表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染を寝取られ、学園に殺された無能力の俺は最強になって帰ってくる  作者: ワールド


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/52

第24話 ガラスの檻

まず、静寂を切り裂いたのは甲高い音だった。


 キィィィン――。


 無数のガラス片が一斉に宙を舞う。


 照明の光を受け、透明な刃が妖しく輝いた。


「行け。」


 城崎が指を軽く振る。


 次の瞬間。


 ガラス片が矢のような速度でハルへ襲い掛かった。


 ハルは反射的に木刀を振る。


 カキィン!


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 木刀がガラスを弾き飛ばす。


 砕け散った破片が床へ降り注ぎ、乾いた音を立てる。


 だが、それで終わりではなかった。


 左右から。


 背後から。


 次々と新たなガラス片が迫る。


「っ!」


 ハルは身を低くして回避する。


 一枚が頭上を掠める。


 もう一枚が足元を切り裂く。


 わずかな隙を狙うように、第三波が一直線に飛来した。


 避けきれない。


 ハルは木刀を盾のように構える。


 ガガガガッ!


 連続してぶつかる衝撃が腕へ伝わる。


 一本一本は軽い。


 だが数が異常だった。


「どうした?」


 離れた場所で城崎が笑う。


「さっきの威勢はどこ行った?」


「近付いてこいよ。」


「ほら。」


「俺を倒すんだろ?」


 挑発しながらも、攻撃の手は止まらない。


 ガラス片が軌道を変え、ハルの死角へ回り込む。


「……!」


 右から来る一枚を弾いた瞬間。


 左腕に鋭い痛みが走った。


 ピッ――。


 制服の袖が裂ける。


 赤い線が一本走り、血が滲んだ。


「……!」


 痛みは浅い。


 しかし、それだけで十分だった。


 城崎は口元を歪める。


「おっ。」


「やっと当たった。」


「安心しろ。」


「まだほんの挨拶だ。」


 ガラス片は止まらない。


 四方八方から押し寄せる。


 ハルは木刀を振り続ける。


 弾く。


 避ける。


 受け流す。


 しかし、完全には防ぎ切れない。


 肩。


 頬。


 脇腹。


 少しずつ切り傷が増えていく。


 城崎は愉快そうに笑った。


「その木刀一本で能力者と戦う気か?」


「笑わせんな。」


「そんなもので俺の能力は突破できねぇよ。」


 ハルは何も返さない。


 息を整えながら、視線だけは城崎から外さなかった。


(……速い。)


(一枚一枚なら対処できる。)


(でも、この数は厄介だ。)


 ガラス片を弾きながら、ゆっくりと後退する。


 焦って距離を詰めれば、相手の思うつぼだ。


「逃げるだけか?」


 城崎は鼻で笑う。


「世界で唯一の無能力者って聞いて期待してたんだけどな。」


「結局、その程度か。」


 ハルは無言のまま木刀を構え直す。


 まだ攻めない。


 まだ動かない。


 城崎はその姿を見て、退屈そうに肩をすくめた。


「つまらねぇな。」


「だったら……もっと本気で遊んでやる。」


 そう言って右手を大きく掲げる。


 通路中に散らばっていたガラス片が、一斉に浮かび上がった。


 数十枚。


 いや、百枚近い。


 透明な刃がハルを中心に取り囲み、静かに切っ先を向ける。


 地下迷宮の空気が、一気に張り詰めた。


 無数のガラス片が、ハルを取り囲む。


 前後左右。


 逃げ道を塞ぐように、透明な刃がゆっくりと浮かび上がっていた。


「終わりだ。」


 城崎が指を鳴らす。


 一斉にガラス片が飛び出した。


 キィンッ!


 ハルは木刀を振る。


 正面から飛んできた三枚をまとめて弾き飛ばす。


 だが、その直後。


 背後へ回り込んだガラス片が肩を掠めた。


 ブシュッ。


 制服が裂け、赤い血が滲む。


「くっ……!」


 痛みに顔をしかめる。


 しかし、視線だけは決して逸らさない。


 城崎は楽しそうに笑った。


「避けろ避けろ!」


「そのうち当たる!」


「能力者相手に無能力者がどこまで粘れるか見ものだな!」


 ガラス片は休むことなく飛び続ける。


 ハルは後ろへ跳ぶ。


 壁を蹴る。


 身をひねる。


 木刀で受け流す。


 必要最低限の動きだけで攻撃をかわしていく。


 その姿を見た城崎は眉をひそめた。


「……。」


「おいおい。」


「逃げるだけか?」


 返事はない。


 ハルの耳には、城崎の挑発など入っていなかった。


(落ち着け。)


(焦るな。)


(能力には必ず癖がある。)


 ガラス片が再び飛来する。


 ハルは木刀で一枚だけ弾き、その軌道を目で追った。


(……速い。)


(でも速さだけじゃない。)


 次の瞬間。


 左右から二枚。


 さらに頭上から三枚。


 タイミングをずらして襲ってくる。


(攻撃の順番を変えてる。)


(考えて撃ってるのか。)


 ハルは身体を沈める。


 頭上をガラス片が通過した。


 続けて右から飛来した一枚を木刀で弾く。


 だが、その隙を狙うように左足へもう一枚。


 ズッ。


 制服の裾が裂ける。


 浅い傷。


 それでも十分に痛い。


 城崎はニヤリと笑った。


「惜しかったな。」


「あと少しで足を貫けたのに。」


 ハルは息を整える。


(全部自由に動かしてるわけじゃない。)


 またガラス片が飛ぶ。


 今度は五枚。


 ハルは一歩だけ横へ動いた。


 すると三枚は軌道を変えた。


 しかし二枚だけが、ほんのわずかに遅れた。


(……やっぱり。)


(全部が同じ速度じゃない。)


 さらに観察を続ける。


 城崎は右手を振るたびに攻撃を変化させている。


 だが、その動きには微かな癖があった。


(右側の制御が少し遅い。)


(いや。)


(右側じゃない。)


(城崎から見て左側か。)


 攻撃の瞬間。


 ほんの一瞬だけ視線も腕もそちらへ向く。


 完全な同時操作ではない。


 一枚ずつ。


 優先順位を付けて操作している。


(つまり。)


(数が増えれば増えるほど……。)


 再び百近いガラス片が浮かび上がる。


 城崎が叫んだ。


「全部避けてみろ!」


 透明な刃が雨のように降り注ぐ。


 ハルは木刀を連続で振るった。


 ガキィン!


 ガキン!


 キィィン!


 何十枚ものガラスが砕け散る。


 しかし。


 一枚。


 また一枚。


 脇腹と腕を掠めていく。


 ハルは傷付きながらも、口元をわずかに引き締めた。


(そうか。)


(数を増やすほど、一枚一枚の精度が落ちる。)


(だから当たりそうで当たらない攻撃が増えている。)


 城崎はまだ気付かない。


 ハルが防戦一方に見えるからだ。


「どうした!」


「もう限界か!」


「さっきまでの威勢は!」


 ハルは答えない。


 木刀を握る手に力を込めながら、静かに城崎だけを見据えた。


(もう少しだ。)


(あと一つ。)


(決定的な弱点が分かれば……勝てる。)


 ガラス片が床へ散らばる。


 甲高い音だけが地下迷宮に響いた。


 互いに距離を取ったまま、二人は睨み合う。


 最初に口を開いたのは城崎だった。


「なあ。」


「一つ聞いていいか?」


 ハルは木刀を構えたまま答えない。


 城崎は鼻で笑う。


「試験前。」


「あの雑魚を助けてただろ。」


「……。」


「あれ、本気だったのか?」


 ハルは短く答える。


「ああ。」


「ははっ。」


 城崎は呆れたように肩を震わせる。


「理解できねぇ。」


「こんな場所でまで他人を助けるとか。」


「お前、本当に頭がおかしいな。」


 ハルは静かに問い返す。


「見捨てればよかったのか。」


「当たり前だろ。」


 城崎は即答した。


「ここは試験だ。」


「代表になれるのは一人だけ。」


「他人なんて全員ライバルだ。」


「弱い奴が消えれば、その分自分が有利になる。」


「それを助ける?」


「意味が分からねぇ。」


 城崎は笑いながら続ける。


「しかも助けた相手がお前を助ける保証なんてどこにもない。」


「むしろ背中から刺されるかもしれねぇぞ。」


「人を信じるなんて、一番の馬鹿がやることだ。」


 ハルは静かに城崎を見つめた。


「……そう思う理由があるんだな。」


 その言葉に、城崎の笑みが消えた。


「理由?」


 少しだけ俯く。


 そして、小さく笑った。


「あるさ。」


「昔の俺は弱かった。」


「毎日殴られた。」


「毎日笑われた。」


「助けてって叫んだ。」


「でも誰も来なかった。」


 城崎の声は淡々としていた。


 まるで他人の話をしているかのように。


「先生も見て見ぬふり。」


「親も気付かない。」


「友達だと思ってた奴も笑ってた。」


「その時分かったんだよ。」


 城崎はゆっくりとハルを見る。


「誰も助けてなんかくれねぇ。」


「最後に頼れるのは、自分だけだ。」


「だから俺は強くなった。」


 右手を広げる。


 周囲のガラス片が再び宙へ浮かぶ。


「強くなってからは楽だった。」


「今度は俺が笑う側になった。」


「踏みつけられる側じゃない。」


「踏みつける側だ。」


 ハルは静かに息を吐く。


「……だから弱い人を傷付けるのか。」


「そうだ。」


 城崎は迷わない。


「世界はそういう場所だ。」


「弱い奴は奪われる。」


「強い奴が奪う。」


「それが現実。」


 ハルは木刀を握る力を少しだけ強めた。


「違う。」


「何?」


「現実がそうだからって。」


「自分まで同じになる必要はない。」


 城崎は鼻で笑う。


「綺麗事だな。」


「そうかもしれない。」


 ハルは否定しなかった。


「でも。」


「俺は苦しんでいる人を見捨てたくない。」


「誰も助けてくれなかったからって。」


「自分まで誰も助けない人間になりたくない。」


 その言葉を聞いた瞬間。


 城崎の表情が歪んだ。


「……偽善者。」


 低く吐き捨てる。


「そんな考えで生きてたら、いつか裏切られる。」


「それでもいい。」


 ハルは迷わず答えた。


「誰かを信じることをやめるより、ずっといい。」


 一瞬、沈黙が流れる。


 城崎はハルを睨みつけたまま、小さく笑った。


「気に入らねぇ。」


「そういう奴が、一番気に入らねぇ。」


 右手をゆっくりと掲げる。


 周囲に散らばっていた無数のガラス片が、一斉に震え始めた。


「だったら。」


「その綺麗事ごと、叩き割ってやる。」


 城崎が右手を振り下ろす。


「砕けろ!」


 空中に浮かぶガラス片が、一斉にハルへ殺到した。


 キィィィン!


 鋭い破裂音が地下迷宮に響く。


 ハルは木刀を横へ薙ぐ。


 ガキィンッ!


 正面から迫る三枚を弾き飛ばす。


 そのまま身をひねり、左から迫る二枚を避ける。


 だが。


 ヒュッ――。


 一枚だけが軌道を変え、頬を掠めた。


 ピッ。


 赤い血が頬を伝う。


「ははっ!」


「いい顔だ!」


 城崎は嬉しそうに笑った。


「まだ余裕ぶってられるか?」


 ハルは答えない。


 視線は城崎ではなく、飛び交うガラス片へ向いていた。


(速さはさっきと変わらない。)


(でも……。)


 また右手が動く。


 十数枚のガラス片が別々の方向から襲い掛かる。


 ハルは一歩だけ右へ動いた。


 ガキンッ!


 木刀で一枚を弾く。


 その瞬間。


 残りのガラスがわずかに動きを変えた。


(やっぱり。)


(一枚を弾いた瞬間、他の軌道が遅れた。)


 城崎は気付かない。


 ハルが防戦一方だと思い込んでいる。


「終わりだ!」


 さらに数十枚のガラス片が宙を埋め尽くす。


 普通なら逃げる。


 しかし。


 ハルは初めて前へ踏み出した。


「……!」


 城崎の笑みが止まる。


「何?」


 ハルは一直線に駆ける。


 ガラス片が目前まで迫る。


 その刹那。


 ガキィィン!


 木刀が一枚のガラスを正確に叩いた。


 砕くのではない。


 打ち返した。


 ガラス片は弾丸のような速度で城崎へ飛んでいく。


「なっ!?」


 城崎は慌てて首を傾けた。


 ガラス片は頬を掠める。


 シュッ。


 一本の赤い線が走った。


「ぐっ……!」


 城崎は頬へ手を当てる。


 指先に血が付く。


「俺の……ガラスで?」


 驚きが隠せない。


 自分の能力を利用されるなど、考えもしなかった。


 ハルは木刀を構え直す。


「ようやく当たった。」


 静かな声だった。


「……。」


 城崎の眉がぴくりと動く。


「偶然だ。」


「まぐれだ。」


 そう言い聞かせるように呟く。


 だがハルは首を横に振った。


「違う。」


「見えた。」


「……は?」


「お前の能力は強い。」


「でも、全部を同時に操っているわけじゃない。」


 城崎の表情がわずかに強張る。


「一枚一枚。」


「優先順位を付けて動かしている。」


「だから。」


「数が増えるほど、一瞬だけ制御が甘くなる。」


 城崎は何も言えない。


 図星だった。


 完全な同時操作などできない。


 脳で処理できる限界がある。


 ハルはそれを、たった数分の戦闘で見抜いていた。


「そんな……。」


「そんなこと……。」


 城崎は歯を食いしばる。


「見抜けるわけねぇだろ!」


 怒声と共に右手を振り上げる。


 ガラス片が再び空中へ舞い上がる。


 先ほどより多い。


 通路を埋め尽くすほどの数。


「だったら!」


「全部まとめて叩き潰してやる!」


 無数の透明な刃が、地下迷宮を覆い尽くした。


「全部まとめて叩き潰してやる!」


 城崎の怒号が地下迷宮に響く。


 次の瞬間。


 周囲に浮かんでいた無数のガラス片が、一斉に砕け散った。


 パリンッ!


 砕けた破片は消えない。


 細かな刃となって空中へ広がり、さらに数を増やしていく。


「なっ……。」


 ハルは思わず息を呑んだ。


 百枚近くあったガラスは、砕けることで何倍もの数へと変わっていた。


 まるで吹雪だった。


 透明な刃が地下通路を埋め尽くしていく。


 城崎は狂気じみた笑みを浮かべる。


「避けられるか?」


「これ全部を!」


 右手を勢いよく振り下ろした。


 ――キィィィン!!


 ガラスの嵐が襲い掛かる。


 ハルは床を蹴った。


 一直線に前へ飛び込む。


 ガキィン!


 木刀で正面を切り開く。


 しかし、弾いた次の瞬間には別の刃が迫る。


 右肩。


 左腕。


 太腿。


 浅い傷が次々と刻まれていく。


「くっ……!」


 痛みに歯を食いしばる。


 それでも足は止めない。


 止まれば終わる。


 そんなことは分かっていた。


「ははははっ!」


 城崎は高らかに笑う。


「どうした!」


「さっきまでの余裕は!」


「能力を読めたんじゃなかったのか!」


 ガラス片は止まらない。


 天井から。


 壁から。


 床を這うように。


 四方八方からハルを追い詰める。


 木刀を振る。


 弾く。


 避ける。


 それでも一枚、また一枚と身体を掠めていく。


 制服は裂け、血が滲み始めていた。


 ハルは後ろへ跳ぶ。


 しかし。


 ガキンッ!


 背中が壁へぶつかった。


「……!」


 退路がない。


 城崎がゆっくりと歩いてくる。


「終わりだ。」


「もう逃げ場なんてない。」


 右手を掲げる。


 ガラス片が再びハルを取り囲む。


 透明な刃が首元へ向けられる。


「お前の負けだ。」


「鉱石だけ置いて消えろ。」


 ハルは荒く息を吐いた。


 額から汗が流れる。


 腕にはいくつもの切り傷。


 体力も少しずつ削られている。


 それでも。


 視線だけは死んでいなかった。


(……落ち着け。)


(まだ終わってない。)


 ゆっくりと周囲へ目を向ける。


 壁。


 天井。


 床。


 散乱した瓦礫。


 折れた鉄骨。


 照明。


 そして、砕けた大量のガラス。


 城崎は気付かない。


 勝利を確信している。


 ハルは静かに目を閉じた。


 これまでの戦闘を頭の中で繰り返す。


 ガラスの軌道。


 城崎の視線。


 右手の動き。


 制御の順番。


 全てが一本の線で繋がっていく。


(そういうことか。)


 静かに目を開く。


 口元にわずかな笑みが浮かんだ。


「……見つけた。」


「何?」


 城崎が眉をひそめる。


 ハルは木刀を握り直した。


「お前の能力。」


「弱点がある。」


 一瞬、城崎の表情が固まる。


 すぐに鼻で笑った。


「負け惜しみか?」


「好きに言え。」


「次で終わりだ。」


 ハルは首を横に振る。


「いや。」


 木刀をゆっくりと正眼に構える。


 その瞳には先ほどまでの防戦一方の色はなかった。


 獲物を捉えた剣士の目。


「次で終わる。」


「終わるのは――お前だ。」


 地下迷宮に、再び静寂が訪れた。


 ハルと城崎は静かに向かい合っていた。


 地下迷宮に流れる空気が張り詰める。


 先に動いたのは城崎だった。


「だったら証明してみろ!」


 右手を振り抜く。


 無数のガラス片が一斉に射出された。


 先ほどとは比べものにならない。


 視界を埋め尽くすほどの刃。


 普通なら避けようとする。


 しかし――。


 ハルは動かなかった。


「諦めたか!」


 城崎が勝利を確信した、その瞬間。


 ハルは木刀を床へ叩き付けた。


 ガンッ!!


 乾いた衝撃音が地下通路に響く。


 砕けた石片が舞い上がる。


 城崎の視界が一瞬だけ遮られた。


「っ!」


 反射的に城崎はガラス片の一部を石片へ向ける。


 その刹那。


 ハルが駆けた。


 一直線。


 最短距離。


 ガラス片が迫る。


 しかし、先ほどまでとは違う。


 木刀で弾くのは最小限。


 避けるのも最小限。


 わずかな隙間だけを縫うように走る。


「なっ……!」


 城崎の目が見開かれる。


「なんで!」


「当たらねぇ!」


 ガラス片は確かに飛んでいる。


 だが、石片を処理したせいで制御が乱れた。


 ほんの一瞬。


 その一瞬だけで十分だった。


 ハルは一気に懐へ潜り込む。


「しまっ!」


 城崎が慌てて後ろへ下がる。


 しかし遅い。


 ハルは木刀を振り上げた。


 ゴッ!!


 鈍い音が響く。


 木刀は城崎の右手首を正確に打ち抜いた。


「がぁっ!」


 激痛で右手が跳ね上がる。


 空中に浮いていたガラス片が、一斉に揺れた。


 ハルは止まらない。


 さらに一歩踏み込む。


 腹部へ。


 ドンッ!!


 重い一撃。


 城崎の身体が大きくくの字に曲がる。


 息が詰まり、声にならない。


 最後に。


 木刀の切っ先が城崎の喉元で止まった。


 あと数センチ。


 踏み込めば終わる距離。


 城崎は額から汗を流しながら動きを止めた。


 ガラス片が力を失い、一枚、また一枚と床へ落ちていく。


 パリン……。


 静かな音だけが響いた。


「……終わりだ。」


 ハルが静かに告げる。


 城崎は悔しそうに歯を食いしばった。


「なんで……。」


「なんで勝てた……。」


 ハルは木刀を下ろした。


「お前は能力が強すぎた。」


「だから能力だけに頼った。」


「……。」


「俺だけを見ていれば勝てた。」


「でも、お前は飛んできた石まで処理しようとした。」


「あの一瞬で、お前の意識は分散した。」


 城崎は目を見開く。


 それが決定的な隙だった。


 ハルは最初から、それを狙っていたのだ。


「勝負を決めたのは能力じゃない。」


「一瞬の判断ミスだ。」


 城崎は力なく膝をつく。


「負け……か。」


 腰のポーチから魔装鉱石が転がり落ちる。


 ハルはそれを拾い上げ、自分のポーチへ入れた。


 これで二個目。


 代表への道が、また一歩近づいた。


 ハルは木刀を肩に担ぐと、城崎へ背を向ける。


「待て。」


 城崎が弱々しく声を掛ける。


「……なんだ。」


「俺を……失格にしないのか。」


 ハルは振り返らない。


「試験に勝つことが目的だ。」


「お前を潰すことじゃない。」


 そう言い残し、静かに歩き始める。


 その背中を、城崎は呆然と見つめていた。


「……変な奴だ。」


 地下施設で初めて見た。


 勝っても相手を踏みつけない人間を。


 その姿は、城崎の胸に小さな棘のように刺さり続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ