第20話 優勝の代償と、招かれざる隣国の使節団
「第七クラス、優勝おめでとう!!」
王立魔法学園のコロシアムは、大会が終了した後も熱狂の渦に包まれていた。
かつて「落ちこぼれの集まり」と嘲笑されていた第七クラスの生徒たちが、今や学園中の生徒たちから胴上げされ、宙を舞っている。
「先生! 俺たち、本当に一番になっちまったよ!」
レオンが顔を真っ赤にして、興奮冷めやらぬ様子で俺の元へ駆けてきた。
彼の後ろでは、ミーアをはじめとするクラスの面々が、優勝賞品である『王家秘伝の魔術書』と莫大な報奨金を抱えて泣き笑いしている。
「よくやったなお前ら。俺の教えた『易経』と陣形を完璧に使いこなしていたぞ」
俺が教師らしく鷹揚に頷くと、生徒たちは「一生ついていきます!」と一斉に頭を下げた。
だが、感動のフィナーレに浸っていられたのはそこまでだった。
「せ、先生ェェェーーッ!!」
地鳴りのような足音と共に、観客席のVIPルームから直接飛び降りてきた二メートル近い巨漢が、猛烈な勢いでこちらへ突進してきた。
近衛騎士団長、バルドである。
「素晴らしい! なんという美しく、そして恐ろしい陣形魔術ですか! 相手の心を誘導し、完全にフリーズさせたあの瞬間、私は感動で震えが止まりませんでした!」
バルド団長は俺の手を両手でガシッと握りしめ、顔面凶器のような顔を涙と鼻水でグシャグシャにしている。
さらにその後ろから、護衛の騎士たちを引き連れたエリアーナ王女殿下が、優雅な足取りで歩み寄ってきた。
「宮廷預言者様。本日は素晴らしい試合を見せていただきました。あのように生徒たちの魂を導くことができるなんて、やはりあなたは国宝と呼ぶべきお方ですね」
王女殿下が微笑むと、周囲の生徒や貴族たちが一斉にその場にひざまずいた。
俺も慌てて頭を下げようとしたが、バルド団長に手を握られたままで動けない。
「あ、いや、殿下。俺はただ、彼らに少しばかり『心理学』という名の盤上遊戯を教えただけでして……」
「しんり……がく? またしても、聞いたことのない古代の秘術ですね」
王女殿下はパァッと顔を輝かせ、扇で口元を隠しながら熱っぽい視線を送ってくる。
「お父様……国王陛下も、あなたの学園での活躍を大変喜んでおられます。後日、王城にて直々に『特級教育者』の称号と、さらなる領地を授与すると仰っていましたよ」
「……領地?」
俺はピシッと石化し、間の抜けた声を漏らした。
特級教育者というまたしても重すぎる肩書きに加え、領地だと?
それはつまり、本物の貴族として国政にガッツリ組み込まれるということではないか。
「素晴らしいですな、先生! これで先生は、名実共にこの王国の頂点に立つ大賢者様だ!」
学園長までが便乗して万歳三唱を始め、コロシアム中が俺を讃える大合唱に包まれる。
(違う! 俺が欲しいのは領地とか名誉じゃなくて、誰にも邪魔されない安全で平穏なスローライフなんだよ!)
俺の悲痛な心の叫びは、数千人の歓声にかき消され、大空へと虚しく吸い込まれていった。
* * *
それから、数日後。
俺は学園の教職員専用・最上級VIPサロンで、ふかふかのソファに深く身体を沈めていた。
「はぁ……。今日も紅茶が美味い」
机の上には、武闘大会の優勝ボーナスとして支給された金貨で買い集めた、王都で一番人気の高級スイーツが並んでいる。
領地の話は「まだ心の準備が……」と適当な理由をつけて全力で保留にし、俺はなんとか学園のサロンに引きこもる権利を勝ち取っていた。
第七クラスの生徒たちは、すっかり優等生になり、今は俺が教えたアジャイルの手法を使って自分たちで勝手に自習を進めている。
もはや俺が教壇に立って何かを教える必要すらない。完全な不労所得の完成である。
「このまま一生、ここでスイーツを食べて暮らそう」
俺が至福の表情でイチゴのタルトにフォークを突き刺した、まさにその時だった。
バンッ!!
「……またかよ」
もはや様式美となった凄まじい音と共に、サロンの重厚な扉が蹴り開けられた。
飛び込んできたのは、クラーク商会の若き会長アイリスと、顔面を蒼白にした学園長だった。
「先生! 大変です、どうかお助けください!」
アイリスが血相を変えて俺の足元にすがりついてくる。
その手には、王室の紋章が押された緊急の親書が握られていた。
「ど、どうしたんですかアイリス会長。またどこかの支部にカビでも生えましたか?」
「カビどころの騒ぎではありません! 隣国の『ガルディア帝国』から、突然、特命使節団が王城に乗り込んできたのです!」
「隣国から?」
俺はフォークを置き、眉をひそめた。
ガルディア帝国といえば、この王国よりも領土が広く、軍事力に長けた強大な国だ。
これまで表立った戦争こそないものの、常に国境付近で小競り合いを繰り返している厄介な隣人である。
「彼らはいったい、何の用で?」
「それが……我が国との貿易協定を、一方的に破棄すると通告してきたのです!」
アイリスの話によれば、事態は極めて深刻だった。
使節団を率いているのは、ガルディア帝国の冷酷無比な宰相、ルキウスという男。
彼は「お前たちの国から輸出される魔石の品質が落ちている」という言いがかりをつけ、関税をこれまでの五倍に引き上げるか、さもなくばクラーク商会が持つ主要な鉱山の採掘権をすべて帝国に譲渡しろと要求してきたらしい。
「完全にヤクザの難癖じゃないですか」
「おっしゃる通りです! ですが、帝国は国境に大軍を集結させており、武力で脅しをかけてきています。我が国の外交官たちも、ルキウス宰相の巧みな話術と威圧の前に、完全に呑まれてしまっているのです……!」
学園長が震える声で補足する。
「国王陛下は、この国難を乗り切れるのは『人の心を読み解く究極の盤上遊戯(心理学)』を操る先生しかいないと仰り……明日の最終交渉の場に、先生を特命全権大使として召喚するよう命じられました」
「はあああ!?」
俺は思わず立ち上がり、ひっくり返るような声を出した。
「ちょっと待ってください! 俺はただの占い師ですよ!? 国家間のドロドロの外交交渉なんて、素人が出たら一瞬で国が滅びますって!」
「ご謙遜を! 先生の『易経』の力で、あの強欲な帝国宰相の心を見透かし、見事な陣形で論破してください!」
アイリスと学園長が、揃って俺に向かって深く頭を下げる。
完全に逃げ道を塞がれた形だ。
断れば「非国民」として地下牢行きか、あるいは帝国との戦争に巻き込まれて命を落とすか。どちらにせよ、スローライフの崩壊である。
「……先生。俺たちも行きますよ」
不意に、サロンの入り口から声がした。
振り返ると、そこには第七クラスのリーダー、レオンとミーア、そしてクラスの代表数名が、真剣な表情で立っていた。
「お前ら、なんでここに……」
「話は全部聞かせてもらいました。帝国の使節団なんて、俺たちが先生の護衛として同行して、何かあればぶっ飛ばしてやりますよ!」
レオンが胸を叩いてニヤリと笑う。
ミーアも「先生のスクラム陣形があれば、外交だって楽勝です!」と犬耳をピンと立てている。
「お前ら……」
彼らの真っ直ぐな瞳を見て、俺は深くため息を吐き、そして観念したように肩をすくめた。
可愛い教え子たちに、無様な背中を見せるわけにはいかない。
それに、相手がどれほど狡猾な外交官だろうと、所詮はファンタジー世界の住人だ。
現代日本で俺が培ってきた、百戦錬磨のクレーマー対応と、心理学を用いた『読心術』の恐ろしさを、その身に刻み込んでやるしかない。
「……わかった。アイリス会長、その交渉、受けて立ちましょう」
俺はイチゴのタルトを一口で放り込み、残っていた紅茶を飲み干した。
俺の平穏なティータイムを邪魔した罪は重い。
「明日の交渉の場に、第七クラスの生徒たちを俺の直属の秘書官として連れて行きます。隣国の生意気な宰相に、占い師の『本当の口八丁』ってやつを見せてやりますよ」
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次回お楽しみに。




