第27話 異業種交流と、歴戦の大人たち
王都の郊外に位置する、クラーク商会専用の広大な大訓練場。
普段は荷馬車の整備や、商会お抱えの護衛兵たちが鍛錬を行う土埃の舞うこの場所に、今日は異様な熱気と、そして不満の入り混じった空気が渦巻いていた。
「おいおい、冗談だろ? 俺たち歴戦の傭兵をこんな真昼間に全員集めて、一体何事かと思えば……」
「相手が魔法学園の『学生』だと? 会長もついにご乱心か?」
訓練場に集められた数百人の屈強な護衛兵たちと、長年物流を支えてきたベテランの商人たちが、露骨な舌打ちと嘲笑を交わしている。
帝国との巨大な貿易協定が結ばれてからというもの、クラーク商会の扱う荷物の量はこれまでの十倍以上に跳ね上がっていた。
莫大な利益を生む一方で、現場の物流網は完全にパンク状態。荷馬車の出発は遅れ、護衛の連携ミスによる魔物の被害も後を絶たない。現場の疲労とストレスはピークに達していた。
そんな殺気立つ大人たちの前に、クラーク商会の若きトップであるアイリスが、数名の少年少女を引き連れて壇上に上がった。
「皆様、本日は忙しい中お集まりいただき感謝いたします」
アイリスが凛とした声で響かせると、ざわめきが少しだけ収まった。
「現在、我が商会の物流網はかつてない危機……いえ、大いなる試練に直面しています。個々の力は優秀でも、連携不足による遅延が目立っているのは皆様もご承知の通りです」
アイリスの言葉に、大人たちは苦虫を噛み潰したような顔をした。
図星だからだ。
「そこで本日は、この事態を根本から覆す『究極の連携魔術』を皆様に伝授していただくため、特別な外部講師をお招きしました。王室直属の宮廷預言者であらせられる『あの先生』の直弟子……王立魔法学園・第七クラスの皆様です!」
アイリスが手を差し伸べると、赤髪のレオンと獣人のミーアを筆頭とした、第七クラスの生徒たちが堂々とした足取りで前へ出た。
しかし、大人たちの反応は冷ややかなものだった。
「……宮廷預言者様の直弟子だか何だか知らねえがな」
護衛兵の集団の中から、顔に大きな刃物の傷跡を持つ、熊のような巨漢の男が一歩前へ進み出た。
商会の護衛部隊を束ねる歴戦の傭兵隊長、ガストンである。
「お嬢ちゃん、お坊ちゃんたち。ここは魔物を狩り、盗賊と殺し合いながら荷物を運ぶ、血の臭いが染み付いた『大人の現場』だ。学園の温室で魔法のお遊戯をしてるガキに教わることなんて、俺たちには一つもねえんだよ」
ガストンのドスの効いた声に、周囲の傭兵たちも「そうだそうだ!」「ガキはすっこんでろ!」と野次を飛ばす。
普通なら、この威圧感と殺気に当てられた学生は震え上がって泣き出すだろう。
だが、レオンとミーアの表情には、微塵の恐怖もなかった。
彼らはすでに、武闘大会において学園最強のエリートたちを心理戦で完封し、さらには帝国のプロの暗殺者部隊を無音で縛り上げた、本物の『実戦経験者』なのだ。
何より、彼らの背後には『先生』という絶対的な信仰対象がいる。
「……お遊戯、ねえ」
レオンは鼻で笑い、ガストン隊長に向かってゆっくりと歩み寄った。
「大人の現場って言う割には、ずいぶんと効率の悪い素人みたいな仕事をしてるみたいだが?」
「なんだと……? 言葉には気をつけろよ、若造」
ガストンの額に青筋が浮かぶ。
だが、レオンはひるむことなく、先生から教わった『現代ビジネスのロジック』を容赦なく叩きつけた。
「あんたらの護衛部隊、先頭の馬車と最後尾の馬車で、魔物の遭遇情報すら共有できてないだろ。前衛が勝手に突っ走って魔物を倒し、その死骸につまずいた後衛の馬車が車輪を壊して立ち往生する。違約金と修理代の山だ」
「なっ……! なぜそれを……!」
「おまけに商人たち。あんたらは『今日何を運ぶか』を出発の直前まで護衛に伝えない。だから護衛の陣形が組めず、出発が三時間も遅れるんだ。個人の腕っぷしや経験値ばっかり高くて、組織としての『情報伝達』が三流以下なんだよ」
レオンの的確すぎる指摘に、ガストンだけでなく、商人たちも言葉を失い、顔を赤くしたり青くしたりして動揺し始めた。
「なぜわかるかって? 俺たちの先生の『星の導き』にかかれば、あんたらの無様な物流の惨状なんて、手に取るように見えるからさ」
レオンが不敵な笑みを浮かべ、ミーアが後ろで「先生の目は天の彼方からすべてを見通しているのです!」と胸を張る。
(※実際は、アイリスから渡された業務報告書を読んで、現代日本のビジネスマン基準でダメ出しをしただけである)
「き、貴様ら……! 口先だけならなんとでも言える! だが、現場の状況は刻一刻と変わるんだ。いちいち情報を共有してる暇なんてねえんだよ!」
ガストンが吠える。
それは、長年「個人の勘と度胸」だけで生き抜いてきた古い世代の、典型的な言い訳だった。
「暇がないから、事故が起きるんだろうが。だから俺たちが、先生直伝の『暁の儀式』を教えてやるって言ってんだよ」
レオンは訓練場の砂埃の舞う地面に、木の枝で大きな円を描いた。
「いいか。明日から出発の前に、必ず商人、馬車の御者、そして護衛兵のリーダー全員でこの円を作れ。そして、たった『三つのこと』だけを一人ずつ手短に報告するんだ」
「三つのこと、だと?」
「一つ。昨日、自分が何の仕事を進めたか。二つ。今日、自分がどの馬車で何を運ぶか。三つ……今、何に困っていて、誰の助けが欲しいか。これだけだ」
レオンが言い放ったのは、現代IT企業やプロジェクト管理で用いられる『デイリースクラム(朝会)』の基本フォーマットだった。
「ふん! そんな自己紹介みたいな真似をして、魔物が倒せるとでも言うのか!」
「倒せるさ。事前に『困っていること(問題点)』を共有すれば、誰かがサポートに入れる。例えば『今日の三番馬車は車輪の調子が悪い』と事前にわかっていれば、護衛兵は三番馬車を中心に防御陣形を厚くできるだろ。それが『アジャイル陣形』の第一歩だ」
レオンの説明は、魔法や剣技の自慢ではなかった。
ただひたすらに、論理的で、誰にでもできる『コミュニケーションの仕組み化』だったのだ。
商人たちの中から、「……確かに、事前に荷物の偏りや馬車の不調がわかっていれば、積載のやり直しは防げるな」という小さな呟きが漏れ始めた。
商人というのは、本質的に利益と効率に敏感な生き物だ。レオンの提案が理にかなっていることは、直感的に理解できたのである。
だが、腕力で生きてきたガストン隊長をはじめとする傭兵たちは、まだ納得がいかない様子だった。
「御託はもうたくさんだ! 護衛の仕事は机上の空論じゃねえ! どんなに情報を共有したところで、突発的な魔物の襲撃には個人の反応速度と火力がすべてを分けるんだよ!」
ガストンが背中に背負っていた巨大な大剣を引き抜き、ズンッ! と地面に突き立てた。
凄まじい魔力の波動が訓練場に広がり、商人たちが悲鳴を上げて後ずさる。
「ガストン隊長! 何をする気ですか、彼らは大切なお客様ですよ!」
アイリスが制止しようとするが、レオンはそれを手で制した。
そして、ガストンに向かって獰猛な、しかしどこか冷たく計算された笑みを向けた。
「いいぜ。あんたらの言う通り、いくら口で説明しても、その染み付いた『古い常識』は抜けないみたいだな」
レオンは首の骨をポキポキと鳴らし、第七クラスの生徒たちを振り返った。
ミーアたちも、すでにやる気満々の顔で魔力を練り始めている。
「ガストン隊長。俺たち第七クラスの五人と、あんたの率いる護衛部隊の精鋭十人で、模擬戦をしようぜ」
「……なんだと? ガキ五人で、俺たち十人を相手にするだと?」
「ああ。もちろん、ただの殴り合いじゃない。背後に『荷馬車』を置き、それを魔物役から守り抜く防衛戦だ。俺たちが先生の『アジャイル陣形』で、いかに効率よく、無傷で荷物を守り抜くか……その目に焼き付けてやるよ」
挑発的なレオンの言葉に、ガストンの顔が怒りで赤黒く染まった。
「言ったな、小僧……。後悔して泣き喚いても、怪我の治療代は出さねえからな!」
「そっちこそ、大の大人が学生の陣形に手も足も出なくて、泣いて先生に弟子入りを志願するなよ」
かくして。
平和にサロンで爆睡している『宮廷預言者』のまったく知らないところで。
王国の物流を担う大人たちと、現代ビジネスの手法を魔法陣形として狂信的に崇める学生たちによる、前代未聞の「異業種交流・模擬防衛戦」の火蓋が切って落とされたのであった。
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次回お楽しみに。




