第8話 対抗戦
士官学校。
その中央にある巨大な円形闘技場。
空にはまだ、昨日帝都を襲ったハイドラクイーンの黒煙が薄く漂っている。
普通なら行事中止を検討するレベル。
けれど、皇帝ゼノスはあえて強行を命じたそうだ。
「いかなる災厄も帝国を揺るがすことはできない」
要するに、そんなに大事じゃないよ、帝国は余裕だよっていうパフォーマンス。
プライドが大切なようだ。
観客席には、派手な衣装の貴族や勲章まみれの軍人がびっしり。
彼らの視線の先、闘技場の中央に、本日の主役である生徒四十名が整列していた。
「――これより、士官学校対抗戦を執り行う!」
教官の野太い声が響く。
我が国の歴史は戦いの歴史だの、陛下に忠誠を示せだの、相変わらず話が長い。
ふわぁ、あくびが出る。
ルールは単純。一対一のトーナメント。
武器も魔法も何でもあり。相手をボコボコにするか、泣かせて降参させれば勝ち。
(……十年前に僕たちの国を壊した男。本来なら、あそこに座っているのは父上だったはずなのに)
壇上の皇帝を、僕は無機質な瞳で見つめる。
(エル姉、滑稽だよね)
(……ユリ、今ならまとめて首を跳ねて、この闘技場の全てを滅茶苦茶にできるわよ。数分で終わるわ。ねえ、どうする? 殺っちゃう?)
右目の奥から、焼けるような熱。
脳内に直接響くエル姉の物騒な提案。
(ダメだよ、エル姉。今はその時じゃない。昨日話した通り、確実に息の根を止める段取りができてから。だから、まだ我慢して)
(……ユリがそう言うなら耐えるけど。その代わり、帰ったらたーっぷり甘えさせてよね?)
血気盛んな姉をなんとか宥める。
ふと気づけば、周囲の視線が僕に突き刺さっていた。
昨日まで隠していた前髪を整え、露わになった僕の顔。
自分で言うのもなんだけど、かなりいい顔をしている自覚はある。
周囲の反応は、一言で言えば「困惑と見惚れ」だ。
「ねえ……あそこに立っているの、本当にあの平民のユリエル?」
「嘘でしょ。あんなに気高くて美しい顔立ちをしていたなんて……」
「見てよ、あの凛とした横顔。正直、ウード殿下よりもずっと王子様に見えるわ……」
女子生徒たちのひそひそ話。
その視線の変化に、誰よりも敏感に反応したのがウード・ヴォル・アバドンだった。
「……ふん。見た目を変えたところで、中身は死霊に縋るだけの不浄なジョブだ。なにも変わらん」
ウードが吐き捨てる。
その隣には、カトリーヌ・ヴィ・ヴェール。
ウードの側近で、火属性魔法のエリート。
「あの汚らわしい平民もどき、私の炎で塵一つ残さず焼き払って差し上げますわ」
エル姉と同じくらい物騒な事を言っている。
やる気満々の顔だ。
第一試合。ユリエル対カトリーヌ。
「両者、前へ!」
対峙する二人。
カトリーヌは宝石の付いた杖を構え、僕を睨みつける。
僕は無言で、腰の銀のレイピアを抜いた。
「始め!!」
「燃え尽きなさい! 紅蓮の炎!」
いきなりの全力投球。
闘技場の半分を飲み込むほどの巨大な火球が迫る。
観客席からは悲鳴。
生徒の放つ魔法の規模じゃない。
なかなか、やる。
(右、三歩。そのまま低い姿勢で突進)
見切り。
魔力の流れを見れば、どこに飛んでくるかなんて丸わかりだ。
「……えっ!?」
カトリーヌが目を見開く。
僕はネクロマンサーのスキルは一切出していない。
ただ、驚異的な身体能力だけで炎の渦をすり抜ける。
高速移動。
一歩も止まらずに距離を詰める。
「っ、逃がしませんわ! 三連発!」
次々と放たれる爆炎。
けれど、僕は最小限の動きで回避し続ける。
一気に加速。
「速……っ!?」
防御魔法を張る隙すら与えない。
僕のレイピアが閃光となって弾けた。
キィィィィィィン!
甲高い音。
カトリーヌの杖の継ぎ目――魔力の集積点をピンポイントで突く。
杖は宙を舞い、彼女がたじろいだ瞬間、レイピアの切っ先を喉元に突きつけた。
「……そこまで。僕の勝ちだ」
闘技場が静まり返る。
魔法を使わず、剣の技量だけで圧倒。
不気味で弱いはずのネクロマンサーが、これ以上ないほどエリートを制圧した瞬間だった。
カトリーヌは震えていた。
剣先から伝わる死の気配と、僕の瞳に圧倒されている。
恐怖、絶望。
そして――。
「……降参、します……っ」
その言葉を聞いて、すぐにレイピアを納める。
僕は崩れ落ちそうになった彼女の手を、そっと取った。
そのまま膝をつき、彼女を見上げる。
「……素晴らしい魔法でした。カトリーヌ様。あの広範囲魔法、生徒の域を超えていますよ」
「あ……えっ……?」
カトリーヌの顔が、真っ赤になった。
さっきまでの嫌悪感はどこへやら。
自分を打ち負かした強者からの、紳士的な称賛。
「……わ、私……その……っ!」
彼女は顔を真っ赤にして走り去った。
負けて悔しいというより、完全に「落ちた」顔だった。
客席からは悲鳴に近い歓声。
「かっこよすぎ!」「私も手を握ってほしい!」なんて声まで聞こえる。
一方で、ウードは椅子を叩き壊さんばかりにキレていた。
「何を手を握らせている! 恥を知れ!」
いい気分はしないだろうね。側近が懐柔されたら。
とはいえ、僕にも別の問題が発生していた。
右目がピクピクと痙攣するように紅く光っている。
(……ユリ? 今、何をしたのかしら。説明してくれる?)
脳内に響く声。
……ぶっちゃけ、めちゃくちゃ怖い。
(えっ……いや、これは作戦だよ、エル姉。彼女は側近だ。味方に引き込めば情報が手に入るし、ウードを孤立させられるだろ?)
(……あんな甘い声で、あんな優しい手つきで、女の心を弄ぶのが作戦? ねぇ、お姉ちゃんは認めないわよ! お姉ちゃん以外の女の手を握るなんて……!)
(エル姉、落ち着いて! 嫉妬のオーラが漏れてるよ! ……いや殺意のオーラか)
なんとか宥めると、右目の痙攣が止まった。
やれやれ。
エル姉は可愛いけど、嫉妬深い。
……気を付けないと。
「さて、エル姉。……まだ始まったばかりだ」
僕は乱れた前髪を払い、不敵に笑う。
視線の先には、眉間にしわを寄せてこちらを睨むウード。
獲物をじっくり追い詰める、捕食者の気分。
(ここからだよ。待ってて、ウード。君が誇るその全てを、これから一つずつ、丁寧に壊してあげるから)




