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九界の英雄  作者: 陰乃


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第四話 アールヴヘイムの妖精族

だがアンタエウスは、体をくるりと一閃させてそれを完璧に回避してみせた。剣は彼の脇をかすめて飛んでいく。その瞬間。アンタエウスは空中で腕を伸ばした。指を鳴らすこともなく、飛んでいく剣をそのままキャッチする。黒妖精族の目が驚きによって見開かれた。




「ふんっ! これでも食らえ!!」




腕を振るうと、剣は一直線に飛んでいった。


次の瞬間。それは黒妖精族の胸元へと深く突き刺さった。黒い翼が大きく揺れる。そしてそのまま、黒妖精族は崩れ落ちた。


静寂が訪れる。助けられた妖精族は、驚きと安堵の入り混じった表情でその場に立ち尽くしていた。その姿を見て、アンタエウスは少し目を丸くする。




そこにいたのは――一人の少女だった。小さな体。背中には透き通るような翼。まだ幼さの残る顔立ち。少女は翼を小さく震わせながら、アンタエウスへ深く頭を下げた。




「……ありがとう、助けてくれて……! あなたが助けに来てくれなかったら、きっと黒妖精族に木端微塵にされていたと思う」




「全然大丈夫だよ!! 君も安全な場所へ!」




少女は少し笑みを浮かべ、涙をぬぐった。




「私は――アフォディ。アールヴヘイムの妖精族」




「俺はアンタエウス。ミズガルズ出身の人間」




二人は短く視線を交わす。それだけで、互いに敵ではないと理解できた。アンタエウスは、すぐに周囲へ目を向けた。まだ多くの妖精族が倒れている。彼は電光石火の如く、走り出した。




「怪我は大丈夫ですか!? 無理に動こうとしないでください!」




倒れていた人々の安全を確かめ、負傷者の応急手当を終えたあと、アンタエウスはほっと小さく息を吐いた。さっきまで騒然としていたアールヴヘイムの森も、今ではまるで何事もなかったかのように静けさを取り戻している。そんな中で、少し離れた場所に立っていた少女が、おずおずと口を開いた。




「私も……ついて行っていい、かな?」




アンタエウスが振り返ると、小柄な体からは想像できない、気迫を帯びた真剣な瞳で見つめる妖精族の少女――アフォディがいた。




「もちろんいいぜ!! でも……なんで旅をしたいんだ?」




アフォディは一度小さく息を整えた。胸の前で手を握り、ほんの少しだけ震えている。しかし、その瞳だけは鋭く、そして真っ直ぐにアンタエウスを見据えていた。




「強くなって、九界の守護団に入って、アールヴヘイムを、世界を守りたいの……!」




その言葉を聞いた瞬間、アンタエウスは思わず笑ってしまった。からかうような笑いではない。どこか嬉しそうな、共感した者の笑いだった。




「なるほど、そういうことか。俺と同じなんだな。でも、もし旅についてくるなら一つ約束してほしい。旅には危険が伴う。だから、その、やばくなったらすぐ逃げろ!! 俺を気にせずにな!! 初対面で何言ってんだって話だけどな」




アフォディは少し驚いたように目を瞬かせたあと、照れくさそうに笑った。 




「わかった、逃げる」




その返事は、どこか軽く聞こえた。本当に理解しているのか怪しいと思ったアンタエウスは、思わず苦笑する。




「ま、いいか」




それからしばらくして、二人は森の中での最後の作業を終えた。負傷者を安全な場所へ避難させ、簡単な見張りを立て、もう危険がないことを確認する。


そして――。騒ぎのあとを残したままのアールヴヘイムの森は、ゆっくりと本来の姿を取り戻していた。木々は静かに揺れ、遠くでは鳥の声も戻り始めている。アンタエウスはその空を見上げた。




「さて……次はどこにいくべきだろうか……」




九界の守護団に入る。父を探す。人々を救う。やることは山ほどある。どれも簡単ではない。だが、どれも諦めるつもりはなかった。その時だった。隣で少し遠慮がちにアフォディが口を開く。




「あの……提案があるんだけど」




「ん? なになに??」




アンタエウスが顔を向けると、アフォディは少し考えるように視線を落としたあと、言葉を続けた。




「各種族にいる“天才騎士”を集めるのはどうかな?」




アンタエウスは目を瞬かせる。予想していたよりも、ずっと規模の大きな提案だった。アフォディは一語一語を嚙み締めるようにゆっくり説明する。




「九界の守護団は、四騎士が頂点にいるって聞いた。でも、守護団に入っていない各種族の中でも特に優秀な騎士たちがいるっていうのも聞いた……」




少し間を置いて、彼女はアンタエウスを見る。




「もし私たちが、その人たちと手を組めたら……」




「黒妖精族にも、きっと対抗できる。いや、その他の闇にも、かな」




アンタエウスは腕を組んだ。冗談じみた顔ではなく、本気で考える顔だった。数秒ほど沈黙が続く。やがて――ニヤリと笑った。




「いいね!! 仲間がいれば強くなれるし、世界も守りやすい! 一人より二人。二人より三人だ!」




その言葉を耳にした瞬間、アフォディの瞳が小さく煌めいた。




「じゃあ、どこから行く?」




アンタエウスは腰のポーチから折り畳まれた地図を取り出し、ぱっと広げる。九界の地形が細かく描かれた、使い込まれた地図だった。




「まずは……」




彼の指が地図の上をゆっくり動く。そして――炎の紋章が描かれた土地で止まった。




「ムスペルヘイムだ」 




そこは灼熱の大地。炎の種族――スルト族が住まう国。そして、その国には“天才騎士”がいるという噂があった。アンタエウスは拳を固く握った。これから炎の国へ向かう決意を胸に。




「炎の国か……燃えてきたな!」




アフォディは思わずくすっと笑った。




「アンタエウスが燃えるの?」




アンタエウスは軽く地面に手をつける。次の瞬間、風がふわりと巻き上がった。




「安心してくれ、俺は燃えない」




そして、力強く言った。




「よし、行くぞ! ムスペルヘイムへ!」




アフォディは少し迷ってから、小さく拳を上げた。




「えいえいおー?」




その掛け声と同時に、風が二人の足元から吹き上がる。体がふわりと浮き上がり、木々の上へと持ち上げられていく。 


こうして――柔指の少年アンタエウスと、妖精族の少女アフォディは、次なる目的地――炎の国ムスペルヘイムへと旅立った。

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