第9話 順調
観客席の空気は一変。
不気味で弱っちい、ネクロマンサーのジョブを持つ僕への評価。
それがわずか数分の戦闘で、凄腕のレイピア使いと塗り替えられつつある。
……現金なものだね。
出場生徒専用の待機席に戻ると、隣の連中が視線を送ってくる。
おずおずと、でも好奇心丸出しで。
昨日までなら、汚物を避けるように距離を置いていたはずなんだけど。
(ねえ、エル姉。人間って、本当に分かりやすいと思わない?)
(ええ。どいつもこいつも見る目がないわ。……正直、ユリがこんな低俗な連中に見られるなんて、不愉快極まりないわ!)
右目の奥で、エル姉の苛立ちが伝わってくる。
内心で苦笑しながら、僕は次の試合に視線を落とした。
次の注目カードは、第一ブロックの最後。
帝国第一王子、ウード・ヴォル・アバドンの初陣。
「次なる試合――ウード・ヴォル・アバドン殿下、対、ライナー・アルトマン!」
名前が呼ばれた瞬間、地鳴りのような歓声。
壇上の皇帝ゼノスは、満足げに椅子に深く腰掛けている。
ウードは黄金の装飾が施された重厚な大剣を担ぎ、悠然と歩み出た。
対戦相手のライナーは、地方貴族の次男坊。
盾と片手剣を構える、堅実な戦士タイプ。
でも、ライナーの顔は青ざめていた。
次期皇帝候補に怪我をさせれば後が怖い。かといって手を抜けば侮辱罪だ。
そんな心の声が聞こえてきそう。
「始めッ!!」
合図と同時に、ライナーが叫び声を上げて突っ込んだ。
恐怖を打ち消すための、捨て身の突撃。
ウードは動かない。
ただ、大剣を握る手に、魔力が収束していく。
「……消えろ、雑兵」
横一文字。
「爆炎斬!!」
カトリーヌの洗練された魔法とは違う。
ただひたすらに、魔力と斬撃を叩きつけるだけの暴力。
ズガァァァァァァァン!!
闘技場が地響きで揺れる。
ライナーの頑丈な大盾は、一撃で溶けてグニャりとひしゃげた。
衝撃は凄まじかった。
彼は文字通り、弾け飛ぶ。
ドオォォォォンッ!!
壁際まで吹き飛ばされ、激突。
動かない。
「それまで! 勝者、ウード殿下!」
わずか数秒。
圧倒的な、暴力による勝利。
ウードは剣を突き上げた。
「帝国の力は武によるものだ! 跪け、愚民ども!」
民衆は狂喜。
彼らが求めているのは、こういう絶対的な強者の象徴なんだろうね。
帝国らしい勝利。
ウードは勝ち誇った顔で、待機席の僕を睨みつけた。
親指を立て、そのままゆっくりと下に向ける。
「おいっ! 死霊使い。貴様の小細工など、俺の覇道の前では塵に等しいと知れ!」
挑発。
僕はそれを、柳に風と受け流す。
ってか、どんだけ僕を嫌いなんだよ。
まぁ、僕も嫌いだからいいのだけど。
(……まぁ、強いことは確かだね)
冷静に分析。
(ユリ、あいつ……殺していい? 私、調子に乗ってる馬鹿は許せないタイプなの。……でも一番許せないのは、ユリに対抗心も持っている事ね、同じ土俵にいると思うなんて、おこがましいわ!)
(ちょっと! 落ち着いて、エル姉。メインディッシュは最後にとっておくものだよ)
少し目を離しただけで、この姉は殺っちゃいそうで怖い……。
……この時、感じた「嫌な予感」は、頭の片隅に追いやった。
やがて、トーナメントは二巡目に入る。
僕の第二戦。
相手はマルクス。
入学からウードの腰巾着をしていた、小太りの少年だ。
武器は「錬金術」を用いた投擲。
「ゆ、ユリエル……! カトリーヌをどうやってたぶらかしたか知らんが、僕には通じないぞ!」
震える手で小瓶を構える。
僕は静かに銀のレイピアを抜いた。
「始め!」
「くらえ! 鈍足化の劇薬、さらに発火薬だ!」
マルクスが瓶を投げつける。
でも、僕は一歩も動かない。
「拘束」
小瓶が僕に触れる直前。
黒い手が空中でそれらを弾き飛ばし、逆にマルクスの足元へと叩き落とした。
パリン! パリン!
「ぎゃあああ!? あちっ、体が重い……動けない!?」
自爆。
自分が投げた薬に足を取られ、自分の炎に焼かれる。
実に滑稽。
豚の丸焼きだ。
マルクスは火だるまになり、地面に転がり消火を試みる。
「あっ!!熱いぃぃっ!!」
僕の足元にまで転がって、ようやく火は消えた。
完全にパニック状態になったマルクスは、僕を見上げる。
その目に映るは、死の深淵から覗き込む捕食者の視線。
「ひ……っ……ひいいいいっ!」
発狂するかの如く、マルクスは喉をかきむしるようにして叫んだ。
そこまで怖がらなくても……、たぶん右目のエル姉のせいだ。目だけで威圧して発狂させらるって、どんな殺意を放ったのやら。
「ま、参った! 降参だ! 助けてくれ、死にたくない……っ!!」
「……勝者、ユリエル」
教官の声。
僕はスッと表情を緩め、いつもの柔和な微笑みを浮かべた。
「お怪我はありませんか? マルクス様」
差し出した手。
マルクスはそれを取ることもできず、腰を抜かしたまま這い逃げた。
観客席からは困惑の声。
「今、何が起きたの?」
待機席に戻る僕の背中に、視線が刺さる。
一つは、カトリーヌ。
何故か、食い入るように見ている。
理由は……、やめておこう。なんかエル姉が怒りそうだから。
もう一つは、ウード。
「……チッ。腰抜けめ。あんなゴミを相手に勝っても、何の証明にもならん」
拳は固く握りしめられている。
焦燥感。
得体の知れない何かが、彼の中で芽生え始めている。
ただの平民。ただの出来損ない。
そう思い込んでいた存在が、闘技場の空気を支配し始めているんだから。
(ちょっとユリ! 凄いじゃない! スキルを完全に使いこなせてるわ!)
脳内に響くエル姉の声は、先ほどまでの冷徹なトーンとは一変して、浮足立つような声ではしゃぐ。
(あんな小物、ユリの敵じゃないと思ってたけど……ふふ、やっぱり私のユリは最高ね! あの「拘束」のタイミング、完璧! 魔法も使わずに自爆させるなんて、意地が悪くてとっても素敵!)
(……ちょ、エル姉、それ褒めてるの?)
内心で苦笑すると、右目の奥でエル姉がくすくすと楽しそうに笑う。彼女は僕の勝利を、自分のこと以上に喜んでくれている。
トーナメントは進む。
掲示板に示された次のカードは――。
ユリエル vs テイラー・ブランドン
「テイラー……ウードに次ぐ、騎士候補筆頭か」
彼はウードのような粗暴さはない。
家門に伝わる実直な剣術と、揺るぎない正義感を備えた「本物の騎士」。
だからこそ、今の自分の実力を測るのに丁度いい。
さっきの試合は、不戦勝と言っていいレベルの戦いだったし……。
正直、ちゃんと戦いたい。
「次なる試合――ユリエル、対、テイラー・ブランドン!」
僕は強敵を前にして、笑みを溢した。




