第十話 聖女候補リュシア・フェルミナは完璧だった
三日後、王城前大聖堂に聖女候補と補佐を務める神官候補が集まった。
聖職に就く者なら、誰もが一度は憧れる場所だが、百年前に俺が断罪された王城前広場からほど近く、俺は落ち着かなかった。
隣のエリシアも緊張と不安で顔が青ざめていた。
「十分に練習しただろう? 大丈夫だ」
俺はエリシアに声をかける。
実際のところ、試験までの三日間、エリシアは休まず魔法の練習に取り組んでいた。三日程度で、どうにかなるようなレベルではなかったのだが、それでも彼女は必死だった。
エリシアがここまで試験に必死になるとは思っていなかったので、それは意外だった。
「しかし、なぜそこまで必死なんだ?」
俺はエリシアに尋ねた。
「レイン様が邪術師だなんて認めさせたくないんです。私がちゃんと魔法を使えればレイン様が疑われることもないはずです」
エリシアが微笑む。
「それに、『聖女』になれば、困っている人をたくさん助けられると思います」
彼女はそう続けた。
やはりエリシアは自分の名誉や地位など気にしていない。すべて他者のためのことなのだ。
「俺にとっては、もう君は十分に聖女だよ」
そう言う俺に、エリシアはきょとんとし、次に顔を赤らめた。
試験会場となる大聖堂の中庭に、試験用の魔道具や聖遺物が配置されていた。
聖属性魔力を測るための聖晶。
治癒試験に用いる魔導人形。
そして、結界構築試験のための小型結界核。
聖女候補の力を測るための道具。
そう言えば聞こえはいい。
だが俺には、それらが候補者の力を測る器というより、候補者が王国の求める聖女の型にはまるかどうかを見るための道具に思えた。
そもそも、本当の聖女がそんなもので測れるはずがない。
王国は長年の聖女不在で、聖女がどんなものかもわからなくなっているようだ。
そして周囲には王太子アルベルトと大司教グレゴールを始め、宮廷魔術師や神官たちも集まっていた。
「これより、次代聖女選定試験を開始する」
試験官を務める神官が高らかに告げた。
「第一項目、聖属性魔力検査。第二項目、治癒。第三項目、結界構築。なお、補佐神官候補による基礎補助は認める。ただし、術式改変に類する行為は禁止とする」
その言葉に、何人かの視線が俺へ向いた。
分かっている。
詠唱改変は使わない。
だが、詠唱補正と魔力調律まで封じられたわけではない。エリシアならそれだけでも他の候補者に遅れをとることはないだろう。
試験は、名簿順に進められた。
数人の聖女候補が、聖晶に魔力を流し、魔導人形の傷を治し、小型結界核に触れていく。
失敗する者もいれば、無難にこなす者もいた。
だが、いずれも評価官たちの表情を大きく動かすほどではない。
「出力やや不足」
「治癒効果は標準」
「結界展開、やや不安定」
淡々と、並か、並以下の評価だけが積み重なっていく。
ある候補生は、結界核に魔力を流しすぎて、結界の膜を破ってしまった。
「出力過多。結界維持には不向き」
評価官が事務的に告げると、その候補生は青ざめて下がった。
そして、ついにリュシア・フェルミナの名が呼ばれた。
「次、リュシア・フェルミナ候補」
「はい」
リュシアが一歩前に出た。
落ち着いた、自信に満ちた歩みだった。
「補佐神官候補、カイル・ローデン」
リュシアはカイルを選んだようだ。カイルは普段は軽薄なところもあるが、神官候補の中ではそれなりに成績優秀だ。妥当な人選だろう。
「は、はい!」
カイルが慌てて返事をする。
いつもの軽口はない。
さすがに王太子殿下と大司教猊下の前では、あいつも緊張しているらしい。
リュシアはカイルに一瞥を向けた。
「私の詠唱の妨げにだけはならないようお願いします」
「はい、リュシア様」
カイルが顔をこわばらせたまま答えた。
まずは聖属性魔力検査だ。
リュシアが聖晶に手を触れ、魔力を流す。
聖晶が、淡い金色を帯びた強い白光を放つ。
「おお」と観衆から歓声が上がる。
「聖属性魔力、申し分のない質と量」
試験官もその見事な魔力に感嘆した。
続けて治癒試験。
裂傷を模した傷がつけられた魔導人形の前でリュシア詠唱を始める。
カイルが補佐のために詠唱を復唱する。復唱によって魔法効果をより安定させるのだ。
「治癒」
魔導人形の裂傷に手を掲げ、治癒魔法が発動されると、すうっと裂傷が塞がっていく。
「完治を確認。治癒能力も申し分ない」
治癒はとても安定した効果を発揮していた。カイルの補助も悪くない。
そして最後は結界構築試験だ。
リュシアは結界核に手をかけ、詠唱をする。
カイルもリュシアの手に自らの手を添え、別の詠唱を行う。
「魔力譲渡」
先に魔法を発動したのはカイルのほうだ。その手のひらから淡い光が発せられ、リュシアの手に吸い込まれる。
「魔力譲渡」は、神官が聖女に魔力を渡し、出力を底上げするために使われる標準補助だ。魔力の流れを読む補助ではなく、足りないところに魔力を足しているだけではあるが。
悪くない。
カイルの補佐は素直で、リュシアの術式を邪魔していない。
「守護結界」
魔法が発動されると、結界核からゆっくりと力強い魔力の膜が広がっていく。
膜が破裂することなく広がっていくと、結界はやがて試験区画全体を覆い、安定した。
「完璧です。この小型結界核であればほぼ限界の大きさで、安定感も申し分ない」
異なる詠唱を重ねるのは当然難度が上がるのだが、リュシアもカイルも見事にやり遂げた。
神学生としては十分以上の結果だろう。
「さすがリュシア様」
「あの補助神官も大したものね」
「聖女は決まりね」
他の聖女候補たちも、感嘆しながら敗北を認める声を上げた。
リュシア・フェルミナは優秀だ。
それは疑いようがない。
聖属性魔力、治癒、結界構築。すべての試験において、彼女はほぼ完璧だった。
だが、俺はエリシアが浄化した子どもの呪傷を思い出していた。
傷を塞ぎ、魔力を安定させ、結界を規定どおりに張る。それだけでは届かないものがある。
この王国式の試験は、そこを見ない。
「次、エリシア・ブランシェ候補」
その名が呼ばれた瞬間、称賛のざわめきが、好奇と不安の囁きに変わる。
「第二のセラフィナ……」
「本当にやるの?」
「大事故にならなければいいけど……」
エリシアの手が震えていた。
俺は彼女の隣に立った。
「俺の声だけ聞くんだ」
「……はい」
エリシアは小さく頷いた。
そして、王国が危険な聖女候補と見なす少女は、試験場の中心に一歩踏み出した。




