フォーク side:クリス
クロウに案内されて向かったのは、王都一区の奥、老舗の店が並ぶ通りだった。
王都の端であるこの場所は戦争の被害を免れたらしく、穏やかな空気が流れている。
「よかった……。無事だったところもあるんだな」
「ここは戦争がはじまってすぐに、スワンの指示で橋を落としたのが功を奏したみたいだね。それができた四区も、そこまで魔族に侵攻されなかったし」
「あ、さっき渡った橋、真新しかったのはそういうことか」
「うん」
会話しながら通りを歩くこと数分。クロウが一軒のお店の前で立ち止まった。看板には『加工屋ナダール』と書かれているから、目的地はここなのだろう。
中に入ると、いかにも職人って雰囲気の店主がいて、彼はこちらに気付くと、読んでいた新聞を置いて立ち上がった。
「よう、いらっしゃい」
「こんにちは。指輪の調節をお願いしたくて」
「どれだ」
「これなんだけど」
クロウがおれの右手を掴んで、店主に見せる。
「ああ、嬢ちゃんの指にはちと大きいな。親指でいいのかい?」
「あ、はい……。あの、おれ嬢ちゃんじゃ……」
「今は依頼が多いからひと月はもらうが、できるぜ。どうする?」
「お願いするよ」
あっさり決めて、クロウが指輪を店主に預ける。おれは指のサイズを測ってもらってから、腑に落ちないまま店を出た。
「……おれってそんなに女顔?」
耐え切れずに訊くと、クロウはぷっと笑った。
くそ、さっきから面白そうににやにやしていたの、知ってるんだからな。
「アリスにそっくりなんだから、そうでしょ。いやなの?」
「いやっていうか……。おれの目から見てもアリスが可愛いのはわかるし、そんなアリスに似てるんだから自分の顔を悪く言いたいわけじゃないんだけど……」
「うん、今さら君たちの姉弟愛には驚かないよ」
「なんというか、指を見ても男だって思われないくらい、女っぽい顔なのかなあって」
「……ん? このちょっと力を入れたら折れそうな細指が、なんだって?」
おれの手首を掴んだクロウが、ぷらぷらと振り回す。
「やめろよ」
むっとしてクロウの無遠慮な手を振り払う。取り戻した右手は、たしかに、クロウと比べると頼りないかもしれない。
指って、どうやって鍛えるんだろう。
「そういえば、能力のほうはどう?」
「え?」
唐突な話題の転換に、一瞬、なんのことかわからなかった。
クロウに視線を向けるが、彼は呑気に露店をひやかしている。
(あ、そういえば、能力の使い方を教えてくれるって言ってたな)
それも込みで、おれはクロウの部下になったのだった。
(おれですらいろいろあって忘れていたのに、クロウは覚えてたんだ)
意外と、律儀な性格なのかもしれない。
「んー。ぜんぜん使ってないからな……よくわからない」
「魂を吸うんだよね。それって、どんな感覚なの?」
感覚?
「なんか、こう……長い麺をすする感じ……?」
言葉にするのは難しい。ただ、本能的に吸えばいいのだとわかったからそうしただけで、それでなぜ魂が吸えるのかはよくわからない。
「ああ、たしかに、ずっと息を吸ってた気がするね」
そういえば、クロウはおれが能力を使うところを見ていたんだっけ。
「あれって苦しくならないの?」
「……言われてみると、ちょっと苦しかったかも。時間もかかったし」
「ふーん」
考えるように顎に手を当てたクロウが、ふとなにかに気づいたように、近くの露店に足を向ける。
「おじさん、これちょうだい」
「あいよ!」
何を買ったのかな。
支払いを終えたクロウが戻ってきて、一本のフォークをおれの手に握らせた。
「要は、最後に吸えばいいんだよね? そのフォークで魂を絡めとれないかな」
「えー……」
磨かれた銀のフォークに、困惑した顔のおれが映っている。
「イメージとしてはわかるけど……魂は麺じゃないぞ?」
「知ってるけど」
「いたっ!」
額を指先で弾かれる。くそ、暴力反対。
両手で額を押さえながら痛みに唸っていると、クロウが咳払いをした。
「能力って言い方してるけど、クリスの魂を吸うそれは、たぶん闇魔法だよ。はい、じゃあここで問題です。魔法使いの必需品といったら?」
「…………杖?」
「せいかーい。魔法使いには杖。これ、この国では常識だからね」
「本当かよ……」
半信半疑で、握っているフォークを見下ろす。
なんの変哲もない、ありふれたフォークだ。
こんなのが、杖として使えるのか?
「普通のフォークじゃんって思ってるでしょ。まあ、たしかに、今は普通のフォークだね」
「今はってことは、いつか変化するのか?」
「それは君次第」
「はあ?」
がくっとする。なんだそりゃ。
肩を落とすおれに、クロウはふっと笑った。
「一般的に〝魔法の杖〟と呼ばれる魔力を宿した杖は、イクティスに行けば専門店で売ってるよ。たしかにイクティスの魔法に関する品は質がいいって評判だし、そこで君の魔力の性質に合う杖を選ぶのも一つの手だと思う。でも、クリスの能力に合う一般的な杖は、存在しないんじゃないかな」
「……どういう意味?」
おれの魔力に合う杖はあるけど、おれの能力に合う杖はない……?
「はっきり言って異質すぎるんだよ、君の能力は。魔法ってさ、だいたい二種類に分かれるんだ。俺みたいな攻撃タイプと、スワンやアルデアみたいな補助系タイプにね。俺は攻撃特化で、アルデアは補助系の中でも結界特化。スワンは……あれは器用貧乏タイプかな」
「器用貧乏……」
スワンの魔法は見たことがないけれど、器用貧乏と言われるくらいに、いろんな魔法が使えるのだろうか。
「通常、魔法での攻撃って魔力を放つことなんだよね。精神に作用する魔法で、じわじわと命を削るっていうものもあるけど、それも相手に魔法をかけるわけだから、結局は魔法を放ってるわけだし。君みたいに魂を吸う……つまり、吸収する攻撃なんて、どの魔法書にも書いてなかった」
もちろん、闇魔法は禁忌だから、情報そのものが少ないんだけど。と、クロウは付け足す。
「つまり、一般的な攻撃用の杖は放つ用だから、吸収するクリスの魔法の特性とは相容れない可能性が高いんだよ」
なんとなく、クロウの言いたいことがわかってきた。
食事をする時、スープを飲むのに使うのはスプーン、サラダを食べるのに使うのはフォーク。料理の種類によって、使うカトラリーは変わる。
きっと魔法だって、それと同じなんだ。
(クロウは、おれの魔力に合う杖の形が、このフォークだって判断したんだ)
ぎゅっと、おれはフォークを握りしめる。
「わかった。どうしたら、このフォークを杖みたいに使うことができるようになるんだ?」
「方法は簡単だよ」
そう言って、クロウは指を二本立てる。
「一つ、それを杖だと信じること。二つ、それを使って魂を絡めて巻き取るイメージトレーニングをすること」
「………それだけ?」
「そう、それだけ。でもね、けっこう難しいんだよ、特に一つ目は。これが魔法の杖です! って売ってる物なら人間は簡単に信じられるけど、露店で買った安物のフォークを魔法の杖と信じるなんて、口では簡単に言えるけど────」
「信じるよ」
「え?」
きょとんとするクロウに、おれは笑みを浮かべる。
「だってこれは、上司が選んで買ってくれたおれ専用の杖だ」
「────……」
目を見開いて息を吞んだクロウは、突然、ふいっとそっぽを向いた。そして、そのまま足早にどこかへ行こうとするから、おれは慌てて追いかける。
「なあ、フォーク、ありがとな」
横に並んでお礼を告げると、クロウはまた、おれの額を指先で弾いた。
「………ふん」
鼻を鳴らし、長い足でさらに加速されて、おれは彼に追いつくため、ついに走ることになった。




