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ボッタクリ占い師の華麗なる誤算〜適当なアドバイスが異世界の運命を変えていく〜  作者: ぱすた屋さん


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第29話 国王の悪夢と、夢占いの深層心理

 


「……悪霊退散! 邪悪なる魔よ、神の光の前にひれ伏し、この気高き王の御魂から立ち去りたまえェェェッ!!」


 王城の最深部。

 国王のプライベートエリアである広大な豪奢な寝室に、教会の神官長による悲痛な絶叫と、大勢の神官たちによる祈りの合唱が響き渡っていた。


 部屋の空気は重く淀み、窓には分厚いカーテンが引かれて、真昼だというのに夜のように薄暗い。

 その部屋の中央にある天蓋付きの巨大なベッドには、この国の最高権力者である国王陛下が、まるで枯れ木のような姿で横たわっていた。


「……ううっ……。ぐるじい……っ。暗い、暗い海に……沈む……っ」


 国王が苦悶の表情を浮かべ、喉の奥から絞り出すようなうめき声を上げる。

 シーツを握りしめる両手は白く血ののけ反り、額には滝のような冷や汗が浮かんでいた。


「お父様……っ! ああ、神様、どうかお父様をお救いください!」


 ベッドの傍らで、第一王女であるエリアーナ殿下が両手を組み合わせ、大粒の涙を流している。

 その後ろでは、近衛騎士団長であるバルドが、己の無力さに唇から血が出るほど強く噛み締めていた。


「神官長! 回復魔法と悪魔祓いの儀式を始めてから、すでに三日が経過しているぞ! なぜ陛下はお目覚めにならないのだ!」


 バルド団長が怒鳴り声を上げると、魔力切れで膝をついていた老神官長が、絶望に満ちた顔で首を横に振った。


「わ、わからんのだ……! どんなに強力な浄化の魔法をかけても、陛下に取り憑いた『見えない悪魔』は一切の反応を示さない。教会の奇跡すらも弾き返す、これほどまでに強大で恐ろしい呪いは見たことがない……っ!」


 神官たちが次々とバタバタと魔力枯渇で倒れていく。

 この数週間。国王陛下は毎晩のように恐ろしい悪夢にうなされ、まともな睡眠をとることができていなかった。

 肉体は衰弱し、精神はすり減り、今や国政は完全にストップしてしまっている。大国ガルディア帝国との条約が結ばれたばかりの重要な時期に、国のトップがこの状態では、王国は内側から崩壊しかねない。


「……もう、頼れるのはあのお方しかいない」


 バルド団長が悲痛な決意を込めて振り返った先。

 そこには、王女からの緊急の呼び出しを受け、寝起きのパジャマ姿(その上に適当なローブを羽織っただけ)で玉座の間に連行されてきた、俺の姿があった。


「先生……! どうか、どうか先生の星の導きで、お父様を苦しめる悪魔を祓ってはいただけないでしょうか!」


 エリアーナ王女がドレスの裾を翻し、俺の足元にすがりついてくる。


(いや、悪魔って言われても。俺、ただの占い師なんですけど……)


 俺は引きつった笑顔を浮かべながら、ベッドで苦しむ国王陛下をじっと観察した。

 呼吸が浅く、眼球がまぶたの裏で激しく動いている(レム睡眠状態)。

 さらに、首や肩の筋肉が異常なほど硬直しているのが、離れていてもわかった。


「……神官長。あなたがたが三日三晩かけても悪魔を祓えなかった理由は、非常にシンプルですよ」


 俺が静かに口を開くと、部屋中の視線が一斉に俺に突き刺さった。


「なんだと? 異端の占い師め、教会の神聖な儀式を愚弄する気か!」


「愚弄などしていません。ただ、見当違いだと言っているのです」


 俺はゆっくりとベッドに歩み寄り、国王の冷たい手をそっと握った。

 そして、後ろを振り返って冷酷な事実を告げた。


「国王陛下に、悪魔など取り憑いていません。呪いでもありません。だから、悪魔祓いの魔法が効かないのは当然なのです」


「なっ……! 悪魔の仕業ではないと!? では、なぜ陛下はこれほどまでに苦しんでおられるのだ!」


「ご自身の『心』に、押し潰されそうになっているからです」


 俺はローブの懐から、占い師の小道具である銀の振りダウジング・ペンデュラムを取り出した。


「私は東洋の神秘にして、人の魂の深淵を読み解く究極の占術……『夢占い(オネイロマンシー)』によって、陛下を縛り付ける鎖の正体を暴き出しましょう」


「ゆ、夢占い、だと……!?」


 エリアーナ王女や神官たちが息を呑む。

 俺は振り子の鎖を指に絡め、国王の耳元に顔を近づけ、あえて低く、穏やかな声で語りかけた。


「陛下。私の声が聞こえますか。あなたは今、安全な場所にいます」


「……あ、ああっ……。首が……絞められる……」


「大丈夫です。恐れることはありません。私があなたの魂の海に潜り、その影を照らし出します。どうか、私に教えてください。あなたの夢の中で、一体何が起きているのですか?」


 現代心理学における、夢分析の導入だ。

 悪夢にうなされている患者を無理やり起こすのではなく、半覚醒の状態で安心感を与え、夢の内容を言語化させることで、患者自身の無意識下にあるストレスの原因を特定する。


「……黒い影だ」


 俺の穏やかな声に誘導されるように、国王がうわ言のように喋り始めた。


「顔のない、巨大な黒い影が……私の首を絞め、暗く冷たい海の底へと引きずり込んでいくのだ……。息が、できない……」


「なるほど。海と影ですね。他には何か見えますか?」


「……冠だ。私の頭に乗った王冠が、重い、重い鉄の鎖に変わり……私の身体に巻き付いて、私を沈めていく……。ああ……誰か、助けてくれ……」


 国王の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 部屋にいる誰もが、その悲痛な叫びに胸を締め付けられていた。


「神官長! やはり恐ろしい呪いではないか! 陛下の魂が、悪霊によって海の底へ引きずり込まれようとしているのだ!」


 バルド団長が剣の柄に手をかけ、見えない敵に向かって吠える。


「静かに。それは悪霊ではありません」


 俺は振り子を揺らすのをやめ、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、部屋の壁際に立ち尽くすエリアーナ王女やバルド団長に向かって、はっきりと告げた。


「これは、フロイトやユングといった古代の賢者たちが提唱した『無意識のアストラル・シー』からのメッセージです」


「むいしきの……海?」


「ええ。夢というのは、悪魔が見せる幻ではありません。人間の脳が、日中に処理しきれなかった膨大な感情やストレスを、映像という『暗号シンボル』に変換して整理しようとしている防衛本能なのです」


 俺の論理的な説明に、誰もがポカンと口を開けていた。

 ファンタジー世界の人間に『心理学』の概念を説明するのは骨が折れるが、ここを理解させなければ根本的な解決にはならない。


「いいですか。陛下を沈めようとしている『暗く冷たい海』。夢占いにおいて、水や海は『感情の飽和』や『逃げ場のないプレッシャー』を象徴します」


 俺はベッドに横たわる国王を見下ろした。


「そして、『顔のない黒い影』と、『鉄の鎖に変わる王冠』。……もう、おわかりでしょう」


「まさか……」


 エリアーナ王女が、ハッとして両手で口元を覆った。


「帝国との一触即発の外交問題。さらに、北と南の公爵による内戦の危機。この数ヶ月、王国はかつてないほどの滅亡の危機に瀕していました」


 俺の言葉が、重く部屋に響き渡る。


「国王陛下は、決して弱音を吐かず、気丈に玉座に座り続けておられた。しかし、その胸の内では『自分の判断一つで、何万という民が死ぬかもしれない』という、想像を絶する重圧プレッシャーと戦い続けていたのです」


 国王を苦しめていた黒い影の正体。

 それは悪魔でも呪いでもない。

 国王自身の『真面目さ』と『責任感』が作り出した、重すぎる重圧……現代で言うところの『インポスター症候群(自分を過小評価し、責任に押し潰される状態)』や『PTSD(心的外傷後ストレス障害)』の初期症状だった。


「陛下は、国を愛するあまり、王冠の重さに魂をすり減らしてしまった。だから脳が悲鳴を上げ、悪夢という形で助けを求めていたのです」


「お父様……っ! ああ、なんという……! 私は、お父様がそこまで苦しんでおられたことに気づきもせず……!」


 エリアーナ王女がベッドに崩れ落ち、国王の冷たい手に頬を擦り付けて泣き崩れた。

 バルド団長も、神官たちも、己の無力さと国王の気高さに涙を流し、深く頭を垂れている。


「……先生。やはり、あなたはすべてを見通す神の目をお持ちだ。我々がどれほど的外れな悪魔祓いをしていたか、痛いほどわかりました」


 バルド団長が、涙を拭いながら俺に向かって深々と一礼した。


「ですが、原因がわかったところで、陛下の魂の傷はどうすれば癒やせるのでしょうか? このままでは、いずれ本当に陛下の心は壊れてしまいます」


「安心してください。呪いの正体が『心』であるなら、それを解き放つ鍵もまた『心』にあります」


 俺は再び銀の振りペンデュラムを手に取り、微かに揺らして見せた。


「教会の魔法が効かないのなら、私が現代の……いえ、星の導きによる『催眠魔術(自律訓練法)』によって、陛下のトラウマを完全に浄化して差し上げましょう」


 悪魔祓い(物理)ではなく、夢分析からの心理療法。

 占い師という怪しげな肩書きを最大限に利用した、国王の心を救うための極秘のカウンセリング治療が、ここから本格的に幕を開けることとなる。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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次回お楽しみに。

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