第四話 君は落ちこぼれではない
昼食の時間になり、俺はカイルと食堂に行った。
食堂には目立つくらい大きな人だかりができていた。聖女候補も神官候補も入り乱れているようだった。
「何だ、あれは?」
俺は思わず呟く。
「何だろうな……。あ! すまん、レイン。俺も参戦してくる。悪く思うなよ!」
そう言ってカイルが駆け出した。
人だかりの隙間から、その中心にいた人物の姿が見える。
——リュシア・フェルミナ。
皆が最有力と考えている聖女候補だ。女子生徒は今のうちにお近づきになっておこうと、男子生徒は補佐神官に指名されようとして集まっているのだろう。
くだらない、と思って視線を逸らすと、食堂の片隅に一人で座るエリシア・ブランシェの姿が目に留まった。
「ここ、空いてる?」
俺が近づいて尋ねると、エリシアは驚いて目を丸くした。
「えっ……? あ、はい……」
俺はエリシアの向かいに座った。
「俺は神官課程のレイン。よろしく」
「あ、はい、私はエリシアです。よろしく……お願いします。……あ、でも……」
「何?」
「私なんかと一緒にいないほうが……」
「何で?」
エリシアは気まずそうに下を向く。
「私……魔法がすごく下手で……辺境出身で身分も低いですし……」
「それで?」
「えっ……?」
「なぜ俺が君と一緒にいないほうがいいの? 理由がわからないんだけど」
「ですから……私はこの神学校では価値のない人間なんです。あなたも変な目で見られてしまいますよ」
「価値のない人間なんてこの世にいると思うのか?」
「それは……。でも少なくとも私はそう思われています」
「もしそう思うやつがいるならそいつが間違っている」
「でも……」
「さっきの実習で君の魔法を見た」
「……ひどかったでしょう?」
エリシアがまたうつむく。
「君は魔法制御が絶望的に下手だね」
「……何度やってもうまくいかないんです。才能がないんだと思います」
「でも患者は完璧に治していた」
「えっ……?」
「君はじゅうぶん人の役に立てる。価値がないわけがないだろう」
エリシアが戸惑った顔をした。
「……そんなこと……生まれて初めて言われました」
「治さなくていいものまで治していたけど」
俺は笑ってみせる。
つられてエリシアもほんの少しだけ笑った。
「俺なら、君の助けになれると思う」
「……どういうことですか?」
「君の魔法の問題は、詠唱が正しくできていないこと、それから魔力の流れを適切に制御できていないことだ」
「魔力の……流れ……」
「魔力量が多すぎて、本来針の穴に細い糸のように通すべきところに、滝のように流し込んでしまっているようなものなんだ」
「……?」
「俺はその制御を調律することができる」
「はあ……」
「ちょっと試してみよう」
俺は食卓に置かれていたナイフを手に取り、指先に浅く刃を当てた。
「何をしているんですか!?」
エリシアが驚いて叫んだ。
食堂にいた生徒たちの視線が集まる。
「治してもらえないか?」
「そんな……。でも余計に悪くしてしまうかもしれません……」
俺は少し顔をしかめる。
「浅い傷だが、食事用のナイフで切った傷だ。放っておくと腫れるかもしれない」
「えっ……」
「やってもらえるか?」
エリシアは顔を青くして、慌てて詠唱を始めた。それを見た周囲の生徒たちも慌てて避難を始める。
そうだ。君は人の痛みから目が逸らせないはずだ。
慌てているせいでエリシアの詠唱はより崩れてしまっている。
「詠唱補正」
俺は前世で使い慣れた補助魔法を無詠唱で発動する。
するとエリシアの詠唱の誤りが正され、リズムが美しく整えられる。
「治癒!」
エリシアが魔法を発動したタイミングでもう一つの補助魔法を施す。
「魔力調律」
エリシアの魔力の出力が適正な量で適正な流れに調律された。
俺の指の傷に小さな光が当てられる。
思ったとおり、優しく、強い魔力だ。
傷は瞬時に治り、跡形もなく消えた。俺の服は古びたままで、テーブルの染みもそのままだ。
さっきまで笑って見ていた生徒たちが、誰一人として声を出せなくなっていた。
魔法は成功だが……。
「これは……」
俺は思わず呟く。
傷が治っただけではない。俺は全身が清々しく活力までみなぎってくるのを感じた。おそらく、浄化までされている。これは普通じゃない。
エリシア・ブランシェは俺が思った以上の逸材かもしれない……。
「私が……治したんですか?」
俺は頷く。
「俺は治癒魔法なんか使えない。君の詠唱と魔力の流れを整えただけだ。治したのは紛れもなく、君だ」
エリシアが涙ぐむ。
「私、初めて誰も怖がらせずに、魔法がちゃんと使えた……。傷だけを治せたんですね……。嘘みたい」




