表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染を寝取られ、学園に殺された無能力の俺は最強になって帰ってくる  作者: ワールド


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/52

第31話 空白の隣

 春の朝。


 澄み切った青空の下、星ヶ丘学園へと続く桜並木は、今日も多くの生徒で賑わっていた。


 風が吹くたび、満開の桜が花びらを舞わせる。


 新しい季節の始まりを祝福するような、美しい景色だった。


「おはよう!」


「昨日の自主訓練どうだった?」


「全国能力バトル試験、今年は星ヶ丘が優勝だよな!」


 能力者育成機関・星ヶ丘学園。


 日本最高峰と呼ばれるこの学園では、朝から生徒たちの話題は自然と能力や試験のことになる。


 そんな人混みの中、一組の男女へ視線が集まった。


「おはようございます、黒崎先輩!」


「朝比奈先輩も、おはようございます!」


 元気よく頭を下げる後輩たち。


 黒崎は軽く頷くだけだった。


「おはよう。」


 その隣で、美咲は柔らかな笑みを浮かべる。


「おはよう。今日も頑張ってね。」


 その一言だけで、後輩たちは嬉しそうな表情を浮かべて去っていく。


 そんな様子を見送りながら、美咲は小さく笑った。


「一年生って元気だね。」


「ああ。」


「仁も、もう少し愛想よくしたら?」


「必要ない。」


「もう……。」


 思わず苦笑する。


 昔から変わらない。


 無口で、不器用で、余計なことは話さない。


 けれど、その無愛想な態度の裏側に誰よりも真っ直ぐな人柄があることを、美咲は知っていた。


 だからこそ、今こうして隣を歩いている。


 二人が歩くたび、周囲から小さな声が聞こえてくる。


「やっぱり黒崎先輩と朝比奈先輩って、お似合いだよね。」


「学園代表って感じ。」


「全国大会も二人が引っ張ってくれるんだろうな。」


「憧れるなぁ。」


 そんな声も、もう珍しくはなかった。


 星ヶ丘学園を代表する能力者。


 そして、学園公認とも言える恋人同士。


 交際が知られた当初は大きな話題になったものの、今ではそれが当たり前の日常になっていた。


「また見られてるね。」


 美咲が少し照れ臭そうに笑う。


「気にするな。」


「仁は気にならないの?」


「見られることには慣れている。」


「そういう意味じゃなくて……。」


 美咲は肩を落とす。


「少しくらい恥ずかしいとかないの?」


 黒崎は少しだけ考えるように前を向いたまま歩き、


「ある。」


 短く答えた。


 その返事に、美咲は思わず足を止めそうになる。


「え?」


「だから、ある。」


「……本当に?」


「ああ。」


「全然そう見えないよ?」


「顔に出ないだけだ。」


 あまりにも真面目な口調だった。


 冗談を言っているようには見えない。


 だからこそ、美咲は思わず吹き出してしまう。


「ふふっ。」


「笑うな。」


「だって……仁が照れるなんて、想像できなくて。」


「……。」


 黒崎は少しだけ視線を逸らした。


 それだけで十分だった。


(照れてる。)


 付き合うようになって初めて知った。


 仁は感情がないわけじゃない。


 ただ、それを表に出すのが極端に苦手なだけ。


 嬉しい時も。


 困った時も。


 照れた時も。


 ほんの少し表情が変わるだけ。


 その小さな変化に気付けるようになったのは、きっと自分だけだ。


「ありがとう。」


 美咲がそう言うと、黒崎は少しだけ首を傾げる。


「何がだ。」


「ううん。」


 言葉にはしなかった。


 こんな穏やかな時間を過ごせること。


 隣で一緒に歩けること。


 それだけで十分だったから。


 二人はゆっくりと歩き続ける。


 風が吹いた。


 舞い上がった桜の花びらが、美咲の肩へそっと落ちる。


 それを摘まみ上げながら、空を見上げた。


 青く澄んだ空。


 その景色を見ていると、不意に遠い昔の記憶が蘇る。


『美咲ー! 早く行こう!』


 ランドセルを背負った少年が、満開の桜の下で笑っていた。


『ハルくん、走ったら危ないよ!』


『大丈夫、大丈夫!』


 無邪気な笑顔。


 桜の花びらを追いかけて走る姿。


 転んでも笑って立ち上がる姿。


 あの頃は、毎日がそんな風に過ぎていった。


 美咲は小さく目を閉じる。


(……ハルくん。)


 懐かしい。


 そう思う。


 胸の奥が少しだけ締め付けられる。


 けれど、それはもう激しい痛みではなかった。


 時間は残酷だ。


 どれだけ忘れたくないと思っていても、人は少しずつ前へ進んでしまう。


(元気にしてるかな。)


 それだけは、今でも時々思う。


 地下施設で生きているのか。


 ちゃんとご飯は食べられているのか。


 怪我はしていないのか。


 答えは分からない。


 きっと、この先も分からない。


 それでも。


(私は……。)


 美咲はゆっくりと息を吐いた。


(私は、自分で選んだ。)


 あの日。


 ハルくんではなく。


 仁の隣で生きることを。


 後悔がないと言えば嘘になる。


 もっと違う未来があったのかもしれない。


 そんなことを考える夜だってあった。


 それでも。


 私は戻らない。


 戻れない。


 仁の隣にいると決めたのは、誰でもない私自身だから。


(私は、周りが思っているほど優しい人間じゃない。)


 もし本当に優しい人間なら。


 あの日、すべてを捨ててでもハルくんの手を取っていた。


 でも、できなかった。


 私は自分の未来を選んだ。


 その選択から逃げるつもりはない。


「美咲。」


 仁の落ち着いた声が、美咲を現実へ引き戻す。


「……え?」


「校門だ。」


 気付けば、学園の正門はすぐ目の前だった。


「あ、本当だ。」


 美咲は少し照れたように笑う。


「また考え事か。」


「少しだけ。」


「珍しいな。」


「そうかな?」


「最近は減っていた。」


 その言葉に、美咲は小さく笑みを浮かべた。


「大丈夫。」


「もう前を向いてるから。」


 その言葉を聞いた黒崎は何も言わず、小さく頷く。


 二人は並んで校門をくぐる。


 その時だった。


「――美咲ちゃーん!」


 聞き慣れた、のんびりとした声が校門の向こうから響いた。


「――美咲ちゃーん!」


 校門の向こうから聞こえてきた、どこか力の抜けた声。


 美咲が振り返ると、一人の少女が大きく手を振りながら駆け寄ってくる。


 長い黒髪が春風に揺れ、その足取りは慌てているようでどこかのんびりとしていた。


「おはよー。」


 息を切らすこともなく、少女は二人の前で立ち止まる。


「おはよう、雫ちゃん。」


 美咲が笑顔を向けると、雨宮雫もふわりと笑みを浮かべた。


「危なかったぁ。もう少しで遅刻するところだったよ。」


「それ、毎朝言ってるよね。」


「えへへ。」


 悪びれる様子もなく笑う雫に、美咲も思わず笑ってしまう。


 そんな二人を見ていた黒崎は、小さくため息をついた。


「今日は十分余裕がある。」


「そうなんだけどねぇ。」


 雫は頬を指でかきながら困ったように笑う。


「朝って眠くない?」


「……。」


 黒崎は答えない。


「ほら、黒崎くんも何か言ってよ。」


「言う必要がない。」


「冷たーい。」


 雫は肩を落としたかと思えば、すぐに美咲の腕へ軽く抱きついた。


「やっぱり美咲ちゃんの方が優しい。」


「もう、雫ちゃん。」


 美咲は苦笑しながらも、そのまま歩き始める。


 三人は校門をくぐり、校舎へ向かう。


 朝の校内は、生徒たちの活気で満ちていた。


 グラウンドでは運動部が朝練をしている。


 校舎からは吹奏楽部の演奏が微かに聞こえ、窓際では教師が生徒に声を掛けていた。


 その日常の風景を眺めながら、雫がぽつりと呟く。


「もうすぐ代表候補の集まりだねぇ。」


「うん。」


「緊張してる?」


 美咲は少し考えてから首を横に振る。


「緊張というより……頑張らなきゃって気持ちかな。」


「美咲ちゃんらしい。」


 雫はくすりと笑った。


「黒崎くんは?」


「いつも通りだ。」


「うん、知ってた。」


 即答だった。


 そのやり取りに、美咲はまた笑う。


 三人で話しながら歩く時間は、不思議と心が落ち着いた。


 雫はふと、美咲の横顔を見る。


 柔らかく笑っている。


 けれど、その笑顔の奥に、ほんの僅かな陰があることを雫は見逃さなかった。


(……まただ。)


 最近ずっとそうだった。


 以前より笑うようにはなった。


 仁と一緒にいる時も幸せそうだ。


 それでも、時折ほんの一瞬だけ。


 どこか遠くを見るような目をする。


 誰も気付かないほど小さな変化。


 でも、雫はそういう変化を見るのが得意だった。


「ねぇ、美咲ちゃん。」


「ん?」


「今、考え事してた?」


 美咲は少しだけ驚いたように目を瞬かせる。


「え?」


「なんとなく。」


「そんな顔してた?」


「うん。」


 雫は笑いながら頷く。


「ほんの少しだけ。」


 美咲は照れ隠しのように笑った。


「考え事っていうほどじゃないよ。」


「そっか。」


 雫はそれ以上聞こうとはしなかった。


 美咲が話したくない時は、無理に踏み込まない。


 それも雫なりの優しさだった。


 少しだけ沈黙が流れる。


 春風が三人の間を吹き抜け、桜の花びらが足元へ落ちる。


 雫はその花びらを一枚拾い上げ、指先でくるくると回した。


「水もね。」


 突然そんなことを言う。


 美咲が首を傾げた。


「水?」


「うん。」


 雫は花びらを見つめたまま続ける。


「流れてる時は透き通ってるけど、止まっちゃうと濁っちゃうんだよ。」


「……。」


「だから私は、嫌なことがあっても少しずつ流した方がいいと思う。」


 美咲は雫の横顔を見つめる。


 いつもの、ふわふわした雰囲気。


 のんびりしていて、掴みどころがない。


 でも時々、驚くほど核心を突くことを言う。


「もちろん、全部忘れろって意味じゃないよ?」


 雫は美咲へ微笑みかけた。


「大事な思い出は、そのままでいい。」


「でも、自分まで止まっちゃったら苦しいから。」


「少しずつ前に流れていけば、それでいいんじゃないかな。」


 美咲はその言葉を胸の中で繰り返した。


 ――少しずつ前に流れていけばいい。


 その言葉は、不思議と心にすっと染み込んできた。


「ありがとう、雫ちゃん。」


「えへへ。」


 雫は照れくさそうに笑う。


「私、こういうことしか言えないから。」


「そんなことないよ。」


 美咲も自然と笑みを浮かべた。


 その笑顔を見た雫は、小さく安心したように息を吐く。


(……うん。)


(今日はちゃんと笑えてる。)


 それだけ確認すると、雫はもう何も言わなかった。


 三人はそのまま並んで校舎へ入り、それぞれの教室へ向かって歩き出した。


 教室へ続く廊下は、朝の活気に満ちていた。


 教室からは友人同士の笑い声が響き、能力談義をする生徒、慌てて宿題を書き写している生徒、机を囲んで今日の予定を話し合う生徒たちの姿が見える。


 その光景は、いつもと何も変わらない。


 だからこそ、美咲は時々思う。


 人はどんな出来事があっても、日常を生きていくのだと。


「じゃあ、また後でね。」


「うん。」


 雫と別れ、美咲は自分の教室へ足を踏み入れた。


「おはよう、美咲!」


「朝比奈、おはよう!」


「あ、おはよう。」


 クラスメイトが次々と声を掛けてくる。


 美咲も自然と笑顔で返していく。


 入学したばかりの頃は能力の差や実力差から距離を置く者もいたが、今では違う。


 誰に対しても分け隔てなく接する美咲は、男女問わず信頼される存在になっていた。


 席へ向かおうとしたその時だった。


 美咲の足が、一瞬だけ止まる。


 教室の窓際。


 一番後ろの席。


 そこだけが、ぽっかりと空白のように見えた。


(……。)


 今では別の生徒が座っている。


 机も椅子も新しいものへ替えられ、名札も変わっていた。


 何も知らない一年生が、友達と笑いながら談笑している。


 それは当然のことだった。


 時間は止まらない。


 誰かがいなくなれば、その場所には新しい誰かが座る。


 それが学校という場所だ。


 それなのに。


 美咲の目には、そこへ別の姿が重なって見えた。


『美咲、おはよう。』


 眠そうに欠伸をしながら教室へ入ってくる少年。


 椅子へ座るなり机へ突っ伏して、


『あと五分だけ寝る……。』


 そう言って教師に怒られる。


『ハルくん、また寝不足なの?』


『昨日、剣の練習してたら遅くなってさ。』


『ほどほどにしないと駄目だよ?』


『分かってるって。』


 そう言いながら、全然分かっていない笑顔。


 そのやり取りが、毎朝のように繰り返されていた。


 美咲は小さく息を吐く。


(懐かしいな。)


 胸は少しだけ締め付けられる。


 でも、涙は出なかった。


 昔なら、その席を見るだけで苦しくなっていた。


 自分を責めて。


 眠れない夜もあった。


 けれど今は違う。


 痛みは消えていない。


 それでも、その痛みを抱えたまま歩けるようになっていた。


「朝比奈?」


 後ろから声を掛けられ、美咲は振り返る。


「先生が来るぞ。」


「あ、ごめん。」


 クラスメイトに言われ、自分の席へ座る。


 椅子へ腰を下ろし、窓の外を眺める。


 春風が桜を揺らしていた。


(ハルくん。)


 元気かな。


 そんなことを考える。


 会いたいとは違う。


 昔へ戻りたいとも違う。


 ただ。


 どこかで笑っていてくれたら、それでいい。


 そう思えるようになっていた。


 ――ガラガラッ。


 教室の扉が開く。


 担任教師が教卓へ立つと、それまで賑やかだった教室は一気に静まり返った。


「ホームルームを始める。」


 一斉に生徒たちが席へ着く。


 美咲も姿勢を正した。


「まず一つ連絡だ。」


 教師は教室全体を見渡し、ゆっくりと口を開く。


「本日放課後、全国能力バトル試験の代表候補者を招集する。」


 教室がざわついた。


「いよいよか。」


「代表候補って、やっぱり黒崎だよな。」


「朝比奈も絶対呼ばれるだろ。」


 期待と緊張が入り混じった声が飛び交う。


 美咲は静かに前を向いたまま、その言葉を聞いていた。


 全国能力バトル試験。


 星ヶ丘学園の代表として、日本中の能力者たちと戦う大会。


 誰もが憧れる舞台。


 自分も、その候補の一人であることは理解していた。


 教師はざわめきが収まるのを待ってから続ける。


「詳細は放課後に説明する。それまでは通常授業だ。」


 その言葉と同時にチャイムが鳴り響いた。


 誰もまだ知らない。


 この日の放課後に告げられる一つの事実が、星ヶ丘学園だけでなく、日本中の能力者たちの常識を覆すことになるとは――。


 放課後。


 夕日に染まり始めた校舎を、美咲は静かに歩いていた。


 代表候補者だけに出された招集。


 教師から指定された場所は、普段ほとんど使われることのない第一会議室だった。


 廊下には、同じように招集された生徒たちの姿がある。


 皆どこか緊張した面持ちだった。


「今年はどこの学校が来るんだろうな。」


「去年は西都学園が強かったよな。」


「でも今年は黒崎がいる。優勝は決まりだろ。」


 そんな声が聞こえてくる。


 美咲は何も言わず、静かに歩き続けた。


「美咲。」


 隣から聞き慣れた声がする。


 振り向くと、仁がこちらへ歩いてきていた。


「待たせた。」


「ううん、私も今来たところ。」


 二人は自然と並んで歩き始める。


 その様子を見た周囲の生徒たちは、小さく笑った。


「やっぱり一緒なんだな。」


「黒崎と朝比奈、本当に仲いいよな。」


「試合でも二人がいれば安心だ。」


 そんな声を背に受けながら、仁は特に気にした様子もなく歩く。


 美咲も以前なら照れていたが、今では少し笑うだけだった。


「緊張しているか。」


 仁が静かに尋ねる。


「少しだけ。」


「らしくないな。」


「全国大会だもん。」


 美咲は苦笑する。


「私だって緊張するよ。」


「そうか。」


 仁は短く答えるだけだった。


 けれど、その声には不思議と安心感がある。


 美咲は何度もその声に救われてきた。


 第一会議室の扉を開けると、そこにはすでに代表候補の生徒たちが集まっていた。


 雨宮雫もその一人だった。


「あ、美咲ちゃん!」


 雫は美咲を見つけると、嬉しそうに手を振る。


「こっちこっち。」


「ありがとう。」


 美咲と仁は雫の隣へ腰を下ろした。


 室内には重い空気が漂っている。


 代表候補だけが集められる会議など、一年に何度もあるものではない。


 しばらくすると扉が開き、学園長と数名の教師が入室した。


 全員が立ち上がる。


「着席。」


 学園長の一言で、全員が再び席へ座った。


 学園長は室内をゆっくり見渡す。


 その眼差しは厳しく、それでいて力強かった。


「まず諸君らが代表候補に選ばれたことを祝おう。」


 静かな拍手が起こる。


「しかし、喜ぶのはまだ早い。」


 学園長の一言で空気が引き締まる。


「ここから最終選考を経て、正式な代表が決定する。」


 誰も口を開かない。


 全員が真剣な表情で話を聞いている。


「今年の全国能力バトル試験は、例年とは大きく異なる。」


 その言葉に、会議室がざわつく。


「異なる……?」


「ルール変更か?」


 生徒たちが顔を見合わせる。


 学園長は静かに続けた。


「今年から参加校が増える。」


「参加校が?」


「海外ですか?」


 一人の生徒が質問する。


 学園長は首を横へ振った。


「違う。」


 その一言で再び静寂が訪れる。


 そして。


 学園長は、ゆっくりと告げた。


「今年から――地下施設代表も大会へ参加する。」


 一瞬だった。


 誰一人、言葉の意味を理解できなかった。


「……え?」


「地下施設?」


「今、地下施設って言いましたよね?」


 会議室中が一気にざわめき始める。


「冗談ですよね?」


「犯罪者ですよ?」


「そんな連中を全国大会へ?」


「危険すぎます!」


 次々と声が飛ぶ。


 教師たちも生徒を落ち着かせようとするが、騒ぎは収まらない。


 美咲も思わず目を見開いた。


(地下施設……。)


 その二文字だけが頭の中で何度も繰り返される。


 地下施設。


 能力犯罪者が送られる場所。


 社会から切り離された人間たちが集められる場所。


 そして――。


(ハルくん……。)


 胸が大きく脈打つ。


 その名前を心の中で呼んだ瞬間、自分でも驚くほど鼓動が速くなった。


(もしかして……。)


(ハルくんも……。)


 代表として来る?


 そんな考えが頭をよぎる。


 すぐに打ち消そうとする。


 ハルは無能力者だ。


 地下施設には強力な能力者が大勢いる。


 代表になれる保証なんて、どこにもない。


 それでも。


 心のどこかで期待してしまう自分がいた。


 もう会うことはないと思っていた。


 もう同じ場所へ立つことはないと思っていた。


 それなのに。


 もし、本当に会えるのなら――。


 美咲は無意識に胸元をぎゅっと握り締めていた。


 その小さな仕草に気付いたのは、隣に座る仁だけだった。


「美咲。」


 低く、落ち着いた声。


 美咲は我に返る。


「……大丈夫。」


 そう答えたものの、自分でもその声が少し震えていることに気付いた。


 仁はそれ以上何も聞かなかった。


 ただ静かに、美咲の隣に座り続ける。


 会議室ではなおも騒ぎが続いていた。


 だが、美咲の耳にはもう、その声はほとんど届いていなかった。


 胸の中で響いていたのは、ただ一つ。


(ハルくん……。)


(あなたは、本当にそこへ来るの……?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ