第二話 教科書の「邪術補佐神官」と「第二のセラフィナ」
目を覚ますと、俺は王都神学校の寮の天井を見上げていた。
見慣れた天井だ。
だが、それと同時に俺は処刑人が振り下ろした刃が俺の首を落とす瞬間も思い出していた。
反射的に首筋に手をやる。
——首はつながっている。
その当たり前の事実に、息の詰まる思いがする。
俺はレイン・グレイヴ。王都神学校の神官課程の十七歳だ。
そして、百年前に偽聖女セラフィナの補佐神官として断罪され、処刑されたレイン・フェルナーでもある。
前世と現世の記憶が、頭の中で重なっている。
俺はアルベルト騎士爵家の四男、レイン・グレイヴとして生まれた。
長男は家督を継ぎ、次男は王国騎士団に入り、三男は婿養子として家を出て、俺は聖教会に預けられることになった。
どうやら神官になるのが運命づけられているらしい。
笑えない冗談だ。
前世で俺は聖女補佐神官として使い潰され、偽聖女の共犯者として処刑された。
そして今世でも、俺は神官になるために神学校へ通っている。
しかも、今世の俺は百年前の事件を授業で学んでいた。
偽聖女セラフィナ。そして彼女の共犯者の邪術補佐官レイン・フェルナー。
——王都守護結界を崩壊させた大罪人の二人。
昨日までの俺は、それを正しい歴史として疑ったこともなかった。
だが——その歴史はあまりに多くの虚偽にまみれている。
王国と聖教会が、自分たちの失敗を死人に押しつけるために作った、都合のいい歴史だ。
「レイン、早く起きろよ。一限に遅れるぞ」
同室のカイル・ローデンが声をかけてきた。彼も俺と同じように家督を継げなかった下級貴族の令息だ。確か男爵家の三男だったか。
「ああ、そうだな」
「今日の一限、守護結界崩壊事件だってさ」
カイルの何気ない言葉に、俺の足が止まった。
——守護結界崩壊事件。
百年前、俺とセラフィナ様が処刑された事件の名だ。
昨日までの俺なら、教本に書かれた通りの歴史として受け止めていただろう。
だが今は違う。
俺はベッドから身を起こし、手早く制服に着替え、朝食のため、食堂に向かった。
※
その日の一限は歴史の授業だった。
聖教会の神官でもある教官が、黒板に大きく書いたのは、俺が百年前に断罪された事件の名だった。
「守護結界崩壊事件と偽聖女セラフィナ」
隣の席のカイルが俺に耳打ちしてくる。
「毎年必ずやるんだよな」
神官課程では、偽聖女セラフィナよりも、その補佐をしていた「邪術補佐神官」レイン・フェルナーについての教訓が強調される。
「当時の聖女補佐神官レイン・フェルナーは、補佐官でありながら、聖女の力を歪め、偽りの奇跡を成立させました。現代では、レイン・フェルナーが使用していた魔法は、聖女の聖魔法の術式を改変する邪術として禁止されています」
俺が聖女の術式を整えて治癒や結界の効果を高めていた補助魔法は禁術扱いか……。
「聖女であっても、無条件に信じてはいけません。神官の重要な役割の一つは、聖女が間違った行いをしないよう監視することです。そのことを皆さんはしっかりと心に刻んでください」
女神の恩寵を授かっている聖女を信じてはいけないとは……信仰の存在意義も歪曲しているようだ。「信じる」ことがまるで悪でもあるかのように。
そして神官の役割は、聖女の補佐ではなく、監視することになったということだ。それが、百年前、俺を殺して作った教訓なのだ。
「この事件以降、教会では、過剰な聖属性魔力を持ちながら既存の聖女術式に適合しない候補生を、セラフィナ型危険兆候として分類しています」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。
セラフィナ様も、そうだった。
彼女は決して悪意を持っていたわけではない。
ただ、王国が求める聖女の型に、彼女の力が合っていなかっただけだ。
合わないものを、危険と呼ぶ。
百年経っても、王国と教会は何も変わっていないらしい。
再びカイルが耳打ちする。
「なあ、今のって絶対、エリシア・ブランシェのことだよな」
「エリシア?」
「聖女課程の落ちこぼれだよ。辺境出身の平民なのに、魔力量だけは歴代級。けど魔法を使ったら暴発して役に立たない。最近じゃ第二のセラフィナって呼ばれてる」
第二のセラフィナ。
その呼び名に、俺は思わず息を止めた。
エリシア・ブランシェ——聖女課程の落ちこぼれ候補生のことだ。
落ちこぼれ聖女候補。
第二のセラフィナ。
退学秒読みの危険候補。
昨日までの俺なら、そういう噂の一つとして聞き流していただろう。
だが、今は違う。
百年前、俺は「危険」と呼ばれた少女を救えなかった。
そして今、また同じ言葉で呼ばれている少女がいる。
——ただの偶然だ。
だが、胸の奥に生まれた嫌なざわめきは、授業が終わるまで消えなかった。




