第36話 束の間の休日
朝日がカーテンの隙間から差し込み、部屋を優しく照らしていた。
ハルはゆっくりと目を開ける。
「……朝か。」
ぼんやりと天井を見上げながら、小さく息を吐いた。
柔らかなベッド。
清潔なシーツ。
静かな部屋。
地下施設では考えられない環境だった。
あちらでは、硬い寝台の上で眠り、朝になれば監視員の怒鳴り声で叩き起こされる。
目を覚ませば、すぐに訓練や労働が始まる毎日。
こんな穏やかな朝を迎えるのは、いつ以来だろうか。
「……なんだか、変な感じだな。」
苦笑しながら身体を起こす。
窓を開けると、涼しい風が頬を撫でた。
遠くから聞こえてくる車の走る音。
小鳥のさえずり。
街を行き交う人々の話し声。
どれも地下施設では聞くことのなかった音ばかりだった。
ハルは静かに目を閉じる。
(地上に戻ってきたんだな……。)
そう実感した瞬間だった。
「ハルー!」
廊下の向こうから、大きな声が響く。
「いつまで寝てんだ!」
「飯だ飯!」
聞き慣れた声に、ハルは思わず笑った。
「カエデか。」
制服へ着替え、部屋を出る。
リビングへ向かうと、そこには既に数人の姿があった。
レンはソファへ寝転びながらテレビを眺めている。
その姿はまるで休日を満喫する大学生のようだった。
「お、起きたか。」
片手を軽く上げながら笑う。
「おはよう。」
「おはよう。」
ハルが返事をすると、レンは大きくあくびをした。
「いやぁ……ベッド最高だな。」
「地下施設じゃ毎日身体が痛かった。」
「分かる。」
ハルも苦笑する。
「ぐっすり眠れたよ。」
「だろ?」
「もう地下へ戻りたくねぇ。」
二人が笑っていると、食卓の方から不満そうな声が聞こえた。
「おい。」
「朝飯まだか。」
腕を組みながら椅子へ座っているのはカエデだった。
テーブルを指で叩きながら、明らかに機嫌が悪い。
「腹減った。」
「起きて最初に言うことがそれかよ。」
レンが呆れたように笑う。
「当たり前だろ。」
「腹が減ってたら力なんか出ねぇ。」
「さすが筋肉。」
「うるせぇ。」
カエデは睨み返すが、どこか表情は柔らかい。
地下施設では決して見せなかった、年相応の姿だった。
その時、廊下から結が姿を現した。
「おはよー。」
眠そうに欠伸をしながら現れた結は、鏡を取り出して前髪を整え始める。
「地上って最高。」
「朝から髪のセットできるもん。」
「そこかよ。」
レンが思わず突っ込む。
「女の子は大事なの。」
結は悪びれる様子もなく笑った。
「今日はどこ行こうかなぁ。」
そんな賑やかな空気の中、ハルは周囲を見回す。
「そういえば……。」
「風間さんと白夜さんは?」
レンが肩をすくめた。
「風間なら朝五時にはいなかった。」
「たぶん鍛錬。」
「白夜は?」
「さぁ。」
「起きたらもう部屋にいなかった。」
カエデが鼻を鳴らす。
「あの二人らしいだろ。」
「休みだろうが何だろうが、好き勝手動いてる。」
「確かに。」
ハルは苦笑するしかなかった。
同じ代表候補でも、それぞれ過ごし方は違う。
それでも、この賑やかな時間がどこか心地良かった。
地下施設では、生き残ることだけを考えていた。
仲間とこうして笑い合い、朝を迎える日が来るとは思ってもいなかった。
その時、部屋のインターホンが鳴り響く。
ピンポーン。
全員の視線が扉へ向く。
レンが立ち上がり、玄関へ向かった。
「たぶん監視官だな。」
「今日の予定でも伝えに来たんだろ。」
ゆっくりとドアノブへ手を掛け、扉を開ける。
扉を開けると、スーツ姿の男性が立っていた。
昨日、ハルたちを宿舎まで案内した政府職員だった。
「おはようございます。」
「皆さん、お揃いですね。」
レンが軽く手を挙げる。
「どうも。」
「朝から何か用ですか?」
職員は小さく頷く。
「本日の予定についてお伝えします。」
全員が自然とリビングへ集まった。
職員は手元の資料へ目を落としながら話し始める。
「本日より全国能力バトル試験第二試験まで、およそ一か月の待機期間となります。」
「その期間中、皆さんはこの宿舎を拠点として生活していただきます。」
ハルたちは静かに耳を傾ける。
「日中の外出は自由です。」
「買い物や食事、訓練なども各自の判断で構いません。」
その言葉にカエデが少し身を乗り出した。
「じゃあ好きな店で飯食っていいのか?」
「はい。」
「ただし、門限は午後九時です。」
「それまでには必ず宿舎へ戻ってください。」
カエデは満足そうに頷く。
「よし。」
職員は続ける。
「もう一つ重要なことがあります。」
少しだけ表情が真剣になる。
「皆さんは現在、地下施設代表です。」
「外では一般市民だけでなく、他校の代表候補と遭遇する可能性もあります。」
「挑発されても応じないこと。」
「問題行動を起こした場合、代表資格を剥奪する場合があります。」
その一言で部屋の空気が少し引き締まった。
レンが腕を組みながら尋ねる。
「つまり喧嘩するなってことですね。」
「その通りです。」
「もちろん正当防衛は認められます。」
「ですが、自ら争いを起こすことは禁止します。」
結が笑いながら手を挙げる。
「壊しちゃった物とかは?」
「弁償です。」
「うわぁ。」
「高そうだから気を付けよ。」
レンが思わず吹き出した。
「お前、自覚あるんだな。」
「一応ね。」
結は悪びれる様子もなく笑う。
職員は資料を閉じる。
「以上です。」
「皆さんには大会まで自由に過ごしていただいて構いません。」
「ただし、代表であるという自覚だけは忘れないでください。」
全員が小さく頷いた。
「それでは失礼します。」
一礼すると、職員は部屋を後にした。
扉が閉まる。
静かになったリビングで、数秒の沈黙が流れた。
その沈黙を破ったのはレンだった。
「さて。」
大きく伸びをしながら立ち上がる。
「せっかくの自由時間だ。」
「飯でも食いに行くか。」
その言葉に、カエデの目が一気に輝いた。
「焼肉!」
「絶対焼肉!」
「朝からそれかよ。」
レンは呆れながら笑う。
「いや、俺も焼肉でいい。」
「だろ?」
カエデは勢いよくハルの肩を叩いた。
「お前も来るよな?」
ハルは二人の顔を見て、小さく笑う。
「ああ。」
「もちろん。」
ハルの返事を聞くと、レンは部屋の中を見回した。
「他のみんなは?」
すると、ちょうど廊下の奥から結が姿を現した。
私服へ着替え終えたのか、いつもの制服姿ではなく、白いパーカーにデニムというラフな格好だった。
「どこか行くの?」
レンが声を掛ける。
「ああ。」
「せっかくだし、焼肉でも食いに行こうと思ってな。」
その言葉を聞いた結は少しだけ考えるような表情を見せる。
「焼肉かぁ。」
「悪くないけど……。」
そう言いながらスマートフォンを取り出した。
「私はパスかな。」
「服とか見たいし。」
「地上に来たんだから、久しぶりにショッピングしたい。」
レンが苦笑する。
「まあ、お前らしいな。」
「お土産期待してて。」
「期待しねぇ。」
「ひどーい。」
結は笑いながら手を振る。
「じゃあ行ってきまーす。」
軽い足取りで玄関を出て行った。
その姿を見送りながら、カエデが鼻を鳴らす。
「相変わらず自由な奴だな。」
「地下施設でもあんな感じだったし。」
レンも肩をすくめる。
「止めても無駄だからな。」
その時だった。
玄関の方から足音が聞こえてくる。
振り向くと、黒い隊服姿の風間が日本刀を腰に差し、静かに歩いてきた。
「風間。」
ハルが声を掛ける。
「俺たち焼肉行くんだけど、一緒にどう?」
風間は足を止めることなく短く答えた。
「行かない。」
「今日は鍛錬する。」
その一言だけだった。
「お前、本当に休まねぇな。」
レンが呆れたように笑う。
「身体も休ませろよ。」
「必要ない。」
風間は玄関で靴を履く。
「強くなる時間を無駄にはできない。」
そう言い残し、そのまま宿舎を出て行った。
静かに閉まる扉。
カエデが腕を組む。
「あいつらしいな。」
「休みの日まで修行かよ。」
「だから地下施設最強なんだろ。」
レンが苦笑する。
すると、廊下の奥からもう一人の姿が現れた。
白夜だった。
いつも通り無表情。
誰とも目を合わせることなく、そのまま玄関へ向かう。
「白夜。」
レンが呼び止める。
「お前もどうだ?」
「焼肉。」
白夜は立ち止まりもしない。
「興味ない。」
短く答えるだけだった。
「食事なら一人で十分だ。」
そのまま扉を開け、静かに外へ出て行く。
部屋には再び静寂が訪れた。
レンはしばらく閉まった扉を見つめると、大きくため息をつく。
「……チームワークもクソもねぇな。」
思わず本音が漏れた。
カエデは豪快に笑う。
「何言ってんだ。」
「地下施設だぞ?」
「そんなもん最初からあるわけねぇだろ。」
「確かにな。」
レンも苦笑するしかない。
ハルはそんな二人を見ながら、小さく笑った。
地下施設では、それぞれが自分の力だけを信じて生きてきた。
誰かと行動することの方が珍しい。
だからこそ、一つのチームとして戦うことは簡単ではないのだろう。
それでも、一か月後には六人で全国大会へ挑む。
その事実だけは変わらない。
「まあいい。」
レンが気持ちを切り替えるように立ち上がる。
「今いる三人で楽しもうぜ。」
「まずは焼肉だ。」
「おう!」
カエデが勢いよく拳を突き上げる。
「今日は食いまくる!」
「ほどほどにしろよ。」
「無理!」
元気よく答えるカエデに、ハルとレンは思わず顔を見合わせて笑った。
三人は賑やかな空気のまま宿舎を後にした。
昼時ということもあり、焼肉店の中は多くの客で賑わっていた。
ジュウジュウと肉が焼ける音。
香ばしい匂い。
店員たちの元気な声。
地下施設では決して味わえなかった活気だった。
「おぉ……!」
カエデは目を輝かせながら店内を見回す。
「すげぇ……!」
「全部うまそうじゃねぇか!」
「落ち着け。」
レンは苦笑しながら四人掛けの席へ腰を下ろした。
「まだ何も食ってねぇだろ。」
「いや、匂いだけで腹減る!」
「さっきも腹減ったって言ってたじゃねぇか。」
「腹は何回でも減る!」
ハルは思わず吹き出した。
「それはすごいな。」
三人は席に座り、メニューを開く。
するとカエデが勢いよく店員を呼び止めた。
「すみませーん!」
「はい、ご注文お決まりでしょうか?」
「カルビ五人前!」
「ライス大!」
「あとタン三人前!」
「ホルモン二人前!」
「ハラミ三人前!」
立て続けに注文していく。
店員が少し驚いたように確認する。
「三名様で……お間違いないでしょうか?」
「合ってる!」
元気よく答えるカエデ。
店員は苦笑しながら注文を書き込んでいく。
「かしこまりました。」
店員が去ると同時に、レンは呆れたようにため息をついた。
「……お前、本当に食う気か?」
「当たり前だろ。」
「久しぶりの焼肉だぞ?」
「地下施設じゃ肉なんか滅多に食えなかったし。」
ハルも静かに頷く。
地下施設の食事は栄養補給が目的だった。
味など期待するものではない。
だからこそ、この何気ない焼肉が少しだけ特別に感じられた。
しばらくすると、次々と皿が運ばれてくる。
「お待たせしました。」
テーブルいっぱいに並ぶ肉。
カエデの目がさらに輝く。
「うまそう!」
待ちきれずトングを掴み、一気に網へ肉を並べ始める。
「全部乗せるな!」
レンが慌てて止める。
「焼く場所なくなるだろ!」
「細けぇな!」
「焼肉は戦争なんだよ!」
「そんなルール初めて聞いたぞ。」
ハルは笑いながら空いた場所へ肉を並べる。
ジュウッ、と脂が弾ける音が響く。
香ばしい香りが三人を包み込んだ。
「もういいか?」
「まだだ。」
カエデが箸を伸ばそうとすると、レンが止める。
「まだ赤い。」
「早く食わせろ!」
「腹壊すぞ。」
ようやく焼き上がると、カエデは真っ先にカルビを頬張った。
「……っ!」
「うめぇぇぇぇ!」
あまりの美味しさに思わず立ち上がる。
「これだよ!」
「これが肉だ!」
「大袈裟だな。」
レンは苦笑しながらタンを口へ運ぶ。
「……いや。」
「確かにうまい。」
ハルも一枚口に入れる。
柔らかい肉。
溢れる肉汁。
思わず笑みがこぼれた。
「本当に美味しいな。」
「だろ!」
カエデは満面の笑みを浮かべる。
「だから焼肉が一番なんだ!」
三人は他愛もない話をしながら肉を焼き続けた。
地下施設での失敗談。
代表選抜試験の話。
レンの皮肉にカエデが噛み付き、ハルが苦笑する。
そんなやり取りが何度も繰り返される。
気が付けば、自然と笑い声が溢れていた。
戦うことだけを考えていた地下施設では、こんな時間はなかった。
だからこそ、この何気ない食事が三人にとって何よりも贅沢な時間だった。
ふと、レンが肉をひっくり返しながら口を開く。
「……こういう時間も悪くねぇな。」
ハルとカエデが顔を上げる。
「一か月後には全国大会。」
「また命懸けだ。」
レンは静かに続けた。
「だから今くらいは、普通に笑っとこうぜ。」
その言葉に、二人は静かに頷いた。
「そうだな。」
「大会が始まったら、こんな余裕ねぇだろうし。」
カエデは大きく笑い、ライスをかき込む。
「だったら今日は食って笑って終わりだ!」
「優勝したらもっと高い焼肉食おうぜ!」
レンが笑う。
「その前に生き残らねぇとな。」
三人は顔を見合わせる。
そして同時に笑った。
その笑顔は、地下施設で出会った頃とは比べものにならないほど自然なものだった。
店を出ると、柔らかな夕日が街をオレンジ色に染めていた。
「食った食った!」
カエデは満足そうに大きく伸びをする。
「久しぶりに腹いっぱい食った!」
「お前、一人で十人前くらい食ってなかったか?」
レンが呆れたように笑う。
「細かいこと気にすんな。」
「食える時に食う。それが地下施設の流儀だ。」
「それは否定できねぇな。」
レンも苦笑した。
地下施設では、次にまともな食事がいつ取れるか分からない。
だから食べられる時に食べる。
それが染み付いているのだ。
三人は並んで商店街を歩き始めた。
休日ということもあり、多くの人で賑わっている。
家族連れ。
学生同士。
恋人たち。
笑い声があちこちから聞こえてくる。
ハルはそんな光景を静かに眺めていた。
(……普通の街だ。)
当たり前の日常。
能力者だからといって特別扱いされるわけでもない。
誰もが自由に笑い、好きな場所へ向かっている。
それだけで、少し羨ましく思えた。
「おい、ハル。」
レンが肩を軽く叩く。
「どうした?」
「いや……。」
ハルは苦笑する。
「こういう景色を見るのが久しぶりでさ。」
「地下じゃ見られなかったから。」
レンは少しだけ空を見上げた。
「そうだな。」
「俺も最初に地上へ出た時は、何か変な気分だった。」
カエデも腕を組みながら頷く。
「私は逆に腹しか見てなかったけどな。」
「お前らしい。」
三人は笑い合う。
しばらく歩くと、大きな交差点へ差しかかった。
レンがスマートフォンを取り出す。
「悪い。」
「俺、この後ちょっと買い物してくる。」
「必要な物があるんだった。」
「了解。」
ハルが頷く。
するとカエデも辺りを見回した。
「あ、私はスポーツショップ寄る。」
「グローブ……じゃねぇや。」
「トレーニング用品見たかったんだ。」
「お前、本当に筋トレ好きだな。」
「強くなるためなら当然だろ。」
レンは笑いながら手を振った。
「じゃあ夜までには戻れよ。」
「門限破ったら面倒だからな。」
「分かってる。」
「子供じゃねぇ。」
カエデは鼻を鳴らす。
三人は交差点で立ち止まった。
「じゃあ、また宿舎で。」
「ああ。」
「おう!」
それぞれ別の方向へ歩き始める。
レンは駅前へ。
カエデはスポーツ用品店の並ぶ通りへ。
そしてハルだけが宿舎へ向かう道をゆっくり歩き始めた。
夕暮れの風が心地よく頬を撫でる。
焼肉の余韻も残り、自然と足取りは軽かった。
(……今日はいい一日だったな。)
そんなことを思いながら歩いていると──
「……天城くん。」
後ろから、聞き覚えのある優しい声が聞こえた。
ハルはゆっくりと足を止め、振り返る。
そこに立っていた人物を見た瞬間、思わず目を見開いた。
聞き覚えのある優しい声だった。
「……天城くん。」
ハルは足を止め、ゆっくりと振り返る。
「えっ……。」
思わず声が漏れた。
夕日に照らされた歩道。
そこには、一人の少女が立っていた。
肩まで伸びた黒髪が風に揺れ、白いワンピースの裾がふわりと舞う。
地下施設で見ていた訓練着とは違う私服姿。
その姿はどこか新鮮で、一瞬誰なのか分からなかった。
「白鳥……。」
ハルが名前を呼ぶと、少女は少しだけ照れくさそうに微笑んだ。
「久しぶり。」
「ああ……。」
「久しぶりだ。」
白鳥澪。
地下施設代表候補の一人。
代表決定戦以来の再会だった。
「天城くんも地上に来てたんだね。」
「うん。」
「代表になったから。」
「白鳥も?」
「私も。」
澪は小さく頷いた。
「昨日来たばかりなの。」
二人の間に少しだけ沈黙が流れる。
気まずいわけではない。
ただ、久しぶりに会ったせいで、何を話せばいいのか分からなかった。
やがて澪が少し笑う。
「元気そうでよかった。」
「白鳥も元気そうだな。」
「ふふっ。」
「ありがとう。」
地下施設では、いつも傷だらけだった彼女。
それだけに、こうして穏やかな笑顔を見られたことがハルは嬉しかった。
澪は少し視線を逸らし、両手を胸の前で重ねる。
何かを言おうとしては口を閉じる。
そんな仕草を何度か繰り返していた。
「……どうした?」
ハルが優しく尋ねる。
澪は一度だけ深呼吸をすると、小さな声で言った。
「あのね……。」
「もし……。」
「もし時間があったら……。」
少しだけ頬を赤く染めながら、ハルを見つめる。
「今度、一緒に出掛けない?」
勇気を振り絞った一言だった。
断られたらどうしよう。
そんな不安が表情に滲んでいる。
ハルは一瞬だけ驚いたものの、すぐに優しく笑った。
「ああ。」
「もちろん。」
その返事を聞いた瞬間、澪の表情がぱっと明るくなる。
「本当?」
「うん。」
「俺でよければ。」
「……よかった。」
安心したように胸へ手を当てる澪。
その笑顔は、地下施設では見たことがないほど自然だった。
「じゃあ……。」
「また連絡するね。」
「ああ。」
二人は軽く手を振り合う。
澪は何度か振り返りながら、嬉しそうな足取りで去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、ハルは小さく笑う。
「……変わってないな。」
そう呟くと、夕焼けに染まる空を見上げた。
一か月という短い平穏。
その先には、全国能力バトル試験という過酷な戦いが待っている。
だが今だけは、そのことを忘れてもいい気がした。
ハルは穏やかな気持ちのまま、宿舎への帰り道を歩き出した。




