んで遅れたわけではないのだ」
「左様。証拠というわけではないが、これをご覧いただきたい」
何を見せようというのかしら。
みんなの視線が三国の代表に集まっているので、わたしはこっそり、席から立ち上がった。スワンの背中で、前が見えなかったのよね。
(えっ、なんか脱いでる……?)
三国の代表だと思われる三人が、腕まくりしたり、上着を脱いだりしている。
そして、出てきたのは巻かれた包帯。血だろうか、赤黒いシミがある。
「……それは?」
頬杖をついたルカン様が訊く。声音に変わったところはない。
「奇襲を受けたのです! 会議の開始時刻には間に合うはずだった我らを、何者かが襲ったのだ!」
「賊徒は仮面で顔を隠してはいたが、黒髪であったことは間違いない!」
「そう、ちょうど、そこにいる男のような、漆黒の髪だ!」
ベア、ディア、スクイレルの三国代表がいっせいに指差した方向には、おもしろそうに口角を上げているクロウがいた。
え、なにこれ?
まるで、クロウが犯人みたいな言いぐさ……。
「黒い髪が同じだっただけで、私の護衛官を賊徒のようにおっしゃるのはやめていただきたい」
溜息まじりに、スワンが彼らを窘める。けれど、三国の代表たちは態度も悪く腕を組んだ。
「護衛? ふん、こちらが何も知らないとお思いのようですな、スワンフォード殿」
「聞けば、先の戦争で魔族軍を滅ぼすほどの兵器を隠していたとか」
「さらに、それが実は人間だという情報も、こちらは得ているのですぞ?」
「そのバケモノが、そこにいる男に似ているという話もある」
「そいつをけしかけ、何かと意見が対立する我々を不参加に追い込み、今後の人間側の方針を決める主導権を握ろうとした…と、そんなところなのではありませんか?」
こいつら……!
クロウをきっかけに、スワンを陥れようとしているのだ。
怒りに震えていると、クリスがわたしの握りしめた手をそっと両手で包んだ。
(クリス……)
笑みを浮かべたクリスの瞳は、大丈夫だから、と言っているようだった。
そうだ、落ち着かないと。
頷くわたしを見てから、クリスは小さく咳払いした。
────そして、彼はふらりと倒れる。座っていたのに、大げさに椅子を後ろに蹴り飛ばしながら。
ガンッ、と、けっこう大きな音が響いた。当然、全員の視線がこちらに集まる。
(えっ)
驚きながらも、とにかくクリスを支えなきゃと手を伸ばすわたしよりも速く、クロウがクリスを抱きかかえる。
「クリス様、どうなさったんですか!」
慌てるアレクトールさんに、クロウが「貧血かも」と言った。なぜか、わたしに目配せしながら。
え、貧血? でも、さっきまでわたしの手を包んでくれて、意識ははっきりしていた……。
(まさか、演技?)
だとすれば、意味は……。
「て、鉄分の多い、食べ物……が、必要、です、わ」
わからない。これでいいの?
不安で涙目になりながら、助けてほしくてスワンを見る。
「………………」
伝わっているか、わからない!
じっとこちらを見ているスワンからは、感情が読み取れない。というか、わたしにもさっぱり状況がわからない。けれど、きっと、これは成功しなくてはいけない作戦なんだと思う。かなりむちゃぶりだけど。
お願い、スワン!
困った時のスワン頼み。でも、彼なら、きっとクリスとクロウの意図を汲み取ってくれる!
はあ、とスワンから微かに溜息が聞こえた。
「どなたか、スクイレル産のベリーを持っている方はいませんか。文官見習いで同席させた者が、貧血になってしまったようで」
さすがスワン。わたしはほっと胸を撫で下ろした。




