表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染を寝取られ、学園に殺された無能力の俺は最強になって帰ってくる  作者: ワールド


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/52

第22話 代表選抜開始

 昨夜はほとんど眠れなかった。


 目を閉じても、地下施設最強と呼ばれる男の言葉が頭から離れない。


 ――代表になれ。


 その一言だけが、何度も胸の中で繰り返されていた。


 ハルはゆっくりと起き上がる。


 窓のない地下施設では朝も夜も分からない。


 それでも廊下から聞こえる足音や話し声が、新しい一日の始まりを教えてくれていた。


「……行くか。」


 制服に着替え、腰へ木刀を差す。


 部屋を出ると、普段よりも人の行き来が多かった。


「今日から代表選抜か。」


「どんな試験なんだろうな。」


「生きて帰ってこられるかな。」


 聞こえてくるのは、そんな会話ばかり。


 誰も試験内容は知らない。


 だからこそ、不安と期待が入り混じっていた。


 ハルは黙って食堂へ向かう。


 食堂へ入ると、すでに多くの能力者が朝食を取っていた。


 しかし、いつもとは空気が違う。


 笑い声は少ない。


 全員が周囲を警戒している。


 今日から始まる代表選抜。


 その緊張感が食堂全体を包み込んでいた。


「お、ハル。」


 聞き慣れた声に振り向く。


 レンが手を上げていた。


「こっちだ。」


 ハルが席へ向かうと、カエデと結も座っている。


「おはよう。」


「おはよー。」


 結が軽く手を振る。


 一方、カエデは朝食を豪快に頬張っていた。


「おう!」


「ハルも早く食え!」


「腹が減ってちゃ戦えねぇぞ!」


 ハルは苦笑しながら席へ座る。


「相変わらずだな。」


「当たり前だろ!」


「こういう日は特に食わねぇと!」


 そう言うと、カエデは大きな肉を一口で頬張った。


 その様子を見た結が呆れたようにため息をつく。


「朝から食べ過ぎ。」


「試験前なんだから、もう少し緊張しなよ。」


「緊張したって腹は減る。」


「だったら食う!」


「単純だねぇ。」


「うるせぇ!」


 二人のやり取りに、ハルの表情も自然と緩む。


 そんな二人を見ながら、レンは味噌汁を口に運んだ。


「まあ、カエデらしくていいじゃん。」


「レンは緊張してないのか?」


 ハルが尋ねる。


 レンは肩をすくめた。


「してないと言えば嘘になる。」


「でも、試験内容も分からないのに考えても仕方ない。」


「情報が出てから考える。」


「それが一番効率いい。」


「やっぱりレンらしい。」


 結が笑う。


「無駄が嫌いなんだよ。」


「考えてどうにかなることと、ならないことは分けるべき。」


 レンはそう言って朝食を食べ進めた。


 その時だった。


 食堂の入口が静かに開く。


 一人の青年が入ってくる。


 風間だった。


 食堂の空気が一瞬で変わる。


 誰も話しかけない。


 誰も近寄らない。


 風間は視線を向けることもなく食事を受け取り、一人離れた席へ座る。


 静かに食べ始める。


 それだけで周囲を寄せ付けない空気があった。


 カエデが小声で呟く。


「やっぱ近寄りづれぇな。」


「地下施設最強だからね。」


 結も視線だけ向ける。


 レンは一度だけ風間を見て、すぐに朝食へ視線を戻した。


「今は放っておけ。」


「余計なことを考える時間じゃない。」


 ハルも小さく頷く。


 今は代表選抜だけに集中する。


 それが自分のやるべきことだった。


 その瞬間――


 食堂中に鋭いサイレンが鳴り響く。


『代表候補者は第一訓練場へ集合せよ。』


『繰り返す。代表候補者は第一訓練場へ集合せよ。』


 食堂の空気が張り詰める。


 誰もが食事の手を止め、一斉に立ち上がった。


「始まるな。」


 レンがトレーを返却口へ運ぶ。


 カエデは拳を握り、大きく笑った。


「待ってました!」


「暴れられる!」


「その発想しかないの?」


 結は苦笑しながら立ち上がる。


 ハルは腰の木刀へそっと触れた。


(代表になる。)


(そのために、この試験を勝ち抜く。)


 胸の奥で静かに決意を固める。


「行こう。」


 四人は食堂を後にし、第一訓練場へ向かった。


 第一訓練場。


 地下施設最大の訓練施設には、すでに大勢の能力者が集まっていた。


 普段の訓練とは違う。


 空気が重い。


 誰も無駄話をしない。


 誰も笑わない。


 互いに距離を取り、周囲を警戒している。


 今日から始まる代表選抜。


 ここに集まった全員が代表候補であり、同時にライバルだった。


 ハルたちも訓練場へ足を踏み入れる。


「結構いるな。」


 ハルが周囲を見渡す。


 ざっと見ただけでも数十人。


 どの顔にも緊張が浮かんでいた。


「当たり前だろ。」


 レンが静かに答える。


「地下施設の代表だぞ。」


「実力に自信がある奴しか来ない。」


 その横でカエデは肩を回しながら笑う。


「強い奴ばっかってことか。」


「いいねぇ。」


「燃えてきた!」


「少しは落ち着きなよ。」


 結は呆れたようにため息をつく。


「始まる前から体力使わないで。」


「そんなヤワじゃねぇ!」


 カエデは拳を鳴らした。


 その音に反応するように、周囲の数人が視線を向ける。


 しかし、すぐに興味を失ったように目を逸らした。


 レンは訓練場全体を見回していた。


(前に出る奴。)


(壁際にいる奴。)


(周囲ばかり見てる奴。)


(みんな考え方が違う。)


 戦う前から性格は表れる。


 レンはそんな参加者たちを一人ひとり観察していた。


 一方の結は、それとは違うものを見ていた。


「ふーん。」


「もう足が震えてる人いる。」


 少し離れた場所。


 一人の青年が何度も深呼吸を繰り返している。


「緊張しすぎ。」


 結は小さく笑う。


「こういう人って最初に狙われるんだよね。」


「お前……。」


 ハルは苦笑した。


「人間観察が趣味だから。」


「面白いじゃん。」


 その時だった。


「おい。」


 低い声が響く。


 全員の視線が自然とそちらへ向く。


 一人の青年が、緊張していた参加者の前へ立っていた。


 細身の体。


 どこか不気味な笑み。


 目だけが笑っていない。


「そんなに震えてどうした?」


 青年はニヤニヤと笑う。


「代表になるんじゃなかったの?」


 話しかけられた参加者は俯いたまま答えない。


「返事くらいしろよ。」


 青年は相手の肩を軽く押した。


 押された参加者はよろめく。


「す、すみません……。」


「は?」


 青年は耳に手を当てる。


「聞こえねぇ。」


「もっと大きな声で謝れよ。」


 参加者の顔が青ざめていく。


 周囲は見ているだけだった。


 止める者はいない。


 地下施設では珍しい光景ではない。


「……。」


 ハルは思わず一歩踏み出しかける。


 しかし、その肩をレンが掴んだ。


「やめとけ。」


「でも。」


「ああいう奴は相手にした時点で負けだ。」


 レンは視線を外さない。


「弱い奴しか狙わない。」


「放っておけば、そのうち別の獲物を探す。」


 ハルは拳を握る。


 納得はできない。


 だが、ここで騒ぎを起こせば試験前から目立つことになる。


 青年はハルの視線に気付くと、ゆっくりと振り向いた。


 二人の目が合う。


 数秒の沈黙。


 やがて青年は口元を歪めた。


「へぇ。」


「面白そうなのがいる。」


 そう呟くと、それ以上は何もせず離れていった。


 結がその背中を見送りながら言う。


「嫌なタイプ。」


「自分より弱い相手しか狙わない。」


 カエデは眉をひそめる。


「気に食わねぇ。」


「始まったら一発殴ってやる。」


「そういうのは始まってからね。」


 結が笑う。


 その時。


 訓練場入口の扉がゆっくりと開いた。


 数人の教官が姿を現す。


 先頭へ立った教官が、一歩前へ出る。


 その瞬間。


 ざわついていた訓練場が、水を打ったように静まり返った。


 誰も口を開かない。


 全員の視線が教官へ集まる。


 代表選抜が、いよいよ始まろうとしていた。


 先頭に立った教官が、訓練場をゆっくりと見渡す。


 鋭い視線だけで、その場の空気がさらに張り詰めた。


「これより、代表選抜試験を開始する。」


 低く響く声が訓練場全体へ広がる。


 誰一人として口を開かない。


「諸君らは地下施設の中でも、一定以上の実力を認められた能力者だ。」


「だが、それだけでは代表にはなれない。」


 教官は一度言葉を切る。


「代表とは。」


「地下施設の名を背負う者。」


「力だけでは務まらん。」


 参加者たちは黙って話を聞いていた。


「代表選抜試験は二段階で行う。」


「第一次試験を突破した者のみ、第二次試験へ進む資格を得る。」


 その言葉に、小さなどよめきが起こる。


「二段階……。」


「一回じゃ終わらないのか。」


「第二次試験って何だ?」


 参加者たちがざわつき始める。


 教官は表情を変えない。


「第二次試験の内容は公表しない。」


「第一次試験突破者にのみ伝える。」


 さらにざわめきが大きくなる。


「ふざけるな。」


「情報くらい教えろ。」


「対策のしようがねぇだろ。」


 不満の声が上がる。


 しかし教官は冷たく言い放った。


「不満がある者は今、この場で辞退しろ。」


「代表になる資格はない。」


 一瞬で静まり返る。


 辞退する者は一人もいなかった。


 教官はゆっくりと頷く。


「では、第一次試験の説明を行う。」


 一人の教官が黒い布を外す。


 そこには拳ほどの大きさの鉱石が置かれていた。


 漆黒の結晶。


 内部では赤い光が脈打つように揺れている。


「……。」


 思わず息を呑む者もいた。


「これが魔装鉱石だ。」


「地下施設でのみ採掘される特殊鉱石。」


「能力者用武装の核となる希少資源である。」


 教官は鉱石を持ち上げる。


 鈍く輝く結晶が照明を反射した。


「第一次試験の名は――」


「魔装サバイバル。」


 訓練場が静まり返る。


「試験期間は三日間。」


「試験区域は地下施設全域。」


「普段立ち入りを禁止している区域も、本試験中に限り開放する。」


 巨大なモニターへ地下施設全体の地図が映し出される。


 ハルは思わず目を見開いた。


(こんなに広かったのか……。)


 普段生活している区域は、地下施設全体から見ればごく一部に過ぎなかった。


 教官は説明を続ける。


「地下施設各地には魔装鉱石が配置される。」


「諸君らの目的は、それを確保することだ。」


「魔装鉱石は複数存在する。」


「所持してもいい。」


「隠してもいい。」


「譲渡してもいい。」


「交換してもいい。」


「奪ってもいい。」


 会場の空気が少しずつ変わっていく。


「つまり……。」


「何でもありってことか。」


 誰かが呟いた。


 教官は頷く。


「協力も自由。」


「裏切りも自由。」


「能力の使用も自由。」


「戦闘も自由。」


「試験中、教官は介入しない。」


 参加者たちの表情が引き締まる。


 ここから先は、自分たちだけの世界。


 助けを求めても誰も来ない。


 レンは静かに腕を組んだ。


(面白い。)


(代表を決める試験らしい。)


 結は小さく笑う。


「人間性が出そう。」


 カエデは拳を握る。


「細かいことは分かんねぇ!」


「見つけて守ればいいんだろ!」


 レンが苦笑する。


「まあ、お前らしいな。」


 教官は最後に全員を見渡した。


「ただし、一つだけ覚えておけ。」


「殺害のみ禁止とする。」


「故意に相手を殺害した者は、その時点で失格。」


 訓練場が再び静まり返る。


 教官は力強く言い放つ。


「以上が第一次試験。」


「魔装サバイバルの概要だ。」


「諸君らが代表に相応しい人間か。」


「三日間で見極めさせてもらう。」


 教官は参加者たちを見渡した。


「以上だ。」


「質問がある者は挙手しろ。」


 その言葉と同時に、一人の参加者が手を挙げた。


「魔装鉱石を一番多く集めた奴が合格ですか?」


 教官は首を横に振る。


「評価基準については答えられない。」


「次。」


 今度は別の参加者が口を開く。


「途中で鉱石を失った場合は失格になりますか?」


「答えられない。」


「第二次試験に進める人数は?」


「答えられない。」


 質問が続く。


 しかし返ってくる答えは、どれも同じだった。


「答えられない。」


「答えられない。」


「答えられない。」


 参加者たちの間に不満の声が漏れる。


「何なんだよ、それ。」


「情報が少なすぎるだろ。」


「これじゃ何を基準に動けばいいか分からねぇ。」


 教官は表情一つ変えない。


「それを考えることも試験の一部だ。」


 その一言で、再び場が静まる。


 ハルは小さく息を吐いた。


「評価基準まで秘密なんだな。」


 隣でレンが腕を組む。


「いや。」


「むしろ教えてくれた。」


「え?」


 ハルが首を傾げる。


 レンは小さく笑う。


「代表を選ぶ試験なんだ。」


「魔装鉱石だけが評価対象なら、集めた数で順位を付ければ終わる。」


「わざわざ隠す必要がない。」


「……確かに。」


「つまり。」


「見られてるのは結果だけじゃない。」


「過程も全部だ。」


 結が話に加わる。


「どうやって鉱石を集めたか。」


「誰と組んだか。」


「誰を裏切ったか。」


「全部評価されるってことか。」


「たぶんね。」


 レンは頷いた。


「代表ってのは強いだけじゃ務まらない。」


「判断力。」


「行動力。」


「危機管理。」


「全部見られてる。」


 ハルは改めて試験の重さを実感する。


 ただ戦えばいいわけではない。


 ただ勝てばいいわけでもない。


 一つ一つの選択が評価になる。


「……面倒くせぇ。」


 カエデが頭をかいた。


「結局どうすりゃいいんだ?」


 レンは即答する。


「知らん。」


「は?」


「情報が足りない。」


「だから決めつけるな。」


「状況を見て動く。」


「それしかない。」


 カエデは数秒考え込み――


「まあいい!」


「考えるのはお前らに任せる!」


「私は目の前の敵をぶっ飛ばす!」


 そう言って拳を鳴らす。


 レンは呆れたように笑った。


「ある意味、一番ブレないな。」


 結も肩をすくめる。


「単純で羨ましいよ。」


「何だと!」


「褒めてる褒めてる。」


「絶対違う!」


 三人のやり取りに、ハルは思わず笑みをこぼした。


 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。


 その様子を見ていた教官が静かに口を開く。


「質問は以上だな。」


「それでは、試験開始まで三十分。」


「各自、準備を済ませておけ。」


 再び訓練場に緊張が走る。


 三十分後。


 いよいよ代表選抜が幕を開ける。


「試験開始まで三十分。」


「その間の行動は自由とする。」


 教官の言葉とともに、参加者たちは一斉に動き始めた。


 だが、その光景はハルが想像していたものとは違っていた。


 誰も仲間を誘わない。


 誰も声を掛けない。


 自然と集団ができることもない。


 全員が一人だった。


「……誰も組まないんだな。」


 ハルが思わず呟く。


 レンは周囲を見渡しながら小さく笑った。


「地下施設だからな。」


「ここにいる連中は、仲間より敵を見る癖が付いてる。」


「裏切られる方が普通だ。」


 確かに周囲を見れば、互いに距離を取りながら様子を窺っている者ばかりだった。


 目が合えば、すぐに逸らす。


 誰も信用していない。


 結が肩をすくめる。


「もし今、『一緒に組もう』なんて言ったらどうなると思う?」


「……断られる?」


「ううん。」


 結は笑みを浮かべる。


「背中を警戒される。」


「いつ裏切るか分からないってね。」


 ハルは黙り込む。


 地下施設へ来てから、人を信じることの難しさは何度も見てきた。


 だからこそ、この光景にも納得してしまう自分がいた。


「まあ。」


 レンがポケットへ手を入れる。


「最初は一人で動く。」


「情報も地形も分からない状態で組むメリットは少ない。」


「俺も単独で行く。」


 カエデは豪快に笑った。


「ちょうどいい!」


「最初からそのつもりだった!」


「一人で片っ端からぶっ飛ばしてやる!」


「はいはい。」


 結が苦笑する。


「私は様子を見ながら動こうかな。」


「人が争ってるところって面白そうだし。」


「相変わらず性格悪ぃな。」


「褒め言葉?」


「違う。」


 そんなやり取りをしながらも、四人とも自然と少しずつ距離が離れていく。


 試験が始まれば、それぞれ別々の道を進む。


 それを誰もが理解していた。


 少し離れた場所では、風間が一人、壁にもたれ掛かって目を閉じている。


 周囲には誰も近寄らない。


 それどころか、近くを通る者さえ避けて歩いていた。


 地下施設最強。


 その存在感だけで、人を遠ざけていた。


 ハルが風間へ視線を向けていると、不意に訓練場の隅から小さな声が聞こえた。


「あっ……。」


 白い少女が足を滑らせ、小さく体勢を崩す。


 ハルは反射的に駆け寄った。


「大丈夫?」


 少女は驚いたように顔を上げる。


 包帯の覗く首元。


 長袖と手袋で肌を隠した細い身体。


「は、はい……。」


「ありがとうございます。」


 ハルは手を離し、小さく笑う。


「怪我は?」


「慣れてますから。」


 少女は少し困ったように微笑んだ。


 その笑顔にはどこか儚さがあった。


「私は白鳥澪です。」


「天城ハル。」


「よろしく。」


 短いやり取りだった。


 しかし次の瞬間、澪は小さく頭を下げる。


「試験では……敵ですね。」


「ああ。」


「お互い頑張ろう。」


 澪は柔らかく微笑み、そのまま一人で歩き出す。


 ハルもその背中を見送り、自分の立ち位置へ戻った。


 レンがニヤリと笑う。


「お前らしい。」


「困ってる人を見たら放っておけない。」


「別に、そんな大したことじゃないよ。」


「その甘さが命取りになることもある。」


 レンはそう言うと、表情を引き締めた。


「まあ、それがお前の強さでもあるけどな。」


 ハルは少しだけ照れ臭そうに笑う。


 その時だった。


 教官がゆっくりと前へ出る。


「試験開始まで、あと五分。」


 その一言で訓練場の空気が変わる。


 談笑していた者も口を閉ざし、武器を握る。


 全員の視線が、これから開かれる巨大なゲートへ向けられた。


 誰もが代表の座を目指している。


 そして、その道を譲る気は誰にもなかった。


 教官が一歩前へ出る。


 訓練場にいた全員が、その姿へ視線を向けた。


「時間だ。」


 短い一言。


 それだけで空気が張り詰める。


 教官はゆっくりと右手を上げた。


「これより――」


「第一次試験、『魔装サバイバル』を開始する。」


 その瞬間。


 重々しい駆動音が訓練場に響き渡る。


 ゴゴゴゴゴゴ……


 正面にある巨大な鋼鉄製のゲートが、ゆっくりと左右へ開いていく。


 その先には、薄暗い地下通路がどこまでも続いていた。


 無数に枝分かれした通路。


 瓦礫の積もった廃区画。


 錆び付いた鉄骨。


 普段は立ち入りを禁じられている地下施設の深部。


 まるで巨大な迷宮だった。


 教官の低い声が響く。


「制限時間は三日。」


「生き残り、魔装鉱石を手にした者だけが次へ進める。」


「……健闘を祈る。」


 一瞬の静寂。


 そして――


 誰よりも早く飛び出したのはカエデだった。


「行くぞぉぉぉ!」


 勢いよく地面を蹴り、そのまま一直線に通路へ飛び込んでいく。


「あいつらしいな。」


 レンは苦笑すると、ハルへ視線を向けた。


「じゃあな。」


「最初は別行動だ。」


「ああ。」


「お互い生き残ろう。」


 レンは軽く手を挙げ、そのまま人混みに紛れるように姿を消した。


「それじゃ。」


 結も振り返る。


「生きてたら、また会おう。」


「縁があればね。」


 いたずらっぽく笑いながら、別の通路へ歩いていく。


 ハルはその背中を見送った。


 自然と、一人になる。


 周囲を見渡せば、誰もが自分だけの道を選んでいた。


 仲間はいない。


 頼れる者もいない。


 ここから先は、自分自身だけが頼りだった。


 少し離れた場所では、風間が静かに歩き始める。


 急ぐこともなく、焦ることもない。


 まるで散歩でもするかのような足取り。


 しかし、その背中には圧倒的な存在感があった。


 誰一人として近付こうとはしない。


 さらに別の方向では、先ほど弱い者へ絡んでいた青年が、不気味な笑みを浮かべていた。


「さて。」


「誰から遊ぼうかな。」


 獲物を探すような視線を周囲へ向け、そのまま暗い通路へ消えていく。


 一方、澪は胸の前で両手を握り、小さく深呼吸をした。


「……頑張ろう。」


 誰に言うでもなく呟くと、静かに歩き出す。


 全員が、それぞれの戦場へ向かっていく。


 ハルは腰の木刀へ手を添えた。


(代表になる。)


(そのために、この試験を勝ち抜く。)


 もう迷いはない。


 地下施設へ送られた日から積み重ねてきた努力。


 レンとの訓練。


 カエデや結と過ごした日々。


 風間との出会い。


 その全てを、この試験で証明する。


 ハルは大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。


「行こう。」


 静かに一歩を踏み出す。


 その足音は、誰にも聞こえない。


 しかし確かに、未来へ向かう第一歩だった。


 ハルは薄暗い迷宮の奥へと走り出す。


 代表の座を掴むために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ