お告げ
場所をコンサバトリーに移動し、スワンはこれまでの経緯を、アルデアくんに簡単に説明した。
異世界から召喚されたわたしとクリスのこと、そして、これはわたしもはじめて知ったのだけど、クロウの秘密。
異常な魔力量を持って生まれ、そのために母親を死なせてしまったクロウは、生まれたことすら公表されずに幽閉されていた。そんなクロウを、対魔族戦の切り札として解放したのがスワン。スワンの期待通り、クロウがアウィス王国に攻め入った魔族部隊を一人で壊滅させた。予想外の展開に、控えていたウェスペルティリオの本隊は撤退。今に至る。
(人類最強とかなんとか言っていたのは、誇張じゃなかったってわけね。それにしても……)
あまりの情報量に、頭がくらくらしてきた。
わたしは召喚された当事者だから、まだ、なんとか話についていけているけど、これをいきなり理解しろと言われても、なかなか難しいわよね。
そう思っていたけれど、アルデアくんはあっさりと「なるほど、わかりました」と頷いた。
「えっ、これだけの情報をもう理解したの?」
驚いてアルデアくんを見れば、彼はロビンさんが淹れてくれた紅茶を一口飲んでから、「もちろん」と答えた。
「不思議だったんです。ウェスペルティリオの進軍が報告されてから、こちらも方々から戦力を掻き集めましたが、それでも、先攻部隊の魔族相手に、一日持ち堪えられるかどうか……。それくらいの戦力差があった。それなのに、魔族部隊は数時間で壊滅してウェスペルティリオは撤退した。なにか、強力な助っ人を得たことは察していました。それがまさか、たった一人だとは思いませんでしたが」
尊敬の眼差しを向けられたクロウが、やや誇らしげな表情で、紅茶にミルクを垂らしてかき混ぜている。
「父に代わり、防御結界の修復に向かいますという僕の手紙に、スワン様が待機を命じるお返事をくださった時も、国の未来のため、なにか優先すべきことがあるのだろうと理解していました。〝夢見の聖女〟を召喚し、さらに悪夢を見る能力を持つ者まで仲間にしていらっしゃったとは予想以上でしたが……本当に素晴らしいです。さすが、スワン様ですね!」
スワンを見るアルデアくんの目は、尊敬というよりも、もはや崇拝に近いのかもしれない。
(なんか……アルデアくんってスワンのすることならなんでもべた褒めしそうね)
それでも、彼の情報処理能力は目を見張るものがある。
スワンも、そんなアルデアくんの頭脳を信頼していたようで、驚いた様子もなく「理解が早くて助かる」と言った。
「それで、アル。キネレア殿が隠したとされる〝核〟の場所は見当がついたか?」
キネレア……? 核……?
新しい情報に、ついにわたしが置いてけぼりになる。助けを求めようとクリスを見ると、目が合った彼は肩を竦めた。
「キネレアって、誰?」
お茶請けをすべて食べてしまったのか、飴玉を舐め始めたクロウが質問する。
それそれ、そこ大事よね。
「ああ、アルの母君だ」
「四年前に病で亡くなりましたが、この家に嫁いでからこれまで、魔法に関してはからっきしだった父に代わり、この国の防御結界の強化に努めていたのが母です」
「へえ、青鷺伯爵って魔法がからっきしだったんだ。それなのに結界の守護って、どうやってやるの?」
さっきから、クロウがいい質問をしてくれて助かる。
魔法についてはぜんぜんわかってないから、結界の守護に魔法が必要だってことすら知らなかった。
けれど、クロウの質問に答えたアルデアくんが、さらに難しいことを口にした。
「防御結界自体は、青鷺伯爵家の者の血で守護……正確には修復ですが、することが可能です。攻撃を受けて弱った結界に青鷺伯爵家の血を垂らせば、元通りになるんです。古い魔法なので、血を媒体にした結界だということ以外、原理はよくわかっていませんが、おそらく、防御結界を張ったのが先祖だからだと思います。結界を張った当時は、青鷺伯爵家は高名な魔法一族でもありました。しかし、代を重ねるごとに魔力が薄れてしまって、百年ほど前には、すでに結界の強化が難しくなっていたと聞きます」
「それで、隣国の魔法国家イクティスから嫁をもらい、力を貸してもらうことが度々あったんだ」
アルデアくんの説明に、スワンが付け足す。
ついに外国の名が出てきた。
わたしが遠い目をしていると、それまで理解することを投げ出したようだったクリスが、興味をひかれたのか顔を上げた。
「……外国の人間が、防御結界に関わっていたってこと? それって大丈夫なのか?」
「あー、たしかに。国王殺しの文官も、ウェスペルティリオの間者だったわけだしね」
あ、そっか。人間側だからって、必ず味方とは限らないんだ。
同じ国の人間ですら、金のためなら平気で同胞を裏切り、傷つけて命を奪うのだから。
「その点は安心していい」
淡々と、スワンが答える。
「我が国と魔法国家イクティス、そしてディティーク聖騎士王国は同盟関係にあるんだ」
「同盟?」
「利害関係で結ばれた国々、ってことだよ」
首を傾げるクリスに、説明したのはアルデアくんだ。
彼にとってはお母さんを疑われたようなものなのに、気にした様子はない。
むしろ、話せることが楽しそうにすら見える。
アルデアくんは、ロビンさんから盤上遊戯の駒をもらい、テーブルに並べた。
青い駒が三つ、一つの赤い駒と向き合っている。
「イクティスもディティークも、この国が魔族に突破されたら、次は自分たちの国だってことは理解してる。まともな指導者なら、壁になってくれるアウィス王国の戦力増強を考えるよ」
赤い駒にいちばん近い位置に置かれた青い駒が、アウィス王国ということだろうか。
たしかに、その駒が倒れたら、次に赤い駒と向き合うのは後ろの青い駒だ。
「なるほどねえ。魔法国家イクティスにとっては、この国の防御結界は強力であってほしい。青鷺伯爵家に魔法使いを嫁に出すことは、互いの利益になっているってことなんだ。じゃあ、ディティーク聖騎士王国は?」
興味深そうに駒を眺めていたクロウが訊く。
「ディティーク聖騎士王国は、王が聖騎士団長を兼任している騎士の国だ。そちらからは兵士を派遣してもらったり、武具など必要な物資を提供してもらっている。フェムルも、ディティーク聖騎士王国出身だ」
そうだったんだ。
同盟とは、同じ目的に対して相互協力の関係、ということなのね。
全員が納得したことを確認するように、スワンはみんなの顔を見渡し、それからアルデアくんを見る。
「本題に戻るが、キネレア殿が隠した〝核〟の場所はわかったか?」
「いえ……。ですが、思い出したことがあります」
「なんだ」
「生前、母がまだ〝核〟を屋敷で保管していた時、こっそり僕に〝核〟を見せて言ったんです。幼かったので、覚えているのは断片的ですが、たしか……『私がずっと守っている、深い場所で、白い鳥が陽光に導かれて現れるその日を』だったかと。もしかしたら、隠し場所に関係してるかも」
「急に物語みたいになったね」
クロウが茶化す。空気の読めないやつね。でも、抽象的なその言葉は、たしかに物語の導入っぽい。
うーん、と少し考えてみる。
「白い鳥は、スワンって感じがするけど……」
「うん、僕もそう思った!」
身を乗り出して、アルデアくんが同意する。
本当にスワンが好きね、この子。
「じゃあ陽光は? 〝導かれて〟だから陽が差し込む場所とも考えられるけど、〝深い場所〟は地下っぽいよね」
クロウの意見に、全員が考え込む。
わたしの頭の中で、眩い光を背景に立つスワンが、地下へと続く扉を開け放つイメージが浮かんだ。
ふと、その光景に見覚えがあるような気がした。
「…………陽光は、アリスのことじゃないか?」
ぽつりと呟いたクリスに、いち早く反応したのはクロウだった。
「君ね~、お姉ちゃんが大好きなのは知ってるけど、実の姉を陽光に譬えるのは行き過ぎだよ」
からかう口調にイラッとするけど、たしかに、ちょっと、恥ずかしいかも。
「いや……、私も、アリスだと思う」
え。
同意するスワンに、全員が注目する。
ちょっと、やめてよ、スワンまで。
「王家に伝わる伝説だが、建国時から、〝夢見の聖女〟が王家を導くことがあったらしい。今、〝夢見の聖女〟はアリスだ。白い鳥というのが私なら、導くのはアリスしかいない」
そんな、断言されても。
みんなの視線が、自然とわたしに向けられるのを感じる。
冷や汗が背中をつたう。
「アリス、何か心当たりはないか」
「こ、心当たりと言っても……」
戸惑っていると、クリスが安心させるように微笑んだ。
「なんでもいいんだよ、アリス。アルの言ってたキネレアさんの言葉に、なにか引っかかることはなかった?」
「……………」
そう言われて、目を閉じて考えてみる。
『私がずっと守っている、深い場所で、白い鳥が陽光に導かれて現れるその日を』
クリスの言う通り、引っかかることはある。
知っているような気がするのだ。見たことはないはずなのに、イメージが浮かぶ。
───深い場所。
それは、もしかしたら、森の奥深くなのではないか。
そう、その深い森には、木々に守られるようにして建つ、小屋があるかもしれない。
小屋には……地下があって、そこに。
「少女が、眠っている……」
呟いてはっとした。
わたしは、見ている。
こちらの世界にきてすぐに、夢を。
あれが吉夢なのだとしたら。
「どこか、深い、人気のない森ってある?」
「立ち入り禁止の森なら、ここロストルムにある。クリスが召喚された場所、ユグルムの森だ」
すかさず答えるスワンを、わたしは記憶を辿りながらじっと見つめる。
伝わってほしくて、必死だった。
「そこかもしれない」
「理由は」
「深い場所っていうのは、森のことだと思う。人気のまったくない、薄暗い森。そこにきっと小屋があるの。クリスと再会したあの小屋を見たとき、既視感があった。たぶん、あんな感じの小屋よ。わたし、見たわ」
「わかった」
頷き、スワンは立ち上がった。
「フェムルを呼んでくれ。ユグルムの森を捜索する」




