人間側の国々 side:クリス
おれは今、王立図書館に来ていた。手元には『アウィス王国を取り巻く国々』というタイトルの本が一冊。
お城の掃除も一区切りついたし、アリスもいなくて暇だったから、少しだけ興味がわいた他国について、調べてみたくなったのだ。
そもそも、おれの人生において、他国というものはお伽噺に近い存在だ。元奴隷だったときはもちろん、買い取られた先でも、屋敷から出ることは許されていなかった。けれど、異世界では違う。スワンもクロウも、外に出るななんて言わない。他国の話も、普通に聞かせてくれる。
それならばと、好奇心を満たすために読み進めていたページを、おれはまたぺらりと捲る。
この本によると、エアジェラス大陸の北側、女神の杖の頭部に位置する人間側の領地には、八つの国があるらしい。
他国というものがこんなにたくさんあるなんて、びっくりだ。
まず、おれとアリスが召喚されたここ、アウィス王国。アウィス王国と同盟関係にある魔法国家イクティス、ディティーク聖騎士王国の存在は、つい先日知ったばかりだ。冒頭部分にあった地図によれば、魔法国家イクティスは人間側の領地の西にあり、ディティーク聖騎士王国は南東にある。隣接しているわけではないが、アウィス王国とも近い。
北にはティア、ベア、スクイレルという三国があるけれど、アウィス王国とはあまり接点がないのか、記述は少ない。
そして、中央にはジャグアーロ精霊国、ヴォルフ共和国の二国。この二国はアウィス王国とはそこそこ交流はあるが、ジャグアーロとヴォルフの二国間の関係は複雑らしく、外交の場で度々衝突することがあると書かれていた。
「この二国だけ、なんで揉めてるんだろ。理由はどこに書いてあるんだ?」
「ジャグアーロは魔石の産出量が世界一で、ヴォルフは魔石を利用した魔具や魔兵器の製造国なんだよ。ヴォルフは魔石を売ってほしいけど、ジャグアーロは魔石を神聖視してるから、簡単には売らない。それで度々ぶつかり合うんだろうね」
理由を見つけるために続きを読もうと視線を落とした刹那、頭上から聞き覚えのある声が降ってきて驚く。
顔を上げると、いつからそこにいたのか、机を挟んだすぐ目の前に、クロウが立っていた。相変わらずの黒装束姿で、軽薄そうな笑みを浮かべている。
なんでここに、と訊こうとしたけど、声量に気を付けなければいけないことを思い出して、ぐっと飲み込む。
なんでかわからないけど、入館してすぐ、司書に「今回はお静かにお願いしますよ」と強く言われたのだ。
「クロウ、こういうの詳しいのか?」
小声で訊ねると、彼は肩を竦めた。
「本に書いてある情報ならね。幽閉されていた期間、暇を潰せるものなんて本くらいしかなかったし」
「……あんまり、おとなしく本を読んでるおまえって想像できないけど」
「えー、ひどいなあ。まあ、時々は力をぶっぱなして暴れることもあったけどさ」
「猛獣かよ……。でもそれって、建物とか人とかは大丈夫なのか?」
訊きながら、クロウの魔力をはじめて目の当たりにした日を思い出す。
わずかに滲み出た程度の魔力でさえ、高温で高密度の力を感じた。あれをぶっぱなしたら、周辺の被害は甚大だろうなと思う。
けれど、クロウはあっさり「問題ないよ」と言った。
「俺の幽閉場所に、十人の魔法使いが結界を張ってたんだ。力を放つ度に張り直しさせることになったけど、一応は防いでたから」
「………」
魔法使いの人たち、大変だったんだろうな。
会ったことのない魔法使いに同情していると、手元にあった本をひょいっとクロウに奪われた。
「ちょ、なに?」
「勉強はここまでにして、一緒に出かけようよ」
「出かけるって、どこに?」
首を傾げるおれに、クロウはにっこり笑って右手を指差した。
きらりと光って存在を主張したのは、クロウからもらった鴉の指輪。
「サイズ、調節しに行こう」
そういえば、腕のいい加工屋に連れて行ってくれると言っていたっけ。
そういうことなら、とおれは本を片付けるために立ち上がった。




