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救国の双子  作者: 日出祐祈


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14/25

今後のこと

 なるほど、とスワンが呟いた。

 なんとなく集合場所みたいになっている、わたしとクリスが借りている王城の客室。そこで、スワンとクロウが昨夜の出来事の報告会を開催していた。

 朝陽が差し込む小さなテーブルの上で指を組んだスワンに、陽が差し込まない壁際に寄りかかっているクロウが報告する形だ。

 ちなみに、わたしはと言うと。


「あの、アリス……」

「動かないで」


 膝の上から頭を浮かせようとするクリスを押さえつけ、元の位置に戻して、再び丸い頭を撫でる。スワンたちが部屋に来る前からやっているから、もう小一時間くらいはずっと、わたしはクリスを膝枕して彼の頭を撫でまわしていた。

 なぜ弟の頭を撫でるのか。それは、そこに頭があるから……ではなく、お仕置きだ。

 そう、これはお仕置きなのだ。

(わたしは、怒ってる)

 もう、なにに怒ればいいのかわからないほどに、怒っていた。

 まず、クリスを誘拐したクズ。絶対に許さないと決めて、連中がアジトにしているという倉庫を突き止めて乗り込んだのに、先に到着したクロウが全滅させていた。

(そう、クロウよ、こいつ……)

 目をぎゅっと閉じているクリスのほっぺをもにゅもにゅと揉みながら、わたしはちらりと影と同化しそうな男に視線を向ける。

 昨夜、倉庫に駆け付けたのにクリスはいなくて、誘拐犯の連中は全員、すでに事切れていた。どういうことかとスワンに詰め寄ると、彼は「クリスは無事だ。おそらく、クロウが一足先に助け出してる」と言った。そして、本当にそのとおりだったらしく、深い森の奥から、クロウがクリスを抱えて現れた。

(この際、半径五メートルは近づかないという約束が反故にされたのはいいとして……)

 わたしの視線に気づいたクロウが、にっこりと微笑む。

 ゾワ、と全身に鳥肌が立った。


「さっきからおもしろいことしてるね。それ、なんの意味があるの?」


 わたしたちがいるベッドの前まで音もなく歩いてきたクロウに、わたしもにこりと笑みを浮かべる。

 少しこめかみが震えたけど、この際、気にしない。


姉弟(きょうだい)の愛情表現なので、お気になさらず」


 クロウの笑みが深くなる。


「へえ? もう姉弟同士でベタベタする年齢でもなさそうなのに、仲良いんだね」


 大きなお世話よ。


「同じ双子なのに、そちらは殺伐としてますもんねぇ。一生、わたしたちのことは理解できないんじゃないかしら」

「わかりたくもないかなー。ところで、そのペンダント、似合ってるね」

「……………」


 指差されたわたしの胸元には、白鳥のペンダントが揺れていた。

 クリスがはじめて働いて得た賃金で、わたしに買ってくれたものだ。

 昨夜、クリスがクロウと共に森から現れたあと、わたしはクリスに抱きついて、彼に傷一つないことを確認した。それから、路地に落ちていたこれをクリスに返そうとしたのだけれど、クリスによって、ペンダントはわたしの首にかけられた。

「これ、お守りの意味があるんだって。アリスにあげる」と、クリスは言った。

 大切で大好きな弟からの、贈り物。嬉しくないわけがない。けれど、お守りなら、クリスに持っていてほしいと思ってしまうのも姉心で。

 わたしもなにかお返しするわね、と言おうとしたとき、気づいた。

 クリスの華奢な指に、いかつくて不似合いな指輪が嵌められていることに。

 よりにもよって、それが、この世で二番目くらいに弟に近づいてほしくない男からの贈り物で。

(さらに、こいつの部下になるって、どういうことよ……!)

 心の中で地団駄を踏みたくなる。

 いったい、わたしの知らないところで、クリスとクロウの間に、なにがあったというのだろう。

(…………………ムカつく)

 誘拐されてクロウに助け出されたとは聞いたけど、それ以外の、確実になにかあったであろう出来事を、クリスとクロウに内緒にされている。

 お姉さまに隠し事なんて生意気だから、寝起きからずっと、クリスを撫でまわしの刑に処している。その他にも、心配させた罪、趣味の悪い指輪をもらった罪、まだ朝ご飯を食べていない罪、朝陽がまぶしい罪、クロウが平気な顔で部屋に入ってきた罪……と、あらゆる罪をクリスに着せて、刑を執行している。


「ふむ……。クリスが悪夢の予知夢を見る能力を付与されたというのはわかった。それで、おまえを攫った連中は組織名を〝狩人〟と言ったらしいが、間違いはないか?」

「う、うん、そう!」


 刑から逃れる大義名分を得たとばかりに、クリスはわたしの膝から頭を持ち上げ、起き上がる。

 ボサボサになったクリスの髪を、図々しく直そうとするクロウの手を叩き落とし、わたしは手櫛でクリスの髪を梳いてあげた。


「表向きはロストルムってところの、貴族お抱えの商人だったって」


 ロストルム……?


「あれ、ロストルムって、クリスを召喚した闇商人がいた都市よね。なんだか、問題が多すぎない?」

「ああ、その闇商人も〝狩人〟のメンバーだったんだ。仲間を殺されたって怒ってた」

「はあ? あいつらは自分たちで服毒死したのよ」


 そうでしょ、とスワンに確認すると、彼は無言で頷いた。


「まあ、逆恨みだよね。毒を飲むほどにまで仲間を追い詰めた俺たちが、許せないってことだと思うよ」


 クロウの言葉に、わたしはふん、と鼻を鳴らす。


「呆れるわね。追われるのがいやなら、悪いことをしなければいいのに」

「本当にねー」


 同意したクロウは、なぜかクリスの額をニコニコ笑いながら指先で弾いた。


「いたっ」

「ちょっと! ひとの弟に暴力を……」

「アリス」


 文句を言おうとしたわたしを、スワンが冷静な声音で呼ぶ。

 真面目な表情の彼と目が合い、なんとなく気まずさを感じて、わたしは背筋を少しだけ伸ばした。


「前に話した、裏切り者のことを覚えているか」

「文官だった人のことね」


 スワンは頷く。


「我が国の防御結界を壊し、敵の侵攻を手引きした文官だが、そいつを父上……国王に紹介した貴族が、ロストルムの〝青鷺伯爵〟だ」

「青鷺伯爵?」

「我が国では、貴族の爵位の前に称号を付けて呼ぶのが習わしなんだ。ロストルムの領主である伯爵家の称号は青鷺。王家のシンボルが白鳥であるのと同じようなものだ」

「ふうん。でも、その青鷺伯爵も、文官が悪いやつって知らなかったのよね?」


 いや、とスワンは否定した。


「伯爵は、文官が間者なのを知っていた」

「……………」


 領民を守って戦死したひとが、まさか、そんな。

 そういえば、ロストルムに着いた頃、馬車の中で領主の話をしていたスワンは、どこか冷めた様子だったことを思い出す。


「アウィス王国は、民から税を徴収する代わりに、貴族には民の暮らしが良くなるための(まつりごと)を行い、外敵から領民を守る盾になることを義務付けている。王家が暮らす王都が、魔族と戦争になれば最前線となる位置にあるのも、より責任が重いからだ。青鷺伯爵は、魔族が押し寄せてきたとき、金目の物を鞄に詰めて逃げようとしていた」

「え────」

「ロストルムにある〝ユグルムの森〟は、太古の昔から良質な魔力を蓄えている森で、その魔力を利用して、我が国は魔族除けの防御結界を張ってきた。青鷺伯爵は、代々防御結界の守護も担っているんだ。結界が破られたら、伯爵は真っ先に駆け付けて修復する責務がある。だが、伯爵はそれを怠ったばかりか、間者の目的が結界の破壊と知っていて国王に紹介した。そして、事の重大さに気づいて逃亡を図ったんだ」

「……理由は?」

「金に目がくらんだのだろう」


 スワンはそっけなく吐き捨てる。

 お金のために、王都はあんなにめちゃくちゃにされた?

 王城の庭の片隅にあった、たくさんの真新しいお墓が脳裏に浮かぶ。

 多くの人が亡くなった。大切な思い出が、瓦礫の下敷きになった。

 それが、たった一人の、私利私欲のためだったなんて。


「闇商人が青鷺伯爵のお抱え商人だったのなら、伯爵は人身売買にも関わっていたのだろう。その弱みに付け込まれたか、金を積まれたか……。どちらにしろ、逃げ出すときに連れて行こうとしたのが、まだ十四歳の一人息子ではなく、金品だったのだから救えない。私が部下に命令し、逃亡する直前に捕らえ、前線に引きずり出した。生き延びることができたら、王殺しに加担した件も不問にしてやると言ってな」


 王殺し。

(王って、スワンとクロウのお父さんってことよね……)

 なんか……いやな話だ。

 多くの人を不幸にしておいて、青鷺伯爵はさっさと死んだ。

 もっと、もっともっともっと、苦しんで泣き叫んで、絶望の中でむごたらしく死ぬべき人なのに。

 ロストルムの領民の中には、青鷺伯爵を英雄だと勘違いしている人だっているかもしれない。

(わたしなら、クリスを殺したやつが英雄扱いなんてされたら……)

 ────だめだ。想像しただけで、怒りで脳が沸騰しそう。

 いったん頭をリセットさせて、気を取り直してわたしは顔を上げる。

 すると。


「………………」

「………………」

「………………」

「え」


 クリスもスワンもクロウも、わたしのほうをなんとも言えない表情で見ていた。


「な、なに?」

「……アリス、どうかした?」


 恐る恐るといったふうに、クリスが訊いてくる。


「え、別になにもないけど」

「なにもないのに急に殺気出すの? けっこうやばいやつだよね、君って」


 からかうようにクロウに言われ、想像で湧いた怒りが漏れ出ていたことを知る。

 反論の余地もなく、わたしはうつむく。


「そ、それは……ごめんなさい」

「この国のために怒ってくれたのなら、礼を言おう」


 スワンの優しさが、今は少しだけいたたまれなかった。


「それで、今後のことなんだが」


 しん、とした空気をものともせず、スワンが口火を切る。


「青鷺伯爵の一人息子に、会いに行こうと思う」



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