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救国の双子~聖女アリスは夢を見る~  作者: 日出祐祈


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友だち

 お城の掃除をすると言うクリスと別れて、私は外に出た。足早に向かうのは、メインストリートにある、小さなパン屋だ。

 被害の大きかった通りは、まだ瓦礫が残り、人通りも少ない。それでも、スワンが飲食店の復興を急いだらしくて、あちこちから食欲をそそる、香ばしい香りが漂っていた。そういえば、もうすぐお昼時だ。


「ありがとうございましたー!」

「こちらこそありがとうね、アナトラちゃん。無料で焼き立てのパンをいただいちゃって。悪いとは思ったんだけど、あんまりいい匂いだったものだから」

「いえ、いいんです! うちのパンを食べて、少しでもみんなが明るい気持ちになれるなら、あたしもお母さんも嬉しいですから。それに、材料費もかかってないんですよ」

「あら、そうなの?」

「はい。スワンフォード様との約束なんです。材料費は負担するから、パンを焼いて、食べたい人にあげてくれって。配給だけじゃ味気ないだろうからって、そうおっしゃってました」

「まあ、そうだったの。本当に王子殿下はお優しい方よね」

「はい!」


 アナトラの声が、ぱっとさらに明るくなった。


「スワンフォード様がいるから、あたしもお母さんも、なにかできることをしたいって思えたんです!」


 紙袋を抱えたおばさんが、何度もお礼を言いながら去っていく。それを見送っていたアナトラが、ふと、立ち尽くしているわたしに気づいた。


「……………」

「……………」


 気まずい沈黙が流れる。わかっている。これは、わたしが悪い。

 クリスを心配して、わたしを探しに来てくれたアナトラに、ひどいことを言ってしまった。

 謝らないと。


「あの……」

「やっと来たの」


 やれやれ、といった様子で、アナトラが店内に入っていく。からん、とドアに取り付けたベルが鳴った。

 慌てて、わたしも後を追う。

 店内は、イメージしていたパン屋とはだいぶ違った。パンを並べる棚はなくて、その場で食べる人用に、簡易的なテーブルが一つと、椅子が三脚置かれているだけで、あとはお会計をするカウンターしかない。

 優先的に復興を急いだといっても、元通りとはいかないのだろう。それでも、少しでも気分を明るくしたかったのか、小さな花瓶に黄色い花が一輪だけ飾られていて、なんとなく、それはアナトラの心遣いなのだと感じた。

 先ほどの客との会話でわかったけれど、彼女は本当に、善良な心の持ち主だ。


「日記でしょ、探してるの」


 布巾でカウンターを拭きながら、アナトラが淡々と言う。


「………うん」

「時計塔になかったから、あたしになにか知らないかって、聞きに来たってわけね」

「ううん、まっすぐにここに来た」

「え?」


 怪訝そうに、彼女は顔を上げてわたしを見た。澄んだ琥珀色の瞳を見て、わたしは確信する。

 やっぱり、彼女だ。

 夢で見た、時計塔に置いてきてしまったわたしの日記を、仕方なさそうに持って帰ってくれた女の子。

 光沢のある素材の表紙に、気の強そうな琥珀色の瞳が映っていたから、すぐにわかった。


「あの時は、ごめんなさい!」


 勢いよく頭を下げる。

 日記を返してほしいからとかではなく、夢で見たアナトラが、わたしの物だと知っていたのに、砂埃がついた日記を優しく拭いてくれていたから。「こんな素敵な日記を置き忘れるなんて、ひどい持ち主ね」と、日記に向かって囁いていたから。

 彼女と、親しくなりたいって、思ってしまった。

(あんなひどいことを言って突き飛ばしちゃったのに、アナトラは日記に、「取りに来てくれるといいわね」と話しかけていた)

 物に八つ当たりする人や、物を粗末に扱う人が多い中で、彼女は、とても丁寧に物を扱う人だと知ったから。

 もし、許してくれるなら。仲良くなりたいって、思ってしまった。


「ちょ……っ、顔を上げてよ! そんな、ただのケンカじゃない。そりゃ、ちょっとむかついたけど。でも、あたしも悪かったわ。あなたにとって、クリスくんってかけがえのないきょうだいだったんでしょ。冷静になって考えたら、あたしも緊急事態なのに常識を押し付けすぎたなって、反省してたのよ」


 慌てたように駆け寄ってきたアナトラが、わたしの肩を掴んで顔を上げさせた。

 彼女の表情には、困ったような笑みが浮かんでいた。


「……許してくれる……?」

「ただのケンカに、許すもなにもないってば。お互いにごめんなさいで終わり。それより、あたしたちって歳も近いわよね? スワンフォード様が保護してるみたいだったから、いちおう様付けのほうがいいのかなって思ってたんだけど、呼び捨てでもいい?」

「う、うん……! わたしも、アナトラって呼ぶね!」

「よかった! せっかく知り合ったんだもん、仲良くしましょ」


 やった!

 思わず、両の拳を握って飛び跳ねるわたしに、アナトラは「おおげさ!」と笑ってくれた。


「日記、自宅のほうで保管してるの、持ってくるね。そうだ、あたしが焼いたパン、クリスくんの分も包むから、持って行ってよ」

「いいの? ありがとう!」

「すぐ戻るね」


 ぱたぱたとカウンターの奥に消えるアナトラを、わたしはどこかふわふわした気持ちで見送る。

(これって……〝友だち〟よね?)

 どうしよう。

 想像以上にうれしい。

 わたしの、はじめての友だちだわ。



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