指輪 side:クリス
「呪われてるって、どういう……」
「んー、よく言うじゃん、不幸が重なると呪われてるって。俺が言いたいのはそういう〝呪われてる〟なんだよね。だから、実際に呪われてるかどうかは問題じゃないんだ。問題なのは……俺が、母親を焼き殺して生まれたってことだから」
焼き殺す……?
赤ん坊が、どうやって……。
戸惑って立ち尽くすおれに気づいて、クロウは「混乱してるねえ」と笑いながら言った。口調の軽さのわりに、かなり重い内容だ。
「信じてもらうには、どうすればいいかな。そうだ、俺に〝バケモノ〟って言ってみてよ」
「……なんで」
「見せたいものがあるんだ、早く言って」
急かされるけれど、そんな心にもないこと、言えるわけがない。
実力差に対しては、たしかにおれはクロウを怪物だと思った。でも、彼が言わせようとしている〝バケモノ〟とは、意味というか、本質が違いすぎる。
おれは首を横に振る。
「言えない。それって、人を傷つける言葉だろ。思ってもないのに、頼まれたからって軽々しく言えるかよ」
僅かに目を見開いたクロウが、おれを見る。
────その刹那。
「あっつ!」
ゴォッ!
クロウの全身が、黒い炎に包まれた。
直接触れたわけでもないのに、近くに立っていただけでかなり熱い。とっさに距離をとって正解だった。たぶん、触れたら最後、骨まで燃やし尽くされるのではないだろうか。
炎の中で、クロウは自身の両手をぼんやり見下ろしている。
「おいっ、大丈夫なのか?」
「……怒りの感情がトリガーだったわけじゃないんだ……」
「なんだって? てか、それ消せるのか?」
「消せるよ」
クロウが片手を振ると、黒炎はたしかに一瞬で消えた。
(なんなんだ、いったい……)
腰が抜け、へなへなとその場に座り込んでしまう。
そんなおれの目の前に、手が差し出される。クロウの大きな手だ。
「今なら言える?」
「は?」
「バケモノって」
またそれか。
呆れながら、おれはクロウの手に掴まって立ち上がった。
「おまえの言うバケモノって、変な力があるやつのことなの? それなら、おれだってバケモノだ」
「母親を殺してる。スワンにも、火傷の痕が残ってるよ」
「赤ん坊だったときに自我があったのか? 悲劇だったとは思うけど、そもそもおれには関係ないし」
それに、おれの考える〝バケモノ〟ってやつは、能力や見た目のことではない。
真の〝バケモノ〟は、自分より弱い生き物を、平気で踏みにじる人間のことだ。
「……関係ない、か」
ぽつりと呟いて、クロウはまっすぐにおれを見た。
「俺がこの世に生を受けて、最初に聞いた言葉が〝バケモノ〟だった。言ったのは産婆か、父親か、死ぬ直前の母親か……。とにかく俺は、生まれてすぐに母親を殺した大罪人だ。もともとアウィス王国の王家にとって、双子の弟は忌み子だったし、最低限の世話役をつけて幽閉することが決定された」
淡々と話すクロウの表情からは、なんの感情も読み取れなかった。けれど、不意にその瞳が、きらっと光る。
「俺の能力に目を付けたスワンが、対魔族戦の最終兵器として俺を解放するまで、俺の存在を知る者はごく僅かだった。けれど、人の口には戸が立てられないでしょ? 噂を聞いたことがあるやつはみんな、俺から距離をとった。知らずに話しかけてきたやつもいたけど、次の日には目すら合わなくなる。まあ、生き物としては賢い生き方だとは思うけどね。正常な防衛本能だ」
「……………」
その言い方だと、おれの防衛本能が異常みたいに聞こえるような。
「だから、関係ないって言ってくれて、嬉しいよ」
────あ。
笑った。
(クロウって、よく笑ってるけど、なんか作り物って感じがしてたんだ)
けどさっきの、ふわりと微笑んだクロウの笑みは、心からの笑みだったような気がした。
「そうだ!」
突然大声を上げて、クロウは自身の左手の人差し指から、するっと指輪を抜き取った。
「これをあげるよ。飴玉の代わり」
「は……?」
言うが早いか、おれの右手を持ち上げたクロウは、中指に指輪を通す。
漆黒の翼を広げる、鴉の指輪だ。
……ちょっとかっこいい。
「アウィス王国では、鴉は魔界に繋がる門を守護する鳥だって考えられてる。魔界の邪気を浴びるから真っ黒なんだって。魔の気を帯びた羽根を不吉だと思う人間もいるけど、俺は鴉が好きだよ」
言いながら、中指だとぶかぶかなことに気づいたクロウが、今度は親指に嵌める。でも、それでもやや緩かった。
クロウは肩を竦めた。
「もういいや。紐でも通して首にかけてよ」
「……これ、調節してもらいたい。そういうお店って王都にある?」
「腕利きの加工屋はいくつか知ってる。今度連れてってあげるよ」
「うん、ありがとう」
親指に嵌められたままの鴉の指輪を、星空にかざしてみる。
(やっぱ、すごくかっこいい)
装飾品なんて贅沢なもの、身につけたのははじめてだ。少しだけ、自分という存在が特別になったような気がした。
内心、かっこいい指輪で浮かれていたおれを、クロウは目を細めて見ていた。
「これからよろしくね、クリス」




