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ボッタクリ占い師の華麗なる誤算〜適当なアドバイスが異世界の運命を変えていく〜  作者: ぱすた屋さん


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第23話 交渉の結末と、悪魔の融資契約

 


 三日間の猶予期間を経て、再び開かれた『白亜の円卓の間』。

 会議室の空気は、前回の息詰まるような威圧感とは全く異なり、奇妙な静寂と焦燥感に支配されていた。


「……随分と、お待たせしてしまったようですね」


 俺が指定の時間ちょうどに円卓の席に着くと、向かい側に座るガルディア帝国の特命使節団長、ルキウス宰相がギリッと奥歯を噛み鳴らした。


 彼の顔には、三日前の冷酷で隙のない能面のような面影はなかった。

 銀髪はわずかに乱れ、目の下には濃い隈が浮かんでいる。

 何より、テーブルの上に組まれた両手は白く血の気が引き、その指先は微かに震えていた。


(無理もない。切り札だった最強の暗殺部隊と三日間連絡が取れず、自国のエネルギー危機は刻一刻と迫っているんだからな)


 俺は心の中で同情しつつも、表面上は完璧な営業スマイルを崩さなかった。


「ルキウス宰相。ずいぶんと顔色が悪いようですが、王都の宿はお気に召しませんでしたか? それとも、昨夜は何か大事な『探し物』でもされていて、眠れなかったのでしょうか」


「……っ!!」


 俺の何気ない言葉に、ルキウスの肩がビクッと大きく跳ねた。

 彼の切れ長の瞳が見開き、瞬きの回数が異常なほど増える。心理学における極度の動揺と恐怖のサインだ。


「さ、探し物だと……? 何の真似だ、貴様」


「いえ。実は数日前、王城の庭で迷子の『狼』を三匹ほど保護しましてね。非常にしつけの行き届いた、珍しい黒い毛並みの狼だったものですから。てっきり、帝国からの大切なお客様のペットかと思いまして」


 俺が『狼(影狼部隊)』という言葉を強調した瞬間、ルキウスの顔から完全に血の気が引いた。


「な……!!」


 彼は言葉を失い、喉の奥でヒューッという奇妙な音を立てた。

 帝国の最精鋭であり、絶対に尻尾を掴まれないはずの隠密部隊。それが、王国にまったく被害を出すことなく、秘密裏に捕縛されていた。

 その事実が意味するものを、優秀な宰相である彼が理解できないはずがなかった。


「さて、世間話はこのくらいにして、本題に入りましょうか」


 俺はわざとらしく手元の書類(ただの白紙だ)をトントンと揃え、声を一段階低く、そして冷酷に響かせた。


「前回、あなたが提示された『関税の五倍引き上げ』および『北部鉱山の権利譲渡』の件ですが」


 円卓に同席している王国の外務大臣やアイリス会長、そして背後に控えるレオンたちが、ゴクリと生唾を飲み込んで俺の次の言葉を待つ。


「もちろん、すべてお断りいたします」


「……き、貴様ら……! 本気で帝国と戦争をする気か!」


 ルキウスが立ち上がり、最後の虚勢を張って声を荒げた。


「国境の三十万の軍が動けば、この小国など一週間で火の海になるのだぞ! 貴様らのその余裕が、国を滅ぼすと……!」


「ルキウス宰相。もう、虚勢を張るのはやめにしませんか」


 俺は彼の言葉を冷たく遮り、ゆっくりと立ち上がってルキウスの目を見据えた。


「あなたの星の配置……いえ、帝国内部の悲鳴は、すでに私の手の中にすべて落ちています。帝国の主要な魔石鉱山で、大規模な落盤事故かそれに類する災害が起きましたね?」


「……っ!! な、なぜ、それを……!」


「国境に集結している三十万の軍隊。あれは我が国を攻めるためではなく、帝国内部で暴動が起きた際の『治安維持』と、他国に弱みを見せないための『巨大なカカシ(ハッタリ)』にすぎない」


 俺が突きつけた決定的な真実に、ルキウスは膝から崩れ落ちるように椅子にへたり込んだ。


 図星だった。

 大国ガルディア帝国は、魔石の枯渇により軍の維持はおろか、市民生活のインフラすら停止する寸前の、未曾有の国家危機に陥っていたのだ。

 だからこそ、ルキウスは自身の首を懸けて、隣国である王国から強引に魔石の供給源を奪い取ろうとしていたのである。


「交渉は、相手の手札がすべて見えた時点で勝負が決まります」


 俺の背後で、レオンとミーアが「先生……悪魔みたいだ」と小声で囁き合っている。

 王国の外務大臣たちも、圧倒的な威圧感を放っていた帝国宰相が、魔法を一切使わない占い師の言葉だけで完全に心をへし折られた光景に、戦慄を覚えていた。


「……私の、負けだ」


 長い沈黙の後、ルキウスが乾いた声で呟いた。


「好きにしろ。私を捕らえ、首をはねて帝国への見せしめにするがいい。だが、帝国の誇りだけは……」


「首をはねる? 誰がそんな野蛮なことをすると言いましたか」


 自嘲気味に笑うルキウスに対し、俺は首を傾げてみせた。

 そして、アイリス会長に向かって目配せをし、あらかじめ用意させておいた『新しい契約書』をテーブルの中央に滑らせた。


「……なんだ、これは」


「クラーク商会が提案する、新しい貿易協定の草案です」


 ルキウスが震える手で羊皮紙を手に取り、その内容に目を通す。

 そして、信じられないものを見たかのように目を丸くした。


「ま、魔石の緊急融資……だと? 我が帝国に、王国が魔石を貸し出すというのか!?」


「ええ。あなたの国が今必要としている量の魔石を、クラーク商会が責任を持って即座に輸出しましょう」


 俺は完璧な営業スマイルを浮かべ、現代ビジネスにおける最強の提案『Win-Winの関係』を持ちかけた。


「もちろん、ただではありません。関税はこれまでの半額に引き下げますが、その代わり、帝国が抱える関所と主要街道の『通行税の免除』、および帝国内におけるクラーク商会の『専売特許の承認』を担保としていただきます」


「関税を下げて、専売特許を……? 馬鹿な、それでは……!」


 ルキウスは優秀な政治家だ。俺の提案が何を意味するのか、即座に理解した。


 一見すると、魔石を安く大量に貸し出してくれる救済措置に見える。帝国のエネルギー危機は去り、ルキウスは国を救った英雄として帰還できるだろう。

 だが、その代償として。

 帝国の巨大な市場と物流の動脈は、完全にクラーク商会(ひいては王国)に握られることになるのだ。


 敵国を武力で滅ぼすのではなく、経済的に完全に依存させ、『一番の上客(借金漬け)』にして首根っこを掴む。

 これは現代社会において、巨大資本が小国を実質的に支配する際に使う、えげつない経済侵略の手法だった。


「……悪魔の、契約だ。お前は、血を一滴も流さずに、大国である帝国を王国の属国に落とそうというのか……!」


 ルキウスが震える声で俺を睨みつける。

 だが、彼の目にもう反抗の光はなかった。

 今の帝国に、この融資を断るという選択肢は存在しないのだから。


「属国だなんて人聞きの悪い。これはお互いが手を取り合い、共に発展するための平和的な『パートナーシップ』ですよ」


 俺が笑顔でペンを差し出すと、ルキウスは深い、深い絶望と敗北感の入り混じったため息を吐き、ついに契約書に自らの署名を刻んだ。


「素晴らしいです、先生……!」


 ルキウスが署名した瞬間、アイリス会長が感動で声を震わせた。


「あの強大な帝国を、武力ではなく経済の鎖で縛り上げ、商会の永遠の利益に変えてしまうなんて……! 先生の『易経』は、国をも動かす究極の魔術です!」


「先生、一生ついていきます! アンタこそ、本物の盤上遊戯の天才だ!」


 レオンたち第七クラスの生徒たちも、もはや俺を神として崇めるような目で拍手を送っている。


(いや、ただの現代のビジネスモデルを持ってきただけなんだけど……)


 かくして。

 王国の歴史上、最大の危機と言われたガルディア帝国の侵攻は、俺という一人の占い師(と、暗殺者を無音で縛り上げた教え子たち)の手によって、完全に無力化されたのである。


 後日。

 このあまりにも鮮やかでえげつない手腕は、隣国の帝国にまで『神算鬼謀の軍師』の伝説として轟くこととなる。


「これで、クラーク商会の利益はさらに跳ね上がり、先生への特別報酬も金貨十万枚は下りませんね!」


 アイリス会長が電卓(に似た魔法具)を叩きながらホクホク顔で笑う。


「金貨十万枚……」


 それは、俺が望んでいた『そこそこ贅沢なスローライフ』を一生、いや十生は続けられるほどの莫大な富だった。

 だが同時に、俺の背負う重責と名声が、もはや個人の手に負えない国家レベル、いや世界レベルのバケモノへと膨れ上がってしまったことを意味していた。


 俺は円卓の上で、美味しい高級な水を飲みながら、ただ静かに、遠い目をすることしかできなかった。


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