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ボッタクリ占い師の華麗なる誤算〜適当なアドバイスが異世界の運命を変えていく〜  作者: ぱすた屋さん


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第31話 王の帰還と、恋を守る自己犠牲の聖人

 


 銀の振り子による『自律訓練法』の治療から、丸二日が経過した。


 王城の宮廷預言者専用ルームにおいて、俺は最高級のダージリンティーを片手に、窓から見下ろす王都の平和な景色を満喫していた。


「……静かだ。誰も扉を蹴破ってこないし、厄介事も持ち込まれない。これぞ、俺が求めていた真のスローライフ」


 第七クラスの教え子たちは、クラーク商会の大人たちに『アジャイル陣形』を教えるのに忙しく、俺のところに顔を出す暇もないらしい。

 国王陛下も、俺の宣言通り泥のように深く眠り続けていると、侍女から報告を受けていた。


 すべてが完璧だった。

 このまま誰も俺の存在を思い出すことなく、毎日三食おやつ付きの優雅なニート生活が永遠に続けばいい。


 俺がソファに深く沈み込み、目を閉じて二度寝の準備に入ろうとした、まさにその時だった。


 バンッ!!


「……っ!!」


 もはや親の顔より見た、いや、親の顔より聞いた凄まじい破裂音と共に、重厚な扉が木端微塵に吹き飛んだ。


「せ、先生ェェェッ!!」


 土煙の中から飛び出してきたのは、顔中を涙と鼻水でグシャグシャにした、近衛騎士団長バルドの巨大な姿だった。

 彼は俺の足元に猛烈な勢いでスライディング土下座を決め、大理石の床に額を激しく打ち付けた。


「なんだバルド団長! 今度はどこから魔王でも攻めてきたのか!?」


「お目覚めに! 国王陛下が、つい先ほど、長きにわたる悪夢からお目覚めになられました!」


「ああ、なんだ。それなら予想通り……」


「予想通りなどという生易しいものではありません! 先生、大至急、玉座の間へお越しください! 陛下が、真っ先に先生にお会いしたいと仰っておられます!」


 バルド団長は俺の返事も待たず、俺の身体をひょいと肩に担ぎ上げた。


「ちょっ、待て! お茶! まだお茶が残って……!」


 俺の虚しい叫びは王城の廊下に響き渡り、そのまま強制的に玉座の間へと連行されてしまった。


 * * *


 王城の最深部、国を統べる王だけが座ることを許された壮麗な玉座の間。

 そこに集められたのは、第一王女エリアーナ殿下をはじめ、オズワルド宰相、そして先日の騒動で完全に和解し、今や見つめ合うだけで甘い空気を漂わせているアルベルト公爵とベアトリス夫人など、王国の最高幹部たちだった。


 そして、その中央。

 一段高くなった玉座の上に、一人の男が腰を下ろしていた。


「……先生。よくぞ、来てくれた」


 低く、しかし驚くほど張りがあり、よく通る威厳に満ちた声。


 俺はバルド団長に下ろされ、目を丸くして玉座の主を見上げた。

 二日前にベッドで死に絶えそうになっていた、あの枯れ木のような国王と同一人物とは到底思えなかった。


 土気色だった肌には健康的な赤みが差し、くぼんでいた眼窩は力強い光を取り戻している。

 丸まっていた背筋はピンと伸び、その全身からは、国を導く覇王としての圧倒的な生命力とカリスマ性が満ち溢れていた。


「お父様……! 本当に、本当に良かったですわ!」


 エリアーナ王女が感極まって涙を流す。傍らに立つバルド団長も、主君の完全なる復活に震えるほどの感動を隠しきれていなかった。


「案ずるな、エリアーナ。皆も、心配をかけたな」


 国王は優しく微笑み、そして玉座からゆっくりと立ち上がり、階段を下りて俺の目の前まで歩み寄ってきた。


「先生……いや、大賢者よ」


「は、はい」


「私は夢の底で、暗く冷たい海に沈み、重すぎる鉄の王冠に魂を押し潰されそうになっていた。どんな魔法も光も届かない、完全な絶望の底で……あなたの『声』が聞こえたのだ」


 国王は俺の両手を、自らの力強い手でしっかりと握りしめた。


「『もう、無理に力を入れて支える必要はない』と。あなたの言葉が、振り子のリズムと共に私の魂の奥底に届いた瞬間……私を縛っていた鉄の鎖は解け、温かな黄金の光が私を水面へと引き上げてくれた」


(ああ、自律訓練法の『重感の公式』と『温感の公式』が、夢の中でそういう映像として脳内変換されたんだな)


 俺は内心で納得しながらも、恭しく首を垂れた。


「陛下ご自身の、生きようとする魂の力が強かったからです。私はただ、その背中をほんの少し押したにすぎません」


「謙遜するな。教会のいかなる奇跡でも祓えなかった呪いを、ただ言葉一つで打ち砕いたのだ。あなたは私の命だけでなく、この王国そのものを崩壊の危機から救ってくれた、真の救世主だ」


 国王の断言に、玉座の間の全員が一斉に深く頷いた。


「この大恩に報いるため、私はあなたに、我が王国が与え得る最大の『恩賞』を授けようと思う」


 国王がそう宣言すると、周囲の空気がピンと張り詰めた。


「先生に、大公爵の位と、王都に隣接する広大な中央領地を与えよう。さらに、我が王室の金庫への無制限のアクセス権……そして」


 国王は隣に立つエリアーナ王女へ、愛おしそうな視線を向けた。


「我が愛娘、エリアーナとの婚約を認め、次期国王としての継承権の筆頭を与えたい」


「…………はい?」


 俺は己の耳を疑った。


 大公爵? 中央領地? 無制限の資金?

 そして、王女殿下との婚約からの、次期国王!?


 俺の脳内で、緊急警戒のサイレンがけたたましく鳴り響いた。

 そんなものをすべて受け取ってしまったら、スローライフどころの騒ぎではない。

 毎日毎日、国の予算を計算し、貴族たちの派閥争いの相手をし、他国との外交に駆り出され、一秒たりとも休む暇のない超ブラックな『王様業』が確定してしまうではないか!


 俺が「絶対に断らなきゃ人生が終わる!」と冷や汗を流していた、その直後のことである。


「お、お父様……! そ、それは……!」


 エリアーナ王女がビクッと肩を震わせ、顔からサァッと血の気を引かせた。

 さらに彼女の護衛として控えていたバルド団長も、ギリッと奥歯を噛み締め、その顔に深い絶望と悲痛な表情を浮かべていた。


 無理もない。

 かつて暗殺者の襲撃から王女を救い出したバルド団長と、彼に命を救われたエリアーナ王女。二人はすでに両想いの関係にあった。

 だが、一介の騎士団長と第一王女という身分の壁が、二人の恋を『決して叶わぬ秘めたもの』として縛り付けていたのだ。


 そこに突きつけられた、国王からの「命の恩人(先生)と娘を結婚させる」という絶対の勅命。

 王女もバルドも、国王の決定に逆らうことなどできるはずがなかった。


(やばい、これ絶対受ける流れになってる! なんとしても、適当な理由をつけて全力で辞退しなきゃ!)


 俺は彼らの複雑な恋愛事情など露知らず、必死に頭をフル回転させ、占い師としての『それっぽい大義名分』を口から捻り出した。


「へ、陛下! もったいなきお言葉、身に余る光栄でございます! ……ですが、私はその素晴らしい恩賞のすべてを、辞退させていただきたく存じます」


「……何?」


 国王の笑顔がピタリと止まり、玉座の間が水を打ったように静まり返った。


「な、なぜだ? もしや、恩賞が足りないと……?」


「違います、陛下。私の『星』が、それを望んでいないのです」


 俺は一歩下がり、己の胸に手を当てて、いかにも達観した聖者のような遠い目を作った。


「私は、星の巡りを読み解き、運命の濁りを払う者。もし私が広大な領地を持ち、王族としての権力や美しき伴侶に縛られてしまえば……私の眼は地上の欲望に曇り、天の彼方にある『真理』を見失ってしまうでしょう」


(頼む、騙されてくれ。俺はただ、責任のない立場で部屋でゴロゴロお菓子を食べていたいだけなんだ)


「私が望むのは、ただ一つ。王城の片隅の静かな部屋で、誰にも縛られることなく、この国の安寧を星々に祈り続けること……ただ、それだけなのです」


 俺が持てる限りの演技力を振り絞って言い切ると、玉座の間には、恐ろしいほどの沈黙が降りた。


 数秒後。

 エリアーナ王女の目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。


「ああ……! 先生……! あなたというお方は……っ!」


「へ?」


 王女は両手で顔を覆い、しゃくり上げながらその場に崩れ落ちた。

 バルド団長もまた、巨大な身体を震わせ、男泣きに泣きながら俺に向かって深く平伏した。


 彼らの心の中では、俺の「働きたくない」というただのニート宣言が、とんでもない極限の自己犠牲のドラマへと脳内変換されていたのである。


『ああ……! 先生は、私とバルドの身分違いの秘めた恋を知っていてくださったのだ……!』


『私たちの愛を守るために、ご自身の絶対的な権力と栄誉を、あえて自ら手放して庇ってくださったのだ……!! なんて慈悲深い自己犠牲……!!』


 二人の感動の涙を見た国王もまた、別のベクトルで心を激しく打たれていた。


「国を動かすほどの絶大な富も、権力も……己の欲望などすべて捨て去り、ただこの世界と人々のために星を読み続けると言うのか……!」


 国王が両手で顔を覆い、感極まって涙を流す。

 アルベルト公爵もオズワルド宰相も「なんて気高い御魂だ……!」「世俗の肩書きを押し付けようとした我々が浅ましかったのだ!」と次々に床に跪き始めた。


(いや、違う! 全然違う! ただブラック労働を回避したかっただけなんだよ!!)


 俺の必死の弁明(という名の辞退)は、彼らの中にある俺の評価を『神の領域』と『愛の守護神』にまで引き上げてしまっていた。


「……わかった、先生。あなたのその崇高な覚悟、私の胸に深く刻み込んだ」


 国王は涙を拭い、威厳に満ちた顔で再び立ち上がった。


「俗世の鎖であなたを縛るような真似は、二度とすまい。だが、王室としての誠意だけは示させてほしい」


 国王はオズワルド宰相を呼び寄せ、その場で力強く宣言した。


「これより、先生に『星導の大賢者せいどうのだいけんじゃ』という、王国史上初の特別称号を授与する!」


「星導の……大賢者?」


「そうだ。この称号を持つ者は、いかなる公務の義務も負わず、誰からの命令も受けない完全なる『自由』を保証される。そして、国の緊急事態においては、国王である私と同等の絶対権力を行使できるものとする!」


「えっ」


「さらに、先生の静かな祈りの時間を守るため、王室の金庫から一生涯にわたり『無制限の特別研究費おこづかい』を支給しよう! さあ、これならば、あなたの星の導きの邪魔にはなるまい!」


 国王がドヤ顔で言い放ち、玉座の間の全員が「おおおっ!」と割れんばかりの拍手と歓声を上げた。

 バルド団長とエリアーナ王女も、涙を流しながら俺を見つめ、声なき声で「私たちの恩人様……一生お仕えいたします」と熱烈な忠誠を誓っている。


(義務はゼロ。だけど権力は王様と同じ。おまけに無制限のブラックカード支給……!?)


 それは確かに、俺の望んだ「働かずに贅沢するスローライフ」の究極の完成形だった。

 だが、その代償として。

 俺という存在は、もはやこの国の歴史上、誰も触れることのできないアンタッチャブルな『生ける伝説バケモノ』として、完全に固定化されてしまったのである。


「先生、万歳! 大賢者様、万歳!!」


 玉座の間に響き渡る万歳三唱の中心で。

 俺はただ、引きつった笑顔を顔に貼り付けながら、自分の平穏な人生が完全に天元突破してしまった事実を受け入れるしかなかった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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