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救国の双子~聖女アリスは夢を見る~  作者: 日出祐祈


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鏡の中 side:スワン

 次から次へと舞い込む、目を通さなければならない書簡の山。酷使しすぎた目の疲労が頭痛に変わり始めた頃合いで、俺は椅子から立ち上がった。


「はあ……」


 無意識に漏れ出た溜息が、ますます気分を滅入らせる。

(ああ、駄目だな……)

 しっかりしなければ。最近はアレクトールも仕事を覚え、頑張ってくれているのだから、私が弱音を吐くわけにはいかない。

(アルとキネレア殿も、〝核〟のほうは順調に進んでいると報告をくれた)

 あとは王都の復興だが、こればかりはやはり時間がかかる。

 孤児院や病院は最優先で支援していたため、現在は運営に問題はない。最近はやっとほとんどの飲食店が再開できるようになったところで、街にも活気が戻ってきた。

 だが、被害の大きかった中央区の民は相変わらず、仮設住宅での暮らしを余儀なくされている。

 再び溜息を吐きそうになって、私はそれを飲み込んだ。

 気分転換に窓の外に視線を向ける。ふと、遠くの墓地に人影が見えた。


「あれは……」


 アリス?

 肩にかかる金の髪が、陽の光を反射してきらきらしている。

 彼女の手には、花が握られていた。

(……花を、供えてくれているのか)

 彼女にとって、無関係な異世界の死者を、弔ってくれるのか。

 あそこには、私が子供の頃、まるで孫のように可愛がってくれた兵士や、共に剣の稽古をした友人も眠っている。

(私でさえ、忙しさを言い訳に逃げていたのに……)

 アリスは、一輪の花を墓に供えては、律儀に手を組んで死者の冥福を祈っている。

 太陽が雲に隠されたのに、まだアリスが眩しい。

 弟のクリスが絡むと暴走しがちだが、アリスの心根は純白だ。真っ白だからこそ、この世の理不尽に怒り、その怒りに染まってしまうことはあるけれど、すぐに本来の色を取り戻す。

 どんなに穢されても、その穢れすら呑み込んで輝き続ける。

 アリスは、太陽によく似ている。

 いつまでも見ていられる彼女から視線を逸らし、私は懐から手鏡を取り出す。

 心に漂う霧が晴れたような気分だった。今なら、使えるかもしれない。

 覗き込んだ手鏡に、私は映っていない。もともと、身嗜みを整えるために持ち歩いているわけではなかった。

 これは〝人呼びの鏡(スぺクルム)〟という、特定の人物を鏡に映す魔法に使うために用意したものだ。鏡以外にも水面や硝子でもできるが、鏡のほうが成功率が高い。

 クロウには器用貧乏と言われるが、この魔法は自身の精神状態に左右されやすく、高難度魔法に分類されている。私が使える魔法の中で、最も高度な魔法だった。

 瞬きもせずに鏡を見つめていると、何も映していなかった鏡面が揺らぐ。真っ黒になったそこは、黒い煙が風で払われたように、奥のほうで微かな光が煌めく。

 その光の中に、目当ての人物が浮かび上がった────その刹那。

 パリンッ!


「────っ」


 手鏡が、割れた。

 吹き飛んだ破片で切れた頬から、一筋の血が流れる。

 それを手の甲で拭っていると、ノックもなしに戸が開けられた。


「スワン、今、変な気配がしなかった?」


 入ってきたクロウは、私の手元と飛び散った鏡の破片を見て、すべてを把握したようだ。


()()()()のか。失敗っぽいけど」

「ああ。向こうも、結界を強めたようだな」


 それだけではない。こちらの魔法(スぺクルム)を弾き返された。しかも、相手はこちらに気付き、一瞬ではあったが、視線を向けてきた。

 明らかに、魔力を増強している。


「本当に………忌々しい連中だな」


 好き好んで魔族側に寝返ったくせに、人間側(こちら)に手を出してくる。

 ウェスペルティリオ。人類の裏切り者が住まう国。


「あっちからすれば、魔族の侵攻を気取られて対策されたわけだし、警戒はするだろうね」


 たったひとりで魔族軍を壊滅させたクロウの言葉は正論だ。けれど、納得はできない。

 窓辺から離れ、先ほどまで腰かけていた椅子に戻って机に頬杖をつく。些か乱雑な動作になってしまったが、クロウしかいないから問題はないだろう。


「人類は、温暖な南の地の大部分を魔族に奪われた。そして、この北の大地で新しく国を興した。これ以上、あいつらは私たちから何を奪うつもりだ? あいつらは、何が欲しくてこちらを襲う?」

「………さあね」


 クロウの声は、あくまでも冷静だった。

 八つ当たりをした自覚はあるため、気まずさを感じて目を逸らす。


女神の民(にんげん)を滅ぼしたいのか、この土地すらも支配したいのか。魔族やそれに与した人間の考えてることなんて、俺だって知らない。考えても無駄だ。襲ってくる敵なら戦うしかない。スワンは、守るべきものがあるんだから」

「…………そうだな」


 窓の外を見る。アリスの姿はもうなかった。

 けれど、彼女が供えた花がやさしく揺れていて、その風がこちらにも届いたような気がして、私の心をやわらかく包んだ。


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