第10話 騎士
テイラー・ブランドン。
名門ブランドン家の嫡男にして、次代の騎士団長候補。
ウードが「破壊」なら、こっちは「規律」。
隙がない。まるで全身が研ぎ澄まされた刃物だ。
「……死霊使いと聞いていたが、君の太刀筋と立ち回りには驚いた。特にカトリーヌとの試合は、実に見事だった」
構えは正眼。重厚な大剣。
マルクスみたいな見下す目も、ウードみたいな傲慢さもない。
ただ目の前の敵を「超えるべき壁」として見る、クソがつくほどの真面目な武人。
「光栄ですね、テイラー様。本物の騎士とやれるのを、楽しみにしていました」
本音だ。正直自分の実力を測るには、物足りない戦いばかり。
僕はレイピアを低く構える。
右目の奥で、エル姉が不敵にクスクスと笑った。
(ユリ、この子は今までの雑魚とは違うわね。剣の構えだけでもわかるわ。……まぁ、ユリの敵じゃないと思うけど。面倒なら私が殺る? ……というか、ずっと右目の中にいるだけじゃ退屈だわ。ユリが頑張ってる姿を一番近くで見ていたいけど……私もユリと一緒に暴れたいなー、なんて)
いや、それ死人出るから。
(エル姉、ごめん。もうちょっと待ってて。追い詰められたら、すぐエル姉に頼ることにする。それならいい?)
(やった! 約束よ? もし危なくなったら、すぐに「お姉ちゃん助けて」って言うのよ? ふふっ、楽しみだわ……!)
ふぅ、戦いよりエル姉の制御の方が、よっぽどハラハラする。
「始めッ!!」
審判の合図。
その瞬間、地面が凍りついた。
「氷界の牢獄!」
ブランドン家秘伝の氷属性魔法だ。
石畳が瞬時に氷の滑走路に変わる。
相手の足を奪い、自分だけが加速する。戦場を支配する魔法。
「はあああぁッ!」
大剣が空を裂く。
破城槌さながらの突進。氷の上を滑ることで、大剣の弱点である移動の遅さを消している。
(速い……!)
紙一重で回避。
レイピアの腹で叩き、軌道を逸らす。
キィィィィィン!
耳障りな高音。
火花。
だが、止まらない。
大剣の重さを円運動に変え、二の太刀、三の太刀が飛んでくる。
「くっ……!」
得意のステップを封じられ、防戦一方。
一撃が重い。受けるたびに手首の骨がミシミシ鳴る。
おまけに足元はツルツル。
良く見ると、ブーツの先に氷の棘。これでブレーキが可能なのか……。
「やるな! ユリエル!」
「やるな!」は、こちらのセリフだ。やはり強い。
テイラーが大剣を地面に突き立てる。
「氷牙の檻!」
地を這う氷の棘。
意思を持つ蛇みたいに僕を執拗に狙ってくる。
前後左右は氷の棘。
(……この子、戦闘センスがあるわ)
エル姉が感心する。
詰み。
氷の檻が僕を閉じ込めようとした。
観客席から悲鳴。
カトリーヌが心配そうに、身を乗り出している。
(――今だ)
「拘束」
足元から噴き出したのは、どろりとした黒い魔力。
実体化した無数の黒い手が、地中から這い出すように積み重なる。
氷の棘が届く直前。
僕はその不気味な手のひらを足場にして、空へと駆け上がった。
一歩、二歩、三歩。
空中に固定された影の手を階段にして、重力を無視して高度を稼ぐ。
「何っ……!? 魔法を足場に……空へ逃げたか!」
テイラーは驚きの顔を隠せない。
とはいえ、彼は即座に上空の僕を睨み、大剣を上段に。
「だが、空中に逃げ場はない! 墜ちろ!」
跳躍。足元に氷の刃を瞬時に生成。その切っ先に足を乗せ、弾丸のような飛び上がる。
大剣に極大の魔力が収束。蒼く眩しい光。
「氷天斬!」
大技。
一瞬の判断で身をよじり回避。
テイラーの斬撃が頬をかすめる。
冷気で毛先が凍り、視界が真っ白に染まる。
だが、僕は笑っていた。
ドクン、ドクンと心臓が鳴る。
空中。
「拘束」
それは僕を押し上げるためじゃない。
テイラーの大剣を掴むための手。
「なっ、剣が重い……!? 黒い手が纏わりついて――」
一瞬。
ほんの一瞬、テイラーの剣筋が死んだ。
その隙、逃すはずがない。
空中の影の手を思い切り蹴り、僕は弾丸になって急降下。
重力加速度。
魔力をレイピアの先端一点にブチ込む。
「これで……終わりだ!」
銀色の閃光。
レイピアが、テイラーの胸当てのど真ん中を捉えた。
バキィインンンンッ!!
決着の残響。
衝撃波で闘技場を覆っていた氷が粉々に吹っ飛ぶ。
舞い上がる氷の結晶がキラキラと降り注ぐ。
観客席は、静まり返った。
視界が晴れる。
闘技場の中央。
僕のレイピアは――。
彼の喉を、薄皮一枚の距離で捉えていた。
勝敗は、火を見るより明らか。
テイラーの胸当てには深い突きの跡。
そこから這い出た影の魔力が、彼の全身をガチガチに縛り上げていた。
「……私の負けだ」
テイラーが、笑いながら降参した。
潔い。
「……君の剣術、そして魔力操作。認めざるを得ない、完敗だよ」
「……結構、ギリギリでしたよ」
実際に、氷天斬はギリギリの回避だった。
直撃していれば、こちらが地に伏せていた。
鞘に収める。
指先が震えていた。
魔力をここまで精密に操ったのは初めてだ。
魂を削り取られたような、ひどい疲労感。
(ユリ……カッコよかったわ!!。拘束をあんな風に扱うなんて、天才なんじゃない? 流石、私のユリねっ!!)
(……エル姉。それ、ちょっと褒めすぎじゃないかな)
少し照れながら、テイラーに右手を差し出す。
彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに力強く握り返してきた。
「次に対峙する時は、もっと鍛えておく。……ウード殿下との試合、楽しみにしているよ」
「ええ。期待に応えられるよう、精進します」
審判が僕の手を挙げる。
「勝者、ユリエル!!」
その瞬間。
バカでかい歓声。
「おい、見たか!? あの動き!」
「死霊使いなんて嘘だろ……あのテイラーに勝つなんて!」
カトリーヌは立ち上がり、拍手している。
一方で、特等席。
皇帝ゼノスは、冷徹な眼光で僕を睨んでいる。
ウードは今にも斬りかかってきそうな殺気。
いや、ホントどんだけ、僕を嫌いなんだよ。
まぁ、僕も嫌いだから気にしないけどさ。
僕は彼らに背を向け、歩き出す。
(さあ、エル姉。舞台は整った)
(ええ。次はあの頭の悪そうな王子ね。身内びいきじゃなくて、今までの戦いを見る限りユリの敵じゃないわよ)
闘技場の空気は、予想外の強者の出現により、驚愕と熱狂に包まれる。
だが、僕の目的はそんなことではない。
次はウード。
手は抜かない。
今までのストレスを、しっかり解消させてもらう。
僕はテオドールの事を忘れてないからな……。




