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第三話 落ちこぼれ聖女候補

 二限目は、聖女課程の候補生との合同実習だった。


 神官課程の生徒にとって、聖女候補との合同実習は将来を左右する場でもある。優秀な聖女候補の補佐につけば、俺のような下級貴族の四男でも高い地位につける可能性があるのだ。


 百年前の俺も、そう考えた。


 結果、断罪台に立つことになってしまったのだが。


「噂のエリシアもいるぞ。騒ぎにならなきゃいいけどな。お、リュシア様は今日もお美しい。エリシアも見た目だけなら聖女っぽいのにな」


 隣でカイルが軽口を叩く。


 俺も自然とその二人を目で追う。


 エリシアが落ちこぼれとして有名なら、リュシアはその逆だった。侯爵家の令嬢にして、成績優秀、詠唱も礼法も完璧。次代聖女の最有力候補だと言われている。



 実習は、教官の指導のもと、学校に隣接する施療院の実際の患者に対して行われる。もちろん、重篤な患者ではなく、軽い傷病者だ。


 まずはリュシアが膝にすり傷を負った患者の治癒を試みる。


 リュシアが詠唱を始める。教科書どおりの間違いのない詠唱で、リズムも美しい。


治癒(キュア)


 魔法を発動すると、すり傷はすうっと消えた。


 その様子を見ていた聖女候補生も神官候補生も、思わず拍手をする。


 リュシアも周りに向けて、小さく微笑みを浮かべ、優雅に会釈した。


 確かにすばらしい詠唱に魔力の流れだ。

 だが……それだけだ。


 その後も聖女候補が次々と治癒魔法を施していくが、リュシアほどの魔法を使える者はいなかった。


「次期聖女はリュシア様で決まりだな。今のうちに名前を覚えてもらわないと」


 カイルが言う。


 ここまで見た限りでは、確かにリュシアが最も聖女に近いだろう。しかし、俺には何かが引っかかった。魔法のうまさだけで、聖女になってしまっていいのだろうか。


 そしてエリシアの番が回ってくる。


 エリシアが前に出て、他の聖女課程の女生徒たちに近づくと、彼女たちが半歩下がった。


 本人たちは隠しているつもりなのだろう。

 だが、エリシアはそれに気づいていた。


「ごめんなさい。私、近づかない方がいいですよね」


 聖女候補たちはそれには答えず、無言で距離を取った。


 エリシアが詠唱を始めると、周りがクスクスと笑った。

 ひどい詠唱だ。間違いだらけな上に、リズムも悪い。


「詠唱の発音、変じゃない?」

「辺境訛りでしょう。術式が乱れるのも当然よ」


 聖女候補の一人が小声で言い、周囲がまた笑う。


「皆さん、あまり言いすぎてはいけませんわ」


 リュシアが静かに言った。


「エリシアさんも、きっと一生懸命なのですから」


 かばっているようで、その言葉はかえってエリシアを惨めに見せた。


治癒(キュア)


 エリシアが治癒魔法を発動する。


 まるで爆発のように巨大な聖属性の光が発生した。


「うわっ!」


 患者が思わず声を上げる。


 光が収まった時、膝のすり傷は跡形もなく消えていた。


 傷そのものは、完璧に治っている。


 だが、それだけではない。


 患者の着ていた服が新品のようにピカピカになり、治療台にこびりついていた古い染みまで消え、床には円形に磨き上げられたような白い跡が残っていた。


 明らかに、魔力出力が過剰だった。


 周囲がまた小さく笑う。


「また暴発したぞ」「離れておいてよかった……」「あれじゃ危なくて使えないだろ」


 誰も治った傷は見ていない。


 ——「第二のセラフィナだな」


 エリシアが小さく震えていた。


 彼女は、笑われた自分ではなく、患者の方へ慌てて頭を下げた。


「ご、ごめんなさい……。怖かったですよね。痛くはありませんか?」


 俺は、その様子に引っかかりを覚えた。


 普通なら、例えばそれがリュシアであったなら、まず周囲の目を気にし、自らを恥じただろう。先ほどのリュシアも、患者に具合を尋ねるより先に周囲へ微笑んでいた。


 だが、エリシア・ブランシェは違う。


 彼女は、自分が笑われたことではなく、患者が怖がったことをまず気にしていた。



 俺は、まだかすかに残っているエリシアの魔力の流れを感知した。


 ひどく乱雑な魔力の流れだ。人によっては暴力的だと捉えるかもしれないが、この魔力の本質は暴力などではない。

 魔力の質そのものはとても優しい。ただ、術者がひどく不器用で、魔力が強すぎるだけだ。


 それに——。


 彼女の魔力は、真っ直ぐ患者へ向かっていた。


 周囲に称賛されることなど何とも思っていない。ただ、患者を治したいとまっすぐ祈っていた者の魔力だ。


 エリシアは、ただの落ちこぼれなんかじゃない。

 現代の制度が、彼女の力を測れないだけだ。


 そして誰もそのことに気づいていない。


 俺以外は。

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