奇襲
エアジェラス大陸北部の中央地域。ジャグアーロ精霊国とヴォルフ共和国の間にある大きな湖に浮かぶ島が、湖畔会議の会場だった。
ルカン様から会議の日程を知らせる文が届いたのが、彼女が転移魔法でスワンの王城にやってきたときから半月ほど経った頃だ。それからさらに半月経って、わたしたちは会議に参加するため、馬車に揺られていた。
……本当は、わたしはクリスとお留守番していたかったんだけど、クリスが参加したいって言って、スワンも「後学のために来い」って言って、クリスの参加が決まってしまった。クリスが行くなら、当然、わたしも行かないわけにはいかない。さらに、護衛のクロウ、そして正式な文官としてアレクトールさんも参加するから、計五人で行くことになってしまったのよね。やれやれだわ、まったく。
行きたくなんてなかったわけだけど、天気は晴天、本格的にはじまった夏のおかげで少し暑いけど気持ちのいい風が吹いていて、小旅行と考えれば悪くなかった。途中までは。
事態が急変したのは、アウィス王国の玄関口であるレクトリクスを出て、数刻後だった。
魔法国家イクティス、ディティーク聖騎士王国、ジャグアーロ精霊国、そしてアウィス王国を繋ぐクロス街道を進んでいたわたしたちの馬車が、奇襲を受けたのだ。
『窓を閉めろ!』
スワンの声が響いて、窓を開けていたクリスが、慌てて閉めた。それとほぼ同時に、スワンが馬車を守るための結界を張った。
『馬を真っ先に狙ったか』
『命中しなくて良かったよ』
わたしは見えなかったけれど、飛んできた矢が馬を狙っていたみたいで、驚いた馬が暴れたから、馬車が大きく揺れたらしかった。
『誰の差し金かなあ。じゃ、行ってくるよ』
ずいぶんとのんびりした口調で、クロウが馬車のドアを開けた。パニック状態の馬が速度を上げたのか、凄まじい勢いで外の景色が流れていった。
『クロウ、おれも……』
『クリスは待ってて。向こうの機動力のほうが上だ。動きの速い麺を絡め取ったことはないでしょ。もし誰かがスワンの雑魚い結界を破って乗り込んできたら、その時は頼むよ』
『わかった』
『おい、聞こえてるぞ』
『あはは、行ってきまーす』
クロウが飛び出す。途端に、そこかしこから悲鳴が上がった。
最強とかなんとか自画自賛するだけあって、やっぱり強いらしい。
でも、そんなことより。
麺って、なんの話よ。
『クリス……』
『アリス、危ないから伏せてろ!』
話を聞こうとしたけれど、スワンから鋭く叱責されて、わたしはもどかしく思いながらも伏せた。
ちらりとクリスを見れば、わたしと同じように伏せながらも、どこから取り出したのか、フォークを握って睨むようにドアを見ていた。その目は真剣で、剣呑で。けれど、怖がっているわけではなかった。まるで、夜行性の獣が、闇夜に紛れて獲物を狙っているような。そんな捕食者の目だった……気がする。
変、よね。クリスを捕食者みたいって思うなんて。
わたしは頭を振って、要らない思考を吹き飛ばすことにした。その時は、この危機を脱することだけを考えるべきだと思ったから。
どれくらい、外から聞こえる物音や悲鳴を聞いていただろう。もしかしたら、体感よりも短い、ほんのわずかな間だったのかもしれない。
『ただいまー』
出て行った時と同じくらい緩く、クロウが戻って来た。もう気にするのもばかばかしいけど、走っている馬車から降りたり、逆に乗ったり。こいつの身体能力、どうなってるのかしら。
『どうだった』
『あー、雑魚雑魚。金で雇われただけで何も知らないってさ』
『機動力が上だと言っていたが、私には姿が見えなかった。禍々しい気配が上空からはしたが、それは調べたのか』
『それなんだけど……はいこれ、お土産』
ぽいっとクロウがスワンに投げたのは、真っ黒な何か。
なんかちょっと、焦げ臭さと香ばしい匂いがした。
食べ物かしら。なんて思いながら黒い物体を見ていたら、スワンが驚いたように目を見開いた。
『これは……まさか、飛竜の脚か?』
『ピンポーン。といっても、俺は実物なんて見たことないから断定できないけど』
飛竜?
それって、お伽噺に出てくる、ドラゴンのこと?
え、この世界、ドラゴンがいるの?
わたしとクリスは顔を見合わせる。驚愕しているクリスと、きっと、その時のわたしはそっくりな顔をしていたはずだ。




