追悼式
なんでこんなことに。
純白のベールで顔半分を覆い、普段着ている着古したワンピースとは生地から異なる高価そうな白い聖女服に身を包んだわたしは、今、カチコチに緊張していた。
「大丈夫、世界一キレイだよ、アリス」
「まあ、見た目だけなら聖女っぽく見えなくもないね」
「ソレハ、ドウモ……」
クリスとクロウに褒められても、大量の百合の花束を抱える腕の震えはおさまらない。当然だ。王都中から遺族が集まる追悼式で、わたしは聖女として、初の公務を任せられたのだから。
────事の発端は、今からふた月ほど前。クリスの指にクロウからもらった指輪が復活した初夏だった。
だいぶ街の復興が進み、そろそろ王城の修理に着手してもいいのでは、とアルデアくんやアレクトールさんが言い始めたある日、スワンが『その前に、アリスに頼みがある』と切り出したのだ。
それが、戦争で亡くなった人を弔うための追悼式に、わたしが聖女として参列することだった。
(難しいことはすべてスワンがやってくれて、わたしは献花台に花を供えるだけだって言ってたけど……)
生まれてこの方、こんなに大勢の人々の前に立ったことなんてない。
控え室となっている天幕の中から外の様子を覗き見て、わたしはよく考えもせずに引き受けたことを後悔していた。
心臓が暴れている。地面がぐにゃぐにゃしているような錯覚にも襲われていた。このままでは、みんなの前ですっころんでしまうのではないか。そんな不安が脳裏を過ぎる。
「き、緊張で吐きそう……」
「わーっ、リラックスして、アリス! ほら息を吸って、ゆっくり吐いて……」
「スーーー、ハーーー……」
「落ち着いてきた?」
「無理だよぉ……」
もう半泣き状態で、花を潰さないようにしながら、クリスの胸に額を押し付ける。
「クリス代わって……」
「それこそ無理だろ……。これはアリスがやらなきゃ」
「でも怖いよ……。スワンに恥かかせたらどうしよう……」
「アリス」
情けない泣き言ばかり呟くわたしの頬を、両手で包んだクリスが持ち上げて覗き込んだ。
「スワンは、物語に出てくるような完璧な聖女をアリスに求めてないよ。だって、スワンにとっては、アリスが聖女なんだから」
「…………」
「アリスらしく振舞えばいいんだよ。完璧な作法が身についてなくても、アリスには死者を悼む気持ちがあるんだからさ」
「クリス……」
そう……なのかな。わたしはわたしらしくで、いいのかな。
気分が浮上してきたところで、微笑み合っていたわたしたちの間にクロウがぬっと顔を割り込ませた。
「そうそう。見た目だけ取り繕ったって、中身は直情型ブラコン女だってことくらい、スワンはとっくに知ってるよ。ほら、そろそろ出番なんじゃない? さっさと行きなよ」
しっしっ、と手を振られ、文句の一つでも言ってやろうとしたところで、アレクトールさんが呼びに来てしまう。
慌てて、わたしはベールをまくって前髪を持ち上げ、クリスに額を突き出す。
「成功するおまじないして!」
「うん。アリスなら大丈夫。がんばって」
ちゅ、と額にキスをもらい、わたしはベールを戻して天幕から出る。背後でクロウの「なにあれッ!」という驚愕の声を聞きながら、背筋を伸ばして歩き出した。
参列者の最前列にいるスワンに、ちらりと視線を送る。そちらからはわたしのベールで隠された目元は見えないはずなのに、彼は小さく頷いてくれた。
わたしの姿を見て、少しだけ周辺の空気が変わった気がする。「あれが聖女様……」「召喚されていたのか」などと風に乗って囁き声が聞こえるが、気にならない。まるでクリスが手を繋いで隣を歩いてくれているみたいに、無敵な気分だった。クリスのおまじないの威力は絶大だ。
わたしはわたし。スワンがこんなわたしを聖女だと信じてくれているのだから、わたしもそんなスワンを信じればいい。
何度も練習したアウィス王国式の作法に則って、腕の中の花束を献花台に供える。
この後は、兵士とスワンが儀式用の剣を抜いて、戦没者に感謝と敬意を示し、そして未来の平和を誓って式は終わる。
────そのはずだった。
「人気取りの茶番はやめろ!」
響き渡る怒声。何事かと振り向くと、ひとりの男が他の参列者を押しのけ、最前列のスワンに近付こうとしていた。すかさず、兵士が槍で男の動きを牽制する。
(は……? なに、あいつ)
訳が分からなくて立ち尽くすわたしを置き去りに、男はさらに喚いた。
「みんな、騙されるなよ! こんな式、こいつら王家が、王政に不信感を抱かせないための、ただのパフォーマンスだ!」
人々の、男に向けられていた負の視線が、いくつかスワンに流れたのを、肌で感じた。
「逃げ遅れた知人から聞いた話じゃ、魔族の軍団は急に消えたんだとよ! おかしいと思わないか? かなりの死者を出したはずの魔族軍が、なんで一瞬で消えるんだ? そんなことができるなら、最初からやってりゃよかったじゃねえか! そうすりゃあ、兵士も犬死しないで済んだんだからな!」
制止する槍を、男は掴んで怒鳴る。
聞こえるはずがないのに、スワンの息を吞む音が聞こえた気がした。
ぷつりと、わたしの頭の中の何かが切れる。
「その聖女とやらも、どうせ偽物なんだろ! おまえら王家がいつまでもウェスペルティリオを刺激してるせいで戦争になったから、その失政を誤魔化すために偽りの聖女を用意したんだろ!」
わたしは献花台を離れ、最前列の兵士の隙間を抜けて、男の前に立った。
アリス、とスワンが怪訝そうに呼んだが、もう遅い。
わたしの振り上げた平手は、男の横面に命中していた。
遠くの木から鳥が飛び立つ。
先ほどまでの喧騒が、嘘のように静まり返った。
「な……っ」
真っ赤になった頬を押さえ、驚愕の眼差しを向ける男を眺めながら、わたしは沸き立つ苛立ちを鎮めるために深呼吸をする。
わたしは聖女、わたしは聖女、わたしは聖女。
引っ叩いておいて今更だけど、せめて口調だけはそれっぽくしようと決める。
「わたくしのことは、いくらでもお疑いくださってけっこうです」
もともと奴隷の身だ。手だって綺麗ではない。聖女なんて、正直に言えば荷が重いし、きっと一生自覚なんてもてない。
辞めろと言われれば喜んで辞める。だから、偽物と言われても構わない。
けれど。
「大切な者を守るために最後まで戦った彼らと、彼らを悼む方々を愚弄する発言だけは、許せません」
どんな考えがあるにしろ、この場であのような主張をすることは、絶対に許されることではない。
死者を悼む気持ちがないなら、この場にいてはいけない。この場は、死者を悼む気持ちがある者のために、スワンが用意した場だ。自分勝手な主張をするための場ではない。それくらい、大人なら弁えるべきだ。
「ふ……ふざけんな! 聖女だかなんだか知らねえが、どうせ金で雇われてんだろ! いいよなあ、王族は! 国民から巻き上げた金で、今も豪勢な飯を食ってんだろ? こっちは住むところすりゃ、やっと建て直しされたってのに……」
「王城は、まだ建て直しされていません」
「…………は」
間抜けな男の顔を、わたしはベール越しに睨む。
「王子は、ご自身のご飯も、王都の方々に行き渡ってから、残り物をいただいています」
「な……そんなはず……」
「本当ですよ」
凛とした声が、参列者の中から響く。
(アナトラ……!)
思いがけない援軍に、わたしの視界はじわりと緩んだ。
「配給をもらったことのある人なら知ってるけど、殿下は朝から夕暮れまで、ずっと街の復興作業をしていたんです。誰よりも遅く配給をもらってたから、具がなくなったスープを召し上がっていたこともあります」
「そ、そうよ! 孤児院や病院の復興が最優先だっておっしゃって、木材が足りないときはお城から使える物を持ってきてくださったこともあるわ!」
「そういや、大工連中がまだ一度も城には行ってないって話してたな」
「城門だってぐちゃぐちゃなままだしなあ」
次から次へと上がるスワンを擁護する声に、目の前の男は顔面蒼白になっている。
こんなはずではなかった。そう、人を貶める薄汚い顔に書かれていた。
わたしは、にこりと微笑みを浮かべ、男に向き直る。
「きっと、何か誤解があったのでしょう。お話をうかがいますので、どうぞ、あちらへ」
この場でこいつを断罪するつもりはない。
何が目的だったのか、きちんと説明してもらう。
わたしの意図を察したスワンが、兵士のひとりに視線だけで「連れていけ」と合図を送った。




