第21話 特命使節団と、星が暴く微表情
王城の深部に位置する『白亜の円卓の間』。
普段は国王と最高幹部しか立ち入ることの許されないその神聖な会議室は、かつてないほど重苦しい空気に支配されていた。
「……以上が、我がガルディア帝国からの最終通告である。魔石の関税をこれまでの五倍に引き上げるか、さもなくばクラーク商会が保有する北部鉱山の採掘権をすべて我々に譲渡していただきたい」
円卓の向かい側に座る、黒い軍服を隙なく着込んだ銀髪の男。
ガルディア帝国の特命使節団を率いる冷酷無比な宰相、ルキウスだ。
切れ長の冷たい瞳と、一切の感情を読み取らせない能面のような表情。彼から発せられる威圧感は、物理的な魔法のオーラとは違う、本物の権力者だけが持つ『他者を支配する力』そのものだった。
「ル、ルキウス殿! 関税五倍などという法外な要求、到底呑めるはずがありません! それに北部鉱山は我が国の経済の要……それを引き渡せば、我が国の民は飢えてしまいます!」
王国側の外務大臣が、ハンカチで額の脂汗を拭いながら必死に抗議する。
だが、ルキウスは冷たく鼻で笑っただけだった。
「飢えるかどうかは、我々の知ったことではない。お前たちの国から輸出される魔石の品質が著しく低下しているのだ。その損害を補填するための正当な要求にすぎない」
「品質の低下など事実無根です! クラーク商会は常に最高品質の魔石を……」
「事実かどうかを決めるのは、大国である我々だ。不服があるなら構わない。国境に展開している我が帝国の三十万の軍勢が、武力をもってその鉱山を直接『保護』しに行くだけのこと」
ルキウスの静かな、しかし決定的な脅迫に、外務大臣は完全に言葉を失い、円卓に突っ伏しそうになった。
同席しているバルド近衛騎士団長も、怒りで拳を震わせているが、ここで彼が剣を抜けば即座に全面戦争の火蓋が切って落とされる。手出しは絶対にできない。
(うわぁ……。これが本物の外交の修羅場か。胃に穴が空きそうだ)
俺は円卓の王国側の末席に座りながら、出された高級な水をチビチビと飲んでいた。
俺の後ろには、直属の秘書官という名目で同行させた第七クラスのレオンやミーアたちが、息を殺して控えている。
「先生……。あの宰相、魔力を一切使ってないのに、すげえプレッシャーです。俺たちの魔法じゃ、どうにもならない相手だ」
レオンが背後から小声で囁く。
武闘大会でエリートたちを圧倒した彼らでさえ、ルキウスの放つ『政治家としての暴力』の前には萎縮してしまっていた。
(武力も魔力も使えない盤上遊戯。まさに言葉と心理の削り合いだな)
俺は小さく息を吐き、姿勢を正した。
外務大臣はすでに戦意喪失。アイリス会長も青ざめて震えている。
国王の命令により『特命全権大使』としてこの場に呼ばれた以上、俺が動かなければ、この国は本当に帝国にしゃぶり尽くされて終わる。
「……そちらの占い師殿。先ほどから黙っているが、国王陛下の名代として何か有意義な反論はあるのかな?」
不意に、ルキウスの氷のような視線が俺を射抜いた。
俺がただの占い師上がりであることを事前に調べ上げているのだろう。その声には、明らかな侮蔑と嘲笑が混じっていた。
「魔法学園で子供相手にお遊戯を教えていると聞いたが。ここは国家の命運を決める大人の場だ。水晶玉で遊ぶ暇があるなら、とっとと鉱山の権利書にサインをしたまえ」
帝国の使節団のメンバーたちが、クスクスと嫌な笑い声を上げる。
俺は慌てることなく、ゆっくりと立ち上がった。
そして、ルキウスの目を真っ直ぐに見つめ返し、現代社会のクレーマー対応で鍛え上げた『完璧な営業スマイル』を浮かべた。
「お気遣いありがとうございます、ルキウス宰相。ですが、水晶玉などという古い道具は使いません。私が用いるのは『ホラリー占星術』……質問が発せられた瞬間の星の配置から、隠された真実を読み解く秘術です」
「……真実、だと?」
「ええ。あなたの言葉の裏にある、大国ガルディア帝国の『本当の悲鳴』をね」
俺の言葉に、ルキウスの細い眉がピクリと動いた。
もちろん、ホラリー占星術などというのは完全なハッタリだ。
俺が今この瞬間、全神経を集中させて行っているのは、現代心理学における『マイクロエクスプレッション(微表情)の読み取り』である。
人間の顔には、四十以上の表情筋がある。
どんなに感情を殺す訓練を受けたスパイや政治家でも、極度のストレスや嘘をついた瞬間、わずか〇・二秒だけ、その本心が顔の筋肉に『引きつり』として表れてしまうのだ。
「悲鳴だと? 戯言を。我が帝国は盤石だ。資源も、軍事力も、お前たちの小国とは比較にならん」
ルキウスが冷たく言い放つ。
だが、俺の目は見逃さなかった。
彼が『盤石だ』と言った瞬間、彼の右の口角がわずか数ミリだけ、非対称に引き上がったことを。
(右口角だけの引き上がり。心理学における『軽蔑』、あるいは『自分への虚勢』のサイン)
さらに、俺はルキウスの瞬きの回数と、テーブルの上に置かれた彼の手の動きを観察した。
堂々としているように見えるが、彼が王国側の返答を待っている間、その長い指先は微かに、しかし不規則なリズムでテーブルを叩いていた。
(極度の焦燥感……。なるほど、点と点が繋がってきたぞ)
彼らは「関税五倍」か「鉱山の権利譲渡」という無茶な二択を迫ってきた。
普通の外交なら、わざと高い要求をふっかけてから、徐々に妥協点を探っていくのが定石だ。
だが、ルキウスは『即答』を求め、国境の軍隊という武力までチラつかせて急かしている。
なぜ、そんなに急いでいるのか?
「ルキウス宰相。星の配置は非常に奇妙な形を描いていますよ」
俺は両手をテーブルにつき、わざとゆっくりとしたペースで語り始めた。
「あなたの星は今、『豊穣』ではなく『枯渇』のハウスに位置しています。大国であるはずの帝国が、なぜこれほどまでに……小国の鉱山を、喉から手が出るほど『今すぐ』欲しがっているのでしょうか?」
「……何を馬鹿な。我々は品質の低下に対する正当な対価を……」
「本当に品質の問題ですか? ならば、関税を引き上げて交易を制限すれば済む話だ。しかし、あなたは強引に鉱山そのものの権利を奪おうとしている」
俺はルキウスの瞳の奥を覗き込むように、声を一段階低くした。
「まるで、自国のどこかで『大規模な魔石の枯渇』が起き、軍隊を維持するためのエネルギーが今にも底を尽きかけているかのように」
ピタッ、と。
ルキウスの指先が、テーブルを叩くのをやめた。
その瞬間、彼の瞳孔がわずかに開き、下唇が微かに内側へ引き込まれる。
(ビンゴだ。下唇の引き込みは『隠し事を暴かれた時の恐怖と防衛本能』)
帝国は盤石などではない。
おそらく、彼らの国内の主要な魔石鉱山で落盤事故か何かが起き、国家のエネルギー供給が完全にストップする寸前の『経済危機』に陥っているのだ。
国境に軍隊を集結させているのも、武力行使のためではない。ただの『ハッタリ(ブラフ)』であり、長期戦になれば自滅するのは帝国の方なのだ。
「……くだらん。占いの妄想で外交を語るとは、王国も地に落ちたものだ」
ルキウスはすぐに冷徹な表情を取り繕ったが、その声のトーンは先ほどよりも明らかに硬くなっていた。
「妄想かどうかは、これから証明しましょう」
俺はニヤリと笑い、自分の席にゆっくりと腰を下ろした。
「ルキウス宰相。我々王国は、あなたの要求を……」
俺が言葉を区切ると、ルキウスだけでなく、外務大臣やアイリス会長、そして後ろに控えるレオンたちもゴクリと息を呑んで次の言葉を待った。
俺はわざと、たっぷり十秒間の『沈黙』を作った。
沈黙。それは交渉事において、相手の焦りを極限まで引き出し、心理的な優位に立つための最も強力な武器である。
十秒という時間は、日常では短いが、張り詰めた交渉の場においては永遠にも等しい長さに感じられる。
ルキウスの額に、うっすらと汗が滲むのが見えた。
「あなたの要求を、すべて『保留』とさせていただきます」
「……なっ! 保留だと!?」
ルキウスが思わず身を乗り出し、声を荒げた。
「そうだ。星が告げているのです。この交渉、急いで決断を下せば我が国に災いが降りかかると。我々は三日後、再びこの円卓で回答を出します。それまで、王都の美しい街並みでも見学してゆっくりとおくつろぎください」
「ふざけるな! 国境の軍が動いてもいいと言うのか!」
「ええ、どうぞ。動かせるだけの『魔石の備蓄』が、今の帝国軍に残っているのならば、ですが」
俺の最後の一撃に、ルキウスの顔色から完全に血の気が引いた。
圧倒的な威圧感で場を支配していた冷酷な帝国宰相が、ただの占い師の一言で完全にペースを乱された瞬間だった。
俺の後ろで、レオンとミーアが「すげえ……」と呆然とした声を漏らす。
「では、本日の交渉はここまでといたしましょう。アイリス会長、使節団の皆様に極上の宿をご用意して差し上げて」
魔法を一切使わない、現代の心理学と交渉術による盤上遊戯。
強欲な大国を相手にした、俺の『本当の口八丁』による逆襲が、静かに、そして確実に始まったのである。
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次回お楽しみに。




