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救国の双子  作者: 日出祐祈


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18/25

眠り姫

 広大なユグルムの森のどこかにある小屋の大規模捜索は、明け方まで続いた。

 少し仮眠しろ、とスワンに言われて、わたしとクリスは天幕に移動する。長時間歩きまわって、正直へとへとだった。クリスはごろんと横になったかと思いきや、すぐにすやすやと眠り始めたくらいだ。

 けれど。


「こちらにはない! 全員、前進しろ! 捜索範囲を広げる!」

「はい!」


 眠いはずなのに、わたしは眠れなかった。

 天幕の隙間から、部下に指示を飛ばすスワンが見える。朝露に濡れた前髪を掻き上げ、鋭い眼光で前方を見据えたその姿から、目が離せない。

 ぎゅっと、わたしは祈るように手を組む。

(お願い、見つかって)

 こんなに大勢の人が懸命に探してくれているのに、間違いでしたなんてことになってほしくない。

(スワンの期待を、裏切りたくない……!)

 お願い、お願いします、女神様────


「スワン、こっち! 小屋があったよ!」


 隊から離れ、スワンの指示でアルデアくんと別方向を捜索していたクロウが、戻ってきた。

 安堵と歓喜の感情を、わたしはクリスの肩を揺することでなんとか抑える。


「クリス、起きて! 小屋が見つかったわ……!」




 クロウの案内で辿り着いた小屋は、夢で見たとおり、木々に守られるようにして、そこにひっそりと佇んでいた。


「開けるぞ」


 戸の前に立ったスワンが、そっと木戸を押す。キィ、と音を立て、拍子抜けするほど簡単に、戸は開いた。

 小さな机、簡易的なキッチン、テーブル、椅子、本棚。それらが整然と並んだ空間は、埃一つ舞わずに綺麗だ。


「狭いね。結界が張られているわけでもないし、大切な物を隠すには、適していないように見えるけど」


 ざっと周囲を見回したクロウの言葉はもっともだ。だけど、たしか。


「地下があるはずよ」

「アリスちゃん、このカーペットの下、微かに魔力を感じるよ」


 アルデアくんが、足元のカーペットを指差す。


「これは……お母様の魔力だ……」


 ぽつりと呟いたアルデアくんに、クリスが近づく。


「めくってみよう」

「………うん」


 ふたりでめくったカーペットの下に、地下への入口が現れる。

 全員がスワンを見る。心得たように、彼は躊躇いなく入口を開けた。

 短い階段。その先には、なにもない、がらんとした空間が広がっている。けれど、その中央には、横たわるひとりの少女がいた。

 コツ、コツ。階段を下りて、静かに、スワンが少女に近づく。

 彼女は、人間ではなかった。半透明に透けた身体は、暗闇の中でも淡く光を放っている。


「キネレア殿か」


 スワンが声をかける。ゆっくりと、少女が目を開けた。彼女は目の前に立つスワンを認めて、ふっと微笑んだ。


「待ちくたびれましたわ、殿下」


 見た目に反して、おとなっぽい口調。

 その声を聞いた途端、アルデアくんが耐え切れないというように、階段を駆け下りた。

 わたしたちも、その後に続く。


「お母様……!」

「アル」


 今にも抱きつきそうだったアルデアくんの肩を、スワンが掴んで引き留める。

 困ったように、キネレアさんが微笑んでいる。


「ごめんね、アルデア。もう、受け止めてはあげられないの」

「お母様……」

「この身体は、〝核〟を守るために私が魔法で遺した魂の一部。魔力も僅かしか宿っていないため、このように幼い姿でしか顕現することができません。それでも……大きくなったあなたを見られて、母は嬉しく思っていますよ」


 アルデアくんは、目を何度か擦り、背筋を伸ばした。


「……僕も、再びお声を聞けて、嬉しく思います……っ」


 こちらからでは、アルデアくんの背中しか見えない。けど、きっと彼は、微笑んだのだろう。

 涙をこらえて、大きくなった自分を母親に見せようと。

 そして、アルデアくんはすっと一歩下がり、スワンに場所を譲った。


「キネレア殿、我が国の現状は、どこまで把握を?」

「ユグルムの森に流れる魔力の記憶を少しだけ垣間見ることはありましたが、ほとんどなにも。けれど、ウェスペルティリオと魔族の連合軍が、この国に攻め入ったのは知っております。我が夫が関わっていたことも」

「そうか。伯爵は戦死した。私の命令だ。やつには、最前線で時間稼ぎをさせた」


 時間稼ぎ?

 たしかスワンは、青鷺伯爵の罪をなかったことにする代わりに、前線で戦うように言ったはず。

 それが、時間稼ぎのためだったということ?


「……それは、そちらにいらっしゃる、殿下にそっくりな方と、関係が?」

「そうだ。こいつはクロウディード。塔に幽閉されていた、私の双子の弟だ」


 キネレアさんは、腕を組んで一言も発さないクロウを見ながら、ゆっくり頷いた。


「左様でしたか。あの塔の封印を解くための時間稼ぎ、というわけですね」

「ああ」

「そうですか……」


 視線を落とした彼女に、わたしは少しはらはらする。

 青鷺伯爵のことは許せない人物だと思うけど、キネレアさんにとっては夫だ。

 夫を時間稼ぎのために前線に送り込んだと聞かされ、彼女はどう受け止めるのだろうか。

 わたしの心配をよそに、キネレアさんは、静かにスワンに頭を下げた。


「ありがとうございます、殿下」


 ────え、どういうこと?

 どうして、お礼を?


「夫の怪しい動きは、私も知るところでした。ですが、なかなか尻尾をつかむことができず……。せめてもの抵抗として、結界を強めるための〝核〟だけは夫に奪われぬようにとここに隠しましたが、病の進行が想像以上に早く、なにもお伝え出来ませんでした」


 キネレアさんが亡くなったのは、四年前。その頃から、伯爵は怪しい動きをしていたのか。

(四年前だと、アルデアくんは十歳。そんな小さな子どもがいるのに……)

 伯爵は、金では買えないものを、蔑ろにしてきたのだ。


「きっと夫が、結界絡みで何かしでかしたのでしょう……。本来なら、断罪され、歴史に汚名を刻むべき愚挙。けれど、夫に挽回の機会を与えてくださったのですね。おかげで、アルデアは陽の下を歩けます」


 ────ああ。そっか。そういうことか。

 スワンは、アルデアくんの未来をつぶさないように、伯爵の名誉を守る選択をしたのだ。


「貴方にも、感謝申し上げます、クロウディード様。殿下が封印を解いたということは、貴方のお力も借りたのでしょうから」

「……別に、いいよ。こっちもスワンと取引した結果だから」


 再び頭を下げたキネレアさんに、クロウはそっけなく返してそっぽを向いた。なんとなく、面と向かって感謝されたことが、気恥ずかしかったのではないかと思う。


「それで、キネレア殿。私があなたに頼んだ〝核〟は、完成しているのか?」

「……残念ながら、まだ。ですが、完成するのに、もうそんなにお待たせすることはないでしょう」

「つまり?」


 微笑み、キネレアさんはアルデアくんを見た。


「〝核〟の完成は、息子に任せます」


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