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ボッタクリ占い師の華麗なる誤算〜適当なアドバイスが異世界の運命を変えていく〜  作者: ぱすた屋さん


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第37話 春の訪れと、駄目になった聖女

 


 荒れ狂っていた白き魔王の吐息が、ついにその勢いを止めた。


 分厚い鉛色の雲が割れ、数ヶ月ぶりに王国の空に、暖かく柔らかな太陽の光が降り注ぐ。

 王都の広場に積もっていた雪は音を立てて溶け始め、凍てついていた大地からは、春を告げる若草の緑が力強く顔を出し始めていた。


「……春だ。我々は、あの悪夢のような冬を生き延びたのだ……!」


 王都の中央広場に集まった何万という民衆が、空を見上げて歓喜の声を上げていた。

 そして、その熱狂の中心にある王城のバルコニーでは、国王陛下が力強い声で歴史的な勝利を宣言していた。


「皆の者、よくぞ耐え抜いてくれた! 教会の預言に記されし『白き魔王』の災厄。過去の歴史において、この規模の大寒波は国の三割の命を奪うと言われていた!」


 国王の威厳に満ちた声が、魔力拡声器を通じて王都中に響き渡る。


「だが、今年の冬はどうだ! クラーク商会の『神聖ロジスティクス』による完璧な物資配備! 神聖騎士団と第七クラスによる命懸けの雪山救助! そして全国の教会による、誰一人見捨てない避難所運営! 結果として、我が王国は……この未曾有の大災害を前にして、『凍死者・餓死者ゼロ』という、神話に等しい奇跡を成し遂げたのだ!!」


 ウオォォォォォォォォォッ!!!

 地鳴りのような大歓声が王都を揺らした。


「この偉業は、一人の御方の『星の導き』なくしては絶対にあり得なかった。天の理を読み解き、等圧線の魔術で吹雪を割り、戦わずして魔王を退けた我が王国の至宝! 『星導の大賢者』にして『最高位神聖アドバイザー』、先生に、最大限の感謝と祈りを!!」


 国王が王城の最上階……大賢者の私室がある方角へ向かって深く頭を下げると、バルド団長、エリアーナ王女、アイリス会長、そしてレオンたち生徒も一斉に最敬礼を行った。

 民衆たちもそれに倣い、王都中が「大賢者様、万歳!」「神の御遣い様!」という熱狂的な祈りの声に包まれる。


 人類が自然の脅威に完全勝利した、記念すべき春の訪れ。

 王国の歴史書に永遠に語り継がれるであろう、美しくも感動的な光景であった。


 * * *


 一方、その頃。

 王都中からの熱狂的な祈りと感謝を一身に集めている、王城最上階の『大賢者の絶対聖域』において。


「……はぁ。やっと春になったか。これで面倒な雪崩だの物資不足だのの報告から解放される」


 俺はシルクの薄手パジャマに着替え、窓から差し込むうららかな春の陽光を浴びながら、特等席のソファで大きく伸びをした。


 この数ヶ月、俺は本当にこの部屋から一歩も出ていない。

 たまにレオンやアイリスが血相を変えて飛び込んでくるたびに、適当な現代知識(気象学やかんばん方式)をそれっぽい占いの言葉に変換して丸投げしていただけだ。

 結果的に「死者ゼロ」という奇跡を達成してしまったらしいが、俺としては「誰も部屋に文句を言いに来なくてよかった」という安堵の気持ちしかない。


「さて。気温も暖かくなってきたし、今日から本格的に『春の睡眠祭(ただの昼寝)』を開催するとしよう。誰も俺の邪魔は……」


 ガチャリ。


 俺がソファに深く沈み込もうとした瞬間、部屋の扉が(今回は蹴り破られることなく)静かに、ごく自然な動作で開いた。


「先生、ごきげんよう。春の陽気が心地よいですわね」


 そこには、純白の法衣の上に、なぜか可愛らしいピンク色のエプロンを身につけた聖女の姿があった。

 彼女の両手には、焼きたての甘い匂いを漂わせるクッキーの山が乗った銀のトレイが握られている。


「……お前、なんでここにいるの?」


 俺は心底不思議そうな顔で尋ねた。


「今日は大聖堂で『春の女神降臨祭』という、一年で一番大きな式典がある日だろ? 教会のトップであるお前が、国王と一緒にバルコニーで民衆に祈りを捧げてるはずじゃなかったのか?」


 俺の真っ当な指摘に対し、聖女は一切悪びれる様子もなく、ふふっ、と優雅に微笑んだ。


「ええ、その予定でしたわ。ですが、あの長くて退屈な式典で何時間も立ちっぱなしになることを想像したら、なんだか急に『魂の穢れ』を感じてしまいまして」


「魂の穢れ」


「はい。先生が以前、私に授けてくださったではありませんか。『休むこともまた、国を救うための完璧な計画の一部。魂を最適な状態に保つための神聖なる義務である』と」


 聖女はトレイをテーブルに置き、俺の隣のソファに、まるで自分の定位置であるかのようにススッと腰を下ろした。


「ですから、式典の長い祈りは神官長に丸投げ……いえ、後進の育成のために権限を委譲デリゲーションいたしましたの。そして私は、先生の『ちーとでい』の教義に従い、魂のメンテナンスを優先すべきだと判断したのですわ」


「……お前、完全に俺の言葉を『サボるための大義名分』として悪用してるだろ」


 俺がジト目で睨みつけると、聖女はエプロン姿のまま、えへへ、とだらしない笑みを浮かべた。


「悪用だなんて人聞きの悪い。これは『教義の現代的解釈』ですわ。それに見てください、王室のキッチンを借りて、先生の大好きなバターたっぷりのクッキーを焼いてきましたのよ。新作の恋愛小説の三巻も、アイリス会長の商会からこっそり手に入れてありますわ」


 聖女はエプロンのポケットから、大衆向けの娯楽小説を取り出し、得意げに掲げてみせた。


 かつて、近寄りがたいほどに神聖で、完璧主義の塊だった教会の象徴。

 それが今や、隙あらば公務をサボり、大賢者の部屋に入り浸ってはお菓子を焼き、ソファでゴロゴロしながら恋愛小説を読み漁る『駄目なインドア女子』へと完全にクラスチェンジを果たしてしまっていた。


 過労で倒れた彼女を救うために「休息の重要性」を教えたのは確かに俺だが、まさかここまで見事にスローライフ(堕落の闇)に染まりきってしまうとは予想外だった。


「……はぁ。まあいい。神官長が泣いてる姿が目に浮かぶが、俺の知ったことじゃない」


 俺はため息を吐きながら、聖女が焼いたクッキーを一枚手に取った。

 サクッとした食感と、濃厚なバターの甘みが口いっぱいに広がる。悔しいが、王室のパティシエにも引けを取らない絶品の味だ。


「どうです? 女神の祝福カロリーを感じますでしょう?」


「ああ。甘くて美味いよ。お前、聖女よりパティシエの方が向いてるんじゃないか?」


「ふふっ、最高の褒め言葉ですわ。……先生、このページを開いたままにしておいていただけます? 私、両手がクッキーで塞がっていますの」


「お前なぁ……。自分でめくれよ」


 文句を言いつつも、俺は聖女の隣で小説のページをめくってやった。

 春の暖かな日差しが差し込む部屋の中、国で一番偉い大賢者と、国で一番神聖な聖女が、二人並んでソファでクッキーを齧りながら、大衆小説を覗き込んでいる。


 外の世界では、俺たちが「魔王を退けた伝説の英雄」として神格化され、崇め奉られている真っ最中だというのに。

 絶対聖域の扉の向こう側は、そんな壮大な英雄譚とは無縁の、ただのぐうたらな日常が広がっていた。


「……なあ、聖女。春になったら、少しは教会に戻って仕事するんだろ?」


「あら? 先生こそ、春になったら『大賢者』として王室の公務をされるのですか?」


「するわけないだろ。俺は一生この部屋でニート生活を満喫する契約を国王と結んだんだからな」


「でしたら、私も一生この部屋で『最高位神聖アドバイザー様の専属秘書』として、魂のメンテナンスをさせていただきますわ」


 聖女が、極上の笑顔でとんでもない宣言をした。

 どうやら俺の平穏なスローライフは、確固たる地位と安全を確保した代償として、この『駄目になった聖女』という厄介な同居人(居候)を永遠に抱え込むことになってしまったらしい。


「……まあ、お茶淹れてくれるなら、別にいいけど」


「お任せくださいな。極上のダージリンを淹れて差し上げますわ」


 クッキーを齧る音と、のんびりとした話し声が、春の陽だまりの中に溶けていく。

 かくして、王国の存亡を懸けた『白き魔王との戦い』は、英雄たちの知られざる極上のスローライフの始まりという、最高に平和で堕落したハッピーエンドをもって幕を閉じるのであった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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