第7話 無能力者の戦い方
カァァァァァン!!
試験開始を告げる鐘の音が、星ヶ丘学園中へ響き渡った。
その瞬間だった。
天城ハルは一切迷うことなく地面を蹴る。
爆発するような踏み込み。
身体を前へ倒し、全身の力を脚へ込める。
(最初の十秒が勝負だ。)
誰よりも早く校庭を抜ける。
それが昨夜何度も頭の中で組み立てた作戦だった。
「逃げたぞ!」
「追え!」
「囲め!」
背後から一斉に怒号が飛ぶ。
百二十四人もの一年生が、獲物を狩るように一斉に走り出した。
地面が震える。
何百もの足音が重なり、まるで大軍が進軍しているかのようだった。
観客席から歓声が上がる。
「すげぇ……。」
「これじゃ本当に狩りだ。」
「無能力者一人にここまでやるのかよ。」
しかし、教師たちの表情は真剣だった。
今回の試験は冗談ではない。
本当にハルが生き残れるかどうかを見極める試験なのだ。
ハルは振り返らない。
後ろを見る余裕など、一瞬たりとも存在しない。
(右から来る。)
直感だった。
その瞬間、身体を半歩だけ左へずらす。
次の瞬間。
ゴォォォォッ!!
真横を巨大な炎が駆け抜けた。
熱風が頬を焼く。
制服の袖が焦げ、黒く変色する。
「避けた!?」
炎を放った男子生徒が目を見開いた。
その攻撃は完全に不意打ちだった。
普通なら反応すらできない。
しかしハルは、まるで見えていたかのように最小限の動きで回避していた。
「まだだ!」
今度は前方から風の刃が飛ぶ。
透明な刃が空気を裂きながら一直線に迫る。
ハルは走る速度を一瞬だけ落とした。
刃は鼻先をかすめ、そのまま背後へ抜ける。
刹那。
風の刃は後方を走っていた別の生徒の能力と激突した。
ドォン!!
爆発。
「うわぁっ!」
「何してんだ!」
「邪魔だ!」
開始数秒。
すでに追撃側は混乱を始めていた。
教師席では神崎が腕を組む。
「……。」
隣にいた女性教師が呟く。
「偶然でしょうか?」
神崎は静かに首を振った。
「いや。」
「あれは見切っている。」
「攻撃が来る瞬間を読んでいる。」
「反応速度だけなら、一年でも最高峰だ。」
教師たちはハルの試験結果を思い出していた。
能力値──〇。
剣術──A。
判断力──A。
反応速度──S。
その「S」が、今まさに証明されようとしていた。
「雷だ!」
今度は左後方から青白い閃光が走る。
バチィッ!!
地面を這う雷撃。
一直線にハルの足元へ迫る。
普通なら飛び退く。
しかしハルは違った。
その場で思い切り前へ飛び込む。
雷はかかとをわずかにかすめ、そのまま地面を焦がして消えた。
着地と同時に再び走り出す。
「嘘だろ!」
「全部避けてるぞ!」
観客席がざわつき始める。
「無能力者だろ?」
「なんで見えてるんだ?」
「反応がおかしい。」
一方、美咲は両手を胸の前で強く握り締めていた。
「ハル……。」
唇を噛む。
一撃でも当たれば終わり。
能力を持たないハルには、防御手段が存在しない。
だからこそ、彼は避け続けるしかない。
(お願い……。)
(当たらないで。)
(お願いだから……。)
祈ることしかできない自分が悔しかった。
一方、黒崎だけは違った。
校庭の中央。
腕を組んだまま、一歩も動かない。
周囲では仲間が次々と能力を放ち、ハルを追いかけている。
それでも黒崎は静かにハルだけを見つめていた。
「……。」
視線は鋭い。
獲物を観察する猛獣のようだった。
(速い。)
(能力者の脚力ではない。)
いや。
脚力ではない。
無駄がないのだ。
一歩一歩が最短。
身体の軸もぶれない。
避ける動作すら最小限。
だから速度が落ちない。
(剣士か。)
黒崎は小さく息を吐いた。
ようやく理解した。
実技試験で感じた違和感の正体を。
天城ハルは能力ではなく、剣術だけを磨き続けてきた。
その積み重ねが、今この逃走で生きている。
「なるほど。」
誰にも聞こえないほど小さく呟く。
「少しは楽しませてくれそうだ。」
その頃、ハルはすでに校庭の半分を突破していた。
前方には校舎の入口。
あと数十メートル。
(ここまでは予定通り。)
(問題は、この先だ。)
背後では百二十四人の能力者が怒号を上げながら迫ってくる。
だがハルの表情に焦りはない。
むしろ、その瞳には確かな勝機が宿っていた。
(広い場所じゃ勝てない。)
(だから──。)
ハルは迷うことなく、校舎の自動扉へ向かって一直線に駆け抜けた。
自動扉が勢いよく開く。
ハルは減速することなく校舎の中へ飛び込んだ。
冷房の効いた空気が熱くなった身体を包む。
しかし、安心する暇はない。
後方では百二十四人もの足音が雪崩のように迫っていた。
「逃がすな!」
「校舎に入ったぞ!」
「囲め!」
怒号が廊下中へ響き渡る。
ハルは一直線に走りながら、校舎内を素早く見回した。
(予定通り。)
(ここからが本番だ。)
この学園へ入学して一年。
能力を持たないハルは、放課後に訓練できる場所を探して毎日のように校舎を歩き回っていた。
朝の自主練。
教師に呼び出される職員室。
掃除当番。
忘れ物を取りに来た放課後。
誰よりも長く、この校舎で過ごしてきた自信がある。
能力はない。
だからこそ、自分に残された武器を徹底的に磨いてきた。
(校舎の構造なら、誰にも負けない。)
ハルは最初の角を迷わず右へ曲がる。
その直後。
ゴォッ!!
背後の壁を炎が焼き抜いた。
コンクリートが弾け、破片が飛び散る。
「くっ……!」
熱風が背中を押す。
それでもハルは止まらない。
むしろ、その爆風を利用してさらに前へ加速した。
「まだ追え!」
十数人の生徒が廊下へなだれ込む。
しかし、校庭とは違い横一列には広がれない。
二人並ぶのがやっとの幅だ。
「前が邪魔だ!」
「押すな!」
「もっと前へ行け!」
先頭を走る者は後ろから押され、後方の者は前が詰まって速度を出せない。
百二十四人という人数が、逆に足かせとなっていた。
教師席からモニターを見ていた神崎が静かに呟く。
「最初からこれが狙いか。」
女性教師が驚いた表情を見せる。
「校庭ではなく、狭い校舎へ誘い込んだんですね。」
「そうだ。」
「広い場所では能力の射程を生かされる。」
「だが廊下では話が違う。」
「能力を使えば味方を巻き込む危険がある。」
神崎は画面に映るハルを見つめる。
「能力がないからこそ、戦場を選んだ。」
「これは偶然ではない。」
「最初から組み立てられた作戦だ。」
その頃、ハルは中央階段へ到着していた。
普通なら一段ずつ駆け上がる。
だがハルは違う。
一段飛ばし。
二段飛ばし。
まるで階段を平地のように駆け上がっていく。
「速い!」
「追いつけ!」
後ろの能力者たちも続く。
だが焦りから足並みが乱れる。
一人がつまずいた。
「うわっ!」
その身体に後続が次々と衝突する。
「痛っ!」
「どけ!」
「邪魔だ!」
十人近くが階段で折り重なる。
ハルは振り返ることなく二階へ到達した。
(よし。)
(時間を稼げた。)
息は乱れている。
それでも足は止めない。
止まった瞬間に終わることを理解していた。
二階へ上がると、ハルは一直線ではなく左の廊下へ進路を変える。
その動きに追跡者たちは戸惑う。
「なんでそっちだ!」
「屋上じゃないのか!」
「先回りしろ!」
ハルは小さく笑った。
(引っかかった。)
左の廊下は行き止まり。
普通ならそう思う。
しかし、突き当たりには資料室。
その奥には教師しか知らない渡り通路がある。
以前、掃除当番で偶然見つけた場所だった。
ハルは資料室の扉を勢いよく開ける。
中へ飛び込む。
そして振り返り、扉を閉めた。
ガチャン。
鍵は掛からない。
だが、それで十分だった。
「いたぞ!」
ドン!!
勢いよく扉が開く。
その一瞬。
ハルはすでに部屋の奥へ走っていた。
棚の横を抜け、小さな扉を開く。
細い通路。
渡り廊下へ続く職員用通路。
「そんな所が!」
「知らねぇぞ!」
追いかけてきた生徒たちは足を止める。
狭すぎる。
一人ずつしか通れない。
さらに、通路の存在を知る者はほとんどいなかった。
ハルはその隙に通路を駆け抜ける。
(覚えていてよかった。)
(能力なんてない。)
(魔法も使えない。)
(だから俺は、人より多く歩いた。)
(人より多く走った。)
(人より多く、この学園を知った。)
それが自分の積み重ねだ。
誰にも評価されなかった努力。
無意味だと笑われた日々。
しかし今、その全てが自分を生かしている。
通路を抜けたハルは別棟へ飛び出した。
背後ではまだ追跡者たちの混乱した声が響いている。
「どこへ行った!」
「見失った!」
「くそっ、分かれて探せ!」
ハルは小さく息を吐いた。
(まだだ。)
(こんなのは時間稼ぎに過ぎない。)
(勝負はこれから。)
そして彼は再び廊下を蹴り、次の逃走ルートへと駆け出した。
別棟へ抜けたハルは、速度を緩めることなく長い廊下を駆け抜ける。
窓から差し込む朝日が床を照らし、一定の間隔で流れていく。
荒くなった呼吸を整えながら、ハルは耳を澄ませた。
――右から足音。
――後ろから怒号。
――左の階段からも複数人。
(もう追いついてきたか。)
予想より早い。
校舎の構造を知らなくても、数で押せばいずれ包囲網は完成する。
それでもハルの表情は変わらない。
(焦るな。)
(まだ俺のペースだ。)
その瞬間、前方の曲がり角から三人の男子生徒が飛び出した。
「いたぞ!」
「挟み撃ちだ!」
「今度こそ終わりだ!」
前方を塞がれ、背後からも追跡隊が迫る。
完全な袋小路。
観客席からどよめきが起こる。
「終わった!」
「今度こそ捕まる!」
しかし、ハルは立ち止まらなかった。
前方の三人へ一直線に走る。
「正面突破!?」
距離が縮まる。
十メートル。
五メートル。
三メートル。
先頭の男子が炎を右手へ集めた。
「くらえ!」
炎弾が放たれる。
だが、その瞬間。
ハルは一歩だけ右へ踏み込み、身体を大きく傾けた。
炎は肩をかすめ、そのまま後方へ飛んでいく。
「何っ!?」
その先にいたのは、勢いよく走ってきた追跡隊だった。
ドォォン!!
炎が床で炸裂し、爆風が廊下を吹き抜ける。
「うわぁ!」
「熱っ!」
「前見ろ!」
突然の爆発に後続が足を止める。
そこへさらに別の能力者が叫んだ。
「風で押し返す!」
猛烈な突風が炎を消そうと吹き荒れる。
しかし、その風は炎を消すどころか勢いを増幅させた。
赤い火柱が天井近くまで燃え上がる。
「しまっ――」
ボォォォォォッ!!
「ぎゃあああ!」
「風を使うな!」
「誰だ今の!」
廊下は一瞬で混乱状態になった。
その間を、ハルはわずか一人分だけ空いた隙間へ身体を滑り込ませる。
肩と肩が触れ合うほどの狭い隙間。
だが迷いはない。
そのまま相手の横をすり抜け、一気に突破する。
「通した!」
「追え!」
生徒たちは慌てて振り返る。
だが、狭い廊下では方向転換すら簡単ではない。
互いにぶつかり合い、再び足が止まる。
モニターを見ていた教師たちから驚きの声が漏れた。
「攻撃していない……。」
「能力も使っていない。」
「それなのに突破した。」
神崎は静かに頷く。
「いや。」
「攻撃している。」
周囲の教師が神崎を見る。
「ただし、相手を直接ではない。」
「相手の焦りを利用している。」
神崎は映像を指差した。
「天城は最初から炎能力者の射線へ相手を誘導した。」
「そして風能力者が助けようとすることまで読んでいた。」
「能力者同士を戦わせている。」
「……まるで将棋だ。」
女性教師が息を呑む。
「そこまで考えて……。」
「考えている。」
「能力がない人間は、能力者と同じ土俵では勝てない。」
「だから盤面そのものを変えている。」
神崎の目には、これまでの評価にはなかった興味が宿っていた。
「面白い。」
一方、ハルは次の階段を駆け下りながら、自分に言い聞かせる。
(倒す必要はない。)
(勝つ必要もない。)
(逃げ切れば、それでいい。)
木刀に手を掛ける。
だが抜かない。
(剣を抜いたら戦いになる。)
(戦えば、人数差で押し潰される。)
(だから逃げる。)
(逃げ続ける。)
それが今回唯一の勝利条件。
無能力者である自分が選ぶべき戦い方だった。
その頃、校庭では黒崎が依然として動いていなかった。
周囲には一年生たちが集まり、次々と報告を入れる。
「黒崎!」
「三回包囲しました!」
「全部抜けられました!」
「校舎の構造を利用されています!」
黒崎は短く問い返す。
「負傷者は。」
「軽傷が十数人ほどです。」
「能力の誤射が原因で……。」
「そうか。」
黒崎はそれだけ言って視線をモニターへ向けた。
画面の中では、ハルがまた一つ角を曲がり、追跡者を翻弄している。
その姿を見つめながら、小さく呟く。
「戦っていない。」
「それでいて相手の数を殺している。」
黒崎の脳裏に、実技試験で木刀を握っていたハルの姿が浮かぶ。
無駄のない足運び。
相手の動きを読む視線。
そして今。
能力がなくとも、その経験は確かに生きている。
「なるほど。」
口元がわずかに緩む。
「ようやく分かった。」
「お前は能力で戦う人間じゃない。」
「戦場そのものを利用して戦う人間か。」
黒崎は静かに腕をほどいた。
その仕草だけで、周囲の一年生たちの空気が変わる。
誰もが気付く。
最強が、動く準備を始めたことに。
ピーンポーンパーンポーン――。
突然、校内放送が校舎中へ響き渡る。
『試験開始から五分が経過しました。』
『残り時間、二十五分です。』
その放送を聞いた瞬間、校内の空気が変わった。
「……五分?」
「もう五分も経ったのか?」
「嘘だろ……。」
追跡していた一年生たちは思わず足を止める。
試験開始直後は、誰もがこう考えていた。
――一分もあれば終わる。
――黒崎が出るまでもない。
――無能力者一人など簡単に捕まえられる。
しかし現実は違った。
五分。
百二十四人で追い続けても、天城ハルはまだ捕まっていない。
それどころか、追う側の方が混乱し始めていた。
「なんで捕まらねぇんだ!」
「校舎が広すぎる!」
「また見失った!」
「くそっ!」
怒号が飛び交う。
焦りが焦りを呼び、判断力を鈍らせていく。
教師席では大型モニターに映るハルの姿を見ながら、神崎が静かに口を開いた。
「開始五分。」
「天城は一度も足を止めていない。」
別の教師が苦笑する。
「正直、ここまでやるとは思いませんでした。」
「私も開始一分で終わると思っていました。」
神崎は首を横に振る。
「それは違う。」
「我々が天城を過小評価していたんだ。」
全員の視線が神崎へ向く。
「能力値だけを見ていた。」
「だが試験で重要なのは能力だけじゃない。」
「判断力。」
「地形把握。」
「体力。」
「精神力。」
「そして経験。」
神崎は画面に映るハルを見つめた。
「能力以外なら、あいつは一年でも上位だ。」
「だからこそ、まだ生き残っている。」
教師たちは誰も反論できなかった。
◇
一方、観客席では美咲が両手を強く握り締めていた。
大型モニターには、別棟の廊下を走るハルの姿が映し出されている。
制服はところどころ焦げ、肩には小さな切り傷も見える。
息も荒い。
それでも走ることだけは止めない。
「ハル……。」
美咲は小さく呟く。
胸が苦しい。
誰よりも近くで見てきた。
毎朝、人より早く起きて剣を振る姿。
雨の日も。
雪の日も。
能力がないと笑われても、努力だけは決して止めなかった。
その努力が、今ようやく報われようとしている。
観客席の生徒たちも、少しずつ見方を変え始めていた。
「……すごくないか?」
「あいつ、本当に無能力者か?」
「能力がなくても、ここまで戦えるのか。」
「いや、戦ってない。」
「逃げてるだけだ。」
「でも、それが勝利条件だろ?」
ざわめきが広がる。
笑っていた者たちの口から、少しずつ称賛の言葉が漏れ始める。
美咲はそれを聞きながら、静かに目を閉じた。
(お願い。)
(あと二十五分。)
(お願いだから、生き残って。)
その祈りだけが、美咲を支えていた。
◇
その頃。
校庭では黒崎が依然としてモニターを見つめていた。
周囲には一年生たちが次々と戻ってくる。
「黒崎!」
「完全に逃げられた!」
「校舎の構造を利用されています!」
「こちらの能力が使いづらいです!」
「指示をください!」
黒崎は黙ったまま映像を見る。
画面の中では、ハルがまた一つ角を曲がり、追跡隊を振り切っていた。
数秒の沈黙。
やがて黒崎はゆっくりと口を開く。
「なるほど。」
「お前たちでは無理だ。」
一年生たちが息を呑む。
「能力に頼りすぎている。」
「追うことしか考えていない。」
「だから読まれる。」
黒崎は静かに歩き出した。
一歩。
また一歩。
ただ歩くだけなのに、その場の空気が一変する。
「黒崎……。」
「動くのか。」
誰かが呟いた。
その言葉は瞬く間に周囲へ広がる。
「黒崎が出るぞ!」
「主席が動く!」
「終わった……。」
観客席にも緊張が走る。
美咲もその姿に気付き、表情を強張らせた。
「……ダメ。」
黒崎だけは違う。
能力だけではない。
判断力も、戦闘経験も、一年生の中では別格。
ハルが最も戦いたくない相手だった。
黒崎は校舎の入口で立ち止まる。
目を閉じ、小さく息を吐く。
そして静かに目を開いた。
「天城ハル。」
「ここまでは認めよう。」
「能力を持たない人間としては、よくやった。」
その声は穏やかだった。
だが、その瞳には鋭い闘志が宿っている。
「だが――。」
「ここから先は通用しない。」
黒崎はゆっくりと校舎へ足を踏み入れた。
その一歩が、まるで戦場へ王が降り立つような重みを持って響く。
教師席の神崎が静かに腕を組む。
「始まるな。」
誰も言葉を発しない。
誰もが理解していた。
これまでの五分間は、前哨戦に過ぎない。
真の試験は、今この瞬間から始まる。
校舎の奥では、まだ何も知らないハルが次の逃走ルートへ走り続けていた。
その背後から、最強の能力者が静かに歩み寄る。
逃げる者と、狩る者。
二人の距離は、確実に縮まり始めていた。
――本当の狩りが始まる。




