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幼馴染を寝取られ、学園に殺された無能力の俺は最強になって帰ってくる  作者: ワールド


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第27話 抗う者

ハルとレンが同時に地面を蹴る。


 左右へ散開。


 真正面から突っ込むハル。


 一方でレンは距離を取りながら白夜の動きを観察する。


「二人になったところで。」


 白夜は静かに呟く。


「結果は変わらない。」


 その言葉と同時に、ハルは一気に間合いを詰めた。


「はぁっ!」


 木刀が一直線に振り下ろされる。


 白夜は半歩だけ身体をずらし、紙一重でかわす。


 その瞬間――。


 ズバッ。


「っ!」


 ハルの脇腹が突然裂けた。


 鮮血が飛び散る。


「またか……!」


 何も見えない。


 何も感じない。


 ただ突然、身体だけが切り裂かれる。


 ハルは痛みに顔を歪めながらも距離を取った。


(見えない……。)


(いや、攻撃そのものが存在してないみたいだ。)


 レンは白夜から視線を外さない。


(今だ。)


(能力を使った。)


(でも動作は……。)


 白夜は指一本動かしていない。


 視線も。


 姿勢も。


 呼吸も。


 ほとんど変化していない。


(駄目だ。)


(発動条件が見えねぇ。)


 その時だった。


 白夜がレンへ視線を向ける。


「観察は終わったか。」


 レンは笑う。


「いや。」


「始まったばっかだ。」


 次の瞬間。


 ピッ――。


 レンの頬から血が流れた。


「……!」


 頬が浅く切れている。


 レンは指で血を拭う。


「俺までか。」


「当然だ。」


 白夜は淡々と答える。


「君も運命からは逃げられない。」


「便利な能力だな。」


 レンは軽く笑うが、その目は笑っていなかった。


(距離じゃない。)


(視線でもない。)


(動作でもない。)


(何か条件がある。)


 白夜は再び一歩踏み出す。


 ズバッ。


 今度はハルの左腕が裂ける。


「ぐっ!」


 木刀を握る手から血が滴る。


 それでもハルは構えを崩さない。


「まだ立つのか。」


 白夜は無表情のまま呟く。


「立つさ。」


 ハルは血を拭いながら笑う。


「俺は。」


「そんな簡単に諦める人間じゃない。」


 その言葉に、白夜の瞳がわずかに揺れた。


 だが、それも一瞬だった。


「無意味だ。」


「何度立ち上がろうと。」


「最後は倒れる。」


「それが運命だ。」


 能力を発動した直後だった。


 ポタリ。


 白夜の鼻から赤い雫が落ちる。


 さらに額へ手を当て、小さく眉をひそめた。


 頭痛。


 能力を使うたび、その負担は確実に蓄積している。


 しかし白夜は気にした様子もなく、再び前を向く。


 レンはその姿を見逃さなかった。


(やっぱりだ。)


(能力を使うたびに反動がある。)


(しかも結構重い。)


 その横で、澪は唇を噛み締めていた。


「天城くん……。」


「石田くん……。」


 助けたい。


 でも足が動かない。


 目の前にいるのは白夜才賀。


 かつて同じ施設で実験を受け、自らを壊しながら戦い続けてきた青年。


 あの姿を知っているからこそ、恐怖が身体を縛り付ける。


 白夜はそんな澪を一瞥する。


「白鳥。」


「まだ、その程度か。」


 澪はビクリと肩を震わせた。


 レンはその様子も見逃さない。


(知り合いか。)


(しかも、ただの知り合いじゃない。)


 状況は最悪。


 攻撃は見えず。


 能力の条件も分からない。


 それでもレンは、小さく口角を上げた。


「面白くなってきた。」


 その一言に、ハルも小さく笑う。


「だな。」


 二人は再び白夜へ向かって駆け出した。


 ハルが再び白夜へ飛び込もうとした、その時だった。


「待て、ハル!」


 レンの鋭い声が飛ぶ。


 ハルは反射的に足を止めた。


「三秒だけ稼げ!」


「三秒?」


「いいから行け!」


「分かった!」


 ハルは白夜の正面へ飛び出した。


 木刀を構え、白夜の視線を自分へ向けさせる。


「まだ来るのか。」


 白夜が静かに呟く。


「何度でも。」


 ハルは迷わず踏み込む。


 木刀を横薙ぎに振る。


 白夜は最小限の動きでかわした。


 その瞬間。


 ズバッ。


 ハルの右太腿が裂ける。


「ぐっ……!」


 痛みに顔を歪めながらも、ハルは距離を詰め続ける。


「それでいい。」


 白夜は無表情のまま言う。


「抗え。」


「最後に絶望するために。」


 一方その頃。


 レンは素早く数歩後退すると、自分の右手を前へ突き出した。


「――収納。」


 空間が小さく揺らぐ。


 何もなかった空間から、小さな革袋が現れた。


 レンは迷うことなく中を漁る。


「これじゃない。」


「これでもない。」


「……あった。」


 小瓶を二本取り出す。


 透明な液体が入った回復薬だった。


 一本をハルへ投げる。


「ハル!」


 ハルは白夜から目を離さないまま片手で受け取る。


「飲め!」


「応急処置用だ!」


 ハルは栓を口で引き抜き、一気に飲み干す。


 熱が身体中へ広がる。


 裂けた傷が完全ではないものの、少しずつ塞がっていく。


「すげぇ……。」


「少し楽になった。」


「当たり前だ。」


 レンはもう一本を澪へ差し出す。


「お姉さんも。」


「飲んどけ。」


 澪は戸惑う。


「え……私も?」


「見りゃ分かる。」


「傷だらけだろ。」


「でも……。」


「遠慮してる場合じゃねぇ。」


 澪は小さく頷き、小瓶を受け取った。


「……ありがとうございます。」


 ゆっくりと薬を飲む。


 腕や脚の傷の痛みが少しだけ和らいでいく。


 レンは空になった革袋を再び収納へ戻す。


 ハルが思わず笑う。


「そんな物まで入ってるのか。」


「準備が俺の仕事だからな。」


 レンは肩をすくめる。


「地下施設で生き残るなら、使える物は何でも持っとく。」


「薬も。」


「食料も。」


「武器も。」


「全部だ。」


 そう言うと、レンはもう一度収納へ手を入れた。


 今度は、青白く淡い光を放つ結晶を取り出す。


 魔装鉱石だった。


 代表選抜試験で最も価値の高い戦利品。


 レンはそれを指先で軽く弄びながら、白夜へ向ける。


「おい、白夜。」


 白夜は静かに視線を向けた。


「これが欲しいんだろ?」


「魔装鉱石。」


「代表候補を目指すなら、喉から手が出るほど欲しいはずだ。」


 レンは鉱石を軽く放り上げ、再び掴む。


「やるよ。」


「だから今回は引け。」


 ハルが驚く。


「レン!」


 澪も息を呑んだ。


 しかし白夜の表情は一切変わらない。


 魔装鉱石を見ることもなく、静かに口を開いた。


「……いらない。」


 レンの眉がわずかに動く。


「は?」


「代表にも。」


「魔装鉱石にも興味はない。」


 白夜はハルだけを見つめていた。


「俺が欲しいのは一つだけ。」


「抗う人間が。」


「最後には必ず絶望するという証明だ。」


 その言葉を聞いたレンは、小さくため息をついた。


「なるほど。」


「本当に面倒な奴だな。」


 交渉は、完全に決裂した。


 白夜の返答を聞き、地下迷宮に静寂が流れた。


「……いらない。」


 たった一言。


 それだけでレンは理解した。


(こいつは普通の受験者じゃない。)


 代表になるためでもない。


 魔装鉱石のためでもない。


 目の前の男は、それ以外の何かのために戦っている。


 レンは魔装鉱石を収納へ戻し、小さく息を吐いた。


「交渉決裂、か。」


「最初から期待はしてなかったけどな。」


 白夜は静かに言う。


「君は合理的だ。」


「だから理解できない。」


「理解できない?」


「目的のためなら戦いを避ける。」


「勝率が低いなら撤退する。」


「それが君だ。」


 レンは苦笑する。


「よく見てるじゃねぇか。」


「でも。」


「全部が全部、計算通りってわけでもない。」


 そう言ってレンは隣へ視線を向けた。


 傷だらけになりながら、それでも木刀を構え続ける少年。


 天城ハル。


「ハル。」


 レンは少しだけ真面目な声で言う。


「ここは引くぞ。」


 ハルは白夜から目を離さない。


「……。」


「相手の能力はまだ分からない。」


「俺たちの情報が少なすぎる。」


「このまま戦っても勝率は低い。」


 レンの言葉は冷静だった。


 感情ではない。


 現実だけを見た判断。


「一回退いて、情報を集める。」


「その方が賢い。」


 ハルは静かに目を閉じる。


 確かにレンの言う通りだった。


 能力は分からない。


 白夜は強い。


 このままでは不利だ。


 だが――。


 ハルはゆっくりと首を横に振った。


「悪い。」


 レンはため息をつく。


「だと思った。」


 ハルは一歩前へ出る。


「ここで引いたら。」


「俺はきっと、また逃げる。」


 白夜は黙ってその言葉を聞いている。


「勝てる保証なんてない。」


「そんなことは分かってる。」


「でも。」


 ハルは木刀を握り締める。


「目の前で苦しんでる人を置いて。」


「自分だけ逃げるなんて。」


「俺にはできない。」


 その言葉に、澪は目を見開いた。


 自分のために。


 そこまで言ってくれる人がいる。


 地下施設へ来てから、一度も考えたことがなかった。


 レンは頭をかきながら苦笑する。


「本当に。」


「お前は面倒な奴だ。」


 そう言いながらも、その表情はどこか嬉しそうだった。


「だから放っとけねぇんだけど。」


 レンは収納から一本のナイフを取り出す。


 くるりと手の中で回し、静かに構えた。


「撤退案は却下。」


「なら付き合うしかないか。」


 ハルが笑う。


「悪い。」


「今さらだ。」


 レンも笑い返す。


「貸し一つだからな。」


 二人が肩を並べる。


 その姿を見つめる白夜は、小さく目を細めた。


「理解できない。」


「勝てないと分かっていて戦う。」


「非合理だ。」


 レンは肩をすくめる。


「合理だけで生きられるほど。」


「人間って単純じゃないんだよ。」


 白夜は静かに息を吐く。


「やはり。」


「君たちは運命を理解していない。」


 ゆっくりと一歩踏み出す。


 同時に地下迷宮の空気が張り詰めた。


 ハルは木刀を握る。


 レンはナイフを構える。


 白夜は無表情のまま二人を見据えた。


「なら。」


「その身で教えてやる。」


「抗う者の結末を。」


「なら。」


「その身で教えてやる。」


「抗う者の結末を。」


 白夜が静かに一歩踏み出す。


 それだけで空気が張り詰める。


「ハル!」


「真正面から行くな!」


 レンの声が飛ぶ。


「分かってる!」


 ハルは白夜の正面ではなく、大きく右へ回り込んだ。


 同時にレンも左へ走る。


 二方向からの挟撃。


 普通なら避けようがない。


 しかし。


 白夜は微動だにしなかった。


「無意味だ。」


 次の瞬間。


 ズバッ!


「ぐっ!」


 ハルの左肩が裂ける。


 ほぼ同時に、


 ピッ――。


 レンの左腕にも細い傷が走った。


 二人は反射的に距離を取る。


「ちっ……!」


 レンが舌打ちする。


(また見えなかった。)


(いや。)


(何も飛んでいない。)


 ハルも歯を食いしばる。


(攻撃を受けた感覚がない。)


(気付いたら傷だけができてる。)


 白夜は静かに二人を見つめる。


「何度試しても同じだ。」


「運命からは逃げられない。」


 ハルは深く息を吐き、再び踏み込む。


 今度はフェイント。


 一度右へ動くと見せかけ、瞬時に左へ切り返す。


 木刀を白夜の足元へ振り抜く。


 しかし。


 白夜は最小限の動きで後ろへ下がる。


 空振り。


 その直後。


 ズバッ!


「っ!」


 今度はハルの脇腹が裂けた。


 鮮血が飛び散る。


「ハル!」


 澪が思わず叫ぶ。


 それでもハルは倒れない。


 傷を押さえながら、白夜との距離をさらに詰める。


 あと一歩。


 木刀が届く間合い。


「そこだ!」


 ハルが振り下ろす。


 ガキィン!


 初めてだった。


 白夜は右腕で木刀を受け流し、その衝撃で半歩だけ後退する。


 ハルの目が見開かれた。


(下がった……。)


 その様子を見ていたレンの目が鋭く光る。


(今の反応。)


(避けた。)


(いや。)


(避けなきゃいけなかった。)


 レンは白夜の足元を見る。


 さらに呼吸。


 視線。


 距離。


 すべてを頭の中で組み立てていく。


(近付かれるのを嫌がってる?)


(いや……。)


(違う。)


(近距離になると能力の使用回数が減ってる。)


 白夜は再び能力を使おうとする。


 しかし、その瞬間。


 ポタッ。


 鼻血が地面へ落ちた。


 身体がわずかによろめく。


 額へ手を当てる。


 激しい頭痛。


 それでも白夜は表情を変えない。


「まだ……足りない。」


 自分へ言い聞かせるように呟く。


 レンはその姿を見逃さなかった。


(やっぱり能力の反動は重い。)


(しかも。)


(接近されるほど能力の負担が増えてる……?)


 確証はない。


 だが一つだけ分かったことがある。


「ハル!」


 レンが叫ぶ。


「もっと近付け!」


 ハルが振り向く。


「何か分かったのか!」


「まだ仮説だ!」


「でも!」


「離れて戦う方が危ねぇ!」


 ハルは頷いた。


「十分だ!」


 迷うことなく白夜へ駆け出す。


 白夜はそんな二人を静かに見つめ、小さく呟く。


「それが。」


「君たちの選んだ運命か。」


 次の瞬間。


 三人の距離が一気に縮まり、地下迷宮に再び激しい戦いの火花が散った。


「もっと近付け!」


 レンの叫びと同時に、ハルは一直線に白夜へ駆ける。


 距離を取れば、一方的に傷付けられる。


 ならば答えは一つ。


 接近戦。


「はあぁっ!」


 木刀が白夜へ迫る。


 白夜は半歩だけ下がり、その一撃をかわした。


 だが、その瞬間だった。


「今!」


 レンがナイフを投げる。


 鋭い刃が白夜の肩を狙う。


 しかし。


 キィン!


 白夜は腕をわずかに動かしただけで弾き飛ばした。


 隙は生まれない。


 むしろ――。


 ズバッ!


「ぐっ!」


 ハルの背中へ新たな傷が走る。


 膝をつきそうになる。


 それでも倒れない。


「まだ……!」


 木刀を握り直し、再び立ち上がる。


 そんなハルの背中を見つめる澪は、拳を強く握り締めた。


(また……。)


(また私は見ているだけ……。)


 幼い頃もそうだった。


 施設でもそうだった。


 誰かが傷付き、自分は何もできずに震えているだけ。


(嫌だ。)


(もう嫌……。)


 澪はゆっくりと前へ踏み出した。


「白夜さん。」


 その声に白夜が視線を向ける。


「まだ立つのか。」


「はい。」


 澪は震える手を押さえながら答える。


「私は……。」


「もう逃げません。」


 白夜は何も言わない。


 澪は自分の傷口へ静かに触れた。


 指先に赤い血が付く。


 そして――。


 その血が付いた指で、白夜の腕へそっと触れた。


 白夜は避けない。


「……。」


 澪は小さく息を吸った。


「痛覚共有。」


 能力が発動する。


 二人の間に見えない繋がりが生まれた。


 ハルもレンも息を呑む。


「澪さん!」


 次の瞬間。


 澪は自らの腕へ短剣を突き立てた。


「っ……!」


 鋭い痛みが全身を貫く。


 しかし同時に。


 ピクリ。


 初めて白夜の身体がわずかに揺れた。


 ハルの目が見開かれる。


「効いた!」


 だが。


 白夜は静かに自分の腕を見つめるだけだった。


「……そうか。」


 それだけ。


 苦しむ様子はない。


 澪は驚きに目を見開く。


「どうして……。」


 白夜はゆっくりと澪を見る。


「確かに痛い。」


「能力は成立している。」


「だが。」


 白夜は鼻血を拭いながら、小さく笑った。


「私は。」


「この程度の痛みには慣れている。」


 その一言に澪の表情が凍り付く。


 白夜は静かに続ける。


「能力を使うたび、脳は焼ける。」


「骨が砕けるような頭痛も。」


「意識が消えそうになる苦しみも。」


「毎日のように味わってきた。」


「だから。」


 白夜は一歩前へ出る。


「君の痛みでは。」


「私は止まらない。」


 その圧倒的な覚悟に、澪は言葉を失う。


 レンも険しい表情で白夜を見つめる。


(こいつ……。)


(最初から痛みを前提に戦ってやがる。)


 ハルは木刀を強く握り締めた。


 目の前にいるのは、力だけで戦う相手ではない。


 自らを壊し続けながら、それでも前へ進み続ける異常な男。


 地下迷宮の空気は、さらに重く張り詰めていった。


 白夜の能力が再び発動しようとした、その瞬間――。


 ドゴォォォン!!


 地下迷宮全体を揺らすような轟音が響いた。


 天井から砂埃が舞い落ちる。


「……!」


 ハルたちは思わず視線を向けた。


 別の通路。


 分厚い石壁が拳一つで粉砕される。


「どいつだぁぁぁぁ!!」


 怒鳴り声と共に現れたのは、一人の少女。


 黒鋼カエデだった。


 肩で息をしながら周囲を見回す。


「やっと見つけた!」


「ハル!」


 ハルは思わず目を見開く。


「カエデ!」


「無事だったか!」


「無事なわけあるか!」


 カエデは額の傷を指で拭いながら睨み返す。


「代表候補に追い回されて、壁まで壊してここまで来たんだぞ!」


「あとで飯奢れ!」


 緊張感のない一言に、ハルは思わず苦笑した。


「それは約束できないな。」


「はぁ!? 何でだよ!」


 そんな二人を見て、レンは小さく笑う。


「相変わらず騒がしい奴だ。」


「レン!」


 カエデはようやくレンにも気付き、安堵したように息を吐く。


「お前も生きてたか。」


「残念ながらな。」


 しかし、その空気を切り裂くように白夜が静かに口を開く。


「……人数が増えたところで。」


「結果は変わらない。」


 その言葉と同時に。


 天井付近から、クスクスという笑い声が聞こえた。


「ふふっ。」


「すごいことになってるねぇ。」


 全員が上を見上げる。


 細いワイヤーを器用に操りながら、一人の少女が天井近くに立っていた。


 霧島結。


 彼女は逆さまになるようにワイヤーへぶら下がり、楽しそうに手を振る。


「おーい。」


「みんな元気?」


 カエデが額に青筋を浮かべる。


「結!」


「何笑ってんだ!」


「だって面白いじゃん。」


 結は笑みを浮かべたまま白夜へ視線を向ける。


「代表候補。」


「地下施設最強候補。」


「ハル。」


「レン。」


「澪さん。」


「こんなに一ヶ所へ集まるなんて、滅多にないよ?」


 レンはため息をつく。


「最悪だ。」


「どんどん人が増える。」


 結はワイヤーから軽やかに飛び降りる。


 コツ、と静かに着地すると、口元へ笑みを浮かべた。


「ねぇ。」


「せっかくだし。」


「派手に遊ぼうよ。」


 その言葉に呼応するように、迷宮のさらに奥から複数の足音が響き始める。


 一人ではない。


 二人でもない。


 三人、四人――。


 戦闘音を聞きつけた受験者たちが、この場所へ集まり始めていた。


 白夜は静かに周囲を見渡す。


 ハルは木刀を握り直す。


 レンは収納へ手を添える。


 カエデは拳を鳴らす。


 結は細いワイヤーを指先で踊らせる。


 澪は震える足を一歩前へ踏み出した。


 それぞれの思惑が交錯する。


 地下迷宮は、一対一の戦場ではなくなった。


 次の瞬間、この場所は誰にも制御できない混沌へと変わる。


 ――地下施設チームと代表候補。


 それぞれの運命が、ついに激突しようとしていた。


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