報せ side:スワン
久しぶりに、心安らぐ時間だった。
アリスとクリスに同席させてもらったピクニックが終わり、私たちは、揃って王城へ戻るための道を歩く。
「……ちょっと食べすぎたかも」
「えっ、あれで? 俺がせっかく作ったやつ、ぜんぜん食べなかったじゃん」
「クリスは小食すぎるのよ。もっとたくさん食べないと、大きくならないわ」
「チビなのは君もひとのこと言えないよね」
「なんですって? 自分がでかいからって調子乗らないでくれます?」
「え、今なにか言った? ごめん、距離がありすぎて聞こえなかったー。屈んであげるからもう一回言ってもらえるー?」」
「……あー、もう許せないわ、こいつ。クリス、もう二度とこいつと口聞いちゃだめよ」
「それは君が決めることじゃないから」
弾む会話が耳に心地いい。
魔族が攻めてきて、大勢の見知った人々が倒れていく中、これしか道がないと、クロウを幽閉するために施したいくつもの結界を解いたとき、穏やかな時間は二度と訪れないと思っていた。
そもそも、解放されたクロウが私の願いを聞くかどうか、それすら賭けだったのだ。
クロウには、アウィス王国を憎む理由はあれど、救う理由はない。それでも彼は、私の願いを聞き入れてくれた。
この国を、本当の意味で立て直す。クロウは「途方もないね」と呆れていたが、幽閉生活よりはましだからと、協力を申し出てくれた。最近は、クリスを部下にしたことによって以前よりも人間味が増し、恐ろしく感じることが少なくなった。
そして、異世界より召喚したアリスもまた、この国の聖女として、力を貸してくれている。彼女が傍にいてくれることで、私自身、前に向かって進む勇気を得ている気がする。
(アリスが傍にいてくれれば、きっと……)
そこまで考え、ふと、強い魔力を感じて立ち止まる。
これは─────
「アリス、そこから離れろ!」
「え?」
急いで振り向いた先、ぽかんとしているアリスの足元に、魔法陣が出現する。私が叫ぶのとほぼ同時に、クロウはクリスを抱えて飛び退いていた。あいつには、聖女を守るように言ったはずだが、と不満がちらりと過ぎったが、今はそれどころではない。
「えっ、え? なにこれ……」
「魔法陣から出ろ!」
アリスの肩を引き寄せるが、逃がさないとばかりに魔法陣が大きくなる。
浮かび上がる魔法文字と記号でわかる。これは、転移魔法だ。
「アリス!」
クロウの手を振り払い、クリスがこちらに向かって走ってくる。その時点で、魔法陣は眩く光っていて、発動寸前だった。今さら足掻きようもないほどに巨大化した魔法陣に飛び込んでくるクリスに、舌打ちしながらクロウも続く。
「スワン……」
不安そうに見上げてくるアリスを、安心させるために抱き寄せる。
「大丈夫だ。この規模の転移魔法を使える者には覚えがある」
恐らく、この魔法の術者は──────
私の声は、きちんとアリスに届いただろうか。
一瞬、世界は青い光に包まれた。
「久しいな、スワン」
名を呼ばれて目を開ければ、そこは見慣れた執務室だった。戸惑った様子のアレクトールと目が合う。が、俺はすぐに、視線を彼の隣に移動させた。
足首まで届くほどに長い青い髪に、黒々とした瞳。女性にしては高い身長は、細身なのに威圧感がある。
やはりか。
予想通りの人物に、肩から力が抜けた。
特徴的な紋様が彫られた彼女の頬が、わずかに持ち上がる。
……微笑んだようだが、相変わらず、彼女の笑みは嘲笑された気分になるものだった。
「急いでおったので転移魔法を使わせてもらった。ふっ、幼子の頃から気難しい表情ばかりしていた小僧が、まさか呑気にピクニックをするようになるとはな」
さりげなく、私は抱えたままだったアリスから距離をとる。
「……お久しぶりです、ルカン様。まさかお越しになるとは思いもよらず、お待たせしたようで申し訳ありません」
「ふふ、良い。暇つぶしならこの文官の悲鳴で十分だ」
びくっと震えて縮こまっているアレクトールに、私は同情の眼差しを向ける。ルカン様は昔から神出鬼没な方だ。きっと、執務室に突然現れた彼女に、アレクトールが悲鳴を上げたのだろう。
「も、申し訳ございません、殿下……! 結界が張られたこの王城内に、まさか転移してくる者がいるとは思わず……!」
「気にするな。ルカン様相手にこの結界が通じるとは思っていない」
所詮、私が張った結界だからな、その程度だろう。
「スワン……、えっと、あの人は誰なの……?」
こそっと、アリスが小声で訊いてくる。
ルカン様が興味深そうにアリスを眺めていることを気にしつつ、私はアリス、そしてクロウとクリスに彼女を紹介することにした。
「こちらは、魔法国家イクティスの国家元首、ルカン魔法長閣下。イクティスは強大な魔力を持つ民が多いが、その中でルカン様は、最も実力のある者にしか贈られない〝女神の使徒〟の称号を得ている方だ」
「よろしく頼む」
「ルカン様、彼女が〝夢見の聖女〟のアリスです。あちらにいるのがアリスの双子の弟クリスと、私の弟のクロウ」
手早くアリスたちの紹介をすると、ルカン様は愉快そうに目を細めた。
「ほう、伝説の〝夢見の聖女〟か。よかったな、スワン」
よかった……?
ああ、召喚のことか。そういえば、聖女を召喚するための貴重な魔法書をくれたのは、ルカン様だった。
「ええ、こうして無事、召喚が成功して……」
「堅物なそなたのことだ、国を優先しすぎて婚期を逃すと危惧しておったが、未来の伴侶をきちんと見つけられたようで、何よりだ」
その場が、水を打ったように静まったのは、一瞬だった。
叫びそうになったクリスの口を、クロウが素早く塞いだ気配を感じながら、私はぽかんとしたアリスの視線を受け、背中にいやな汗をかいた。
「……ルカン様」
「なんなら、#吾__われ__#の親族から年頃の者を……と考えておったのだが、要らぬ世話だったな。なんとも、愛らしい顔立ちの娘ではないか。そなた、可愛い系が好みだったのか?」
「ルカン様」
「して、祝言はいつ頃になる? もちろん、吾も招待してくれるのだろう?」
「ルカン様!」
大きくなってしまった声に気恥ずかしさを覚え、私は咳払いで誤魔化す。
「誤解です。彼女は、純粋に厚意で、私に力を貸してくれているだけです」
「なんだ、そうか。初代アウィス王国の国王と聖女の物語は、吾も子供の時分によく読んだからな、てっきりそなたも……と思ったのだが。早とちりであったか。すまなかったな、アリス」
「えっ、あ、いえ、はい……」
名を呼ばれ、はっとしたアリスが歯切れ悪く返事をしている姿に申し訳ない気持ちが湧く。私は付き合いが長いから慣れているが、ルカン様の無神経さは、初対面ならばなおさら面食らうだろう。
さっさと用向きを聞いてしまおうと、私はルカン様を見る。
「それで、ご用件は?」
「その前に、この文官からの報告を聞いてやったらどうだ」
つまり、アレクトールの報告と、ルカン様の用件は繋がっているということか。
「アレクトール、何があった」
「は、はい。先日の追悼式で野次を飛ばした男のことなのですが」
あいつか。尋問はフェムルとアレクトールに任せていたから、その結果だろう。
「あのような愚かしい言動を何度も繰り返すなら別だが、今は罪に問う気はない。だが、本当に王都の者だったのか?」
「それが……」
言い淀んだアレクトールだが、すぐに意を決したように言葉を紡いだ。
「男は、王都どころか、アウィス王国の者ですらなかったのです。男の出身はベア共和国でした」
目を見開く私に、ルカン様が頷く。
「吾からも報せが二つある。一つは、吾の国で、この北の地に人間が追いやられた原因が、アウィス王国にあると吹聴しておる団体が複数あるようなのだ。一部、真に受けた者が同盟を解消しろと騒ぎ、暴動が起きかねない事態となった」
頭が痛くなるほど、荒唐無稽な話だ。
「出所はいったい……、いや、ウェスペルティリオか」
「恐らくはな。だが、吾は例の三国も関わっているのではないかと思っている」
「…………」
だとしたら、追悼式を妨害した男も。
考え込みそうになった私の目を醒まさせるように、ルカン様が軽く手を叩きながら「そこでだ」と言った。
「久方ぶりに〝湖畔会議〟を開こうではないか」




