道中
青鷺伯爵の一人息子に会うというスワンに、わたしとクリスも同行することになった。当然、スワンの護衛も兼ねているクロウも一緒だ。
前にロストルムに向かった時とは違い、今回は気持ち的に余裕がある。落ち着いた気分で窓の外を眺めていると、肩になにかが当たった。
「あ、ごめん、アリス……」
寝そうに目を擦っているクリスが、ぼんやりとした声音で謝ってくる。どうやら、うとうとと船を漕いでいたようだ。
あまりの可愛さにきゅんとしてしまう。
「寄りかかっていいわよ。少し寝なさい」
「うん、ありがと……」
こてん、とすぐにわたしに体重を預けて眠ってしまう、その無防備さがいとおしい。
(寝顔、小さい頃とかわらないなあ)
ふふ、と笑みを浮かべながら幸せに浸っていると、斜め向かいからじとっとした視線を感じた。無視するには鬱陶しいそれに辟易して、渋々そちらを向けば、長い脚を窮屈そうに組んだクロウが、何か言いたそうにわたしたちを見ていた。
笑みが消えて無表情になったのが、自分でもわかる。
「なによ」
「そこ代わって」
「はあ?」
ふざけてるのか、この男は。
「絶対いや」
「なんで。いいじゃん、君はクリスといつも一緒にいるんだから。たまには他の人とも親交を深めたほうがいいと思うなあ」
「あんたが深めるべきなのはお隣のお兄さんとの仲でしょ」
「そうかな。王子と〝夢見の聖女〟って、古い物語ではいつもセットで登場するし、君とスワンのほうが話し合うべきことが多いんじゃない?」
「ええ、そうね。話し合うなら隣同士よりも向かい合ってるほうが話しやすいわ。このままで問題ないわね」
「……………」
勝った。内心で勝ち誇っていると、クロウから陰気な気配が漂いはじめる。
「あのさあ……、そうやって弟の交友関係を閉ざして、君はどうしたいの? ずっと周囲を警戒しながらひとりで守ろうとか考えてるわけ? 部下にしたからには俺だってクリスを守る気でいるし、君はそろそろ弟立ちしたほうがいいんじゃない?」
「………というか、寝てるクリスとどう親交を深めるって言うわけ? あんた、懐に入れた相手にはとことん詰め寄るタイプでしょ。距離感ってものがわからないんでしょうけど、あんまり強引だと嫌われるかもしれないわよ」
「……………」
「……………」
無言で睨み合っていると、不意に、ぱたんと本を閉じる音が聞こえた。
我関せずといった様子でずっと本を読んでいたスワンが、ゆっくりと顔を上げ、わたしとクロウを交互に見る。
「おまえたち……席替えしたいのか?」
恐らく、誰も望んでいないであろう結果になることを予感して、わたしは窓の外に視線を移す。硝子に映ったクロウも、同じように反対側の窓に視線を移していた。
ふん。スワンの横やりが入ったとは言え、今日はわたしの勝ちなんだから。
幼い子どものようなことを考えてから、わたしは流れる景色に意識を集中させることにした。
馬車は森の中を走っている。王都の周辺より、緑が濃い。もうすぐ、ロストルムに着くのだろう。
(……それにしても、びっくりした)
耳に残っているクロウの言葉が、わたしの胸を騒がせた。
『そうやって弟の交友関係を閉ざして、君はどうしたいの? ずっと周囲を警戒しながらひとりで守ろうとか考えてるわけ?』
指摘され、ドキッとした。きっと、わたしはそう考えていたから。図星を指された。あんな変人に、言い当てられてしまった。
クリスはずっと、わたしがひとりで守る。クリスに近づく人間は、全員警戒しなくてはいけない。そう、わたしはずっと考えていた。
(だって、クリスを連れ出したのはわたしだから……)
でも、それだけじゃない。
わたしが、クリスを愛しているからだ。ずっと一緒に生きてきて、今さら、クリスのいないわたしなんて考えられない。
クリスを、彼の尊い命を、誰にも奪われたくない。絶対に、奪わせない。
だからクリスを、わたししかわからないところに隠したかった。
けれど、それはわたしの勝手な考えだ。クリスの交友関係を、わたしが制限するのは違う。
(わかってる。それでも……)
わたしはそっと、退屈そうに窓の外を眺めながら、飴玉を口に放り込むクロウを盗み見る。
思い出すのは、青ざめて震えているクリスに、むりやり飴玉を食べさせようとしていた、クロウの眼だ。
瞳の色も目の形も、スワンと瓜二つのはずなのに、あの時の眼は、なにかが違った。
深く、暗く、一片の情も持ち合わせていないような。
そんな恐ろしい眼で、クロウはクリスを見ていた。
(こいつだけは、警戒しても許されるわよね)
クリスの姉として。
自分を納得させたわたしは、座席にちょこんと置かれていたクリスの手を拾って、指を絡めるように握った。




