第十六話 王都で軋む鐘の音
エリシアと俺は、王都で最低限のものを買い揃えると、すでに昼近くになっていた。
王都の外門へと向かう途中、大聖堂の様子が見えた。
昨日、次代聖女が決まったばかりだというのに、もう就任式の準備が進められているのだ。
大聖堂は準備を行う神官や騎士たちで慌ただしかった。
そこには、先ほど神学校の寮で別れを告げたリュシアとカイルの姿も見えた。
リュシアは純白の法衣を身にまとい、聖冠を戴き、聖杖を手にしていたが、緊張のためかどこか落ち着きのない様子だった。
「……重いだろうな」
俺は思わず呟いた。
「え?」
エリシアが聞き返す。
「なんでもないよ。あの二人が無事であるように祈っていただけだ」
エリシアが笑って返す。
「おかしなことを言うのね。ここは王都なのに。どこよりも安全な場所じゃない。……でも、そうね。二人も、王都の人々も平穏でいられることを祈りましょう」
王家や聖教会は、ときに魔物よりも危険だ。
だが、それを今エリシアに言う必要もないだろう。
俺たちは王都の中心を走る大通りをただまっすぐ歩いていき、まもなく外門にたどり着く。
「あの……」
ふと、後ろから声をかけられた。
振り向くと、一人の少年とその母親らしき女性が立っていた。
母親が「ほら」と少年を促した。
「あの……けがをなおしてくれて、ありがとう」
そう言って少年が恥ずかしそうに、小さな手に持った何かをエリシアに差し出した。
それは羽を広げた小さな木彫りの鳥のお守りだった。
不揃いな翼に粗い削りで、お世辞にも上手だとは言えなかったが、少年が一生懸命作ったものであることは伝わった。そこには、魔力でも術式でもない、小さくも温かい祈りの気配が宿っていた。
「これ、鳥なんだ。聖女様が、こまっている人のところへとんでいけるように」
ルカは得意げに笑顔を向けた。
「どうしてもこの子が、ちゃんとお礼を言いたいって言うので」
それは以前施療院でエリシアが治癒をした呪傷の少年だった。確かルカという名だったはずだ。
エリシアが手を伸ばし、お守りを受け取った。
「ありがとう……」
エリシアはルカに微笑みかけたが、その目は潤んでいた。
「こちらこそ本当にありがとうございました」
母親もエリシアに礼を言う。
「私だけの力ではないです。こちらのレインがいたからできたんです」
ルカと母親が俺にも礼を言うので、俺は慌てて手を振る。
「いや、俺は大したことはしていないので……。しかしよく俺たちを見つけましたね」
「次代の聖女様が決まったと伺って、あなたに間違いないだろうと思って大聖堂に伺ったのですが、別の方だったので……。でもこの子が『本物の聖女様がいた』って言って、追いかけたんです」
俺は思わずルカ少年に笑顔を向けた。
「よく『本物の聖女様』を見つけられたね」
ルカがまた得意げに笑顔を返してきた。
俺以外にも本物の聖女を見分けられる者がこの王都にもいたか。
ルカたちと別れると、エリシアが堪えきれず、涙を流した。
「大丈夫か?」
「うん……。嬉しいの。こんなに感謝されたことなんてないから……」
「そうか。よかったな」
これからきっと、君はたくさんの人に感謝されることになる。
いよいよ二人で門を出ようとしたところで大聖堂の鐘が鳴った。
その音に俺は微かな違和感を感じた。
「何か……鐘の音が軋んでいる気がする」
王都の守護結界の綻びが、鐘の響きに共鳴している……。
「俺たちにはどうしようもない。行こう」
そうして、俺たちは王都の門をくぐった。
背後には、白い城壁と、大聖堂の尖塔が見えた。
そして前には、辺境へ続く土の道。
王国は本物の聖女を捨てた。
その代償は、思ったより早く訪れるかもしれない。
だが、今は振り返らない。
俺の隣には、王国が捨てた聖女がいる。
そして俺は、その人を支えると決めたのだから。
お読みいただき、ありがとうございます。
この作品はいったんここで完結させていただきますが、もしかしたらいずれ続きを書くかもしれません。
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