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幼馴染を寝取られ、学園に殺された無能力の俺は最強になって帰ってくる  作者: ワールド


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第18話 全国能力バトル試験

朝。


 けたたましいブザーが地下施設中に鳴り響く。


 ハルはゆっくりと目を開けた。


 昨日までとは違う。


 胸の中には、はっきりとした目標があった。


 ――地下施設を出る。


 ――そして、必ず見返す。


 そんな決意を胸に起き上がろうとした瞬間だった。


「起きろ。」


 隣のベッドから、レンの声が飛んでくる。


「今日から忙しくなる。」


 ハルは眠そうに目を擦りながら体を起こした。


「何かあるのか?」


 レンは制服の上着を羽織りながら、小さく笑う。


「ああ。」


「年に一度の、一番でかいイベントだ。」


 その言葉だけを残し、部屋を出ていく。


 ハルは慌てて後を追った。


 地下施設の廊下には、すでに多くの収容者たちが歩いている。


 普段と違う。


 昨日までの重苦しい空気ではない。


 どこか落ち着かず、ざわついている。


「あいつ今年も出るのか?」


「隊長は確定だろ。」


「いや、今年は入れ替わるかもしれねぇ。」


 あちこちから、そんな会話が聞こえてくる。


 ハルは不思議そうに周囲を見回した。


「みんな、何の話をしてるんだ?」


 レンは前を向いたまま答える。


「お前、本当に何も知らないんだな。」


「昨日来たばっかりだからな。」


 ハルが苦笑すると、レンは肩をすくめた。


「まぁ、無理もねぇか。」


 食堂の扉が開く。


 中には数百人の収容者が集まっていた。


 しかし今日は、誰も食事に集中していない。


 皆、何かを待っているようだった。


 その異様な空気に、ハルは思わず息を呑む。


「……何が始まるんだ?」


 レンは空いている席へ腰を下ろし、静かに言った。


「今日から――」


「地下施設代表を決める戦いが始まる。」


 ハルは目を見開く。


「代表……?」


 レンはニヤリと笑った。



「全国能力バトル試験。」


「その選抜メンバーを決める日だ。」



 ハルは思わず聞き返した。


「代表って……何の代表なんだ?」


 レンはトレーを持ち、空いている席へ腰を下ろす。


 周囲を見渡すと、いつもなら無言で食事を済ませる収容者たちが、今日は珍しく大会の話題で盛り上がっていた。


「毎年、この時期になると開催される。」


 レンは静かに口を開く。


「全国能力バトル試験。」


 その名前を聞いても、ハルには心当たりがない。


「全国能力バトル試験……?」


「ああ。」


 レンは頷く。


「日本中の能力者が集まる、国内最大の大会だ。」


「代表として出場するのは――」


 指を折りながら数えていく。


「星ヶ丘学園。」


「各地の能力学園。」


「軍特殊能力部隊。」


「民間能力機関。」


「そして……」


 レンは少しだけ笑った。


「地下施設。」


 ハルは思わず目を見開く。


「地下施設も出るのか?」


「ああ。」


「毎年代表を送り出してる。」


「代表は五人。」


「地下施設最強の能力者たちだ。」


 ハルは驚きを隠せなかった。


「地下施設の人間が、全国大会に……?」


 レンはスプーンを口へ運びながら、小さく肩をすくめる。


「皮肉な話だけどな。」


「ここに送られてくる奴らは、問題児ばかりじゃない。」


「危険すぎる能力者。」


「強すぎて制御できなかった奴。」


「学園や国に都合が悪くなった奴。」


「そういう連中も大勢いる。」


 レンは食堂を見渡した。


「あそこにいる大男。」


「あいつだけで普通の能力学園ならエースを張れる。」


「奥で寝てるあの男も、昔は軍の特殊部隊だった。」


 ハルは改めて周囲を見る。


 昨日はただ恐ろしい場所だと思っていた。


 しかし今は違う。


 ここにいる者たちは敗北者ではない。


 それぞれ事情を抱え、この地下施設へ送られてきた能力者たちなのだ。


 レンは静かに続ける。


「だから強い。」


「地下施設代表は、毎年全国でも上位に食い込む。」


「学園側も一番警戒してる相手だ。」


 ハルは無意識に拳を握り締めた。


 全国能力バトル試験――。


 そこには、星ヶ丘学園も出場する。


 黒崎仁。


 朝比奈美咲。


 かつて共に学んだ者たちも、その舞台に立つはずだ。


 レンはそんなハルの表情を見て、小さく笑う。


「考えてることは分かる。」


「全国大会に出れば、学園の連中とも戦える。」


 ハルはゆっくりと頷いた。


「ああ……。」


「絶対に出たい。」


 その瞳には、昨日までの絶望ではなく、新たな目標へ向かう強い光が宿っていた。



「絶対に出たい」


 ハルがそう口にすると、レンはすぐには答えなかった。


 スプーンをトレーの上へ置き、わずかに目を細める。


「まあ、そう言うと思ったよ」


「だったら、先に現実を教えとく」


 レンの声から、先ほどまでの軽さが消えた。


「全国能力バトル試験は、出たいって手を挙げれば出られるような大会じゃない」


「地下施設から選ばれる代表は、たったの五人だ」


「五人……」


 ハルは食堂を見渡した。


 広い食堂には、数百人もの収容者がいる。


 廊下や作業区域にいる者まで含めれば、その数はさらに多いだろう。


 その中から、わずか五人。


「それだけじゃない」


 レンは人差し指を立てた。


「評価されるのは、単純な戦闘能力だけじゃねぇ」


 二本目の指を立てる。


「任務でどれだけ結果を残したか」


 三本目。


「危機的な状況で、正しい判断ができるか」


 四本目。


「他の奴と協力して戦えるか」


 最後に親指を立てた。


「そして、教官から推薦を受けられるか」


 五本の指を開いたまま、レンはハルへ向ける。


「実力、任務評価、判断力、協調性、教官推薦」


「この全てが必要になる」


 ハルは思わず黙り込んだ。


 戦いに勝てばいい。


 最初は、そう考えていた。


 だが、代表に求められるものは、強さだけではない。


 全国の能力者と戦う以上、個人の力だけでは勝ち抜けないということなのだろう。


「一番強い五人を選ぶんじゃないのか?」


「正確には、一番勝てる五人を選ぶ」


 レンは即座に答えた。


「一人で強くても、命令を無視する奴はいらない。味方を巻き込む奴もいらない。追い詰められた瞬間に冷静さを失う奴もな」


「全国大会は個人戦だけじゃない」


「集団戦、拠点制圧、救出戦、特殊条件付きの戦闘もある」


「どんな試験が出されても対応できるチームを作らなきゃならない」


 ハルは自分の手を見つめた。


 能力はない。


 地下施設へ来たばかりで、任務の実績もない。


 判断力や協調性を評価されたこともなければ、教官からの信頼も当然ない。


 現時点では、代表になるために必要なものを何一つ持っていなかった。


「俺には……かなり厳しいな」


「かなりどころか、ほぼ不可能だな」


 レンは遠慮なく言い切った。


 ハルが顔を上げると、レンは悪びれる様子もなく食事を再開していた。


「来たばかりの新人。任務実績なし。教官からの信用なし。しかも無能力者」


「書類だけ見たら、真っ先に候補から外される」


「そこまで言うか?」


「現実だからな」


 レンは平然と答える。


 しかし、すぐに口元をわずかに緩めた。


「まあ、不可能だから諦めるような奴なら、昨日あんなことは言わねぇか」


 ハルも小さく笑った。


「ああ」


「諦めるつもりはない」


 その返事を聞き、レンは満足そうに頷いた。


「代表に選ばれる五人は、地下施設でも別格だ」


「任務の成功率も、生存率も、他の収容者とは比べものにならない」


「ここの連中からすれば、地下施設代表は憧れであり、唯一の希望でもある」


「希望?」


「代表として結果を残せば、地上へ出られる可能性が生まれる」


 ハルの表情が変わった。


 レンは声を落として続ける。


「優勝すれば、能力育成資格の再審査を受けられる」


「必ず自由になれるわけじゃない。罪や危険度によっては認められないこともある」


「それでも、ここから出るための数少ない道だ」


 だからこそ、今朝から施設中が騒がしかったのだ。


 代表になれば、地上へ戻れるかもしれない。


 失った名前を取り戻せるかもしれない。


 人生をやり直せるかもしれない。


 地下施設の収容者たちは、そのわずかな可能性に懸けている。


「レンも代表を目指してるのか?」


 ハルが尋ねると、レンの手が一瞬止まった。


「当然」


 短い答えだった。


 だが、その声には強い意志が込められていた。


「俺は三年間、そのために生き残ってきた」


「今年こそ代表になる」


 普段は軽口ばかりのレンが、冗談を交えずに言い切った。


 ハルは初めて、レンが抱えている覚悟の一端を見た気がした。


「ただし」


 レンは再びいつもの調子へ戻り、肩をすくめる。


「代表の座を狙ってるのは、俺たちだけじゃない」


「候補の中には、化け物みたいな連中がいる」


「地下施設最強の五人」


「その頂点に立ってるのが――」


 レンは食堂の奥へ視線を向けた。


 その瞬間。


 騒がしかった周囲の声が、わずかに小さくなった。


 誰かが来たわけではない。


 それでも、一つの名前が口にされるだけで、収容者たちの空気が変わる。


「風間隊長たちだ」


 ハルは聞き慣れない名前に眉を寄せた。


「風間……?」


「ああ」


 レンは静かに頷いた。


「風間嵐」


「地下施設選抜部隊の隊長」


「そして――」


 一呼吸置く。


「この地下施設で、誰も一度も勝ったことがない男だ」


 その時だった。


 ――ブゥゥゥゥゥン!!


 地下施設全体に警報音が鳴り響いた。


 突然の轟音に、食堂中の視線が一斉に天井へ向く。


 ざわついていた会話は一瞬で止み、数百人の収容者たちが息を潜めた。


 ハルも思わず顔を上げる。


「何だ?」


 レンは慌てる様子もなく、静かに答えた。


「始まる。」


 次の瞬間、館内放送が流れ始めた。


『――全収容者へ通達。』


 低く無機質な教官の声が、地下施設中へ響き渡る。


『今年度全国能力バトル試験代表選抜を、本日より開始する。』


 その一言だけで、食堂の空気が一変した。


 誰一人として声を上げない。


 全員が放送へ耳を傾けている。


『選抜候補生は、本日より全ての行動を評価対象とする。』


『任務。』


『訓練。』


『戦闘。』


『生活態度。』


『判断力。』


『協調性。』


『その全てを総合的に評価する。』


 教官の声は感情を一切感じさせない。


 しかし、その一言一言には重みがあった。


『評価基準を満たした者の中から、地下施設代表五名を選出する。』


『なお、選抜期間中は教官の指示を最優先とし、違反行為には厳正な処分を下す。』


『以上。』


 放送が途切れる。


 再び静寂が訪れた。


 だが、その静寂はほんの数秒しか続かなかった。


「今年こそ代表に入る!」


「絶対に負けねぇ!」


「風間隊は今年も全員選ばれるだろ。」


「あの隊長を超えられる奴なんているのか?」


「あいつだけは別格だ……。」


 食堂中が一気に熱を帯びる。


 先ほどまでの重苦しい空気は消え、誰もがライバルを意識し始めていた。


 ハルは周囲を見渡し、驚きを隠せなかった。


 昨日見た地下施設とはまるで別の場所だった。


 絶望しかないと思っていたこの場所で、全員が何かを目指している。


「……すごいな。」


 思わず漏れた言葉に、レンは小さく笑う。


「だから言っただろ。」


「今日から忙しくなるって。」


 そしてレンは、食堂の入口へゆっくりと視線を向けた。


「……そろそろ来る。」


 ハルもつられて振り返る。


 入口の向こうから、ゆっくりと一人の男の足音が近づいてきた――。


 食堂の入口から、規則正しい足音が響いてきた。


 それまで騒いでいた収容者たちが、次々と口を閉じる。


 誰かが命令したわけではない。


 それでも人の波は自然に左右へ分かれ、食堂の中央に一本の道ができあがった。


「何だ……?」


 異様な光景に、ハルは入口へ目を向ける。


 そこに、一人の青年が立っていた。


 年齢はハルより少し上だろう。


 背は高く、無駄なく鍛え上げられた体をしている。


 地下施設の制服を着ている点は他の収容者と変わらない。


 しかし、腰には一本の日本刀が差されていた。


 青年は周囲を見ようともしない。


 真っ直ぐ前だけを見て、静かに食堂へ入ってくる。


 誰も声をかけない。


 誰も近づかない。


 先ほどまで代表の座を巡って熱くなっていた者たちさえ、青年が通り過ぎる時だけは息を潜めていた。


 恐れ。


 尊敬。


 警戒。


 様々な感情が入り混じった視線が、青年一人へ集中している。


 だが、本人はそれらを気に留める様子もなかった。


「レン……」


 ハルは小声で隣へ呼びかける。


「あれが……」


 レンもまた、いつもの軽い笑みを消していた。


 青年から目を離さず、静かに告げる。


「地下施設最強」


「あれが風間嵐だ」


 風間嵐。


 その名を聞き、ハルは無意識に背筋を伸ばした。


 見ただけでは、能力の強さなど分からない。


 派手な威圧を放っているわけでもない。


 それなのに、隙が一つも見つからなかった。


 歩き方。


 呼吸。


 視線。


 全てが静かで、乱れがない。


 例えるなら、鞘に収められた刀だ。


 まだ抜かれてすらいない。


 それでも近づけば斬られる。


 そんな危険を、本能が訴えてくる。


 風間が食堂の中央まで進んだ、その時だった。


「隊長!」


 緊張した空気を吹き飛ばすような、大きな声が響く。


 風間の後ろから、一人の少女が勢いよく姿を現した。


 黒い髪を後ろで束ね、制服の袖を肘までまくっている。


 少女は周囲の視線など気にすることなく、拳を打ち合わせた。


「今年も代表選抜が始まったな!」


 嬉しそうに笑いながら、風間の背中へ向かって宣言する。


「見てろよ、隊長!」


「今年こそあたしがぶっ倒して、一番になってやるからな!」


 食堂中が静まり返る。


 地下施設最強を相手に、堂々と勝利宣言をした。


 ハルは思わず少女と風間を交互に見る。


 しかし、風間は振り返らなかった。


 歩く速度すら変えない。


 完全に聞き流されている。


「無視すんな!」


 少女が頬を引きつらせる。


 その直後、今度は楽しそうな笑い声が響いた。


「ふふっ」


 少女のさらに後ろから、もう一人の少女が現れる。


 肩まで伸びた髪を揺らしながら、口元を押さえて笑っていた。


 明るく人懐っこそうな顔立ちだ。


 だが、その笑顔の奥には、どこか人をからかうような色がある。


「今年も無理じゃない?」


「何だと!?」


「だって去年も同じこと言ってたでしょ?」


 少女は指先を顎へ当て、わざと考え込むような仕草をした。


「その前の年も言ってたかな?」


「言ってねぇ!」


「言ってたよ」


「言ってねぇって!」


「じゃあ、今年で三回目じゃなくて二回目?」


「回数の問題じゃねぇ!」


 からかう少女は、とうとう堪えきれなくなったように吹き出した。


「ぷっ」


「笑うな!」


「だって、毎年同じ負け方してるのに、毎年自信満々なんだもん」


「今年は違う!」


「去年も聞いた」


「ああもう、うるせぇ!」


 拳を振り上げる少女に、周囲から笑い声が漏れる。


 先ほどまでの張り詰めた空気が、少しだけ和らいだ。


 二人のやり取りは、どうやら地下施設では見慣れたものらしい。


「なあ、レン」


 ハルは小声で尋ねる。


「あの二人も代表候補なのか?」


「ああ」


 レンは呆れたように肩をすくめた。


「最初に騒いだ方が黒鋼カエデ」


「能力は筋力強化。武器は使わない」


「素手で鉄扉をひしゃげさせるような女だ」


 ハルはカエデの拳を見る。


 特別大きな拳には見えない。


 それでも、冗談ではないことは周囲の反応から伝わってきた。


「それで、からかってる方が霧島結」


 レンが続ける。


「糸とワイヤーを使う。索敵、拘束、罠、暗殺」


「あの笑顔に騙されるなよ」


「地下施設で一番うるさくて、一番性格が悪い」


「誰が一番性格悪いって?」


 突然、すぐ近くから声が聞こえた。


 レンの肩がわずかに跳ねる。


 いつの間にか、結が二人の横に立っていた。


 先ほどまで入口付近にいたはずだ。


 近づく足音も、気配も感じなかった。


「聞こえてたのかよ」


 レンが嫌そうな顔をする。


「糸使いに陰口は通用しないよ?」


 結は笑顔のまま、自分の指を軽く動かした。


 よく見ると、細い糸がレンの袖へ絡みついている。


 いつの間に結ばれたのか、ハルには全く分からなかった。


「悪かったって」


「心がこもってないなぁ」


 結は笑顔を崩さないまま、糸を軽く引っ張る。


 レンの腕が強制的に持ち上がった。


「ちょっ、やめろ!」


「ごめんなさいは?」


「悪かった!」


「誰に?」


「霧島結さんに!」


「よろしい」


 結が指を離すと、糸は一瞬で消えた。


 それを見たカエデが呆れた声を上げる。


「朝から何してんだ、お前ら」


「レンが私の悪口言ってたから」


「いつものことだろ」


「カエデちゃんは毎日私の悪口言ってるもんね」


「お前が毎日うるせぇからだ!」


 また二人の言い合いが始まり、食堂に笑いが広がる。


 ハルも思わず小さく笑った。


 地下施設へ来てから、こんな空気を感じたのは初めてだった。


 恐ろしく、重苦しいだけの場所だと思っていた。


 だが、ここにも仲間がいて、冗談があり、笑いがある。


 その時。


 食堂の奥へ向かっていた風間が足を止めた。


 ほんの一瞬だった。


 風間がわずかに顔を動かし、こちらへ視線を向ける。


 ハルと目が合った。


 冷たいとも、鋭いとも違う。


 ただ静かな目だった。


 そこに敵意はない。


 興味もない。


 風間にとってハルは、食堂にいる大勢の収容者の一人でしかない。


 視線が交わったのは、わずか一秒にも満たなかった。


 風間は何も言わず、すぐに前へ向き直る。


 そのまま食堂の奥へ歩いていった。


 ハルは、その背中から目を離せなかった。


 レンが言っていた。


 地下施設で、誰も一度も勝ったことがない男。


 圧倒的な力を持ちながら、誇示することもない。


 ただ静かにそこにいるだけで、全員を黙らせる。


 ハルは拳を握った。


(あれが……)


(地下施設最強)


 いつか、あの男と戦うことになる。


 理由も根拠もなかった。


 それでもハルは、なぜかそう確信していた。



 風間たちの姿が食堂の奥へ消えていく。


 周囲では、まだ代表選抜の話題で盛り上がっていた。


「あいつが今年も代表だろ。」


「いや、今年は俺が食い込む。」


「無理だろ。」


 そんな声が飛び交う中、ハルだけは静かに風間が去っていった方向を見つめていた。


 地下施設最強。


 誰も勝ったことがない男。


 そして、その男でさえ目指している全国能力バトル試験。


 ハルの胸は、不思議なほど高鳴っていた。


「どうする?」


 隣でレンが口を開く。


「代表なんて、諦めるか?」


 その問いに、ハルは迷わなかった。


「決まってる。」


 真っ直ぐ前を見据えながら答える。


「俺は代表になる。」


 レンは一瞬だけ目を丸くし、すぐに苦笑した。


「簡単じゃねぇぞ。」


「ここには何年も代表を目指してる奴が山ほどいる。」


「任務も、実績も、お前には何もない。」


「昨日来たばかりのお前が代表になるなんて、普通なら笑われる。」


 ハルは静かに頷く。


 そんなことは分かっている。


 無能力者。


 地下施設に来たばかり。


 実績も経験もない。


 今の自分は、代表候補どころか、誰の記憶にも残らない一人の新人だ。


 それでも――。


「それでも。」


 ハルは拳を握る。


「全国能力バトル試験に出る。」


 その一言には、一切の迷いがなかった。


 レンは何も言わず、その横顔を見つめる。


 ハルの脳裏に、一人、また一人と懐かしい顔が浮かぶ。


 黒崎仁。


 朝比奈美咲。


 そして、あの日、自分を嘲笑い、見捨てたクラスメイトたち。


『無能力者なんか必要ない。』


『お前はここで終わりだ。』


 あの日浴びせられた言葉は、今も胸に焼き付いている。


 悔しさも、怒りも、絶望も。


 何一つ忘れてはいない。


 だからこそ、前へ進む。


 ハルはゆっくりと息を吸い込んだ。


「俺は。」


 その瞳には、もう絶望は映っていない。


 あるのは、ただ一つ。


 必ず頂点へたどり着くという強い意志。


「必ず見返す。」


 短い言葉だった。


 だが、その声は誰よりも力強かった。


 レンは小さく笑う。


「その意気だ。」


「だったらまずは、生き残れ。」


「代表選抜は今日から始まってる。」


「明日じゃない。」


「今、この瞬間からだ。」


 ハルは力強く頷いた。


「ああ。」


 その日。


 地下施設で、新たな戦いの幕が上がった。


 誰もが自由を掴むために。


 誰もが過去を乗り越えるために。


 そして、一人の無能力者が――


 地下施設最強への第一歩を踏み出した。


 その時だった。


 再び館内放送が鳴り響く。


『――なお。』


 食堂中が再び静まり返る。


 教官の低い声が、地下施設全体へ響く。


『第一選抜試験は――』


『三日後。』


『開始する。』


 その一言だけを残し、放送は途切れた。


 一瞬の静寂。


 そして食堂中が再びざわめき始める。


「三日しかねぇのか。」


「準備しねぇと。」


「今年は絶対に勝つ。」


 誰もが代表の座を見据え、それぞれの覚悟を胸に動き出していた。


 ハルは何も言わなかった。


 ただ静かに前を見つめる。


 隣でレンが口を開く。


「もう始まる。」


 短い言葉だった。


 だが、その意味は重い。


 三日後に始まる試験のためではない。


 代表を決める戦いは――


 もう、この瞬間から始まっている。


 ハルはゆっくりと拳を握った。


 負けたくない。


 もう二度と。


 誰にも。


「必ず代表になる。」


 その決意は、誰に聞かせるでもなく、自分自身へ向けた誓いだった。


 地下施設代表への戦いが――


 今、始まる。

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