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救国の双子  作者: 日出祐祈


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20/24

秘密 side:スワン

 ロストルムから王都に戻った翌日。

 執務室で情報交換をしていた私とクロウは、執務室をノックする音にすぐさま口を閉ざす。


「入れ」

「失礼します」


 緊張した面持ちで扉を開けたのは、赤茶の髪の青年、アレクトールだ。たしか、まだ十九歳だったか。

 数日前に届いていた彼に関する書類の内容を思い出しながら、私はじっと目の前に立つ青年を見つめた。

 文官に敵国の間者が入り込んでいたこともあり、王城務めの文官にはまだ復帰を許可していなかったのだが、さすがに、私とクロウだけでは手が回らなくなってきたため、信用できる者には復帰命令を出していた。その中のひとり、王家に代々仕えている〝水辺の守護者〟の異名をもつ者の息子が、アレクトールだ。〝水辺の守護者〟自身は戦争中に大怪我を負ってしまい、復帰は難しいと告げられた。そんな彼が代わりにと寄越したアレクトールは、手紙でのやりとりの中で行った官吏試験では高得点を出して合格したものの、まだ見習いだ。そもそも、彼が実家であるエスパルダから王都に到着したのは昨日の夜で、今日が初勤務だった。


「あ、改めまして、アレクトールと申します。父の代わりに、本日より王城で務めさせていただきます」

「ああ。よろしく頼む」

「さ、さっそくではありますが、レクトリクスの〝黄金鷲辺境伯〟から封書が届いておりましたので、お持ちいたしました」

「シュタイン殿か」


 アウィス王国で、王都といちばん離れ、諸外国との玄関口となっているのがレクトリクスだ。その地域を領地としているのが〝黄金鷲辺境伯〟であるシュタイン殿で、齢六十を過ぎたというのに、ウェスペルティリオの進軍を聞きつけるや否や、王都に駆け付けたレクトリクスの騎士団に混ざって戦おうとしてくれていた豪胆な男だ。

 大柄で身体を動かすほうが性に合っていると豪語するシュタイン殿は、かなりの筆不精であったはず。そんな彼から封書とは。いったい、どうしたというのか。


「封書をこちらへ」

「はい……って、うわあっ!」


 受け取ろうとした封書が、宙を舞う。アレクトールがなにもないところで転んだからだ。

 ひらひらと空中で踊る封書を見ながら、アレクトールの父親から届いた手紙に書かれていた『息子は馬鹿正直なだけが取り柄』の文字が、脳裏に過ぎった。


「おっと」


 封書を掴んだクロウが、それを私に渡す。受け取ってペーパーナイフで封を切りながら、慌てて立ち上がるアレクトールに、私は「大丈夫か」と声をかけようとして、やめておいた。

 恐らく、委縮させるだけだろうから。

 取り出した書類を、クロウも覗き込む。

 それには、『ディア、ベア、スクイレルの三国が、武器の供給を申し出ている』こと、さらに『王都で必要な物資を販売する商人を送りたいと打診してきた』ことが、無骨な文字で書かれていた。

 なるほど。

 ざっと目を通して、私はそわそわしているアレクトールに視線を向けた。


「早急に返事を代筆してくれ。ふたつとも却下だ、と」


 返した文にざっと目を通したアレクトールが、「えっ、お断りしてしまうのですか?」と驚きの声を上げる。


「あ……、し、失礼いたしました……」

「構わない。おまえの意見を聞かせてくれ」


 促すと、彼は恐る恐るではあるが、「僭越ながら」と前置きして話し出した。


「昨夜、こちらへ来る道中、馬車で王都を見て回りました。すでに陽が落ちていて細部までは確認できてませんが、かつて店が立ち並んだメインストリートの華やかさは跡形もなく、歩く人々の表情もどこか暗かった。今、王都に必要なのは活気なのではないかと思います。商人の派遣は、こちらにも利があるのではないでしょうか」


 まっすぐな意見に、私は目を細める。

 馬鹿正直、か。

 こういう人間は、嫌いではない。


「おまえの考えはわかった。そして、おまえの見たい未来と、私の見たい未来が、同じであることもわかった」

「で、では、なぜ?」

「だからこそ、だ」


 私は机の中から地図を取り出し、机上に広げる。


「見てわかる通り、ディア、ベア、スクイレルの三国は、我が国から最も離れている三国だ」

「はい、あまり交流のない国ではあります」

「つまり、魔族の脅威からも、最も離れている国ということだ」

「……はい」


 アレクトールは、顎に手を当てて難しい顔で地図を見ている。


「この三国は、魔族の爪がどれほだけ鋭利で、皮膚がどれほど頑強かを知らない。金儲けのためだけに武器を供給したいと言ってくる国に、我が国の大切な兵士の命は預けられないということだ」

「あ……」

「商人の件も、似たような理由だ。皆、はやく元の日常に戻れるようにと、協力し合って復興に力を入れている。それなのに、安易に他国の商人を入れてしまえば、仕事を奪われるのではないかと不安に思う者も出てくるだろう。その三国とも、友好国というわけでもないから、治安の悪化にも繋がりかねない。以上の理由から、商人の派遣は認められないと判断した」


 途中から手帳を取り出したアレクトールが、私の言葉を書き込んでいたが、理解してくれただろうか。

 様子を見守っていると、彼は手帳から顔を上げ、きらきらした目で私を見てきた。


「わかりました……! 目先の、その場しのぎにしかならないような解決策に飛びつかず、時間がかかってでも我が国の民でまた活気を取り戻したいというのが、殿下のお考えなのですね!」

「……ああ」


 その通りなのだが、その突然の熱気はなんなのか。


「ぼ、ボク、もっと勉強します! ありがとうございます! 〝黄金鷲辺境伯〟へのお返事はお任せください! では、失礼します!」


 がばっと頭を下げて退室していくアレクトールをぽかんと見送っていると、隣でクロウが「スワンは()()()だね~」とからかってきた。


「アルもああいう態度を私に見せるが、よくわからんな」

「十代の若い子は理想が高いからね。私利私欲に走ることもなく、浅はかに物事を進めるでもない……そんな国民を第一に考えるスワンの姿勢が、あの子らに刺さるんじゃない?」

「王族として当然のことをしているだけだが……まあ、良い影響になるならいいが」


 どう反応したらいいのかわからず、もうこの話は終わらせることにして、私は積みあがった各地からの近況報告書を一枚手に取る。


「そうだ。スワン、午後さ、少し抜けていい?」


 もう五人ほど、信頼できる身元のしっかりした文官がほしいな、と考えていたところで、クロウが浮かれた声で訊いてきた。


「構わないが、どこへ行くんだ?」

「王都で、他に比べたら被害の少なかった区画があるでしょ。そこに行きたいんだよね」


 たしかに、老舗の店が多い一区は、王都の端だったおかげで被害は限定的だった。


「ああ、いつもの飴屋か」


 クロウが好んで舐めている飴を売っている店が、そこにあることは聞いていた。

 てっきり、買い足しに行くのかと思ったが、クロウは「それもあるけど」と含みをもたせるような言い方をした。


「クリスとデートに行きたいなって」


 にっこり。胡散臭い笑みを浮かべて、クロウが言う。


「………その冗談、アリスに聞かれたら殺されるぞ」

「だから、秘密にしておいてよ」


 要するに、クリスをアリスの許可なく連れ出すことを、黙っていろということだ。


「あのな……。あとどれだけ秘密を増やすつもりだ?」


 クリスの、もともと持っていて、こちらの世界で覚醒したという能力のことも、彼女に秘密にしている。アリスに知られたら使用を禁じられるから、とのことだが、強制的に共犯にされる私の身にもなってほしい。

 アリスとクリスは、いつも一緒にいる双子の姉弟だ。互いの距離が近い上に、アリスはクリスに関してはかなり目ざとい。気づかれるのも時間の問題だ。その時、アリスに隠し事を咎められるのは勘弁してほしいのだが。

 つい恨みがましい目を向けてしまうが、クロウは肩を竦めて流した。


「宝のもち腐れにするには、惜しい能力だと俺は思うけどなあ」

「……………」


 なんと答えればいいのかわからず、言葉に詰まる。

 アリスの気持ちを考えたら、クリスに能力を使わせるべきではない。けれど、能力の持ち主であるクリス本人は、奪われるだけだった人生を変えられる能力だと考えている。


「そういうわけだから、俺ももう行くね」


 結局、答えを出せなかった私に飽きたのか、クロウはひらひらと手を振って、執務室から出て行った。


「はあ……」


 重い溜息を吐くしかなかった。



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