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幼馴染を寝取られ、学園に殺された無能力の俺は最強になって帰ってくる  作者: ワールド


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第38話 決別

 夕暮れの街。


 西へ傾いた太陽が歩道を橙色に染め、人々は家路を急ぐように足を進めていた。


 そんな喧騒の中だけが、不自然なほど静まり返っていた。


 天城ハル。


 白鳥澪。


 朝比奈美咲。


 黒崎仁。


 四人は交差点の真ん中で立ち止まったまま、誰一人として言葉を発することができなかった。


 ただ風だけが、四人の間を静かに吹き抜けていく。


 最初に口を開いたのは澪だった。


「……天城君。」


 隣に立つハルを心配そうに見つめる。


「知り合い……なの?」


 ハルは視線を美咲へ向けた。


 あの日と変わらない黒髪。


 優しい瞳。


 けれど、その表情は以前よりも少しだけ大人びて見えた。


 胸の奥がわずかに痛む。


 だが、その痛みを押し殺すように小さく息を吐く。


「ああ。」


 短く答える。


「昔の知り合いだ。」


 その一言だった。


 美咲の肩がぴくりと震える。


「……昔の。」


 小さく呟く。


 幼馴染。


 家族のように育った存在。


 ずっと一緒にいると信じていた相手。


 それが今では――。


「知り合い。」


 その距離に、美咲の胸は締め付けられた。


 黒崎は二人の様子を静かに見つめていた。


 何も言わない。


 今ここで口を挟むべきではないと分かっていた。


 やがて黒崎が静かに口を開く。


「……ここでは話しづらいな。」


 周囲では学生たちが笑いながら通り過ぎていく。


 足を止め、不思議そうに四人を見ていく者もいた。


「場所を変えよう。」


 ハルは少しだけ考え、小さく頷く。


「……分かった。」


 美咲も頷いた。


 四人は歩き始める。


 誰も話さない。


 靴音だけが静かに響く。


 澪は何度かハルの横顔を見る。


 普段のハルとは違った。


 笑顔がない。


 表情もない。


 ただ真っ直ぐ前だけを見て歩いている。


(こんな天城君……初めて。)


 地下施設でも色々な表情を見てきた。


 苦しそうな顔。


 悔しそうな顔。


 仲間と笑う顔。


 それでも今のハルは違う。


 感情を閉じ込めているようだった。


 しばらく歩くと、小さな公園が見えてくる。


 夕方ということもあり、子どもたちは既に帰った後らしい。


 遊具だけが静かに夕日に照らされていた。


 黒崎がベンチを指差す。


「ここならいいだろう。」


 四人は向かい合うように腰を下ろした。


 ハルと澪。


 向かいに美咲と黒崎。


 再び沈黙が訪れる。


 時計の針だけが静かに時を刻む。


 誰も目を合わせようとしない。


 何を話せばいいのか。


 何から話せばいいのか。


 一年間という時間は、それほどまでに長かった。


 美咲は膝の上で両手を強く握り締める。


 何度も深呼吸を繰り返す。


 言いたいことは山ほどある。


 謝りたい。


 伝えたい。


 それなのに、言葉が喉で詰まって出てこない。


 黒崎はそんな美咲を横目で見ながら、静かに見守っていた。


 無理に背中を押すことはしない。


 これは自分が入る話ではない。


 美咲自身が向き合わなければならない時間だからだ。


 一方のハルも黙っていた。


 逃げるつもりはない。


 だからここへ来た。


 だが、自分から話す気もなかった。


 美咲が何を言うのか。


 それを聞いてから、自分は答える。


 ただ、それだけだった。


 重苦しい沈黙が流れる。


 夕日が少しずつ沈み始め、公園を赤く染めていく。


 風が吹く。


 木々が揺れる。


 葉擦れの音だけが耳に届く。


 その静寂を破ったのは、美咲だった。


 ゆっくりと顔を上げる。


 真っ赤に潤んだ瞳が、まっすぐハルを見つめた。


「……お願い。」


 震える声。


「少しだけ。」


 一度言葉が止まる。


 それでも勇気を振り絞るように続けた。


「私の話を……聞いてくれる?」


 ハルはしばらく黙っていた。


 やがて、小さく頷く。


「……話せ。」


 その短い返事を聞いた瞬間、美咲は小さく息を吐いた。


 ようやく、止まっていた時間が動き始める。


 美咲は何度も深呼吸を繰り返した。


 膝の上で握り締めた両手は震えている。


 言いたいことは決まっている。


 何度も頭の中で練習した。


 それでも、本人を目の前にすると何も言葉が出てこなかった。


 沈黙が続く。


 夕日が四人を赤く照らしていた。


 やがて、美咲はゆっくりと顔を上げる。


 真っ直ぐハルを見る。


 逃げない。


 もう、逃げたくなかった。


「……まず、ごめんなさい。」


 その一言だった。


「私は……ハル君を助けられなかった。」


「助けるって約束したのに。」


「最後まで一緒にいるって約束したのに。」


「全部、守れなかった。」


 美咲は小さく笑う。


 その笑顔は痛々しかった。


「ずっと謝りたかった。」


「ずっと会いたかった。」


「でも……会えなかった。」


 ハルは何も言わない。


 ただ静かに聞いている。


 その反応が、美咲には余計に苦しかった。


「ハル君がいなくなってから。」


「毎日泣いてた。」


「ご飯も食べられなくて。」


「夜も眠れなくて。」


「学校へ行くたびに、隣の席を見ちゃって。」


「もういないんだって思うたびに苦しくなった。」


 一度言葉を切る。


 涙が頬を伝う。


「地下施設のことも調べた。」


「先生にも聞いた。」


「警察にも聞いた。」


「でも……。」


 美咲は力なく首を振る。


「誰も教えてくれなかった。」


「地下施設がどこにあるのか。」


「ハル君が生きているのか。」


「何も分からなかった。」


 黒崎は静かに俯いた。


 この話は初めて聞く。


 美咲がそこまで行動していたことを、彼は知らなかった。


「私は何もできなかった。」


「本当に何も。」


「だから毎日、自分を責めてた。」


 公園に風が吹く。


 木々が静かに揺れた。


「でも……。」


 美咲は少しだけ空を見上げる。


「時間って残酷なんだね。」


 その一言に、ハルの瞳がわずかに動く。


「最初は毎日泣いてたのに。」


「少しずつ学校へ行くようになって。」


「友達と話して。」


「笑う日が増えて。」


「普通の毎日が戻ってきて。」


 震える声で続ける。


「そんな毎日を過ごしていたら……。」


「少しずつ、前を向こうって思うようになった。」


「忘れたかったわけじゃない。」


「ハル君を嫌いになったわけでもない。」


「今でも幸せになってほしいって思ってる。」


 美咲は胸へ手を当てた。


「でも私は……。」


「ハル君だけを想い続けて生きられるほど、強い人間じゃなかった。」


 涙が止まらない。


「仁君と話すようになって。」


「支えてもらって。」


「笑えるようになって。」


「私は、その時間に救われた。」


 黒崎は何も言わない。


 ただ美咲の隣で静かに座っていた。


「気付いたら。」


「仁君のことが好きになってた。」


「普通に恋をして。」


「普通に幸せになりたいって思った。」


「私は……その幸せを選んだ。」


 その言葉を口にした瞬間、美咲は自分自身を責めるように唇を噛んだ。


「だから私は最低なの。」


「ハル君を裏切った。」


「自分の幸せを選んだ。」


「全部、本当。」


「全部、私が選んだこと。」


 しばらく沈黙が流れる。


 誰も口を開かない。


 美咲は涙を拭うこともせず、ゆっくりとハルを見つめた。


「……それでも。」


「私は一度だけでも会いたかった。」


「ちゃんと謝りたかった。」


「そして。」


 声が震える。


「今の私の気持ちだけは、自分の口で伝えたかった。」


 美咲は深く息を吸った。


「私は今でも、ハル君との思い出を大切に思ってる。」


「でも。」


 一度だけ黒崎を見る。


 そして、もう一度ハルを見る。


「私はもう、仁君と生きるって決めた。」


「この気持ちだけは嘘じゃない。」


「だから……。」


 涙を流しながら、小さく頭を下げる。


「ごめんなさい。」


「本当に、ごめんなさい。」


 その謝罪は、公園に静かに響いた。


 ハルは何も答えない。


 ただ、夕日に照らされた美咲を、静かに見つめ続けていた。


 美咲の謝罪が終わる。


 公園には再び静寂が訪れた。


 夕日がゆっくりと沈み始め、四人の影が長く伸びている。


 誰も口を開かない。


 風だけが静かに木々を揺らしていた。


 やがて――


 ハルが小さく息を吐いた。


「……そうか。」


 それだけだった。


 美咲は思わず顔を上げる。


 怒鳴られると思っていた。


 責められると思っていた。


 それなのに、ハルの声は驚くほど静かだった。


「美咲。」


 その名前を呼ばれただけで、美咲の身体が小さく震える。


「一つだけ聞く。」


「……うん。」


「あの日。」


 ハルは真っ直ぐ美咲を見つめた。


「俺が地下施設へ送られた日。」


「最後に俺が何て言ったか覚えてるか?」


 美咲は唇を噛む。


 忘れるはずがない。


 忘れられるはずがない。


 涙で滲んだ視界の中。


 護送車へ乗せられる直前。


 傷だらけになったハルは、それでも笑っていた。


『大丈夫。』


『きっとまた会える。』


『だから泣くな。』


 その言葉が、今でも耳に残っている。


「……覚えてる。」


 震える声で答える。


 ハルは小さく頷いた。


「俺も覚えてる。」


「だから待った。」


 短い一言だった。


「地下施設へ着いても。」


「次の日も。」


「その次の日も。」


「きっと来てくれると思ってた。」


 澪は隣で静かにハルを見る。


 今まで聞いたことのない話だった。


「地下施設の生活は地獄だった。」


 ハルは遠くを見るような目になる。


「名前はなくなった。」


「番号で呼ばれるようになった。」


「俺は天城ハルじゃなくなった。」


「七四二。」


「それだけだった。」


 美咲の瞳から涙が零れる。


 ハルは止まらない。


「毎日訓練。」


「毎日実験。」


「倒れても終わらない。」


「気を失えば起こされる。」


「逃げれば殴られる。」


「それが当たり前だった。」


 黒崎は拳を握り締める。


 想像はしていた。


 だが、現実はそれ以上だった。


「最初は耐えられた。」


「また会えると思ってたから。」


「美咲なら。」


「絶対に俺を探してくれるって。」


「信じてた。」


 美咲は堪え切れず首を横へ振る。


「ごめん……。」


 しかしハルはその謝罪を聞いていないようだった。


 まるで過去を見つめながら話している。


「ある日。」


「研究員が部屋へ来た。」


「何も言わずモニターを置いた。」


「そして映像を流した。」


 空気が変わる。


 美咲も黒崎も表情を強張らせた。


「そこに映ってたのは。」


「お前だった。」


 美咲の呼吸が止まる。


「学園で笑ってた。」


「友達と話してた。」


「黒崎と歩いてた。」


「楽しそうだった。」


 ハルは感情を押し殺したまま続ける。


「その時初めて思った。」


『ああ。』


『美咲は元気なんだ。』


『よかった。』


 その言葉に、美咲は涙を流した。


 だが。


 ハルの話は終わらない。


「それからだった。」


「俺が心を折りそうになる度に。」


「実験で使い物にならなくなりそうになる度に。」


「研究員は映像を流した。」


「……っ。」


 黒崎の眉が動く。


「お前と黒崎が笑ってる映像。」


「一緒に帰る映像。」


「肩を並べて歩く映像。」


「抱き締め合う映像。」


 美咲は目を見開く。


「そ、そんな……。」


「知らない……。」


 ハルは静かに首を横へ振った。


「知ってる。」


「お前達は知らない。」


「そんなことは分かってる。」


「でも。」


 一瞬だけ声が低くなる。


「研究員は笑ってた。」


『見ろ。』


『お前なんかもう忘れられてる。』


『もう居場所なんてない。』


『あの女は前へ進んだ。』


『お前だけが止まってる。』


 公園が静まり返る。


 誰一人、言葉を発せなかった。


「……何回見たかは覚えてない。」


「でも。」


「一回見る度に。」


「俺の中で何かが少しずつ壊れていった。」


 ハルは美咲を見た。


 怒ってはいない。


 憎んでもいない。


 ただ、どこか遠い場所を見るような目だった。


「だから。」


「もう昔みたいには戻れない。」


 静かな声が、公園にゆっくりと溶けていった。


 重苦しい沈黙が公園を包む。


 誰も言葉を発することができなかった。


 風が吹く。


 木々が揺れる音だけが静かに響いていた。


 最初に口を開いたのは、美咲だった。


「……知らない。」


 震える声だった。


「そんな映像……。」


「私は知らない。」


「本当に知らないの……。」


 涙が止まらない。


 何度も首を横へ振る。


「そんなことに使われてるなんて……。」


「知らなかった……。」


 ハルは静かに頷いた。


「ああ。」


「知ってる。」


「お前が知らなかったことくらい。」


「だから、そのことで責めるつもりはない。」


 その言葉に、美咲は余計に胸が締め付けられた。


 責められた方が楽だった。


 怒鳴られた方が救われた。


 けれどハルは違った。


 静かに事実だけを話している。


 その姿が何より苦しかった。


「……盗撮か。」


 静寂を破ったのは黒崎だった。


 三人の視線が黒崎へ向く。


 黒崎は俯いたまま、小さく呟く。


「研究所の人間が撮影した。」


「あるいは学園内部に協力者がいる。」


「どちらにしても。」


 ゆっくりと顔を上げる。


「俺達は利用された。」


 拳が静かに握られる。


「俺達の日常を。」


「ハルを壊すための道具にした。」


 その声には怒鳴るような激しさはない。


 代わりに、底知れない怒りが滲んでいた。


「……やはり。」


 小さく呟く。


「俺の違和感は間違っていなかった。」


 誰に言うでもない独り言だった。


「能力研究所。」


「能力管理局。」


「星ヶ丘学園。」


「全部が繋がっている。」


 美咲は黒崎を見る。


「仁……。」


 黒崎は静かに首を横へ振った。


「人間を人間として見ていない。」


「価値のある能力者。」


「価値のない能力者。」


「利用できる人間。」


「利用できない人間。」


「最初からそういう世界だった。」


 夕日が黒崎の横顔を照らす。


「ハルだけじゃない。」


「俺達も同じだ。」


「能力が強いから期待される。」


「学園代表だから持ち上げられる。」


「必要がなくなれば切り捨てられる。」


 黒崎はハルを見る。


「……すまなかった。」


 突然の謝罪だった。


 ハルは少しだけ目を見開く。


「俺は地下施設の実態を知らなかった。」


「知らないまま、お前を送り出した。」


「結果として。」


「お前をあの場所へ送った一人になった。」


 美咲も俯く。


 誰も否定できない。


 あの日。


 誰一人、地下施設の現実を知ろうとはしなかった。


 知ろうとしなかったこともまた、一つの罪だった。


 黒崎は静かに息を吐く。


「……必ず真実を暴く。」


 その声は小さい。


 だが迷いはなかった。


「能力研究所も。」


「地下施設も。」


「この世界そのものも。」


「俺は必ず調べる。」


 その瞳には、これまで以上に強い決意が宿っていた。


 ハルはそんな黒崎を数秒見つめる。


 そして、小さく目を閉じた。


「……そうか。」


 それ以上は何も言わなかった。


 四人の間に、再び静かな沈黙が流れる。


 もう誰も、昔と同じ世界には戻れない。


 その現実だけが、夕暮れの公園に重く横たわっていた。


 再び沈黙が訪く。


 誰も口を開かない。


 美咲は涙を流したまま俯き、黒崎は静かに拳を握り締めている。


 澪だけが、ハルの横顔を見つめていた。


 その時だった。


 ハルが小さく笑った。


「……馬鹿だったな。」


 誰へ向けた言葉でもなかった。


 自分自身へ向けた、乾いた笑いだった。


「地下施設へ送られた日。」


「俺、本気で信じてたんだ。」


 ゆっくりと空を見上げる。


 夕日が眩しい。


「美咲なら来るって。」


「幼馴染だから。」


「絶対に助けに来てくれるって。」


 その声に、美咲は肩を震わせた。


 ハルは続ける。


「研究員に笑われても。」


「殴られても。」


「実験を受けても。」


「全部終われば帰れる。」


「また四人で笑える。」


「そんなことばかり考えてた。」


 苦笑する。


「今思えば、本当に馬鹿だった。」


 誰も何も言えない。


 ハルは静かに視線を美咲へ向けた。


「でも。」


「ある日。」


「映像を見た。」


 呼吸が少しだけ浅くなる。


「美咲が笑ってた。」


「楽しそうだった。」


「最初は安心した。」


「生きてる。」


「笑えてる。」


「それだけで良かった。」


 少しだけ間が空く。


「だけど。」


「次の映像では。」


「黒崎と一緒だった。」


 美咲は唇を強く噛む。


「次は肩を並べて歩いてた。」


「次は抱き締め合ってた。」


「その次は……。」


 そこで言葉が止まる。


 ハルはゆっくり目を閉じた。


「もういい。」


「そこから先は思い出したくない。」


 静かな声だった。


 怒りも憎しみもない。


 だからこそ痛かった。


「その時。」


「やっと分かった。」


「俺の居場所はもうないんだって。」


「俺だけが止まってた。」


「みんな前へ進んでた。」


 ハルは笑う。


 その笑顔は、あまりにも寂しかった。


「だから。」


「俺も諦めた。」


「美咲を待つことを。」


「昔へ戻ることを。」


「全部。」


 美咲は涙を流しながら首を横へ振る。


「違う……。」


「違わない。」


 ハルは静かに遮る。


「お前は悪くない。」


「黒崎も悪くない。」


「研究員が悪い。」


「この世界が悪い。」


「全部分かってる。」


 少しだけ視線を落とす。


「……でも。」


「それでも。」


「俺は傷付いた。」


 その一言が、公園に重く落ちた。


「理屈じゃない。」


「頭では分かってても。」


「心は納得してくれなかった。」


 ハルは拳をゆっくり握る。


「だから。」


「もう昔みたいには笑えない。」


「もう昔みたいに美咲を信じられない。」


「信じたいとも思えない。」


 美咲は泣き崩れる。


「ごめんなさい……。」


「ごめんなさい……。」


 何度謝っても足りない。


 それでも謝ることしかできなかった。


 ハルはその姿を見つめる。


 昔なら。


 泣いている美咲を見たら、真っ先に駆け寄っていた。


 頭を撫でて。


「大丈夫」と笑っていた。


 でも今は違う。


 足は一歩も動かなかった。


「……終わったんだ。」


 静かな一言。


「俺達は。」


「もう、あの日には戻れない。」


 夕日がゆっくりと沈み始める。


 幼馴染だった二人の時間もまた、その言葉と共に静かに終わりを迎えようとしていた。


 誰も言葉を発せなかった。


 夕日が沈み、辺りはゆっくりと薄暗くなっていく。


 美咲は俯いたまま涙を流し続けていた。


 黒崎も何も言えない。


 どんな言葉をかけても、この一年という時間は埋められない。


 そんな重苦しい空気の中――。


 静かに立ち上がる人影があった。


 白鳥澪だった。


 ハルの前へ一歩だけ歩み出る。


 そして、美咲たちへ向き直った。


「……話は全部聞きました。」


 その声は穏やかだった。


 責めるような響きはない。


 ただ、静かな決意だけが宿っていた。


「朝比奈さん。」


 美咲は涙で濡れた顔を上げる。


「あなたが悪い人じゃないことは分かります。」


「今でも天城君を大切に思っていることも。」


「嘘じゃないって伝わりました。」


 美咲は小さく頷く。


「……ありがとう。」


 澪は首を横へ振る。


「でも。」


 一度だけハルを見る。


「この一年間。」


「天城君の隣にいたのは、私達です。」


 その言葉に、美咲は息を呑んだ。


 澪はゆっくりと続ける。


「笑えなくなった日も。」


「眠れなくなった日も。」


「何度も倒れた日も。」


「苦しそうにうなされる夜も。」


「全部、私達は見てきました。」


 地下施設で過ごした日々が脳裏をよぎる。


 傷だらけで戻ってくるハル。


 実験室から運ばれてくるハル。


 それでも笑おうとしていたハル。


 澪はその姿を何度も見てきた。


「だから。」


「今さら昔みたいに戻ってくださいとは言えません。」


 美咲は涙を流したまま黙って聞いている。


「天城君が前へ進めたのは。」


「地下施設のみんなが支えたからです。」


「石田さんがいて。」


「カエデさんがいて。」


「結さんがいて。」


「風間さんがいて。」


「みんながいたから。」


「天城君は今日まで生きてこられました。」


 ハルは静かに澪を見る。


 澪は少しだけ微笑んだ。


「だから。」


 その笑顔は優しかった。


「もう、一人じゃありません。」


「あなたには帰る場所があります。」


 ハルの瞳がわずかに揺れる。


 帰る場所。


 その言葉は、今の彼にとって何よりも救いだった。


「地下施設は。」


 澪は少しだけ笑う。


「変な人ばかりです。」


「喧嘩ばっかりして。」


「うるさくて。」


「全然まとまりもなくて。」


 思わずハルも小さく笑う。


「……否定できないな。」


 その小さな笑顔を見て、澪も嬉しそうに笑った。


「でも。」


「私は、あそこが好きです。」


「みんなが家族だから。」


 静かにハルの隣へ立つ。


「だから天城君。」


「帰りましょう。」


「みんな、待っています。」


 その一言だった。


 ハルはゆっくりと目を閉じる。


 そして、小さく頷いた。


「ああ。」


「帰ろう。」


 その言葉を聞いた美咲は、小さく微笑んだ。


 涙は止まらない。


 胸は痛い。


 それでも――。


(よかった。)


(ハル君は、一人じゃなかった。)


(ちゃんと支えてくれる仲間がいる。)


 そう思えたことだけが、唯一の救いだった。


 夕暮れの公園に、静かな風が吹き抜ける。


 しかし、その穏やかな時間は長くは続かなかった。


 不意に、公園の入口から一つの足音が響く。


 コツ――。


 コツ――。


 規則正しい靴音。


 全員の視線が一斉にそちらへ向く。


 夕闇の中から、一人の少女がゆっくりと姿を現した。


 コツ――。


 コツ――。


 静まり返った公園に、規則正しい足音が響く。


 四人は同時に振り返った。


 夕闇の中から、一人の少女がゆっくりと歩いてくる。


 長い黒髪。


 涼しげな瞳。


 落ち着いた雰囲気を纏った少女だった。


 その姿を見た瞬間、美咲が驚いたように声を上げる。


「……雫?」


 少女は小さく微笑む。


「探したよ、美咲。」


 その穏やかな声に、美咲は少しだけ安心した表情を浮かべた。


「ごめん……。」


「急にいなくなったから心配した。」


 その隣で黒崎が静かに口を開く。


「雨宮。」


 少女は黒崎へ視線を向け、小さく頷く。


「黒崎君。」


「どうしてここに来た。」


 黒崎の問いに、雨宮は少しだけ困ったように笑う。


「美咲が急に走って行っちゃったから。」


「何かあったんじゃないかと思って。」


 そして。


 ゆっくりとハルへ視線を向けた。


 その瞬間、公園の空気が少しだけ変わる。


 ハルはその視線を受け止めながら静かに立ち上がる。


「……。」


 見覚えはない。


 少なくとも一年生だった頃、この少女と話した記憶はなかった。


 雨宮もまた、ハルを静かに見つめる。


「あなたが……。」


 一呼吸置く。


「地下施設代表。」


 ハルは眉をわずかに動かした。


「俺を知っているのか。」


「名前だけなら。」


 雨宮は落ち着いた口調で答える。


「天城ハルさん。」


「世界で唯一の無能力者。」


「そして地下施設代表。」


 ハルは小さく息を吐いた。


「有名になったものだな。」


「代表戦が近いですから。」


 雨宮は静かに答える。


「地下施設代表の情報くらい、私達にも入ってきます。」


 そのやり取りを見ながら、澪は小さく前へ出る。


「知り合いなんですか?」


 黒崎が答える。


「ああ。」


「同じ学園の代表候補だ。」


 雨宮は澪にも軽く頭を下げた。


「初めまして。」


「雨宮雫です。」


「星ヶ丘学園代表候補の一人です。」


 澪も軽く頭を下げ返す。


「白鳥澪です。」


「地下施設代表候補です。」


 二人は短く自己紹介を交わす。


 しかし、その穏やかな空気は長くは続かなかった。


 雨宮は四人の表情を静かに見渡す。


 泣き腫らした美咲。


 険しい表情の黒崎。


 ハルの隣へ立つ澪。


 そして、どこか諦めたような表情を浮かべるハル。


 雨宮は静かにハルを見据えた。


「……少しだけ話は聞こえてた。」


「地下施設で何があったのかも。」


「あなたがどれだけ苦しんだのかも。」


 一度だけ目を閉じ、小さく息を吐く。


「正直、聞いていて苦しかった。」


「そんなことが許されていいとは思わない。」


 美咲がほっとしたように顔を上げる。


「雫……。」


 だが、雨宮はゆっくりと首を横へ振った。


「でも、それとこれとは別。」


「私は地下施設を知らない。」


「あなた達が本当に信用できる人間なのかも分からない。」


 その視線は少しも揺らがない。


「どんな理由があって地下施設へ送られたとしても。」


「地上には戻しちゃいけない人間だっている。」


「私は、その可能性を見過ごせない。」


 澪が一歩前へ出る。


「それは偏見です。」


「うん。」


 雨宮はあっさり認めた。


「偏見かもしれない。」


「でも、それを確かめるのが代表の役目。」


 黒崎が静かに口を開く。


「……雨宮。」


「覚悟は決まってるんだな。」


「もちろん。」


 雨宮は真っ直ぐハルを見つめる。


「天城ハル。」


「私はここで、あなたを倒す。」


「そして、あなた達地下施設の人が本当に地上へ戻る資格があるのか、この戦いで確かめる。」


 公園の空気が張り詰める。


 美咲は立ち上がった。


「雫! やめて!」


「ハル君はそんな人じゃ――」


「美咲。」


 雨宮は静かに遮る。


「だからこそ、自分の目で確かめる。」


「人から聞いた話だけじゃ、私は誰も信じない。」


 その言葉を聞いたハルは、小さく息を吐いた。


「……そうか。」


 静かに木刀を抜く。


 鞘を払う音だけが、公園に響いた。


「それがお前の答えなら。」


「俺も地下施設代表として、逃げるわけにはいかない。」


 ハルはゆっくりと構えを取る。


 雨宮も能力を発動させるように右手を前へかざした。


 二人の間に、張り詰めた空気が流れる。


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― 新着の感想 ―
黒崎と朝比奈は落ちぶれて欲しいがこの作者だから期待できないなぁ… 悪役なのに美談にしたり優遇したりしてフラストレーションが溜まる話がこの作品内でも既に多いし ざまぁ作品でも主人公&読者ざまぁになってた…
感想一覧
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