第30話 第一試験終了
静寂だった。
先ほどまで地下迷宮を揺らしていた轟音は消え、辺りには崩れ落ちた岩の音だけが小さく響いている。
ハルはゆっくりと木刀を下ろした。
「……終わった。」
誰に言うでもなく漏れた言葉だった。
レンも大きく息を吐き、その場へ腰を下ろす。
「疲れたな。」
「今回はさすがに死ぬかと思った。」
カエデは苦笑しながら肩を回す。
「お前、そんなこと思ってたのか。」
「思うだろ。」
「相手が相手だ。」
レンは天井を見上げる。
あちこちに大きな亀裂が走り、今にも崩れそうになっていた。
「風間と白夜。」
「あいつら、本当に人間か?」
ハルも苦笑するしかない。
「俺もそう思った。」
「あんな戦い、初めて見たよ。」
その時だった。
地下迷宮全体に機械音が鳴り響く。
ピーッ――。
ピーッ――。
直後、試験官の声が拡声器を通して流れた。
『第一試験終了。』
その一言で、地下迷宮の空気が一変する。
『第一試験は、ただいまをもって終了とします。』
『これより戦闘行為を禁止します。』
『受験者は現在地で待機してください。』
『試験官が順次、魔装鉱石を回収します。』
放送が終わると、ハルたちは顔を見合わせた。
「終わったんだな。」
ハルがそう呟くと、レンは静かに頷く。
「ああ。」
「長かった第一試験もこれで終わりだ。」
カエデは地面へ座り込み、大きく伸びをする。
「腹減ったぁ……。」
「もう動きたくねぇ。」
レンが呆れたように笑う。
「さっきまで化け物と戦ってた奴とは思えねぇな。」
「うるせぇ。」
「腹は減るんだよ。」
二人のやり取りを見て、ハルは思わず笑みを浮かべた。
張り詰めていた緊張が少しだけ解けていく。
だが、レンだけはまだ気を緩めていなかった。
「安心するのはまだ早い。」
「ここから結果発表だ。」
「集めた魔装鉱石の数で、生き残る奴と落ちる奴が決まる。」
その言葉に、ハルの表情も引き締まる。
第一試験は終わった。
しかし、本当の意味で試験が終わるのは――まだこれからだった。
試験官たちが地下迷宮の後片付けを始める。
気絶した受験者が次々と担架で運ばれ、崩れた通路には整備班が集まっていた。
つい先ほどまで命を懸けた戦場だった場所とは思えないほど、地下迷宮は静けさを取り戻していく。
その光景を眺めながら、ハルは小さく息を吐いた。
「三日間……終わったんだな。」
レンも壁にもたれながら笑う。
「ああ。」
「長いようで短かった。」
「でも、内容は濃すぎた。」
ハルは自然と、この三日間を思い返していた。
地下迷宮へ送り込まれた初日。
右も左も分からないまま迷宮を歩き回り、誰が敵で誰が味方なのかも分からなかった。
そんな時に出会ったのがレンだった。
『一人で動くな。』
『死にたくなきゃ俺について来い。』
ぶっきらぼうな言葉だった。
だが、その判断は正しかった。
レンの作戦がなければ、自分は初日で脱落していたかもしれない。
格上の能力者。
奇襲。
挟撃。
逃走。
何度も死を覚悟した。
それでも二人で知恵を絞り、生き残ってきた。
二日目。
黒鋼カエデと出会った。
最初は衝突ばかりだった。
『足引っ張んなよ、ヒョロガリ。』
『そっちこそ無茶しすぎだ。』
口を開けば言い合いになる。
それでも戦いが始まれば、誰よりも頼もしかった。
力で道を切り開くカエデ。
作戦を立てるレン。
その二人に何度も助けられた。
そして三日目。
霧島結が現れた。
気付けば姿を消し、気付けばまた戻ってくる。
『自由すぎるだろ、あいつ。』
レンが呆れていた姿を思い出し、ハルは思わず笑ってしまう。
だが結は結なりに動いていた。
誰よりも効率を優先し、自分だけのやり方で魔装鉱石を集め続けていた。
同じ地下施設でも、戦い方はまるで違う。
そして最後に現れた二人。
代表最強――白夜。
地下施設最強――風間嵐。
あの戦いだけは、今思い返しても現実とは思えなかった。
地下迷宮そのものを揺らす衝撃。
目で追うことすらできない剣戟。
自分たちが目指す頂は、あまりにも高かった。
「……勝てる気がしなかった。」
ハルがぽつりと呟く。
レンは苦笑しながら肩をすくめた。
「今はな。」
「でも三日前のお前なら、ここまで残ることもできなかった。」
その言葉に、ハルは静かに頷く。
確かに強敵ばかりだった。
傷も負った。
何度も倒れそうになった。
それでも、生き残った。
この三日間は決して無駄ではない。
確実に、自分は強くなっていた。
その時、一人の試験官が四人の前へ歩み寄る。
「魔装鉱石を回収する。」
「袋を提出しろ。」
いよいよ、この三日間の結果が明らかになる時だった。
試験官が四人の前で立ち止まる。
「魔装鉱石を提出しろ。」
ハルたちは黙って腰の袋を外した。
ジャラッ。
袋の中で魔装鉱石が小さな音を立てる。
試験官は一人ずつ袋を受け取り、中身を確認し始めた。
まずはハル。
試験官は机代わりのケースの上へ魔装鉱石を並べていく。
「一……二……三……。」
静かな声だけが地下迷宮へ響く。
「……十五。」
ハルは小さく息を吐いた。
「思ったより集まってたな。」
レンが笑う。
「最後の方は俺たち結構勝ってたからな。」
続いてレン。
ジャラジャラと石が転がる。
「……十八。」
カエデが肩を竦める。
「さすが頭脳派。」
「効率だけはいいな。」
「褒め言葉として受け取っとく。」
レンは軽く笑った。
次はカエデ。
袋を逆さまにすると、大量の魔装鉱石が転がり落ちる。
試験官も思わず数え直す。
「二十三。」
「おっしゃ!」
カエデはガッツポーズを作る。
「私が一番か!」
得意げに胸を張るカエデだったが、レンは苦笑した。
「いや。」
「まだ一人残ってる。」
全員の視線が最後の一人へ集まる。
結は何事もないような顔で袋を机へ置いた。
「はい。」
ドサッ。
その瞬間だった。
袋が明らかに重い音を立てた。
試験官が眉をひそめる。
「……多いな。」
袋を開く。
ジャラジャラジャラジャラッ!!
大量の魔装鉱石が一気に溢れ出した。
「え。」
ハルが固まる。
レンも目を丸くした。
カエデは口を開けたまま動かない。
試験官は無言で数え始める。
「一……二……三……。」
数えても数えても終わらない。
途中で別の試験官まで呼ばれ、二人がかりで確認を始めた。
ようやく数え終わり、試験官が顔を上げる。
「……四十六個。」
一瞬、空気が止まった。
「はぁぁぁぁぁっ!?」
真っ先に叫んだのはカエデだった。
「お前どんだけ集めてんだよ!」
結はきょとんとした顔をする。
「え?」
「普通じゃない?」
「普通なわけあるか!」
カエデの怒鳴り声が地下迷宮へ響く。
レンは額を押さえながら苦笑した。
「やっぱりな……。」
「絶対そんな気がしてた。」
ハルも思わず笑ってしまう。
「途中で全然見かけなかったのは、そのためだったんだね。」
結は悪びれる様子もなく肩をすくめた。
「効率よく動いただけ。」
「戦って消耗するより、その方が楽だったし。」
カエデは頭を抱える。
「こいつだけ試験の攻略法が違う……。」
レンは笑いながら結を見る。
「まあ、ルール違反じゃない。」
「結果を出した奴が正義だ。」
試験官は四人の魔装鉱石を回収袋へ入れると、静かに告げた。
「集計が終わり次第、順位を発表する。」
「それまで待機しろ。」
いよいよ、三日間の努力が順位という形で示されようとしていた。
数十分後。
地下迷宮中央広場。
生き残った受験者たちが一か所へ集められていた。
負傷者は治療を受けながら列へ並び、全員が巨大なモニターを見上げている。
誰もが緊張した表情だった。
自分は突破できたのか。
それとも、ここで終わるのか。
静まり返った会場へ、一人の試験官が姿を現した。
「これより、第一試験の結果を発表する。」
一斉に空気が張り詰める。
「第一試験は、魔装鉱石の所持数に加え、戦闘記録、貢献度、生存評価を総合して順位を決定した。」
「順位は、今からモニターへ表示する。」
試験官が端末を操作する。
ピッ。
巨大モニターがゆっくりと点灯した。
全員が息を呑む。
やがて、一位から順番に名前が映し出されていく。
第一位 白夜 六十二ポイント
第二位 霧島 結 五十七ポイント
第三位 風間 嵐 五十五ポイント
第四位 黒鋼 カエデ 四十六ポイント
第五位 石田 レン 四十四ポイント
第六位 天城 ハル 四十二ポイント
その瞬間、会場がざわめいた。
「白夜が一位か……。」
「やっぱり代表最強だ。」
「いや、二位が地下施設の奴だぞ!」
「霧島結って誰だ?」
「あいつ、そんなに強かったのか?」
結は周囲の視線など気にすることなく、小さく笑う。
「二位か。」
「悪くない。」
カエデが思わず肩を掴んだ。
「悪くないじゃねぇ!」
「二位って何だよ!」
「あんだけ戦わないで二位とか意味分かんねぇ!」
結は平然としている。
「だって効率良かったし。」
「戦って怪我するより、魔装鉱石集めた方が早かったもん。」
レンは苦笑しながらモニターを見る。
「結らしい結果だ。」
「ルールを一番上手く利用した。」
ハルも納得したように頷いた。
「順位だけ見ると驚くけど……。」
「確かに結はずっと魔装鉱石を集めてたもんな。」
一方、カエデは四位という順位に腕を組む。
「ちっ。」
「あと少しだったか。」
レンは肩を叩く。
「十分すごい。」
「お前は正面から戦い続けてその順位なんだから。」
そしてハルは、自分の順位を見つめていた。
第六位。
決して悪い順位ではない。
だが、モニターの一番上には白夜の名前があり、そのすぐ下には風間や結が並んでいる。
(まだ遠い。)
(でも……。)
(届かないとは思わない。)
ハルは静かに拳を握った。
その時だった。
試験官が再び口を開く。
「以上の順位は、第一試験終了時点での暫定順位である。」
「ここから第二試験の結果を加え、最終順位を決定する。」
その一言で、会場の空気が再び引き締まる。
第一試験は終わった。
しかし、本当の代表選抜は――まだ始まったばかりだった。
順位発表が終わった後も、受験者たちは巨大モニターを見上げたまま動かなかった。
自分の順位を何度も確認する者。
仲間と喜び合う者。
悔しさを噛み締める者。
様々な感情が会場を包んでいた。
その中で、ハルも静かにモニターを見つめていた。
第六位。
地下施設代表候補としては悪くない結果だ。
だが、満足はできなかった。
「どうした?」
レンが隣で声を掛ける。
「いや……。」
ハルは苦笑する。
「まだまだだなって思って。」
「白夜も風間さんも、全然届かなかった。」
レンはモニターへ目を向けた。
「そりゃそうだ。」
「あの二人は最初から別格だ。」
「でも、お前も三日前とは別人だぞ。」
ハルは首を傾げる。
「そうかな。」
「そうだ。」
レンは迷いなく言った。
「最初のお前なら、ここまで残れなかった。」
「能力者相手に真正面から戦うこともできなかった。」
「でも今は違う。」
「状況を見て、自分で考えて、動けるようになった。」
「それは立派な成長だ。」
その言葉に、ハルは少し照れ臭そうに笑う。
「ありがとう。」
「でも、まだ足りない。」
「もっと強くならないと。」
するとカエデがハルの背中を勢いよく叩いた。
「痛っ!」
「ははっ!」
「その意気だ!」
「落ち込むような順位じゃねぇよ!」
「六位なんて十分すげぇ。」
「無能力でここまで来た奴なんか見たことねぇ。」
ハルは苦笑しながら背中をさする。
「加減してよ……。」
「悪い悪い。」
そう言いながらも、カエデは嬉しそうだった。
一方、その隣では結がモニターを見つめながら小さく呟く。
「一位じゃなかったか。」
「ちょっと悔しい。」
カエデが思わず振り返る。
「いや、お前二位で悔しいのかよ!」
「一位なら褒賞も増えそうだったし。」
「そっちかよ!」
結は悪びれる様子もなく肩をすくめた。
「お金は大事。」
「魔装鉱石も大事。」
「順位も大事。」
「全部欲しい。」
レンは思わず吹き出す。
「欲望に正直すぎるだろ。」
「隠しても仕方ないし。」
結は平然と答える。
そのやり取りを見て、ハルも笑みを浮かべた。
三日前には想像もできなかった光景だった。
地下施設で出会った仲間たち。
性格も考え方も戦い方もまるで違う。
それでも同じ試験を戦い抜き、今こうして笑い合っている。
その時間が、ハルにはどこか心地良かった。
そんな穏やかな空気を切り裂くように、試験官の低い声が会場へ響く。
「全員、その場で待機。」
「これより第二試験について説明を行う。」
受験者たちの表情が一斉に引き締まる。
第一試験は終わった。
しかし、代表選抜はまだ半分も終わっていない。
ハルは静かに拳を握る。
(次も、必ず勝ち抜く。)
その決意を胸に、ハルは試験官へ視線を向けた。
会場がざわめく中、試験官がゆっくりと前へ出た。
「静粛に。」
低く響く一言だけで、受験者たちは口を閉ざす。
試験官は全員の顔を見渡し、静かに告げた。
「第一試験を突破した諸君。」
「おめでとう。」
「しかし、これは代表選抜の始まりに過ぎない。」
誰もが真剣な表情で耳を傾ける。
「明日より第二試験を開始する。」
その言葉に、会場の空気が再び張り詰めた。
モニターが切り替わる。
そこに表示された文字を見て、誰もが目を見開いた。
第二試験開催場所――地上。
一瞬の静寂。
そして次の瞬間。
「……は?」
「地上だって?」
「嘘だろ……。」
「地下施設の俺たちが?」
驚きの声があちこちから上がる。
ハルも思わず目を見開いた。
「地上……。」
地下施設へ送られて以来、一度も見ることのなかった世界。
もう二度と立つことはないと思っていた場所。
レンも珍しく驚いた表情を浮かべている。
「これは予想外だな。」
「まさか外へ出すとは。」
カエデは興奮したように拳を握る。
「お、おい!」
「地上だぞ!」
「本当に外へ出られるのか!?」
普段は強気な彼女も、どこか嬉しそうだった。
結は首を傾げる。
「地上って、そんなに珍しい?」
カエデが勢いよく振り返る。
「珍しいなんてもんじゃねぇ!」
「地下施設の人間は、一生ここで終わる奴がほとんどなんだぞ!」
「外の空なんて、何年も見てねぇ奴だっている。」
結は「ああ、そうだった」と思い出したように頷く。
試験官は受験者たちが落ち着くのを待ってから、再び口を開く。
「第二試験の舞台は地上。」
「諸君らには、一時的な外出許可が与えられる。」
その一言だけで、会場の空気はさらにざわつく。
地下施設の受験者たちにとって、それは代表になることと同じくらい価値のある知らせだった。
「もちろん、勘違いするな。」
試験官の鋭い声が響く。
「これは恩赦ではない。」
「諸君らはあくまで受験者であり、管理対象だ。」
「監視員が常に同行する。」
「逃走、命令違反、一般市民への危害。」
「そのいずれかを確認した場合、その場で失格とする。」
喜びに包まれていた空気が一瞬で引き締まる。
「第二試験の詳細なルールは、地上到着後に説明する。」
「今日は各自休息を取れ。」
「以上、解散。」
試験官が背を向ける。
それでも誰一人、その場から動けなかった。
地上。
その二文字だけが、受験者たちの頭の中を支配していた。
ハルはゆっくりと拳を握る。
(地上……。)
(俺たちが、もう一度あの世界へ行ける。)
期待。
不安。
そして、ほんの少しの高揚。
様々な感情が入り混じる中、ハルは静かに空を思い浮かべていた。
地下施設では決して見ることのできない、どこまでも青く広がる本物の空を。




