第21話 地下施設最強の男
代表選抜当日の朝。
まだ太陽も昇りきっていない時間。
地下施設は静まり返っていた。
ハルは木刀を肩に担ぎ、一人で訓練場へ向かう。
今日はいよいよ代表選抜。
胸の奥には緊張があった。
それでも、体を動かさずにはいられない。
訓練場の扉を開ける。
そこでハルは足を止めた。
先客がいた。
風間嵐。
地下施設最強。
風間は一人、無言で剣を振っていた。
能力は使わない。
ただ剣だけ。
振る。
踏み込む。
斬る。
その動きには一切の無駄がない。
風を切る音だけが、静かな訓練場に響いていた。
ハルは思わず息を呑む。
(すごい……。)
一振りごとに放たれる殺気。
まるで目の前に敵がいるかのような鋭さだった。
風間は一度も休まない。
同じ動きを何度も、何度も繰り返す。
その姿を見ているだけで、積み重ねてきた時間の重みが伝わってきた。
すると後ろから足音が聞こえる。
「やっぱりいたか。」
レンだった。
続いてカエデと結も姿を現す。
レンは風間を見て苦笑する。
「今日もいるな。」
カエデは腕を組みながらため息をつく。
「毎日あの時間からやってる。」
「寝てるところ見たことないわ。」
結は静かに風間を見つめる。
「風間は努力を見せないだけ。」
「誰よりも努力してる。」
レンも苦笑しながら頷く。
「地下施設最強なんて言われてるけどさ。」
「あれだけ毎日やってりゃ納得だよ。」
カエデが鼻で笑う。
「ま、真似しろって言われても無理だけどね。」
「私は寝る方が大事。」
レンが呆れる。
「だからお前は脳筋なんだよ。」
「うるさい!」
二人がいつものように言い合いを始める。
しかし、風間は振り向きもしない。
聞こえていないかのように、剣を振り続けていた。
その姿には一切の迷いがない。
まるで剣を振ることだけが、自分の存在理由であるかのようだった。
ハルはそんな背中を静かに見つめる。
(強い理由は……。)
(才能だけじゃない。)
(あの人は。)
(誰よりも努力してる。)
その時だった。
風間が剣を振り終え、ゆっくりと木刀を納める。
そしてハルの方へ一瞬だけ視線を向ける。
何も言わない。
何の感情も見せない。
ただ、それだけで十分だった。
地下施設最強。
その重みを、ハルは改めて実感していた。
朝の訓練を終えると、教官が訓練場の中央へ歩み出た。
「全員集合。」
候補者たちが円を描くように集まる。
代表選抜まで、あと数時間。
これが最後の実戦訓練だった。
教官は全員を見渡し、短く告げる。
「自由戦闘。」
「好きな相手を選べ。」
その一言で訓練場に緊張が走る。
だが。
誰一人として動かなかった。
全員の視線が、一人の男へ集まる。
風間嵐。
地下施設最強。
誰も挑もうとしない。
挑めば負ける。
それを全員が知っていた。
数秒の沈黙。
教官は小さく笑う。
「そうか。」
「なら。」
「俺が相手をする。」
ざわめきが広がる。
「教官が?」
「本気かよ……。」
レンが苦笑する。
「久しぶりだな。」
カエデは腕を組んだ。
「風間相手なんて、教官くらいしかやれないでしょ。」
風間は何も言わず木刀を構える。
教官も木刀を抜いた。
「始め。」
次の瞬間。
二人の姿が消えた。
激しい金属音が訓練場に響く。
ガァンッ!!
一撃。
二撃。
三撃。
常人では目で追えない速度。
木刀同士がぶつかるたびに衝撃が走る。
ハルは目を見開いた。
(速い……!)
教官の剣を、風間は紙一重でかわす。
最小限の動き。
無駄が一切ない。
能力はほとんど使っていない。
純粋な剣術だけで渡り合っている。
教官が一歩踏み込む。
「甘い!」
鋭い一撃。
しかし。
風間は半歩だけ身体をずらす。
木刀は空を切った。
その瞬間だった。
風間の木刀が教官の懐へ滑り込む。
ドンッ。
鈍い音が響く。
教官は数歩後ろへ下がり、動きを止めた。
風間の木刀は、教官の喉元で止まっていた。
勝負あり。
静寂。
誰も声を出せない。
教官は数秒そのまま立ち尽くし、やがて苦笑した。
「参った。」
風間は何も言わず木刀を下ろす。
教官は肩を回しながら笑う。
「やっぱりお前が地下施設最強だ。」
風間はその言葉にも反応しない。
木刀を納めると、そのまま訓練場の隅へ歩いていく。
歓声も。
誇らしさも。
勝利の喜びもない。
まるで勝つことが当たり前であるかのように。
ハルはその背中を見つめ続ける。
(あれが……。)
(地下施設最強。)
力だけではない。
剣術。
経験。
判断力。
そして、一切の迷いがない覚悟。
そのすべてが、自分とは次元の違う領域にあった。
昼休み。
訓練を終えた候補者たちは、食堂へ集まっていた。
代表選抜を目前に控えているからか、いつもより会話は少ない。
誰もが食事をしながらも、頭の中ではこれから始まる選抜のことを考えている。
ハルは食事を受け取り、空いている席を探した。
レンたちはすでに奥の席に座っていた。
「ハル、こっち。」
レンが手を上げる。
その隣では、カエデが大盛りの料理を勢いよく口へ運んでいた。
「早く来なさいよ。なくなるわよ。」
「お前の分しかなくならないだろ。」
「何か言った?」
「何も。」
いつものやり取り。
結はその隣で小さく笑っている。
だが、ハルはすぐにはそちらへ向かわなかった。
食堂の端。
人の少ない席に、一人で座っている男がいた。
風間嵐。
周囲にはいくつも空席がある。
それでも、誰も近付こうとはしない。
風間は気にした様子もなく、黙々と食事を進めていた。
朝の鍛錬。
教官との模擬戦。
その姿が、ハルの頭から離れなかった。
なぜ、あそこまで強いのか。
なぜ、あれほど自分を追い込めるのか。
ただ強くなりたい。
それだけでは説明できないものを、風間から感じていた。
ハルは少し迷ったあと、風間の席へ向かった。
食堂にいた何人かが、その様子に気付く。
「おい……。」
「あいつ、風間のところに行くぞ。」
「やめとけばいいのに。」
小さな声が聞こえる。
それでもハルは足を止めなかった。
風間の向かいではなく、隣の席に腰を下ろす。
風間の手が止まった。
ゆっくりと顔を向ける。
「何だ。」
冷たい声。
拒絶するような響きがあった。
ハルは食事へ手を付ける前に口を開く。
「一つ聞きたい。」
「断る。」
即答だった。
「まだ何も言ってない。」
「大体分かる。」
風間は再び食事へ視線を戻す。
それ以上会話を続けるつもりはない。
そんな態度だった。
だが、ハルは引かなかった。
「どうしてそこまで強くなった。」
風間の箸が止まる。
ほんの一瞬。
わずかな変化だった。
だが、ハルは見逃さなかった。
周囲の音が遠くなる。
風間は正面を向いたまま、何も答えない。
「朝も。」
「模擬戦も見た。」
「才能だけじゃない。」
「毎日、ずっと鍛えてる。」
「何か理由があるんだろ。」
風間は黙っている。
ハルは続ける。
「強くなって。」
「何をしたいんだ。」
その問いに、風間はようやく顔を向けた。
鋭い目。
感情の見えない瞳。
だが、その奥には何かがあった。
怒り。
憎しみ。
それとも。
もっと深い何か。
風間は短く答えた。
「復讐。」
たった二文字。
それだけだった。
だが、その言葉には冗談も迷いもなかった。
ハルは言葉を失う。
「復讐……?」
風間は答えない。
残っていた食事を口へ運ぶと、静かに立ち上がる。
「待て。」
ハルが呼び止める。
「誰に復讐するんだ。」
風間は足を止めた。
しかし、振り返らない。
「お前には関係ない。」
それだけ告げると、そのまま食堂を出ていく。
誰も風間を呼び止めなかった。
扉が閉まる。
食堂には再び話し声が戻る。
だが、ハルの耳には入ってこなかった。
目の前の食事にも手を付けられない。
(復讐。)
あれほどの強さ。
あれほどの鍛錬。
そのすべてが、誰かへ復讐するためのもの。
ハルは風間が出ていった扉を見つめ続ける。
すると、後ろからレンの声がした。
「聞いたのか。」
振り返ると、レンたちが立っていた。
カエデは腕を組み、結は少しだけ表情を曇らせている。
「風間のこと。」
レンは風間が消えた扉へ目を向けた。
「深入りしない方がいい。」
ハルは静かに問い返す。
「知ってるのか。」
レンは少しだけ黙る。
「詳しくは知らない。」
「でも。」
「あいつが強くなった理由が、まともなものじゃないことくらいは分かる。」
結が小さく付け加える。
「風間は。」
「強くなりたいんじゃない。」
「殺したい相手がいるだけ。」
その言葉に、ハルは再び扉を見る。
風間嵐。
地下施設最強。
その強さの先にあるもの。
ハルは初めて、それが恐ろしく感じた。
風間が食堂を出て行ったあとも、ハルはしばらく席を動けなかった。
耳に残る言葉。
――復讐。
その二文字だけが頭の中を何度も繰り返していた。
レンが向かいの席へ腰を下ろす。
カエデと結も続いた。
レンはため息をつく。
「だから言っただろ。」
「深入りしない方がいいって。」
ハルは静かに口を開く。
「復讐って。」
「どういうことなんだ。」
レンは少しだけ考えるように黙った。
「本人は話さない。」
「俺たちも詳しくは知らない。」
「でも。」
レンの表情が少しだけ真剣になる。
「黒崎仁だけは絶対許さない。」
ハルは目を見開く。
「黒崎……。」
その名前には聞き覚えがあった。
星ヶ丘学園一年主席。
能力、剣術ともに最高峰。
自分を地下施設へ送った張本人。
結が静かに続ける。
「地下施設に来た時から。」
「ずっと変わらない。」
「あの人の目的は一つ。」
結は迷いなく言った。
「黒崎仁を殺すこと。」
食堂の空気が少しだけ重くなる。
カエデが腕を組んで鼻を鳴らす。
「最初はみんな冗談だと思ってた。」
「でも違った。」
「あいつ、本気だから。」
レンも苦笑する。
「訓練する理由も。」
「剣を振る理由も。」
「能力を磨く理由も。」
「全部一つ。」
「黒崎を殺すため。」
ハルは思わず聞き返した。
「そこまで……。」
「何があったんだ。」
レンは首を横に振る。
「分からない。」
「聞いたこともある。」
「でも教えてくれなかった。」
結が小さく呟く。
「一度だけ。」
「風間が言ったことがある。」
全員が結を見る。
「あいつを殺すまで。」
「俺は死ねない。」
その一言だけだった。
ハルは息を呑む。
復讐。
それは一時の感情ではない。
風間という男の生き方、そのものだった。
レンが箸を置く。
「代表になる理由も。」
「地上へ出る理由も。」
「全部。」
「黒崎を殺すため。」
「だから風間は強い。」
「誰よりも目的がはっきりしてる。」
カエデも珍しく真面目な表情になる。
「私だったら無理。」
「あんな生き方。」
「復讐だけで毎日剣を振るなんて。」
結は静かに頷いた。
「だから誰も。」
「風間には踏み込まない。」
「踏み込めない。」
ハルは黙って俯く。
黒崎仁。
地下施設最強が、命を懸けてでも殺そうとしている男。
そして。
自分もまた、その男と決着をつけなければならない運命にある。
ハルは静かに拳を握り締めた。
(風間。)
(お前と黒崎の間に。)
(一体、何があったんだ。)
夜。
代表選抜前夜。
眠れないハルは地下施設を歩いていた。
ふと最上階の展望ホールへ足を運ぶ。
地下施設で唯一、地上を見ることができる場所。
厚い防弾ガラスの向こうには、遠くの街明かりと満天の星空。
近いのに届かない自由。
その景色を、一人の男が黙って見つめていた。
風間嵐。
地下施設最強。
ハルはゆっくり近付く。
風間は振り返らない。
「……何の用だ。」
ハルは隣へ立つ。
同じ景色を見ながら口を開く。
「昼の続きだ。」
「黒崎と何があった。」
風間は答えない。
長い沈黙。
展望ホールには空調の音だけが響く。
やがて風間が静かに口を開く。
「天城。」
「お前は能力至上主義をどう思う。」
突然の問いだった。
ハルは少し考える。
「間違ってると思う。」
「能力だけで人の価値は決まらない。」
風間は鼻で笑う。
「それは表向きの話だ。」
「この国は。」
「最初から能力だけで回っている。」
ハルは眉をひそめる。
風間はガラスの向こうを見つめたまま続ける。
「あいつは。」
「能力至上主義の裏を知っている。」
ハルの表情が変わる。
「裏……?」
「研究所。」
風間は短く言った。
「研究所で何があったのかも。」
「全部知っている。」
その言葉を聞いた瞬間。
ハルの呼吸が止まる。
研究所。
その単語だけで、脳裏に焼き付いた光景が蘇る。
燃え上がる施設。
鳴り響く警報。
泣き叫ぶ自分。
そして。
血だらけになって倒れていた両親。
「……っ。」
思わず拳を握る。
風間はそんなハルを横目で見た。
「知っているのか。」
ハルは震える声で答える。
「俺の両親は。」
「研究所の事故で死んだ。」
風間は一瞬だけ目を見開いた。
しかし、すぐに表情を消す。
「そうか。」
それだけだった。
ハルは風間を見る。
「黒崎は。」
「何を知ってるんだ。」
風間は首を横に振る。
「それは俺も知らない。」
「だから聞く。」
「いや。」
「吐かせる。」
その言葉には迷いがなかった。
「黒崎は。」
「俺から全てを奪った。」
「だから。」
「俺はあいつを殺す。」
展望ホールに重い沈黙が流れる。
ガラスの向こうには、何も知らない人々が暮らす街の灯りが広がっている。
自由な世界。
しかし風間の瞳に映っているのは、その景色ではない。
地上のどこかにいる、一人の男。
黒崎仁だけだった。
ハルは再び夜景を見つめる。
(研究所……。)
(黒崎……。)
(二つは繋がっているのか。)
そんな疑問だけが胸に残る。
その時、施設内放送が鳴り響く。
『代表候補者は明朝六時、第一訓練場へ集合。』
『最終代表選抜を開始する。』
風間は踵を返す。
「明日だ。」
短く言い残し、展望ホールを去っていく。
一人残されたハルは、ガラス越しの星空を見上げながら静かに拳を握った。
(黒崎仁。)
(お前は、一体何を知っているんだ……。)
展望ホール。
厚い防弾ガラスの向こうには、夜の街並みが広がっている。
地下施設に閉じ込められた者たちにとって、その景色は近くて遠い自由だった。
ハルと風間は並んで立ち、しばらく無言で夜景を見つめていた。
やがて風間が静かに口を開く。
「俺は。」
「黒崎仁を殺す。」
その一言には、一切の迷いがなかった。
ハルは何も言えない。
風間は視線を夜景へ向けたまま続ける。
「犯罪者になる?」
「構わない。」
「殺人者になる?」
「構わない。」
「世界中を敵に回してもいい。」
一拍置いて、低い声で言った。
「俺は。」
「あいつだけは許さない。」
ハルは思わず問いかける。
「そこまでして。」
「何があった。」
風間はゆっくり目を閉じた。
まるで、思い出したくない過去を無理やり掘り起こすように。
そして、小さく息を吐く。
「黒崎のせいで。」
「俺は全部失った。」
「家族も。」
「未来も。」
「生きる理由も。」
「全部だ。」
ハルは息を呑む。
その声には怒鳴るような激しさはない。
だからこそ、その絶望の深さが伝わってきた。
風間は淡々と続ける。
「俺には。」
「もう何も残っていない。」
「残ったのは。」
「復讐だけだ。」
展望ホールに静寂が流れる。
ハルはしばらく考え、静かに尋ねた。
「でも。」
「復讐して。」
「何か変わるのか。」
風間は初めて笑った。
それは喜びでも、楽しさでもない。
全てを諦めた人間だけが浮かべる、寂しい笑みだった。
「変わらない。」
その答えに、ハルは目を見開く。
「だったら。」
「どうして。」
風間は迷うことなく答えた。
「だから復讐する。」
「俺は。」
「復讐だけが。」
「俺を生かしてきた。」
静かな声。
しかし、その言葉は何よりも重かった。
「朝起きる理由も。」
「剣を振る理由も。」
「強くなる理由も。」
「全部。」
「黒崎を殺すため。」
風間はガラス越しの夜景を見つめる。
その瞳に映っているのは、街の灯りではない。
復讐だけだった。
「もし。」
「黒崎が死んだら。」
短い沈黙。
風間は小さく息を吐く。
「その瞬間。」
「俺の人生は終わる。」
ハルは言葉を失う。
風間は静かに続けた。
「復讐の先に。」
「幸せなんてない。」
「そんなこと。」
「最初から分かってる。」
「それでも。」
「俺には。」
「この道しか残っていない。」
展望ホールを沈黙が包む。
遠くに見える街では、今も誰かが笑い、誰かが家族と食卓を囲んでいるのだろう。
その当たり前の日常を、風間はもう二度と取り戻せない。
だからこそ、前へ進む理由は一つしかない。
復讐。
それだけだった。
やがて施設内放送が静かに鳴り響く。
『代表候補者は明朝六時、第一訓練場へ集合してください。』
『最終代表選抜を開始します。』
風間はゆっくりと背を向ける。
「天城。」
ハルは振り返る。
風間は立ち止まったまま、静かに言った。
「お前は。」
「俺みたいになるな。」
それだけ言い残し、風間は展望ホールを後にした。
一人残されたハルは、その背中を見送る。
(復讐だけで生きる人間。)
(それほどまでに。)
(黒崎仁は、一体何をしたんだ……。)
ハルは夜空を見上げながら、静かに拳を握り締めた。
風間はハルに背を向ける。
そのまま展望ホールの出口へ向かう。
ハルはその背中を見つめていた。
風間は扉の前で足を止める。
「天城。」
ハルが振り返る。
風間は前を向いたまま、静かに言った。
「代表になれ。」
その一言に、ハルは目を見開く。
風間は続ける。
「黒崎の前まで来い。」
「その時。」
「俺を止めるなら止めろ。」
一拍置く。
「止められないなら。」
「俺が黒崎を殺す。」
その声に迷いはない。
決意でもない。
それは、すでに決まっている未来を口にしているだけだった。
ハルは何も言えなかった。
風間はもう振り返らない。
静かに扉を開け、そのまま闇に消えていく。
重い扉が閉まる音だけが、展望ホールに響いた。
一人残されたハルは、防弾ガラスの向こうへ視線を向ける。
夜空には無数の星が輝いていた。
あの空の下に黒崎仁がいる。
そして、研究所の真実も。
(風間……。)
(黒崎……。)
(研究所……。)
(全部、繋がっている。)
風間の復讐。
自分の両親が命を落とした研究所の事件。
能力至上主義の裏側。
それらはまだ一本の線にはなっていない。
だが、確かにどこかで繋がっている。
そんな予感だけが胸に残っていた。
翌朝。
地下施設に甲高いサイレンが鳴り響く。
眠っていた者たちが一斉に目を覚ます。
館内放送が流れた。
『代表選抜参加者は、第一訓練場へ集合。』
『繰り返す。代表選抜参加者は、第一訓練場へ集合。』
レンが立ち上がる。
カエデが拳を握る。
結は静かに髪を結び直す。
そして風間は、誰よりも早く部屋を出ていく。
その背中を見つめながら、ハルもゆっくりと歩き出した。
今日、この地下施設の代表が決まる。
それぞれが違う想いを胸に抱えながら。
ただ一人――風間嵐だけは、復讐という名の未来だけを見据えていた。




