第35話 地上へ
地下迷宮中央広場。
第一試験を生き残った三十二名の受験者たちは、巨大な広場へ整列していた。
制服は裂け、全身に包帯を巻いた者。
治療を受けながら立つ者。
疲労で膝をつく者。
三日間に及ぶ過酷な試験は、誰一人として無傷では終わらなかった。
重苦しい空気の中、一人の試験官が壇上へ姿を現す。
黒い制服に身を包んだ男は、受験者たちをゆっくりと見渡した。
「静かに。」
低く響く声だけで、ざわついていた広場は静まり返る。
「これより第一試験の総合結果を発表する。」
誰もが息を呑んだ。
ここで、自分たちの三日間が評価される。
試験官が端末を操作する。
巨大モニターがゆっくりと点灯した。
そこへ順位が映し出されていく。
第一位 白夜 六十二ポイント
第二位 霧島 結 五十七ポイント
第三位 風間 嵐 五十五ポイント
第四位 黒鋼 カエデ 四十六ポイント
第五位 石田 レン 四十四ポイント
第六位 天城 ハル 四十二ポイント
順位が表示された瞬間、広場が大きくざわめいた。
「やっぱり白夜が一位か……。」
「風間でも勝てなかったのか。」
「霧島ってあんなに集めてたのかよ。」
しかし、それ以上に受験者たちを驚かせたのは、第六位の名前だった。
「……天城ハル?」
「無能力者だろ?」
「能力値ゼロの奴が代表候補圏内なのか?」
「あいつ、本当に無能力者か?」
視線が一斉にハルへ集まる。
驚き。
困惑。
疑い。
様々な感情が入り混じっていた。
ハルはその視線を気にすることなく、静かにモニターを見つめていた。
レンが肩を軽く叩く。
「やったな。」
「代表候補入りだ。」
ハルは小さく笑う。
「レンがいたからだ。」
「違う。」
レンは首を横に振った。
「最後まで諦めなかったお前が勝ち取った順位だ。」
その隣では、カエデが腕を組みながら鼻を鳴らしていた。
「六位か。」
「まぁ、ヒョロガリにしちゃ上出来だな。」
「褒めてるのか?」
「半分だけな。」
ハルは思わず苦笑する。
一方、結は巨大モニターを見上げながら首を傾げていた。
「二位かぁ。」
「一位じゃなかった。」
「いや十分すごいだろ。」
レンが呆れたように言う。
「普通なら二位で喜ぶ。」
「そうなの?」
結は本気で不思議そうな顔をする。
その天然ぶりに、カエデが額へ手を当てた。
「こいつだけ価値観がおかしい。」
少し離れた場所では、風間が静かにモニターを見つめていた。
三位。
その順位にも何の興味もないようだった。
彼の視線はただ一人、第一位の名前へ向けられている。
「白夜……。」
小さく呟く。
その瞳には闘志だけが宿っていた。
試験官は受験者たちが落ち着くのを待ち、再び口を開いた。
「順位は第一試験の総合評価である。」
「魔装鉱石の獲得数。」
「戦闘能力。」
「判断力。」
「生存率。」
「貢献度。」
「その全てを加味した結果だ。」
誰もが真剣な表情で聞いている。
「そして。」
試験官は一度言葉を切った。
「ここにいる三十二名は、地下施設を代表する候補者となった。」
空気がさらに張り詰める。
「しかし。」
「代表になれるのは、たった六名。」
その一言が、広場全体へ重く響いた。
第一試験は終わった。
だが、本当の戦いはまだ始まったばかりだった。
試験官は受験者たちを見渡しながら、静かに口を開いた。
「次に、第二試験について説明する。」
広場に再び緊張が走る。
巨大モニターが切り替わり、新たな文字が表示された。
――第二試験 代表戦。
「第二試験は、一か月後に開催される全国能力対抗戦への代表選抜を兼ねる。」
受験者たちが息を呑む。
「全国能力対抗戦……?」
「そんな大会があるのか。」
試験官は淡々と説明を続けた。
「全国能力対抗戦とは、日本各地の能力育成機関が代表六名を選出し、日本最強を決める大会である。」
画面が日本地図へ切り替わる。
各地の能力学園の校章が次々と映し出された。
北から南まで、数十校にも及ぶ能力者育成機関。
その中でも一際大きく表示された校章があった。
――星ヶ丘学園。
「今年、地下施設は初めて正式参加を認められた。」
広場がざわつく。
「地下施設が……全国大会に?」
「そんな前例聞いたことねぇぞ。」
試験官は頷く。
「これまで地下施設は、教育機関ではなく更生施設として扱われてきた。」
「しかし近年、地下施設出身能力者の戦闘能力が各学園を大きく上回るという結果が報告された。」
「そこで政府は、実力を証明する機会として地下施設の参加を正式に認可した。」
受験者たちの表情が変わる。
地下施設。
犯罪者の集まり。
落ちこぼれ。
社会から捨てられた人間。
そんな自分たちにも、表舞台へ立つ資格が与えられたのだ。
「だが。」
試験官の声が低くなる。
「代表になれるのは六名だけ。」
画面には先ほどの順位表が映し出された。
上位六名の名前が赤く表示される。
「現時点での代表候補は、この六名。」
白夜。
霧島結。
風間嵐。
黒鋼カエデ。
石田レン。
天城ハル。
「ただし、この順位は仮のものだ。」
「第二試験――代表戦によって、最終的な代表六名を決定する。」
レンが小さく眉を上げる。
「まだ決まりじゃないってことか。」
「その通り。」
試験官は即座に答えた。
「第二試験では、実戦形式による総合評価を行う。」
「個人の強さだけではない。」
「連携。」
「判断力。」
「戦術。」
「精神力。」
「代表として相応しいかどうか、その全てを評価する。」
受験者たちは真剣な表情で聞き入っていた。
そして試験官は、最後に一枚の画像を映し出す。
そこには見覚えのある校門が映っていた。
星ヶ丘学園。
その名を見た瞬間、ハルの瞳がわずかに揺れる。
「なお、全国能力対抗戦における地下施設代表の初戦の相手は、すでに決定している。」
広場が静まり返る。
試験官はゆっくりと告げた。
「日本最高峰能力育成機関――星ヶ丘学園。」
「諸君らが代表となった場合、最初に戦う相手は星ヶ丘学園代表六名である。」
ざわめきが一気に広がる。
「いきなり優勝候補かよ!」
「最高じゃねぇか!」
「ぶっ潰してやる!」
興奮する者。
拳を握る者。
不敵に笑う者。
反応は様々だった。
しかしハルだけは何も言わない。
静かに星ヶ丘学園の校門を見つめ続ける。
あの日、自分を追放した場所。
朝比奈美咲。
黒崎仁。
そして、かつて仲間だったクラスメイトたち。
忘れようとしても忘れられない記憶が胸をよぎる。
だがハルは、ゆっくりと目を閉じると、その感情を押し殺した。
(今の俺は、地下施設代表候補だ。)
(過去じゃない。)
(俺は、前を向いて戦う。)
その決意を胸に、ハルは静かに前を見据えた。
試験官は広場を静かに見渡した。
受験者たちは未だ興奮を隠せずにいる。
全国大会。
星ヶ丘学園。
その二つの言葉だけで、空気は大きく変わっていた。
そんな中、試験官は一枚の資料を取り出す。
「最後に、代表となった者へ与えられる待遇について説明する。」
その一言で、受験者たちは再び静まり返った。
「全国能力対抗戦は、一か月後に開催される。」
大型モニターに日付が表示される。
開催まで――三十日。
「代表六名には、この一か月間、特例措置が与えられる。」
広場に緊張が走る。
「特例措置……?」
「何だ?」
試験官はゆっくりと告げた。
「代表六名は、大会当日まで地上での生活を許可する。」
一瞬。
誰も言葉の意味を理解できなかった。
そして次の瞬間――
「……は?」
「今、地上って言ったか?」
「俺たちが?」
驚きの声が広場中に響き渡る。
地下施設へ送られた者にとって、地上へ戻ることは二度と叶わないものだった。
それが今、正式に認められる。
受験者たちの動揺は隠せない。
試験官は騒ぎが収まるのを待ち、説明を続けた。
「ただし、自由の身になったわけではない。」
「代表六名には専属の監視官が配置される。」
「行動範囲は指定区域内のみ。」
「逃亡、犯罪行為、あるいは大会に支障をきたす行為が確認された場合、その時点で代表資格を剥奪し、地下施設へ送還する。」
厳しい条件だった。
それでも誰一人、不満を口にする者はいない。
地上へ行ける。
その事実だけで十分すぎた。
「代表六名には、星ヶ丘市内の代表選手専用宿舎が用意される。」
「大会までの一か月間、そこで共同生活を送りながら調整を行う。」
共同生活。
その言葉にレンが思わず笑う。
「へぇ、面白そうじゃねぇか。」
「ようやくまともなベッドで寝られそうだ。」
カエデは腕を組みながら鼻を鳴らす。
「私は飯だな。」
「地下のメシにはもう飽き飽きだ。」
「焼き肉食べたい。」
結は目を輝かせた。
「買い物もできる?」
「かわいい服とか売ってるかな。」
「あと甘いもの!」
レンは苦笑する。
「お前、完全に旅行気分じゃねぇか。」
「だって地上なんて久しぶりだもん。」
結は嬉しそうに笑った。
一方、風間だけは無言だった。
地上へ戻れることにも興味を示さない。
ただ静かに拳を握る。
(星ヶ丘学園……。)
(ようやくだ。)
その瞳には、復讐の炎だけが宿っていた。
そしてハルは、誰よりも静かだった。
地上。
星ヶ丘市。
星ヶ丘学園。
そこには、美咲がいる。
黒崎がいる。
自分を裏切った仲間たちがいる。
胸の奥がわずかにざわつく。
だが、その感情はすぐに押し込めた。
(もう戻る場所じゃない。)
(俺は地下施設代表候補、天城ハルだ。)
そう自分に言い聞かせるように、小さく拳を握る。
試験官は最後に六人を見渡した。
「この一か月は褒美ではない。」
「全国能力対抗戦へ向けた準備期間だ。」
「地下施設の代表として恥じぬ行動を心掛けろ。」
「以上で説明を終える。」
その言葉と同時に、広場の空気は一変した。
一か月後。
地下施設代表として、星ヶ丘学園と戦う。
その未来が、確かな現実として六人の前に示されたのだった。
説明会が終了すると、受験者たちはそれぞれの思いを胸に広場を後にしていく。
代表候補となった六人も、自然と同じ方向へ歩き始めていた。
誰かが集まろうと言ったわけではない。
それでも、いつの間にか同じ輪の中にいた。
「いやぁ、疲れた。」
最初に口を開いたのはレンだった。
大きく背伸びをしながら肩を回す。
「三日間まともに寝てねぇから、今すぐベッドへ飛び込みたい。」
「お前、試験中でも寝てただろ。」
カエデが呆れたように言う。
「昼寝はした。」
「でも熟睡はしてねぇ。」
「違いあるの?」
結が首を傾げる。
「大あり。」
レンは真面目な顔で答えた。
「昼寝は戦略。」
「熟睡はご褒美。」
「何言ってんだこいつ。」
カエデがため息をつく。
そんな二人のやり取りを見て、ハルは思わず笑みを漏らした。
地下施設へ来てから、こんな風に笑ったのは久しぶりだった。
その様子にレンが気付く。
「お、笑ったな。」
「少しは余裕が出てきたか?」
「……そうかも。」
ハルは照れくさそうに頭を掻いた。
「最初は生きることで精一杯だったから。」
その言葉に、一瞬だけ空気が静かになる。
誰もが同じだった。
地下施設へ来た日、自分が明日を迎えられるかも分からなかった。
だからこそ、こうして代表候補として並んで歩いていることが不思議だった。
その空気を壊すように、結が明るく手を挙げる。
「ねぇねぇ!」
「地上へ行ったら何食べる?」
「そこかよ。」
レンが苦笑する。
「甘いもの!」
「ケーキ!」
「パフェ!」
「クレープ!」
「全部食べる!」
目を輝かせる結に、カエデも少しだけ口元を緩めた。
「私は焼き肉だ。」
「腹いっぱい肉を食う。」
「地下じゃ肉なんて滅多に出なかったしな。」
「お前ら、食うことしか考えてねぇのか。」
レンが笑う。
「じゃあレンは?」
ハルが尋ねる。
「俺?」
レンは少し考えてから答えた。
「本屋。」
「え?」
「地下じゃ新しい本なんて読めなかったからな。」
「戦術書でも何でもいい。」
「本屋で一日潰せる。」
「レンらしいな。」
ハルは自然と笑う。
「じゃあハルは?」
突然話を振られ、ハルは少しだけ考え込む。
地上へ戻ったら何をしたいか。
以前なら、美咲に会いたいと答えていたかもしれない。
しかし今は違う。
「……空を見たい。」
静かな声だった。
「地下じゃ、青空なんて見られなかったから。」
その言葉に誰も何も言わなかった。
ただ、それだけで十分だった。
地下施設で暮らす者にとって、空は特別な存在だった。
「ふん。」
それまで黙って歩いていた風間が、小さく鼻を鳴らす。
「浮かれている場合か。」
その一言で空気が引き締まる。
「一か月後には星ヶ丘学園との戦いが待っている。」
「遊びに行くわけじゃない。」
レンは肩をすくめた。
「分かってるさ。」
「だからこそ息抜きも必要なんだよ。」
「張り詰めっぱなしじゃ、勝てる戦いも勝てねぇ。」
風間は返事をしない。
ただ前を向いたまま歩き続ける。
その背中を見ながら、カエデがぼそりと呟く。
「相変わらず真面目すぎるな。」
「でも、ああいう奴が一人くらいいた方がちょうどいい。」
レンが笑う。
「違いない。」
ハルはそんな仲間たちを見回した。
最初は互いに警戒し、信用などしていなかった。
だが、生死を懸けた試験を共に乗り越えた今は違う。
まだ完全に信頼し合っているわけではない。
それでも、この五人なら――。
一緒に戦える。
そんな確かな手応えが、ハルの胸には芽生え始めていた。
地下施設代表専用エリア。
巨大な鋼鉄製の扉が、重々しい音を立てながらゆっくりと開いていく。
地下施設で暮らす者なら誰もが知る場所。
しかし、その先へ足を踏み入れられる者は限られていた。
「こっちだ。」
案内役の職員に先導され、六人は通路を歩く。
壁も床も無機質な灰色。
どこまでも続く静かな通路だった。
やがて視界が開ける。
そこには、一台の大型バスが停車していた。
車体には政府の紋章が刻まれている。
「これで地上へ向かう。」
職員の言葉に、誰もすぐには動けなかった。
目の前にあるのは、地下施設へ送られた日以来、一度も見ることのなかった"出口"だった。
「……本当に出られるんだな。」
レンが小さく呟く。
軽口の多い彼にしては珍しく、その声は少しだけ震えていた。
「夢じゃねぇよな?」
「つねってやろうか?」
カエデがニヤリと笑う。
「やめろ。」
「痛ぇのは勘弁だ。」
二人のやり取りに、結がくすりと笑う。
「なんか変な感じ。」
「地上へ行けるなんて、まだ信じられない。」
そう言って、結はゆっくりとバスへ視線を向けた。
幼い頃に失った日常。
普通の暮らし。
買い物。
街並み。
その全てが、もう一度だけ見られる。
そんな期待が胸いっぱいに広がっていた。
風間だけは変わらない。
無言のままバスへ乗り込み、一番後ろの席へ腰を下ろす。
腕を組み、目を閉じる。
誰とも話すつもりはないらしい。
「相変わらずだな。」
レンは苦笑しながらハルを見る。
「俺たちも行くか。」
「ああ。」
六人は順番にバスへ乗り込む。
最後にハルが乗車すると、自動ドアが静かに閉まった。
車内は驚くほど静かだった。
誰もが窓の外を見つめている。
地下施設で過ごした日々。
苦しみ。
絶望。
そして、出会った仲間。
様々な記憶が頭をよぎる。
やがてエンジンが始動した。
低い振動が車内へ伝わる。
「出発する。」
運転手の声と同時に、バスはゆっくりと走り始めた。
長い地下通路を進んでいく。
窓の外には分厚い鉄壁が流れていく。
誰も口を開かない。
ただ前だけを見つめていた。
数分後。
バスは巨大な隔壁の前で停止する。
警報音が鳴り響く。
重厚なロックが一つ、また一つと解除されていく。
ギギギギギ……
轟音とともに、巨大な門がゆっくりと開いた。
その先から、一筋の光が差し込む。
地下では決して見ることのできない、自然の光だった。
思わず全員が目を細める。
「……眩しい。」
結が小さく呟く。
カエデも思わず窓へ顔を近付ける。
「これが……太陽か。」
レンは静かに笑った。
「やっぱり地上は明るいな。」
ハルは何も言わなかった。
ただ、その光を真っ直ぐ見つめていた。
長い地下生活で忘れかけていた温もり。
太陽の光が、窓越しにも伝わってくるような気がした。
バスはゆっくりと地下施設を抜け、地上へ姿を現す。
どこまでも広がる青空。
流れる白い雲。
木々を揺らす風。
眩しいほどの景色が、六人を迎えていた。
ハルは窓の外を見つめながら、小さく息を吐く。
(帰ってきた……。)
だが、かつての自分とは違う。
無能力者として見下されていた少年ではない。
地下施設代表候補、天城ハルとして、この場所へ戻ってきたのだ。
バスはそのまま、星ヶ丘市へ向かって静かに走り始めた。
バスは高速道路を降り、市街地へと入っていく。
窓の外には、地下施設では決して見ることのできなかった光景が広がっていた。
行き交う人々。
笑い合う親子。
部活動帰りと思われる学生たち。
賑やかな商店街。
信号待ちをする車の列。
どこにでもある、ごく普通の日常。
しかし、その当たり前の景色が六人には眩しく映った。
「すげぇ……。」
結が窓に顔を近付ける。
「人がいっぱいいる。」
「そりゃ地上だからな。」
レンは苦笑しながら答える。
「地下じゃ何年も見なかった光景だ。」
カエデも腕を組んだまま窓の外を眺めていた。
「店ばっかりだな。」
「全部入りたくなる。」
「まずは焼き肉だろ?」
レンが笑う。
「決まりだな。」
二人のやり取りに、ハルも自然と笑みを浮かべる。
地下施設での日々では考えられなかった空気だった。
やがてバスは大きな並木道へ入る。
道路の両脇には桜並木が続き、その先には見覚えのある白い建物が姿を現した。
ハルの表情が変わる。
ゆっくりと立ち上がり、窓の外を見つめる。
「……ハル?」
レンが不思議そうに声を掛ける。
しかしハルは返事をしない。
視線の先には、大きな石造りの門があった。
その門には、堂々と校章が刻まれている。
――私立 星ヶ丘学園。
地下施設へ送られる前まで通っていた学校。
努力し、笑い、夢を追い続けた場所。
そして、自分が全てを失った場所。
バスはその校門の前をゆっくりと通り過ぎていく。
グラウンドでは、生徒たちが部活動に励んでいた。
剣を振る者。
能力を磨く者。
楽しそうに笑い合う一年生たち。
何も変わらない日常がそこにはあった。
ハルは静かに目を細める。
あの日、自分だけがそこから切り離された。
仲間だと思っていた者たち。
信じていた幼馴染。
全てを失った場所。
それでも、不思議と憎しみは湧いてこなかった。
胸にあるのは、静かな決意だけだった。
(もう、戻るために来たんじゃない。)
(あの頃の俺とは違う。)
地下施設で出会った仲間。
幾度も死線を越え、自分を支えてくれた仲間たち。
今の自分には、守りたいものがある。
レンが窓の外を見ながら口を開く。
「あれが星ヶ丘学園か。」
「思ったよりデカいな。」
カエデは鼻を鳴らす。
「一か月後には、あいつらをぶっ飛ばすんだろ。」
「楽しみだ。」
風間は校門を睨みつけたまま、小さく呟く。
「待っていろ。」
「必ず……。」
その言葉には、誰よりも強い復讐心が込められていた。
バスは星ヶ丘学園を通り過ぎ、その先にある代表選手専用宿舎へ向かって走り続ける。
夕日に照らされた学園は、少しずつ遠ざかっていく。
ハルは最後まで、その校門から目を離さなかった。
そして心の中で、静かに誓う。
(次にあの門をくぐる時は。)
(追放された無能力者としてじゃない。)
(地下施設代表、天城ハルとしてだ。)
その瞳には、揺るぎない覚悟が宿っていた。
――一か月後。
地下施設代表と星ヶ丘学園代表。
運命の戦いが、幕を開けようとしていた。




