第十五話 これは追放ではなく、旅立ちだ
翌朝、俺は寮の荷物をまとめていた。
「おまえがこの部屋からいなくなるなんて、信じられないな」
同じ部屋でこれまでともに過ごしてきたカイルが言った。
「おまえだって、聖女補佐神官になったんだ。すぐに出ていくだろう?」
「そういうことじゃないんだよ。この王都をおまえと二度と歩くことがないなんて想像できないんだ」
いつも軽薄なカイルが、いつになくしんみりとしていた。
「二度と会えなくなるわけじゃない。おまえが嫌でなければ、辺境に遊びに来てくれ。俺はもう王都には入れないだろうから」
カイルが心配そうに俺を見る。
「辺境なんて……無事でいられるかもわからないじゃないか」
辺境は、ただでさえ魔物の発生が多い。
そのうえ百年前の守護結界崩壊以降、王都の外にまで結界の守りは届かなくなっている。
そんなところに人がまだ住んでいること自体、俺には驚きでもあった。
「俺は邪術師扱いされるほどなんだから、辺境だろうが生き延びてみせるさ。おまえのことも護衛してやるから安心して遊びに来いよ」
そう言って俺はおどけてみせたが、カイルは曖昧に微笑むだけだった。
どんなに危険な辺境だろうと、エリシアと一緒なら、不思議と何の不安もなかった。
「カイル、正直に言うと俺はおまえのほうが心配だ」
「俺が? 聖女補佐神官様だぞ。何の心配があるんだ」
「王家も聖教会も、自分たちの思うとおりにならなければ平気でおまえもリュシアも使い潰すぞ。何かあったら、本当に俺とエリシアのところに来るんだ。それだけは頭のどこかに入れておいてくれ」
「……おまえもな。王都には入れないかもしれないけれど、何かあればできる限り力になる」
俺とカイルは固く握手をした。
「それじゃあ、俺は行くよ。元気でな」
「おまえもな、レイン」
寮を出ようとすると、リュシアが待っていた。
「行くのね」
「はい」
「どうしても私の補佐神官にはなりたくないのかしら」
「残念ですが……」
「理由を聞いても……?」
「正直に言ってもよいのですか?」
「聞きたくないけれど、聞いておいたほうがよい気がするわね」
俺は適切な言葉を探そうとしたが、結局ただそのまま俺の考えを伝えることにした。
「あなたには聖女という役目は重すぎると思います。おそらく王国にいいように使われて、最悪の場合、捨てられかねません。それは俺が補佐したところで変わらない。俺にもそこまでの力はないです」
「……試験であれだけのものを見せておいてよく言うわね」
「あれはエリシア・ブランシェの力です。俺はそれが正しく作用するように少し手を貸しただけなのです」
「つまり、あの娘は私よりずっと上ってことなのね」
「上とか下ではありません。適性の問題です。エリシア・ブランシェには、本来の聖女の適性があり、あなたにあるのは、王国式の聖女としての適性です」
「褒められているのかしら……?」
「王国式の聖女として優秀であればあるほど、王国はあなたを都合よく使うでしょう。それでもあなたが王国の聖女になるというのであれば、俺は止めません。俺はあなたに何の恨みもないので、ただ忠告しておきます。王国があなたに悪意を持ち始めたと感じたら、すぐに身を引いて、逃げるべきです」
リュシアは困ったような微笑みを浮かべた。
「私は侯爵令嬢として、逃げるようなまねはできないのよ……。だからあなたみたいな人にそばにいてほしかったのだけれど……」
「申し訳ございません」
俺はただ頭を下げるしかできなかった。
「どうぞ、お元気で」
俺はリュシアを後にし、寮を出た。
そこにはすでにエリシアが待っていた。
エリシアの荷物は、俺のものよりも少なかった。
神学校で過ごした時間の長さに比べて、彼女がここに残せたものはあまりにも少なかったのだろう。
「さあ、行きましょう。これは追放なんかじゃない。俺たちの新しい門出です」
エリシアも意外なほどすっきりとした表情をしていた。
「レイン様と一緒なら、不思議と、何も不安なことはない気がします」
それを聞いて俺は思わず笑ってしまった。
「俺も同じことを考えていましたよ。エリシア様と一緒なら、何も怖いものはないです」
「『様』なんてつけなくていいですよ。レイン様は貴族出身の方なんでしょう」
「貴族と言っても騎士爵家の四男です。平民とほとんど変わりません。あなたは俺の聖女様です。俺にとっては国王よりも、大司教よりも尊いお方です」
「そんな……やめてください」
俺は戸惑うエリシアを見て笑った。
「では、お互い、『様』も敬語もやめよう。俺たちはパートナーだ」
エリシアは恥ずかしそうに頷いた。
「これからよろしくね、レイン」
「こちらこそ、エリシア」
そうして俺たちは笑い合った。
これは追放なんかじゃない。
俺たちの、新しい旅立ちだ。




