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幼馴染を寝取られ、学園に殺された無能力の俺は最強になって帰ってくる  作者: ワールド


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第39話 生きた証

 ハルは雫を見つめたまま、動かなかった。


 木刀へ伸ばした手も、そのまま止まっている。


 沈黙。


 夕暮れの公園に風だけが吹き抜けた。


「……どうしたの?」


 雫が静かに問いかける。


 その声を聞いた瞬間だった。


 ハルの口元が、小さく歪んだ。


「……は。」


 誰にも届かないほど小さな笑い声。


「……はは。」


 乾いた笑いだった。


 自嘲するような。


 諦め切ったような。


 そんな笑い。


 美咲が不安そうに一歩近付く。


「ハル君……?」


 ハルは俯いたまま、小さく呟く。


「またか。」


 誰に向けた言葉なのか分からなかった。


「また……そうやって。」


「俺を見ようとする。」


 ゆっくりと顔を上げる。


 その瞳には、怒りとも悲しみとも違う、深い絶望が宿っていた。


「学園でもそうだった。」


「地下施設でもそうだった。」


「そして、今も。」


 ハルは雫を見る。


「結局。」


「お前たちは、俺じゃなくて。」


「地下施設っていう肩書を見てる。」


「違う!」


 美咲が思わず叫ぶ。


「雫はそんなつもりじゃ――」


「じゃあ何だ。」


 ハルの低い声が、美咲の言葉を遮った。


 その声に、美咲は息を呑む。


「地下施設だから確かめたい。」


「地下施設だから戦いたい。」


「……何が違う。」


 雫は真っ直ぐハルを見つめ返す。


「私は――」


「聞きたくない。」


 短く言い切る。


「もう。」


「そういう言葉は聞き飽きた。」


 ハルはゆっくりと拳を握る。


「能力がない。」


「だから価値がない。」


「地下施設の人間。」


「だから危険。」


「肩書だけ見て。」


「勝手に決めつける。」


 一歩踏み出す。


「お前たちは。」


「俺の何を知ってる。」


 誰も答えられない。


 静まり返った公園に、ハルの声だけが響く。


「俺が何を失ったか。」


「何を見てきたか。」


「何を守ろうとしてきたか。」


「何も知らない。」


 黒崎は黙ってハルを見つめていた。


 その表情は変わらない。


 だが、その拳だけが静かに握られている。


 ハルは視線を黒崎へ向ける。


「黒崎。」


「お前は俺を無能力者として見た。」


 今度は美咲を見る。


「美咲。」


「お前は俺を守れなかった。」


 そして最後に雫を見る。


「お前は。」


「地下施設の人間として俺を見る。」


 静かだった。


 怒鳴ってはいない。


 それなのに、一言一言が胸へ突き刺さる。


「俺は。」


「俺なんだ。」


「地下施設じゃない。」


「無能力者でもない。」


「天城ハルなんだ。」


 その声が少しずつ震え始める。


 押し殺していた感情が、限界を迎えていた。


「俺の人生を。」


「俺の仲間を。」


「俺が生きてきた時間を。」


 拳が震える。


 木刀を握る手にも力が入る。


「何も知らない奴が。」


「勝手に決めつけるな……!」


 その声は、低く震えていた。


 次の瞬間。


「俺の人生をッ!!」


 ハルは叫んだ。


「勝手に決めるなぁぁぁっ!!」


 怒声が夕暮れの公園に響き渡る。


 美咲は肩を震わせ、言葉を失う。


 澪は目を閉じ、小さく俯いた。


 地下施設で何度も見てきた。


 この叫びは、怒りではない。


 心が壊れそうになりながら、それでも必死に立ち続けてきた人間の悲鳴だった。


 雫もまた、何も言えなかった。


 ハルの瞳を見た瞬間、そこに敵意ではなく、あまりにも深い傷が刻まれていることを初めて理解したからだった。



 叫び声が消える。


 公園には、重い静寂だけが残った。


 誰も口を開けない。


 美咲は涙を浮かべたまま立ち尽くし、雫もただハルを見つめている。


 黒崎だけが静かにその姿を見据えていた。


 ハルはゆっくりと息を吐く。


 荒れていた呼吸が、少しずつ落ち着いていく。


「……悪い。」


 ぽつりと呟いた。


「少し、感情的になった。」


 そう言って目を閉じる。


 数秒。


 風だけが吹き抜けた。


 やがてハルは静かに木刀へ手を伸ばす。


 鞘から抜かれた木刀が、夕日に照らされ鈍く光った。


「でも。」


 その声には、先ほどまでの怒鳴り声はない。


 静かで、どこまでも冷たい。


「これだけは譲れない。」


 ハルは木刀をゆっくりと握り直す。


「俺は。」


「名前を奪われた。」


「自由も奪われた。」


「人間として扱われることもなかった。」


 一つひとつ、事実だけを口にする。


「毎日、生き残ることだけを考えていた。」


「眠っていても安心できない。」


「食事をしていても気を抜けない。」


「明日、生きている保証なんてどこにもなかった。」


 その言葉に、美咲は小さく唇を噛む。


 澪は静かに俯いた。


 どれも嘘ではない。


 地下施設では、それが日常だった。


「何度も倒れた。」


「何度も死にかけた。」


「心なんて、とっくに壊れたと思った。」


 木刀を握る手に、自然と力が入る。


「それでも。」


「立ち上がるしかなかった。」


「立たなきゃ、生き残れなかった。」


 ハルは静かに顔を上げる。


「地下施設には。」


「綺麗事なんて一つもない。」


「昨日まで隣にいた仲間が、今日にはいなくなる。」


「誰かが倒れれば、その場所はすぐ別の誰かに埋められる。」


「そんな世界だった。」


 少しだけ笑う。


 その笑みは、あまりにも寂しかった。


「だから俺は変わった。」


「変わるしかなかった。」


 ゆっくりと一歩前へ踏み出す。


 その一歩だけで、空気が張り詰める。


「俺を地下施設の人間だから危険だと思うなら、それでもいい。」


「犯罪者だと思うなら、それでも構わない。」


「でも。」


 木刀を正眼に構える。


 その姿は、美咲の知る幼馴染ではなかった。


「俺の仲間を。」


「俺たちが、生きるために積み重ねてきた時間を。」


「何も知らない奴に否定されるつもりはない。」


 真っ直ぐ雫を見つめる。


「雨宮。」


「お前は、自分の目で確かめたいと言ったな。」


 雫は静かに頷く。


「……うん。」


 ハルは小さく頷き返した。


「その言葉に嘘がないなら。」


 木刀の切っ先をゆっくりと雫へ向ける。


「来い。」


「地下施設で生き残った俺が。」


「どんな人間になったのか。」


「その目で確かめろ。」


 夕暮れの公園に、静かな宣戦布告だけが響いた。


 夕暮れの公園。


 張り詰めた空気が、その場を支配していた。


 ハルと雫。


 二人は数メートルの距離を空けて向かい合う。


 誰も言葉を発しない。


 美咲は不安そうにハルを見つめ、澪は静かに腕を組んでいる。


 黒崎だけは目を閉じることなく、二人の足元まで見逃すまいと集中していた。


 雫はゆっくりと息を吸う。


 その表情は穏やかなまま。


 けれど瞳の奥には、代表候補として積み重ねてきた覚悟が宿っている。


「……始めるね。」


 ハルは何も答えない。


 ただ木刀を構えた。


 無駄な力が一切入っていない。


 静かな構え。


 それなのに、誰よりも隙がなかった。


(この構え……。)


 黒崎の瞳が細くなる。


(今までとは違う。)


(戦うためじゃない。)


(生き残るための剣だ。)


 雫は右足を半歩引く。


 能力を発動する。


 足元から透明な水が静かに溢れ出し、公園の地面を滑るように広がっていく。


 水属性能力。


 雨宮雫が最も得意とする戦闘領域だった。


 夕日に照らされた水面が赤く輝く。


 雫は小さく呟く。


「ごめん。」


「本気でいく。」


 次の瞬間だった。


 バシャッ――!!


 水しぶきを上げながら、一気に間合いを詰める。


 美咲の目には、その姿が一瞬で消えたように映った。


「速い……!」


 代表候補。


 その名に相応しい踏み込みだった。


 しかし。


 ハルは動かない。


 最後の一歩まで。


 拳が届く。


 その瞬間。


 半歩。


 本当に半歩だけ身体を横へ滑らせた。


 雫の拳は空気だけを切り裂く。


「……!」


 避けられた。


 しかも紙一重で。


 雫はすぐに身体を捻り、回し蹴りへ繋げる。


 だが。


 また当たらない。


 ハルは最小限の動きだけで、その蹴りを外していた。


 無駄な動きが一切ない。


 まるで攻撃が来る場所を最初から知っていたかのようだった。


 雫は一度距離を取る。


(何……今の。)


(見えてる……?)


 いや、違う。


 見えているだけではない。


 読まれている。


 踏み込みも。


 重心も。


 呼吸も。


 全部。


 黒崎もその違和感に気付いていた。


(避けているんじゃない。)


(攻撃が来る前に、もう終わっている。)


 美咲は息を呑む。


 こんなハルは知らない。


 昔のハルなら、真正面から受け止めていた。


 何度転んでも立ち上がる。


 そんな戦い方だった。


 だが今は違う。


 必要以上に動かない。


 必要以上に戦わない。


 まるで戦場で生き残るためだけに磨かれた剣術。


 澪は静かに目を伏せ、小さく呟く。


「……地下施設の剣。」


 その一言だけで十分だった。


 ハルは木刀を肩へ担ぎ、静かに雫を見る。


「終わりか。」


 その声には挑発も驕りもない。


 ただ事実を確認するような、静かな響きだけがあった。


 雫はゆっくりと息を整えた。


 肩で呼吸をするほどではない。


 だが、その額には小さな汗が滲んでいる。


(……一発も。)


(当たらない。)


 ここまで攻撃を見切られたのは初めてだった。


 学園では誰もが能力を警戒し、防御に回る。


 しかし、目の前の少年は違う。


 能力ごと戦場を見ている。


 まるで何百、何千という死線を潜り抜けてきた兵士のようだった。


「……まだ。」


 雫は静かに木刀を構え直す。


「まだ終わってないよ。」


 その瞳から迷いが消える。


 代表候補として積み重ねてきた努力。


 仲間と過ごした日々。


 簡単には終われない。


 足元に広がる水面が大きく波打った。


 ザァァァッ――。


 地面を這う水が一斉に動き出す。


 蛇のように。


 生き物のように。


 四方八方からハルへ襲い掛かった。


 美咲が息を呑む。


「雫の能力……!」


 黒崎は腕を組んだまま目を細める。


(広範囲制圧。)


(逃げ場を潰す戦い方か。)


 ハルはその場から動かない。


 無数の水流が足元へ迫る。


 次の瞬間。


 バッ――!


 雫が飛び出した。


 正面。


 同時に左右から水の鞭が襲う。


 逃げ場はない。


 そう思えた。


 だが。


 ハルは一歩だけ前へ出た。


「えっ……?」


 美咲の声が漏れる。


 後ろではない。


 横でもない。


 真正面だった。


 水流と水流、そのわずかな隙間へ身体を滑り込ませる。


 紙一重。


 本当に指一本分しかない隙間だった。


 水の鞭は空を裂き、そのまま互いにぶつかり合う。


 パンッ!


 水しぶきが舞い上がった。


「そんな……。」


 雫の表情が初めて揺らぐ。


 今のは偶然ではない。


 最初から隙間ができることを知っていたかのような動きだった。


 ハルはそのまま雫の懐へ入り込む。


 速い。


 だが決して無理な踏み込みではない。


 必要最小限。


 最短距離。


 地下施設で染み付いた、生き残るためだけの歩法だった。


 雫は咄嗟に木刀を振る。


 カンッ!


 乾いた音が響く。


 ハルは木刀で受け流しただけ。


 力比べをしない。


 受け止めもしない。


 角度を変え、衝撃だけを流す。


 そのまま身体を半回転。


 雫の背後へ抜ける。


「っ!」


 雫は慌てて振り返る。


 だが、もうハルはそこにはいない。


 数歩離れた場所に立ち、静かに木刀を下ろしていた。


「…………。」


 誰も言葉を発せない。


 戦っているのに、ハルからは焦りも殺気も感じられない。


 まるで訓練をしているような冷静さだった。


 澪は小さく目を伏せる。


「これが……。」


「地下施設で、生き残ったハル。」


 黒崎もまた、静かに息を吐く。


(強い。)


(いや……。)


(これは強さじゃない。)


(生きるために、無駄を削ぎ落とした戦い方だ。)


 雫は木刀を握る手に力を込める。


 悔しさが胸を締め付ける。


 しかし、それ以上に強く湧き上がっていたのは別の感情だった。


(違う。)


(この人は、危険だから強いんじゃない。)


(生き抜くために、ここまで強くならなきゃいけなかったんだ。)


 その事実を、雫は初めて理解し始めていた。


 雫はゆっくりと息を整えた。


 肩で呼吸をするほどではない。


 だが、その額には小さな汗が滲んでいる。


(……一発も。)


(当たらない。)


 ここまで攻撃を見切られたのは初めてだった。


 学園では誰もが能力を警戒し、防御に回る。


 しかし、目の前の少年は違う。


 能力ごと戦場を見ている。


 まるで何百、何千という死線を潜り抜けてきた兵士のようだった。


「……まだ。」


 雫は静かに木刀を構え直す。


「まだ終わってないよ。」


 その瞳から迷いが消える。


 代表候補として積み重ねてきた努力。


 仲間と過ごした日々。


 簡単には終われない。


 足元に広がる水面が大きく波打った。


 ザァァァッ――。


 地面を這う水が一斉に動き出す。


 蛇のように。


 生き物のように。


 四方八方からハルへ襲い掛かった。


 美咲が息を呑む。


「雫の能力……!」


 黒崎は腕を組んだまま目を細める。


(広範囲制圧。)


(逃げ場を潰す戦い方か。)


 ハルはその場から動かない。


 無数の水流が足元へ迫る。


 次の瞬間。


 バッ――!


 雫が飛び出した。


 正面。


 同時に左右から水の鞭が襲う。


 逃げ場はない。


 そう思えた。


 だが。


 ハルは一歩だけ前へ出た。


「えっ……?」


 美咲の声が漏れる。


 後ろではない。


 横でもない。


 真正面だった。


 水流と水流、そのわずかな隙間へ身体を滑り込ませる。


 紙一重。


 本当に指一本分しかない隙間だった。


 水の鞭は空を裂き、そのまま互いにぶつかり合う。


 パンッ!


 水しぶきが舞い上がった。


「そんな……。」


 雫の表情が初めて揺らぐ。


 今のは偶然ではない。


 最初から隙間ができることを知っていたかのような動きだった。


 ハルはそのまま雫の懐へ入り込む。


 速い。


 だが決して無理な踏み込みではない。


 必要最小限。


 最短距離。


 地下施設で染み付いた、生き残るためだけの歩法だった。


 雫は咄嗟に木刀を振る。


 カンッ!


 乾いた音が響く。


 ハルは木刀で受け流しただけ。


 力比べをしない。


 受け止めもしない。


 角度を変え、衝撃だけを流す。


 そのまま身体を半回転。


 雫の背後へ抜ける。


「っ!」


 雫は慌てて振り返る。


 だが、もうハルはそこにはいない。


 数歩離れた場所に立ち、静かに木刀を下ろしていた。


「…………。」


 誰も言葉を発せない。


 戦っているのに、ハルからは焦りも殺気も感じられない。


 まるで訓練をしているような冷静さだった。


 澪は小さく目を伏せる。


「これが……。」


「地下施設で、生き残ったハル。」


 黒崎もまた、静かに息を吐く。


(強い。)


(いや……。)


(これは強さじゃない。)


(生きるために、無駄を削ぎ落とした戦い方だ。)


 雫は木刀を握る手に力を込める。


 悔しさが胸を締め付ける。


 しかし、それ以上に強く湧き上がっていたのは別の感情だった。


(違う。)


(この人は、危険だから強いんじゃない。)


(生き抜くために、ここまで強くならなきゃいけなかったんだ。)


 その事実を、雫は初めて理解し始めていた。



 雫は静かに息を整えた。


 胸の鼓動が速い。


 これほど実力差を感じたのは初めてだった。


 それでも。


 ここで引くわけにはいかない。


「……まだ。」


「私は負けない。」


 その瞬間だった。


 ザァァァッ――。


 雫の周囲を大量の水が渦を巻き始める。


 水流は何重もの壁となり、彼女を包み込む。


 攻撃と防御を兼ねた、雫の得意とする陣形。


 黒崎が小さく呟く。


「水陣か。」


「代表候補らしい完成度だ。」


 美咲も思わず息を呑む。


 あれだけの水量。


 普通なら近付くことすら難しい。


 しかし。


 ハルは動かなかった。


 静かに雫を見つめるだけ。


 水の流れ。


 足の位置。


 肩の動き。


 呼吸。


 視線。


 すべてを観察していた。


(そうか。)


(この能力は。)


(必ず一瞬だけ流れが変わる。)


 地下施設では、能力を正面から受ける者は死ぬ。


 だからハルは学んだ。


 能力そのものではなく、


 **能力を使う人間を見ることを。**


 雫が踏み込む。


 同時に、水流が四方八方からハルへ襲い掛かる。


「そこっ!」


 その声と同時だった。


 ハルも動く。


 一直線。


 迷いのない踏み込み。


 水流が目前まで迫る。


 普通なら止まる距離。


 しかしハルは止まらない。


 そして。


 水の流れが切り替わる、ほんの一瞬。


 わずかに生まれた隙間へ身体を滑り込ませた。


「っ!?」


 雫の目が見開かれる。


(どうして!?)


(そこが分かったの!?)


 一瞬で間合いを詰められる。


 咄嗟に木刀を振る。


 しかし。


 カンッ――。


 ハルは木刀を軽く合わせるだけで軌道を逸らした。


 そのまま一歩。


 さらに一歩。


 完全に懐へ入る。


 雫は能力を使おうとする。


 だが。


「遅い。」


 ハルが初めて口を開いた。


 木刀が鋭く閃く。


 バシッ!!


 乾いた音が夕暮れの公園へ響いた。


 木刀は雫の手首を正確に打ち抜く。


「きゃっ!」


 衝撃で木刀が宙を舞う。


 さらにハルは追撃しない。


 一歩だけ前へ出る。


 そして。


 木刀の切っ先を、そっと雫の喉元へ止めた。


 あと数センチ。


 それだけで勝負は終わっていた。


 静寂。


 誰一人として声を出せない。


 黒崎はゆっくりと目を細める。


(能力を破ったわけじゃない。)


(能力が切り替わる一瞬の癖を読んだ。)


(能力者ではなく、人間を攻略したのか……。)


 澪は小さく微笑む。


「……それがハル。」


「地下施設で、一番最初に教わった戦い方。」


 美咲は震える声で呟く。


「ハル君……。」


 目の前にいる少年は、かつて何度負けても笑って立ち上がっていた幼馴染ではない。


 絶望の底で、生き抜く術を身につけた剣士だった。


 雫は喉元に突きつけられた木刀を見つめながら、ゆっくりと目を閉じる。


 その胸にあった「地下施設の人間は危険かもしれない」という先入観は、今この瞬間、音を立てて崩れ始めていた。


 木刀の切っ先が、雫の喉元で静かに止まる。


 あと数センチ。


 それだけで勝負は決していた。


 夕暮れの風が二人の間を吹き抜ける。


 誰も動かない。


 ハルも、それ以上木刀を前へ出すことはなかった。


 静かな沈黙。


 やがて雫は、ゆっくりと視線を上げる。


 目の前にいるハルは、勝ち誇ることもなければ、見下すこともない。


 ただ静かに、自分を見つめていた。


 その瞳には、敵意はなかった。


 あるのは、どこか寂しげな色だけだった。


 雫は小さく息を吐く。


「……負けた。」


 その一言に、公園の空気がわずかに揺れた。


 代表候補である雨宮雫が、自ら敗北を認めた。


 美咲は思わず口元を押さえる。


「雫……。」


 黒崎は腕を組んだまま、静かに二人を見つめている。


 ハルは何も言わない。


 木刀を向けたまま、雫の言葉を待っていた。


 雫は苦笑する。


「最初はね。」


「地下施設の人って、もっと怖い人たちなんだと思ってた。」


「何を考えているのか分からなくて。」


「力で全部解決しようとする人たちなのかなって。」


 少しだけ俯く。


「……ごめん。」


「私も、どこかで決めつけてた。」


 ハルの表情は変わらない。


 雫は続ける。


「でも。」


「違った。」


 真っ直ぐハルを見つめる。


「あなたは、一度も私を傷つけようとしなかった。」


「何度も勝てる場面があったのに。」


「全部止めてくれた。」


 木刀の切っ先へ目を向ける。


「本気で戦えば。」


「今頃、私は立っていられなかったと思う。」


 その言葉に、澪が静かに頷く。


「うん。」


「ハルはそういう人だから。」


 雫は小さく笑う。


「やっと分かった。」


「地下施設にいたから危険なんじゃない。」


「その人が、どんな人なのかを見ないといけなかったんだね。」


 そう言うと、雫は両手を身体の横へ下ろした。


「ありがとう。」


「私と向き合ってくれて。」


「そして……。」


 一度だけ頭を下げる。


「疑って、ごめんなさい。」


 静かな謝罪だった。


 ハルはしばらく雫を見つめていた。


 そして。


 ゆっくりと木刀を下ろす。


 カタン、と木刀の先が地面に触れる。


「……分かってくれたなら。」


「それでいい。」


 短い一言。


 だが、その言葉には怒りも恨みもなかった。


 雫はその言葉を聞き、どこか安心したように微笑む。


 その様子を見ていた美咲の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。


 幼馴染だった頃と変わらない優しさ。


 それがまだハルの中に残っていることを知り、美咲は胸が締め付けられるような思いだった。


 一方で黒崎は、静かにハルを見つめながら心の中で呟く。


(強い。)


(剣だけじゃない。)


(この男は……。)


(心まで折れなかったのか。)


 夕日が六人の影を長く伸ばしていた。


 その場にいた全員が、それぞれ違う思いを胸に抱えながら、静かな時間だけが流れていった。


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― 新着の感想 ―
美咲はいつまで悲劇のヒロインのつもりなんだ? 一人だけ株を下げてるしいい加減うんざり 速攻黒崎に乗り換えた屑がハルの事を想う資格なんてないだろうが
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