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第九話 次代聖女選定試験

 神学校の大講堂に生徒たちが集められた。


 壇上には王太子アルベルトが上がり、その隣に大司教グレゴールが立っていた。


 アルベルトはまだ若い王太子で、整った顔立ちに、王族らしい微笑みを浮かべていた。


 一方、グレゴールは老齢の聖職者で、厳格さを重んじるような威圧感をまとっていた。


 百年前、俺を断罪台に立たせた人々の末裔と後継者……。そう思うと、俺は胸にかすかに痛みを感じた。



 生徒たちを一通り見渡してから、アルベルトが口を開いた。


「昨日、王都城門付近にて、魔獣侵入事案が発生した」


 生徒たちがどよめく。


 衝撃的な一言だった。王家の人間が、魔獣侵入の事実を隠しもせず、聖女・神官候補とはいえ、一般の人間に告げたのだ。

 それは守護結界に綻びが出始めていることを意味する。


「しかし、魔獣は我が王国が誇る王国騎士団(ロイヤル・ナイツ)が迅速に仕留めた。そして、魔獣の被害者となった子どもがこちらで治癒を受け、一命を取り留めたと聞いている」


 アルベルトが生徒の中の一点を見やる。


「リュシア・フェルミナ!」


「はい!」


 呼ばれたリュシアがよく通る澄んだ声で返事をし、一礼をした。


 アルベルトがリュシアに向かって微笑む。


「魔獣に引き裂かれた傷を迅速に塞ぎ、治癒を成功させたそうだな。見事な判断だった」


「もったいないお言葉です、殿下」


 リュシアは再び優雅に一礼をした。


 美しい横顔だ。


 その所作も、いかにも上級貴族らしい優美なものだった。


 だが、実際はリュシアは治癒を成功させるどころか、症状を悪化させる間違った判断をした。

 事実は完全に捻じ曲がっていた。


 子どもを本当に救った者は別にいる。


「そして……エリシア・ブランシェ!」


「は、はい」


 エリシアがたどたどしく一礼する。


 アルベルトが値踏みするような視線をエリシアに向ける。


「辺境出身の平民でありながら、破格の聖属性魔力(マナ)を持つ聖女候補だと聞いている」


 生徒たちがざわつく。


「昨日は追加処置で、子どもの容態を安定させたそうだな。そのことは評価しよう」


「あ、あの……はい。ありがとうございます」


「だが、過剰な力は、時に人を害する災厄となることを肝に銘じておくように。危険な力は適切に管理されねばならない」


 ああ、やはり……。百年前と何も変わらないのだな。


 王家と聖教会の思いどおりにならない力はすべて「災厄」になるのだ。


「百年前の守護結界崩壊事件の教訓を、我々は決して忘れてはならない」


 エリシアが顔を青ざめさせて震えていた。


 俺とセラフィナを殺して作られた、都合のいい教訓か。


 セラフィナの魔力は決して過剰ではなかった。むしろ、王国を覆う守護結界を維持するには著しく不足していた。

 そのセラフィナとエリシアを等しく論じるのは的外れもいいところだ。


 アルベルトに続いて、グレゴールが前に出る。


「レイン・グレイヴ」


「はい」


 今度は俺の番だ。


「君が昨日使用した補助魔法についても聞いている」


「はい、古い補助魔法を使いました」


 グレゴールが蔑むような視線を俺に向ける。


「古い、か。邪術のことは神学校で学んでいるかと思うが……」


「はい、邪術などではありません。ただの補助魔法です」


「報告が正しければ、『治癒』の術式が、『浄化』に接続されたと聞いている。これは詠唱改変ではないのか」


 他の生徒たちの視線が俺に集中する。


 エリシアも心配そうに俺を見ている。


「補佐神官の役目は聖女の詠唱や術式を改変することなどではない。今後、聖教会の許可なく使用することは許さん」


 グレゴールの厳しい口調に、講堂が静まり返る。


 許可があれば……つまり、聖教会に都合がよいときは使用を許可されることがあるのだ。



 そして再びアルベルトが口を開く。


「昨日の異常事態を受け、守護結界の綻びが見られた今、我々は聖女を必要としている」


 アルベルトが生徒たちを見渡す。


「王国が必要としているのは、一度限りの奇跡ではない。日々、守護結界を安定して支えることのできる聖女だ」


 たまたま一度うまくいったような過剰な奇跡は認めず、王家の扱える範囲で、同じように奇跡を再現できなければ認めない、ということだ。


「そこで、王家と聖教会の立ち会いのもと、急遽、次代聖女の選定試験を執り行うことを決めた」


 再び講堂をどよめきが包む。


 リュシアが薄く笑みを浮かべ、エリシアが青ざめる。


 まだ魔法を十分に扱いきれていない聖女候補の神学校生から聖女を決めてしまうとは、拙速ではないのか……。


 そして聖女が決まるとなれば、選ばれなかった聖女候補は神官になるか、あるいは……。


「試験は三日後に執り行う。内容は、『聖属性魔力検査』『治癒』『結界構築』の三項目とする」


 アルベルトは続けた。


「また、各聖女候補は補佐神官候補を一名伴うことを認める。聖女の力は、王国において単独で運用されるものではない。補佐神官との適合性もまた、次代聖女に求められる資質である」


 なるほど。

 エリシアだけではなく、俺との組み合わせまで見極めるつもりか。


 グレゴールが静かに口を開いた。


「ただし、補佐神官に許されるのは、詠唱補正および魔力安定化に類する基礎補助のみです。術式そのものを改変する行為は認めません」


 グレゴールの視線が俺に向く。


「レイン・グレイヴ。君に言っています」


「承知しました」


 俺は頭を下げた。


 つまり、詠唱改変(リード・リライト)は使うな、ということか。


 だが、詠唱補正(リード・アシスト)魔力調律(マナ・チューニング)だけでもエリシアの力を見せるには十分だ。


「すべての聖女候補は、三日後までに準備を整えるように」


 エリシアの力は疑いようがない。


 だが、それだけで彼女が選ばれるとは限らない。

 百年前、王国は事実ではなく、都合のいい物語を選んだ。


 公開の場。

 王家と聖教会。

 観衆の視線。

 聖女を見極めるという名目で用意される舞台。


 百年前の嫌な記憶が拭いきれなかった。

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